4-6.今後に向けて心理職の課題
(特集 COVID-19治療の最前線から“心理職の役割”を考える)
秋山恵子(日本赤十字社医療センター 公認心理師・臨床心理士)
with 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)・遠藤麻美(東京大学助教)
1)起きていることを“言葉”にすることの重要性
【遠藤】現在,先生は,ご自身が発信されてきたことの反響を確認し,現場でやってこられたことの意味を見直している段階と思う。今後,先生の立場から,病院や心理職に向けて発信されたいと思っているのは,どのようなことだろうか?
【秋山】今は,実践での部分が多くなってきている。私も,チームの運営など1週間の見通しも立たない中,毎日の変化に対応しながら活動をしている。その中で“起きていることを言葉にする”ことの重要さを感じている。多職種チームのブリーフィングにおいて,各職種が自分たちの役割を明確にしていくのをサポートするのは,心理職が得意とするところである。
心理職のリーダーシップは,「先頭に立って進む!」のではなく,アメーバーのように職種間をつないでいくものだと思う。心理職は,日々の臨床おいて個人を対象としてアセスメントし,その見立てをわかりやすく伝える作業をしている。その作業を,組織を対象としたものにしていく。それが,今することだと思っている。一回やって終わりではなくて,間違っていたり変化したりする中で修正をしていく。通常の災害支援は現場に出て限られた期間で行う。しかし,現段階のCOVID対応は,自分のホームの中でやっている。そこでは,もともとの信頼関係が良くも悪くも出てくる。日常の延長の中でしかできない。ここで適切に言葉を発してチーム活動に役立つことが,組織における心理職の役割を発展させる土壌になると思う。
【下山】なるほど。組織内での心理職の役割は,個別を見ながら全体を見て,職種間のつなぎをして,チームとして方向を定めていくのに貢献すること。それは,サッカーのミッドフィルダーのような役割ですね。全体がどう動いているか,一人一人がどう動いているか,どこにパスを出せばいいかを考えて“言葉”を発していく。
【秋山】毎日,自分が被災地でコーディネータをしているように神経を張っている。いろいろなことをキャッチしようとしている。個別と全体のアセスメントを行き来することは労力のいること。その上で心がけているのは,両極端を見ること。
COVID治療の最前線でいる職員は,そのために必死で働いている。その一方で,病院の中だと血液内科や化学療法の患者で,感染から守りながら普段の治療をしないと命を落としてしまう患者もいる。そのエリアの職員は,感染に関して今まで以上に緊張してシビアに管理し,不安を感じている。「そのような職員はCOVID治療とは関係ない」と考えている人もいる。そのような場合には,COVID治療とは別のシビアさがあることも知ってほしい。逆に,感染症対応をしていないことに申し訳なさを感じている職員には,そうではないことを伝えることもできる。
両極を見ようとしないと見えないことが多い。心理職は,そういう視点から,現場のことを知り,積極的に提案していくことも重要だと思う。そのためにも,医師を始めとする他職種から良い指示をもらう工夫が必要であると思う。
2)本マガジン読者の心理職に伝えたいこと
【下山】インタビューを終えるにあたって,本マガジンの読者である心理職に伝えたいということがあれば,お願いしたい。
【秋山】現在は,論文とかを探して読んでという余裕がない。これまでの災害や感染症の中でどのようにストレス反応が起きてきたのかの論文や,最新情報を知りたい。また,遠隔での心理支援するシステムをどのように構築するのがよいのかも知りたい。病院内には,今だから柔軟にいろいろなものを取り入れていこうという雰囲気がある。だからこそ,安全な場所に居る心理職は,現場の心理職が必要とする情報を提供するといった支援をしていただけるとありがたい。
また,今だからこそわかる自分自身のストレス反応を認識していくことが今後のためにもなると思っている。それで,自分自身の課題として,今起きていることをメモして,それにどう対応したのかをセットで考えていくことをしている。これを自分でも続けたいし,皆さんにもこういうことを続けていただきたいと思う。
これまでもスティグマが生まれる臨床において心理研究は行われてきた。自殺やHIV,ハンセン氏病など,そういったことで得た知見が役に立っている。家族にも伝えずにCOVID治療の最前線にいた職員がCOVID治療に携わる自分の業務を家族に伝えることは,カミングアウトの心理プロセスとも似ている。なので,カミングアウトの心理学研究は,非常に参考になった。差別については,震災後の放射線の問題とも似ている。過去の知見を参考にしていくことが多い。そのような情報を探して共有することを,心理職全体で助け合いながらしていくことができたら良いと思っている。
【下山】そういうことを調べて伝える心理職のチームがあってもいい。そんなことができたらいいなと思う。治療の最前線にいなくても,バックアップできることは一杯あるなと思った。
3)インタビューを終えて
秋山先生のインタビューから「心理職に何ができるのか」というテーマに関して多くのことを学ぶことができた。ダイヤモンド・プリンセス号への対応において,患者さんだけでなく,医療従事者と,その家族も含めていろいろなものを支えることを考慮して動いていたことに感銘を受けた。それだけ先を読んで動いていたことへの驚きもある。それに加えて,初動時点から,すでに生物的な脅威だけでなく,心理社会的な脅威を想定して動いていたプロフェッショナルな判断に感服する。
今回のお話をお聞きして,医療崩壊が起きないようにするためには,単に医療者を多く配置するだけで十分でないことがよく理解できた。つまり,COVIDを直接治療する医療者だけでなく,その人たちの同僚・家族・知人,上司,さらには施設管理者がバランスよくチームを組めることが,医療崩壊を防ぎ,適切な治療を提供するために最も重要な因子になることを理解できた。
心理職は,そのようなバランスのよいチームビルディングをするために重要な役割を担っている。心理職は,個人と組織をアセスメントして,その間をつなぎ,全体の動きを創っていく。そうすることで,職員をサポートし,さらにバランスのよいチームを構成していく。治療という点では目立たないが,しかし最も重要な役割である。そのことを知ることができたことが最大の学びであった。
最後に,秋山先生から紹介していただいた関連資料を下記に示す。
■ウイルスの次にやってくるもの(アニメーション)
https://youtu.be/rbNuikVDrN4
※下山の感想
上記『ウイルスの次にやってくるもの』は,英語の字幕もあり,素敵な音楽付きである。メッセージ性のある動画は,洗練された作品に仕上がっている。ぜひご視聴をお勧めする。
■新型コロナウイルス三つの顔を知ろう(紙芝居バージョン)
http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200326_006124.html
■感染症流行期にこころの健康を保つために
http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200327_006138.html
■活動報告
http://campaign.jrc.or.jp/kansensho/
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