見出し画像

8-4.教育分野で活躍するために必要な技能とは

(特集 今!現場で必要な心理職の技能)

植山起佐子(岡山県スクールカウンセラー)
Interviewed by 下山晴彦

1.はじめに

「教育分野で必要な知識や技能とは何か」をテーマとして下山晴彦が植山起佐子先生にインタビューをした記録を記事として再構成した内容を掲載します。

植山起佐子先生プロフィール
大学院修了後,小児科,心療内科,教育相談室,東京都スクールカウンセラーを経て,現在は岡山県スクールカウンセラー。力動的心理療法,認知療法,集団療法,包括的スクールカンセリング研究など多面的な研修を基にコミュニティケアを視野に入れた臨床と実践を行っている。
【著書】包括的スクールカウンセリングの理論と実践 改訂版──子どもの課題の見立て方とチーム連携のあり方(編著;2019,金子書房)
https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b437903.html


インタビューは,2020年7月10日にオンラインで1時間ほど実施しました。オンライン環境の運営は北原祐理(東京大学特任助教)が,記録作成は原田優(東京大学特任研究員)高堰仁美(東京大学博士課程)が担当しました。

2.教育分野の心理職の仕事の特徴

スクールカウンセリング発展の経緯
まずスクールカウンセリングの導入経緯について確認しておきます。そもそも1995年にスクールカウンセラー(以下SC)が活用調査事業という形で試験的に導入されたのは,その前年にいじめによる自殺事件があり,マスコミで大きく取り上げられたからです。しかも,不登校の数が非常に多くなっていて,小学校中学校で10万を越していました。これらの問題に何とか対処するためにSCが配置されました。導入の契機が,「不登校といじめ対策」であったので,当初は主に「不登校」「いじめ問題」への個別対応が求められました。SC導入以前は,教員研修を行って「教師カウンセラー」として対処していたのですが,十分な成果を得られていませんでした。スクールカウンセリングの導入は,閉鎖的だった学校が,外部の異なる専門家の視点も入れようとした画期的な試みでした。

しかし,当時の教育現場の受け入れ体制は決してウエルカムではありませんでした。「黒船」呼ばわりをされて「何をしにきたの? この人たち」という感じで仕事をさせてもらえなかったSCもいます。「相談室から出ないで」「子どもに会わないで」と言われたSCもいました。教員にはSCが何をする人かわからず,どう活用すれば良いかわからなかったということだと思います。

導入開始後,20年余り経った今は,SCが何をする人たちかは分かってききています。「SCと協働すると,子どもにとっても自分たちにとっても良いことがあるぞ」と多くの教員に実感してもらえるようになって今があります。

スクールカウンセリングの活動の現状
東京都のSC配置は最初4人でしたが,今は単独校型で公立の小中高全てに配置されています。ただ,地方になるとなかなか難しく,中学校は全校配置がされていますが,小学校と高校はまだ入っていないところもあります。勤務体制は,東京都は年間38回,1日7時間45分,つまり丸1日学校に入っています。自治体によっては区費や市費での配置を加えて同じ学校に1週間に2日SCが入っているところもあります。しかし,地方では,年間5回,1日4時間勤務という自治体や,単独校配置ではなく拠点校方式のところもあります。中には,常勤職やそれに準ずる雇用形態の自治体もあります。このように勤務体制が異なるため,実際の活動内容も多様です。

文科省は,SCの仕事として,子どもの個別カウンセリングと保護者の個別カウンセリング,教職員へのコンサルテーションなどを求めています。東京都では,導入後まもなく,いわゆる問題行動(非行や校内暴力など)への対応や心理教育,学校危機への対応も求められるようになりました。つまり,「校内の教育相談体制充実のための側面支援」という役割を担うことを期待されるようになったのです。「いじめ防止対策推進法」が施行されてからは,いじめ防止の観点から小学校5年生,中学校1年生,高校1年生には全員面接が義務付けられました。これは,SCの存在を児童生徒に身近に感じてもらえるようにし,相談へのハードルを下げようという意図があります。

しかし,週1日だけでは,限界があります。当初は,求めに応じる形で,個別カウンセリングを基本としていましたが,経験を重ねるにつれて子どもが学びを深められる安全で安心な環境の整備,教育的観点だけでは難しい子どものサポートに関する教員へのコンサルテーション,校内の教育相談の体制の整備への協力も業務となっています。

この他,広報活動も重要となります。導入当初は,SCに相談に行くことへの抵抗が強かったので,お便りを出したり,PTAの研修会講師を務めたりして,SCがどんなことを考え,どんな活動をしているのか生徒,教員,保護者などにわかりやすく伝え,気軽な利用を促す工夫をしてきました。

現在のSCの課題は,「チーム学校」の一員としていかに機能するかということです。「チーム学校」というのは,学校内のチームだけでなく,学校外のさまざまな支援者や専門機関との連携も視野に入れての「チーム」です。SCはその一員として,できれば中核を担って体制を整えていくことができればと考えています。SCとしてそこまで視野を広げておいた方が良い時代になっていると思います。

画像1

3.教育分野の心理職の基本技能

発達(特に思春期)の知識を知っておく
まずSCが対応する中心は子どもですから,子どもの育ちについての知識は身につけておいて欲しいです。子どもは生まれて,どのように大人になっていくのか。特に学齢期の発達課題やそれに関連する家族環境についての理解が必要です。家族も子どもの成長発達と共にそのあり様が変化していくものだと認識しておく必要もあります。

発達理論は是非覚えておいていただきたいです。低年齢の場合は体の発達の理解が必要です。体の成長発達だけでなく,感覚統合についても知っておく必要があります。外界からのさまざまな感覚刺激をうまく取捨選択して体の動きをコントロールする力が育っていないと,学校生活が困難に感じることがあり,二次的に学習意欲が低下したり,情緒的に不安定になったりすることがあります。併せてピアジェのような認知発達はもちろん,情緒発達の知識も大切です。子どもは全人的に発達していきます。どれか一つだけというのではなく,生物-心理-社会モデルの観点から包括的に発達を理解することが重要となります。

特に思春期についてはよく学んでおいて欲しいです。思春期的な課題はそう簡単にクリアできるものではないからです。「思春期」は,小学校高学年くらいから始まり中学高校とずっと続いていきます。「思春期」は,キーワード,あるいはマジックワードにもなります。「思春期」という言葉で説明すると,教員も保護者もとても納得します。「誰にでもある問題」として課題を受け入れたり,取り組んだりしやすいのです。いろんなことがあっても「思春期ですよね」というと「そうですね」となります。思春期は,越えてしまうと忘れてしまう。それで,「思春期の頃を思い出してみましょう」という話をすると保護者も教員も自身の思春期を思い出し,それを通して子どもへの理解が進むことが多いのです。

カウンセリング技能が基本
技能としては,当然カウンセリングの基本的なことができないと話になりません。それは,いかに子どもの気持ちを聴きと取るかの技能です。子どもは,年齢的なこともあり言葉をうまく使えません。そこをどう引き出し,言語的でない部分からも子どもをいかに理解するかが重要となります。ある意味「子どもの代弁者」となって保護者や教員に伝える翻訳の技能がないといけないのです。

私たちは「対人援助職」です。その基本は「自己理解」ができていて,「自己調整」できることであると思います。自己理解を深めるのは,体験するのが一番です。サイコセラピーを習うときには,「自分の内界に何が起こったのかをキャッチしなければなりません。そしてクライエントの内界に何が起きているかも理解し,双方の間に何が起こっているのかを理解しなければならない」と言われますが,SCも同様です。自己理解,他者理解,そして関係性理解は,基本として重要です。

これができなければ対人援助職はやれないと思います。これは,基本の“キ”なので皆さん意外と当たり前と思って見落としています。実はできていないということはたくさんあるのです。この点は強調しておきたいです。

画像2

アセスメント結果を伝える技能
説明する技能も重要です。それは,アセスメントの結果を保護者や教員,子どもに伝えていく時に特に重要となります。伝え方を誤ると,差別され排除されるのではないかと不安になる児童生徒や保護者もいます。また,子どもの状況をSCがどう理解したかを伝えたり,子ども自身の自己理解を促したりする時にも重要となります。たとえば,「思春期」という言葉をどう伝えるか。難しい言葉を使っても子どもにはわかりません。いかにその子どもの発達年齢にあった説明の仕方をするかが重要となります。

思春期の特徴はまず体の変化があること。体の変化から説明を始めると,自分に気づきがあるので,子どもは「あっ」と思ってくれます。そこがスタートライン。「体の変化は気づけるけど,心の変化はそんなに簡単に気が付かないよね。でも,なんとなくモヤモヤとかはない?」と聞いていくと「そういえば」と子どもが気づきを引っ張り出します。

否応なく誰にもその変化は訪れます。そこから「そうやって自分に出会うっていうのが大切なんだよ,なかなか難しいことだけどね」「自分ってどんな人だと思う? ちょっと考えてみよう」とか伝えます。長所短所ということならば,「自分のいいところ,売りにできるところってどこかなあ?」とか,「弱点はみんな持っている。そこはカバーしたほうがいいんだけど……,売りにできるところを伸ばしながらカバーしようよ」というように説明をすると子どもに伝わりやすいのです。

子どもの気持ちを翻訳して伝える技能
【下山】子どもが「わかってくれてるなあ」と感じられるように伝える技能が重要ですね。保護者に伝える場合には,子どもの了解を得てということになりますね。「子どもの代弁者」となって保護者や教員に伝える翻訳の技能は,ここで重要となるという理解でよいでしょうか。

その通りです。我々は子どもを中心に仕事をしています。子どもの思いをどう生かしていくかが重要です。子どもの権利(意見を表明したり,自己決定したりする権利など)をどう守るかが基本です。子どもが先に相談に来ている場合は「私がお母さんに説明してもいい?」と確認します。そこで,子どもの心を忘れてしまった大人たちに,それをどう伝えるかという翻訳の技能が重要となります。

先ほど「思春期」というキーワードは保護者に入りやすいという話をしました。「お母さんはそういう時なかったですか?」と聞くと,「ああそういえば」ということもあります。「ほとんど記憶にありません」という人もいます。「通り過ぎてしまった大人にとっては,遠い記憶だったり,忘れていたりするかもしれませんが,子どもにとってみたら思春期はものすごく大きなことなんですよ」と説明します。保護者に対しても教員に対しても,難しい言葉や心理学の言葉を使ったら伝わりません。子どもの気持ちを大人につなぐコミュニケーション技能が重要となるのです

スクールカウンセリングの基本は,学校で子どもを見ている教師をサポートすることです。教員が子どもについてきちんと理解して適切に支援できるシステムを作ることがSCに求められていると思います。

教員や保護者と一緒に考える技能
【下山】子どもの気持ちを教員に伝えるコミュニケーション技能は,SCの基本にあることは理解できました。その上で子どもの適切な支援のできる学校システムを作るのは,若手の心理職には難しいということはないでしょうか。

初心の心理職がチームを作るのは難しいです。若手心理職は,まずは一つ一つのケースを丁寧に理解してその意味を伝えられることが大切です。そして教員や保護者が心理職(SC)と一緒に考えてアプローチをしてうまく行ったという経験を持つことをまず目指していただきたいです。「SCと一緒に考えたらいいアイデアがもらえた」というのでよいのです。コンサルテーションとはそういうものだと思います。異なる専門性を持った人が違う視点から見ると違うものが見えてくる,そして新しいものに気づくサポートをするのがコンサルテーション技能です。

コンサルテーションをするためには,問題についての情報が必要となります。しかし,現場の実践では,私たちが事例検討するように,まとまった情報が来ることはありません。こちら側がほしい情報をどうもらうかが重要となります。したがって,アセスメントができないとコンサルテーションはできません。適切な情報を収集するアセスメント技能は,基本の「キ」となります。(ここでいうアセスメントとは心理テストなどの標準化されたものだけを言っているのではありません。)

教育分野のアセスメントでは,直接授業の観察も重要となります。ただし,教員によっては歓迎しない方もいるので,担当教員の了解を得ることが必要です。学校によって文化が違うので,その学校の隠れたルールを知っておくことも大切です。

画像3

4.教育分野の心理職の中核技能

【下山】教育分野の特徴は,学校という生活の場で生徒,教員,心理職(スクールカウンセラー)が一緒に活動していることであると思います。医療は,基本的に患者さんが病院やクリニックに来院します。入院ということもありますが,退院すれば自身の生活の場に戻っていきます。しかし,教育分野,特にSCでは,心理職は学校という場において生徒の相談を受け,教員と協働する構造となっています。そのような教育分野で心理職が活躍するための中核技能について教えてください。

集団のアセスメント技能
スクールカウンセリングは,クリニックモデルとは異なる活動です。集団力動のアセスメント技能がないとやれないと思います。これは意外と心理職が学んでいない技能です。教員と協働するためには,教員集団とチームビルディングをする必要があります。しかし,教員集団がバラバラな学校もあります。そのような場合には,心理職の集団力動をみる技能が重要となります。(教員集団の特徴を理解してコンサルテーションを行うことで力動に変化が生まれることもあります。SCとしての機能を十分に発揮するためには校内支援チームの一員としてうまくチーム内に位置づく必要があります。しかし,心理職としての専門性を発揮するためには,チームに呑み込まれてはならないというともあります。)

また,「いじめ」問題への対応は,子ども集団を見る技能がなければできません。「いじめ」が起きている子ども集団はどんな特徴があるかの理解と共に,子ども集団を取り巻く大人集団がどのようになっているのかも視野に入れることが重要です。いじめを助長する大人集団が存在することもあります。大人も子どもも,そして地域コミュニティの特徴も見ておかないといけません。

子ども,大人,地域の幅広い個人と集団のアセスメントに基づくコンサルテーション,そしてチームビルディングが教育分野の心理職の中核技能となります。まずアセスメント力がないと次の介入のアプローチに入っていけません。

画像4

介入技能:ストレスマネジメントと認知行動療法
問題へのアプローチは,抵抗感のないものから入っていきます。直接子どもや親への支援をする場合,ストレスの話からはいるのが受け入れられやすいのです。子どもでも「ストレスがかかってくると,まずいことが起こってくる」ということは知っています。そこから,ストレスマネジメントの話に持っていきます。ストレスを媒介として,自分のことを知るということを話題にする。ストレスを感じている自分をキャッチできるかということで,セルフモニタリング自己理解につながっていきます。そして,どのようにストレスを調整するかということで自己調整力をどう身につけるかという介入に入っていきます。

ここは認知行動療法が出番となります。認知,感情,行動,身体の関係を子どもに説明すると,「ああ,そうなんだ!」と気づく子が多い。感情コントロールが上手くいかない子の多くは,認知と感情を分けて考えることが難しいのです。そういう時に「感情と出来事(の理解)を切り離すことを練習するといいかもよ」と具体例を挙げて説明すると,理解が進みます。

「ストレス」というキーワードは,保護者にも教員にも使えます。例えば,最近のコロナ禍では,「先生方もご自身のストレスマネジメントをお考え下さい。そうでないとバーンアウトしてしまいますよ」と話してみます。教員は,オーバーワークになりがちです。教員のバーンアウト予防のためにストレスマネジメントの話は積極的にしています。教員のバーンアウトを防ぐことは,教育分野の心理職の重要な課題となっています。

【下山】教員のバーンアウト予防と関連して,コンサルテーション技能,さらには教員と協働するチームビルディング技能についてお話を聞かせてください。バーンアウト防止では,その教員がどれくらい疲れているのかだけではなく,教師集団のバランスなどのアセスメントしながらコンサルテーションをしていくことになるのでしょうか。

コンサルテーション技能
荒れて教員が疲弊しきっていた学校に関わったことがあります。そこでは,新しい研修への抵抗感が強くありました。翌年,研修を若手の教員が中心になって担当することになり,生徒に実施するグループワークを,まず教員が体験してみるということを提案しました。若手の教員は,「子どもの気持ちになってグループワークをして下さい」といって,教員全体を巻き込んでグループワークをしました。これがとても受けて,ワイワイと大いに盛り上がりました。結果として,教員のストレスマネジメントにもつながったようで,以後,職員室の雰囲気が和らいだと聞いています。

このように,適切な情報提供をし,あとはそれを受けた教員の判断に任せることがコンサルテーションを上手に進めるコツではないかと考えています。この学校の場合,幅広く皆で楽しめる内容であることが重要でした。そもそも生徒は,楽しくないとやってきません。しかし,疲弊した教員は自身が楽しむゆとりを失ってしまっていたので,生徒たちと楽しく学ぶ工夫をしてみようという発想になれなかったのです。子どもに接する我々は,プレイフルでないといけません。

SCは,楽しく遊ぶ力,遊ぶことで育つ力を,どう学校場面の中で活用していくかが大事なのです。

画像5

チームビルディング技能
チームビルディング技能は,ある程度人生経験や臨床経験が必要となります。キャリアを積まないと,難しい面もあります。キーパーソンとなる教員をどれくらい早くキャッチできるかが重要ですが,そのためにもグループダイナミクスのトレーニングが必要となります。とは言え,残念ながら日本ではなかなかグループダイナミクスを学ぶ場がないのも事実です。適切な指導のできるグループトレーナーが日本でももっと生まれてほしいと思います。

また,SCは,一人職場なので,相互のピアサポートを学校の外に持つことも必要となります。キャリアが浅い方も,キャリアがある方も,一緒に集まれる会があれば,そこで学べることはとても大きいのです。

段階的・包括的アプローチ
教育分野の心理職の中核技能を実践するための段階的アプローチを紹介します。『包括的スクールカウンセリングの理論と実践 改訂版』(金子書房)でも触れましたが,アメリカの学校では,全体指導で効果を上げられる層から異なる個別のアプローチが必要な層までを3段階に分けて考えています。

また,子どものサポートも3つの領域に分けて考える必要があります。3つの領域とは,教科学習を支援する「学習」領域,生徒指導と教育相談の「心理社会」領域,進学と就職の進路相談の「進路」領域です。このような3領域をバランスよく捉えて,子どもの発達を包括的に支援することでSCの活動を発展させることができます。

日本では,かつて不登校の児童生徒に「勉強はいつでも追いつけるからまずはゆっくり休みなさい」と伝える傾向がありました。しかし,学齢期の子どもから学習を全く除いてしまったら,学校に適応するのが難しくなります。心的エネルギーが低下している段階では一旦休養してエネルギーを高めてから少しずつ学習のテーマにアプローチするのは当然ですが,学習がつまずきの大きな要因になっている場合もあることは念頭におかなければなりません。SCは,なぜ学習面につまずいているのか,どうすれば改善できるのかを考えなければいけません。発達のバランスの悪さが関連しているのか,アタッチメントの問題があってモチベーションが上がらないのかなどと考えて,教員と協働していきます。

教員は,小学校なら小学校の6年間,中学ならば中学の3年間しか見ていない場合も多いのです。それに対して教育分野の心理職は,「その人がその人らしく生きる力を持つためのお手伝い」をするという広い視野もつことが重要となります。その時期の学習や対人関係の問題だけでなく,子どものライフサイクル全体をみてアセスメントをし,教員へのコンサルテーションを行います。その子どもの人生全体を見通して,今現在の課題への対応を考えること,それを通してチームビルディングをしていくことができたらよいのです。

教育分野の心理職の職能集団として,そのような包括的な活動ができるようにスキルアップの教育をどうするかが,今課題となっています。

画像6

5.教育分野の心理職の発展に向けて必要となる技能

【下山】SCの活動を包括的展開することが教育分野の心理職のスキルアップにつながるわけですね。そのような教育分野の心理職の活動を,さらに発展させるためにどのようなことが必要でしょうか。

危機介入技能
危機介入技能は,スクールカウンセリングの発展のためには重要な技能です。1995年の阪神淡路大震災のPTSD対策として,兵庫県は他の自治体よりも多くのSCが配置となりました。その後も「心のケア」という語が広く知られることになり,何か災害や事件,事故,いじめ,自殺があると「心のケア」のために特別にSCが配置されるようになりました。2011年の東日本大震災では,文科省によって全国から被災地へSCが派遣されました。このように危機介入技能,特にPTSDへの対応の技能は,教育分野の活動の発展と深く関わっています。

アドボケイト技能
学校には,福祉的な支援も必要な子どもがいます。そのような子どもの権利擁護,つまりアドボケイト(擁護代弁)の技能も必要となっています。(福祉的支援の必要な児童生徒にはスクールソーシャルワーカー(SSW)の配置が2008年度から全国展開されたことで,福祉専門職との連携協働が可能になってきたが,SCに比べて人的配置は十分ではありません。)
虐待を受けている子の権利擁護だけでなく,学習の面でも特別支援が機能していない子どもの学習権補償などもしなければなりません。

学校はそのような子どもに最初に気づくことができる場です。防止や初期対応のために重要な役割を担っている場なので子どもたちの権利侵害に対する感度を上げ,権利を擁護代弁するアドボケイト技能を持つことが重要となります。(初任者の場合,直接的な介入は難しいことが多いので,まずは感度を上げておくことが必要です。)

子どもの権利擁護のためには,学内では特別支援教育コーディネーター生徒指導の教員など,相談体制の中核を担う教員とタイアップしていくための工夫が必要となります。校内の相談支援チームにおける役割だけでなく,どの教員が対象となる子どもと相性がよいかといったアセスメントもして調整をしていきます。学外の機関としては,児童相談所や市区町村の子ども家庭支援センターなどとの連携協働が必要ですが,時には教育委員会などの行政レベルまで連携が広がる場合もあります。学校現場の認識と市教委や都道府県教委の見解も視野に入れて連携協働を探っていきます。

この場合,SCが中心となって前面に出るというのではなく,学校長などの管理職や校内支援チームのバックアップに回ることになります。

画像7

活動のエビデンスを提示する技能
SC活動の一層の拡充のためには,個別のケースをやっているだけでは十分ではありません。SC活動の基盤となる財政面での充実が不可欠だからです。しかし,財務担当者を動かすには数字,つまりエビデンスが必要となります。そのためには,我々の,数字としては伝えるのが難しい活動を何らかの数字(エビデンス)として示していかなければなりません。

ただ,現場の一人一人の心理職だけではそこまではできません。職能団体が活動のエビデンスをまとめ,報告してく技能を発揮してほしいと思います。それは,活動の実態を分析し,質の向上と均質化を図るということでもあり,広く発信する技能ということでもあります。

法律を知り,将来のビジョンを描く技能
さらに,法律を知らなければいけません。「教育基本法」や「学校教育法」などはもちろん,「児童虐待防止法」,「少年法」などに加えて,「いじめ防止対策推進法」「教育機会確保法」などの新しい法律もあります。また,「子ども・若者育成支援推進法(平成21年法律第71号⇒https://www8.cao.go.jp/youth/wakugumi.html)」も関連する法律として知っておきたいですね。これは,引きこもりの問題が発端でした。今は,中高年の引きこもりが60~70万という推計も出てきています。このままでは国としての存続さえ危ぶまれるという危機感から,子どもが生まれて自立できるまで切れ目なく適切な支援を入れようということで成立しました。理念法で予算がつきませんが,子どもたちの育ちの保障を支援する必要性を伝えるには有用な法律です。

教育分野の心理職の活動が発展するためには,このような法律もしっかりと押さえながら,将来の活動の展開に向けてのビジョンをもつことが重要です。未来に向けての発展のビジョンをもち,そのビジョンを実現するための種まきをしていくことが重要ではないかと考えています。

画像8

(電子マガジン「臨床心理iNEXT」8号目次に戻る)

====
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」は,臨床心理職のための新しいサービス臨床心理iNEXTの広報誌です。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT
第8号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.8


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?