見出し画像

11-2.コロナ禍のオンラインマガジン

(特集 心理職はコロナ禍に対して何ができるか)
山内俊介(遠見書房代表取締役)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11
※本号は,5つの記事から出来ています。毎週1記事ずつアップをする予定です。ご期待ください。

1.プレ・コロナのオンライマガジン

コロナ禍の2020年4月,オンライン臨床心理マガジンiNEXTはスタートしました。創刊から約半年がたち,早くも61の記事があげられ10号まで刊行をしています。その多くの記事が「コロナ」に関係をするものでした。コロナと心理臨床に関係する情報があまりにも少ないことに残念な気持ちが発信元にありました。そのうえでこの状況に対して何かできないだろうか,という危機感もありました。一方で,それは「安心」でもありました。「あんまり悩むな,手を動かせ」の精神です。不安を増長させないために,動くこと,かかわること。そのようにすることが,危機の中で自らを落ち着かせる安心にもなるのだと思います。

とはいえ,そもそも,この「オンライン臨床心理マガジンiNEXT」は,コロナのなかで唐突に始まったものではありません。東大の下山晴彦先生と遠見書房の山内がウェブを使ってちょっと面白いことをやってみようという話になり,2人で企画会議のために会ったのが2020年の2月3日のことです。当時,中国では大変な状況になっていると話はあり,国内でも新型コロナ患者が出始めてはいましたが,まだまだ10数人の規模でした。私は花粉症持ちなので,その日はマスクをつけて下山研究室にお邪魔をしました。20年くらいになる旧知の仲なので,「どうしたの? 風邪?」「花粉症です。もしかしたら新型肺炎かもしれませんが」などと冗談を言い合ったほどです。今だと,マスクは当たり前になっているし,ちょっと洒落にならない話ですね。でも,そのころは,まだ薬局にアルコールもマスクも十分にありました。
10月1日現在で新型コロナ関連による死者は100万人を突破しましたが,その2月の時点では世界は新型コロナを東アジアの一部で流行っている変な病気と認識をしていました。当時,東洋人が罹る病気であり,白色人種は罹りにくい,なんていう言説もあったのを覚えています。そんなころだったので,オンラインマガジンの企画は,コロナなどは遠い世界の話で,最新の知見や卒後研修やエビデンスやナラティヴなどの方向性を考えていたのです。

画像1

2.ポスト・コロナのオンラインマガジン

が,2月の後半になると,状況は悪化しました。弊社では毎年,3月にナラティヴ・コロキウムという研究会を開催するのですが,その大会は中止とし,会社スタッフも自宅勤務を増やしたりしました。それから学校は休みになりました。4月には,アマゾン・ドットコムが多くの出版物の注文をやめ,配送のリソースを出版物以外のものに振り分けました。大きな書店が緊急事態宣言を受けて休店したり,営業時間を短くしたりします。いつもなら大学の書店さんには,新学年となった学生さんたちがこぞって集まり,教科書の購入をされますが,それもありません。そもそも入学式もとりやめです。
つまり,臨床心理学を中心とした専門書出版社である遠見書房は,無茶苦茶ヒマになってしまいました。もちろん,出荷や納品以外の仕事をすればいいのですが,こういうときはソワソワして,ネットのニュースサイトばかりを見ているような感じになります。
そんなときに,下山先生から「オンラインマガジンの最初の号は,コロナと臨床心理学みたいなテーマにしたい」とメールがありました。
創刊号は,「緊急特集:新型コロナ・ウィルスを乗り越えるために」
以降,怒涛のように刊行をしました。2号刊行は2020/04/27で,1か月後の2020/05/24にはすでに5号が出ています。記事は短いですが,すべてを合わせると本1冊には余裕でなる分量です。不安や焦燥に駆られながらも,情報をまとめてこられた下山先生ほか執筆者の皆様には,頭が上がりません。

画像2

3.ポストコロナの心理職

いま「新しい生活様式」となったポストコロナ時代に,新しい心理職像を模索する必要に迫られています。その一つはオンライン心理相談サービスでしょう。
オンライン心理相談は,本誌第6号でも詳しく述べられていますが,オプションの1つとして多くの心理職に取り入れられるようになってきました。この半年くらいの間で当然のようになっています。
が,インターネットを使えない層がいたり,クライエントの所属先によってはセキュリティ性の問題から使うのを禁じられたり,支払いの方法をどうするかという問題があったりするようです。
また,画面越しに相手を観察しにくい(アセスメントがしにくい),オンライン心理相談向けのアセスメントツールが未発達,音声が届くまでに時間がかかるのでコミュニケーションがうまく取れない,などといった不満もあるようです。
が,一方で,リアルとさほど変わらないという人もいます。当然,リアル心理面接にはかなわない面もありますが,オンライン心理面接でも「それなりに出来る」という方がほとんどではないでしょうか。クライエントのニーズに合わせて,オフラインとオンラインの両方で心理面接業務を進める必要が今後出てくることでしょう。

オンライン心理相談は,仕方がなくやる,だけのものでなく,大いに可能性に満ちています。
世界のどこにいても,心理面接がオンラインでできるのは大変な魅力です。セラピストにとってもユーザーにとっても同じことです。
が,それまでローカリティに守られていた心理相談家が経済の荒波にもまれる可能性もあります。
たとえば,地方では,公認心理師や臨床心理士の数が少なく,心理開業をしている人はほんの数名という県もあります。カウンセリングを受けたいというときに,数少ない選択肢しかなかったユーザーにとっては,オンライン心理相談が広がれば大きな利益になるでしょう。
セラピスト側にとっても大きな出費だった「場所代」が是正されることもあるでしょう。オンライン心理相談に限れば,自宅での開業も可能です。ネットさえつながっていれば,山奥でも孤島でも場所は選びません。

とある著名な心理療法家が1時間5000円という値段でオンライン心理相談を受け始めました。この値段は一時的なものだそうですが,カウンセリングを受けてみたい,精神科で薬物療法をしているだけだが心理相談をしたいという層にとっては,この値段は魅力だと思います。腕のいいセラピストのセラピーであれば,健康保険証を使って薬物療法で効果が出るよりも早く,そして安く,改善が期待されます(もちろん,疾患によります)。本来なら社会保障費的にも安く済みますので,進められるべき話ですが(実際,英国では国民の健康のために臨床心理士を増やす政策が取られています),なかなかそうは行きません。
公認心理師や臨床心理士のすべての人を知っているわけではないですが,だれの治療を受けてもある程度の同じ効果が得られるというわけではありません。どの店でも同じ味のマクドナルドとは違います。心理療法の平準化と個性化は大きなテーマですが,まだまだ腕の差は大きいように感じられます。

オンライン心理相談の分野では,心理相談者を紹介するような業態の会社も現れてきています。資格が治すわけではないとカール・ロジャースは言いましたが,現在は,ユーザー側には資格以外の情報はなく,腕の差を知る手がかりはありません。そのために,ユーザーはとりあえず「安いもの」を買うことになるでしょう。何か生活雑貨が必要になったら,100円ショップを覗いてみるのと同じように。また企業側の「中抜き上等」の精神も蔓延していますので,過当な価格競争が起きるかもしれません。もしそうなった場合,だれが得をするのでしょうか? だれもしません。本来得をすべきユーザーも,セラピストも得をしない話になってしまうことにもなりかねません。

ポストコロナの心理職は,どうすれば生き延びられるか,という問いには,今のところ,「腕をあげるしかない」という平凡な答えしかないように思います。
もう一つ言えば,「コネクションを増やす」です。師弟制度や学派など,心理療法家は,小さい世界で能力を磨いていますが,ある程度成長を実感した後,違う世界にも足を踏み入れてみて,コネクションを広げてみるのがいいと思います。東大の下山先生に心理療法を学ぶには,東大に入るのが一番かもしれませんが,何も受験をし直さなくても,年に何回か行っているであろうワークショップに出れば,大学時代の4年分とは言いませんが,プロであれば学生1年分くらいの学びが得られると思います。そして,回数を積み重ねれば,何かのチャンスが得られる可能性もあります。
現在,オンライン講習会なども増えていますので,自宅に居ながら,となりの世界を覗いてみるチャンスは広がっています。

画像3

4.ポストコロナとオンラインマガジン(おまけ)

怒涛のように刊行したオンラインマガジンですが,今後はペースを正常化して,月1くらいで1号ずつ出していこうということになりました。記事は毎週1本ずつ出していきますので,ちょっとずつ楽しんでもらえればと思います。

オンラインマガジンは,紙の出版物とは違い,かなりのスピードで刊行が可能です。現在,本誌は,noteというソーシャルネットワークサービスを使って運営をしていますが,原稿の入稿から刊行までは数日で行われます。が,数時間でも可能でしょう。ちなみに,紙媒体であれば,超特急でも1~2週間は要します。

ビュー数は,約5万。2000~3000くらいの読者がいると想定されています。それなりに規模大きい学会くらいの参加人数でしょうか。iNEXTの会員用のメールマガジンや,下山先生が主宰されているメーリングリスト,弊社のメールマガジンなどで紹介をしていますが,そのタイミングにもよるのか,読み応えのある記事がビュー数が多いというわけでもないのが興味深い現象です。

オンラインマガジンは,制作にコストもかからず,万人が読め(多くは無料で),本誌ではほとんどしていませんが,読者とのコメントを通しての交流なども可能で,21世紀の情報メディアの最前線という感じがします。
が,一方で,「お金」にはなりません。もちろん,本誌を収益化する計画は今のところないのですが,収益化を図っている他のオンラインメディアを見ると,記事と見間違える広告のオンパレードだったりします。既存のフリーのメディアもそうですから,仕方がないのかもしれません。
しかし,一般紙的なものであれば,読者数も多いのでビュー数も多く,広告効果も期待でき,こうしたメディアも存続できるとは思うのですが,専門的な内容のフリーのオンラインマガジンは果たして運営が可能だろうか,とも思ってしまいます。車のオンラインマガジンには車の広告は載せられますが,心理職の読むオンラインマガジンには,何の広告が載せられるでしょうか……。

また,有料のオンラインマガジンというのは可能だろうか,ともよく考えます。人件費以外にほとんどお金がかからないので,オンラインマガジンは経営者としては興味深い分野ですが,「無料で見るもの」という意識がある「ウェブ」をどのくらいの人がお金を払うのだろうかというと,よくわかりません。それもポストコロナ時代に変わっていく価値観になるのでしょうか。心理業界の未来を予見する前に,こちらが足元を見直す必要がでてきそうです。

画像4

(電子マガジン「臨床心理iNEXT」11号目次に戻る)

====
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT 第11号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?