見出し画像

1-5. 発達にアンバランスさをもった子どもと家族への支援

前川あさ美(臨床心理士・公認心理師・東京女子大学)

「見通しを持てない」,「突然の変化についていけない」,「目に見えないものの対処ができない」……こうしたことは発達障害やその疑いをもっている子どもたちが,日常生活で毎日のように体験していることです。しかし,新型コロナ・ウィルスによる感染症が拡大し,日々状況が変化している今,彼らに限らず,私たちも,こうした思いを抱き,精神的ストレスを体験しているのではないでしょうか。ある意味,今こそ,彼らが日々感じてきた不安やストレスに寄り添い,理解を深められる時かもしれません。
東日本大震災の時に子どもたちの心を守るため,「安全,安心,安定」の3つの「安」の重要性を発信し,この中でも発達にアンバランスさを抱える子どもにとっては「安定」が重要であることを訴えてきました。今回,パンデミックの中でも,こうした3つの「安」を改めて認識して生活する重要性を感じ,2020年2月29日に東日本大震災の時の資料を改訂して発信しました。その後,さまざまな人から声が届き,それらを取り入れて,修正しなおしながら今日まで更新を続けてまいりました。現在のところ,3つの「安」を説明する「こころがまえ(本章1-5)」とQ&Aをまとめた「補足資料(次章1-6)」の2種類の資料があります。

簡単なまとめと,それぞれの資料を紹介します。また,前川のHPhttp://mayekawa.in.coocan.jp/asami/index.html)もご覧ください。

1)非常事態における3つの「安」というこころがまえ

①安全を確認する

安全というのは当たり前に存在するものでも,受動的に与えられるものでもありません。主体的に手にするものであるという感覚を育てるために,発達段階や個別特性に応じて,大人と一緒に調べたり、分かったことをイラスト付きでまとめて掲示したり,生活の中で実行したりすることを意識しましょう。資料では、感染症の正体について,予防の具体的な方法について,情報の活用や拡散の注意について紹介しています。

②安心を提供する
こうした子どもたちは共感力に欠けている,空気を読めないなどと言われますが,実際にはそうでもありません。彼らにとって重要な人物の気持ちや身体的状態には過敏でさえあります。ですから,まずは大人が自分の気持ちや状態を観察し,自分を守り,自分を大切にして,少しでも「安心」を認識できる状態でいるよう努力してください。思い切って、「感染症ニュース」から離れる時間を設けましょう。テレビのつけっぱなしはやめます。次に,子どものどんな気持ちも否定しないようにします。ですが,行動や思考の中には修正をしないといつまでも不合理な不安を抱えてしまうことがあります。さらに,一見うんざりするような子どもの言動には,その子なりのユニークな体験が潜み,試練を乗り越えようとする力が隠されていることもあります。表面の行動だけを見て変えようとするのではなく,そこを入り口にして彼らの体験,特に感じ方を共有して,彼らとコミュニケーションをとってみましょう。最後に,今の時期は他者との物理的な距離はあけないといけませんが,SNSなどを使った他者との「つながり」を意識し,「孤立」をしないように心がけます。

③安定を尊重する
発達のアンバランスさをもっている子どもにとってだけではないですが,「いつもとちがう」時こそ,「いつもどおり」ということをできる限り維持したり,取り戻したり,あるいは新しい日課をつくったりすることは,「見通し」や「コントロール感」を意識させ,精神的身体的安全と安心をも保障することがあります。国民の外出禁止を3月16日から唱えてきたフランスのマクロン大統領は、4月2日に「自閉症スペクトラム」の人の外出規制を緩和するという宣言を出しました。これは,「いつもどおり」の習慣的な外出を阻止されることで,パニックになり,自傷や他害が生じやすくなる彼らのあり様を理解し配慮した,彼らに寄り添った重要な決定です。

(編集部注:この原稿は,前川先生のHPの記事を本誌用に再編集してもらったものです)

資料①発達にアンバランスさをもつ
子どもと家族のこころがまえ


発達にアンバランスをもつ子どもたちは「いつもどおり」でなくなること,予想外の変化に大きな不安を体験します。そんな時,以下の「安全」「安心」「安定」が大切。なかでも,最も「安定」の保障が彼らを支えてくれます。また,人と人とのつながりが生きる力を強めることを私たちは東日本大震災で学びました。直接の触れ合いに不安があっても,手紙,電話,SNSなどを使って「つながり」を大切にしていきましょう。今は,感染と同じぐらい孤立を予防することが大切な時期です。

*安全を確認する

(1)主体的に取り組む安全こそ,確かな安全!
以下のようなことを,子どもと一緒に調べて,見えるところに貼ったり,実際に生活の中で実行したりしてみよう!!

①新型コロナ・ウィルスについてまとめてみる
ウィルスって生物? ウィルスの目的って? このウィルスが他とちがうのは? 弱点は?

②感染予防について分かっていることをまとめてみる
3つの「密」って? 予防のしかた(手洗い,消毒,マスク,換気など)って?

③具体的にうまい手の洗い方やアルコール消毒液の使い方を身につける
手洗いは石鹸付けて20秒ぐらい。歌をうたいながらがいいよ。普段は気にしない「つめ」「ゆびさき」「ゆびの間」「手のこう」「手首」もていねいに。消毒液はすりすりもみこみ,あとで保湿クリームを!

④マスクに関する注意事項を知る
自分のためとみんなのためにつけよう! 
マスクの内側は触らない! 他の人のマスクを借りない! 買い占めしないで手作りしてみよう!

⑤人と食べ物を一緒に食べる時の注意事項を知る
おしゃべりをしながら食べない! 人が食べたものをもらわない! 洗っていない手でつままない!

⑥予防につながる電気のスイッチやエレベーターのボタンのおし方やドアの開け方を知る
グーの形で中指か人差し指の真ん中の関節でおす!(軽く「パ~ンチ」なんて感じでね)
トイレや部屋のドアは,ひじやおしりをうまくつかったり,紙でつかんで,紙はぽいっ!

⑦信頼できない情報を面白いから,衝撃的だからといって広げてはだめ!
信頼できるサイト例 WHO 新型コロナ・ウィルス感染症(COVID-19)一般向け特設ページ
https://extranet.who.int/kobe_centre/ja/news/COVID19_specialpage_public

*安心を提供する

(1)子どもの前で親が悲観的にならないようにしよう
①時々深呼吸して,親が冷静さを失なわないようにする
②「こういう悪いこともあるけど,~~~っていういい面もあるよ」と言葉にする

(2)子どもの気持ちに耳を傾けよう
①子どもには「そんな気持ちになっちゃだめ」と言わず,どんな気持ちも否定しないで受け止める
②どんな気持ちも否定せず,「そんな気持ちになるよね」と認める

(3)子どもの誤った思い込みは修正しよう
①子どもが自分のことや感染症のことで誤解をしていたら,正しい知識や情報を教える
②「うつった人」は決して「弱い人」「ダメな人」ではないと説明する

(4)何度も同じ質問を繰り返すときは,子どもなりに不安を乗り越えようとしている時期と思おう
①親がいつも答えをわかっていなくてもいい。わからなかったら,一緒に調べようと誘ってみる
②何度も質問を繰り返す質問には,同じように答えると安心する場合がある

(5)親がそばにいられない時には,安心できるものをそばにおこう 
たとえば,ぬいぐるみ,お気に入りのカメラ,図鑑,親が書いた手紙や親の声を録音したもの など

(6)ひとりぼっちではないこと,誰かとつながっていることを伝えよう
①親や信頼している人の連絡先(メールやラインなど)を教える
②世界中の人たちで力を合わせていることについて話す

(7)テレビの深刻な報道に長時間さらさないように気を付けよう
テレビを消す時間を作ってね。報道以外の笑える番組も観ようね。ただし時間をきめて。

(8)親がリラックスしよう,愚痴をこぼそう,ひとりになろう。
「手抜き」「息抜き」を大切に。一人きりになる時間をとっても,一人ぼっちにならない。

*安定を尊重する

(1)できるだけ「いつもどおり」を大切にしよう
今までの習慣はできるだけ継続して。むずかしい時には,新しい習慣をつくって継続しよう。

(2)一日のスケジュールを見えるところに貼ろう
子どもの意見を入れつつ,「したいこと」「すべきこと」をイラストも交えて書いておく

(3)過集中をふせぐために,バランスをとるよう意識しよう
切り替えには,タイマーをつかったり,場所を変えたり,10分ぐらいの気分転換を入れたりしよう

(4)自分で選択できる機会を作ろう
一方的に与えられたものをするのではなく,自分で選ぶという体験でコントロール感を!

(5)見通しを与えよう
そうはいっても,突然変わることもある。達成しやすい短期的な目標をつくって,見通しを持てる体験を。

さいごに

*不安になると子どもはいつもよりも赤ちゃん返りしたり,イライラしたりすることが,一時的にあります。「安全」,「安心」,「安定」を確認できてくると,その子らしく非日常を乗り越えることができるということを信じてください。

*100点でなくても,50点ぐらいできればいいんだと思っていましょう。

*できたことは,具体的にほめてあげて,自分がやれていることを気づかせていきましょう。

*できていないことを注意したいときには,「だめ」ではなく,取ってほしい行動を具体的に伝えましょう。

*子どもとのコミュニケーションは次の5つを意識します。
①視覚化(チェックをしたり,具体的に,目に見えるようにして掲示する)
②予告化(あらかじめ伝えておく 変更が起こることも伝えておく)
③具体化(あいまいな形容詞や,抽象的表現は具体的で,目に見える行動的表現に変える)
④肯定化(~だめ,~しない!ではなく,~しようで伝える)
⑤簡潔化(一度にひとつずつ伝える)

(電子マガジン「臨床心理iNEXT」目次に戻る)

====
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」創刊しました。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT
第1号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.1

◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?