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4-4.医療従事者のメンタルヘルスへの対応:「組織をつなぐ」

(特集 COVID-19治療の最前線から“心理職の役割”を考える)

秋山恵子(日本赤十字社医療センター 公認心理師・臨床心理士)
with 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)・遠藤麻美(東京大学助教)

1)COVID-19対応の特殊性によって生じる専門科間の対応の違いをつなぐ

【下山】患者さんへの直接的な心理支援だけでなく,医学的治療にあたっている同僚,さらにはその家族をどのようにサポートをするが心理職の重要な課題であることがわかった。そこで,医療従事者へのメンタルヘルスや,その支援について考え,実践してきたことを教えてほしい。

【秋山】感染症対応は,普通の災害とは異なる特徴がある。普通の災害であれば,発災(災害の勃発)と医療全体の対応のスタートがほぼ同時に起きる。しかし,COVID対応は,明らかに違っていた。病院内で,医療対応が徐々に増えて行く。救急科,呼吸器内科,感染症科の医師や看護師は,最初からずっと対応している。その次は他の内科も対応することになる。
一方で,外科は,感染症対応ではない,通常の手術をしたい。それは,正常化バイアスでもあるかもしれないが,誰でも,「自分たちの役割を全うしたい」「今まで通りの通常の医療をやっていきたい」という気持ちがある。でも,学会は,「不要不急の手術はしないように」との注意を発している。すると,外科からは,「なんで自分たちはできないのか」という怒りやフラストレーションも出てくる。ところが,次の段階では「これからは外科もCOVID対応に入るように」となってくる。そうなって「自分たちも関わるのか」「いよいよまずいな」ということになった。
ほぼ2カ月経って,やっと温度差が埋まってきた。これが日本中で起こっている。日本の中でも温度差はある。地域でも,直接患者さんに対応する人とそうでない人のグラデーションもある。そうすると,集団力動の理解がすごく大事になる。集団力動をみていくためには,組織のアセスメントが重要となる。

【下山】COVID対応の中核になるのはどのような組織だと考えるか?

【秋山】やはり救急科は早い。救急科メンバーは体育会系の人が多く,闘争本能が刺激されるのだろう。しかし,他科には,「危険なCOVID対応は回避したい」と考える医療従事者もいる。そこには温度差がある。でも,どちらが良くて,どちらが悪いというのではないと思う。いずれもストレス反応とみることができる。どちらにも「自分たちの役割を全うしたい」との思いが根本にある。ただし,「直接対応したい」のか,「直接対応は回避し,距離をとって間接的に対応したい」のかの違いがそこにあるだけと考えればよい。
心理職の役割は,両方のあり方を観ながら,組織全体としてまとまるようにサポートすることである。異なる対応をする医療従事者がいる中で,キョロキョロと各組織のアセスメントをしながら,全体をつなぐことを考えて動くのが心理職のできることであると思う。

2)組織のダイナミクスを見ながら各部署をつなぐ心理職の役割と機能

【下山】さまざま対応をする人や組織をつなぐ心理職の活動というのは具体的にはどのようなことだろうか。

【秋山】今は,職員を対象にして抑うつや不安に関する心理教育をしている。具体的なストレス反応についてのチラシを作成し,それをトイレに貼り,自分のストレスに気づいてもらうようなことをしている。職員に対しては,相談窓口を用意し,個別の面談での対応もしている。
また,カンファレンスに入って,スタッフのガス抜きもしている。例えば,「COVID対応は,やりたくないという気持ちもあって当然だよね」という発言をして,ストレス反応を共有することをしている。
日赤医療センターでは,3次救急を担っていて,COVIDではない非常に重症な患者さんも運ばれてくる。そのような重症救急を担いながら,COVID対応もやっている。他の病院では,どちらかに切り替えてやるところを,両方をやっている。それがすごいことだということを,カンファレンスで改めて確認したりする。スタッフはがむしゃらにやっているので,「そっか! すごいよね!」と,自分たちの役割を再確認をすることになる。各スタッフの役割がわかり,それが適切に評価されるならば,より自分の課題にフォーカスできるし,負担感が違ってくる。

【下山】お話を伺ってCOVID対応は,通常の災害支援と異なる特別な状況であることがよくわかった。通常の災害ならば,医療チームは,院外のその災害現場に出ていけばよい。病院外の現場であれば,そこに出ていけばよい。国民もその医療チームの動きを共有し,応援してくれる。災害支援は病院外の活動であるから,病院内では通常の医療業務が遂行できる。
しかし,COVID対応では,通常の災害支援とは異なったプロセスが生じていた。時間的にも空間的にも,病院全体が災害支援を受け入れていくプロセスが必要となった。そのプロセスの中で,職員の回避反応や拒否反応も出てくる
病院自体もCOVIDに脅かされる事態になっていく。病院内でクラスター感染が発生し,その原因が病院側にあると言われる場合も出てくる。そうなったら,必死で患者さんの治療をしている医療従事者が,非難される側になってしまう。
そのような特殊な状況の中で,どのようにして病院組織を支えていくかということが視野に入っていることが重要となる。そのような視点があるからこそ,心理職は,「みんな大変だよね」と言える。心理職が組織のサポート役になるのは,組織的なダイナミクスの視点ないとできないと思った。

【秋山】そう思う。今までは,ひとつの部署の力動は見ていた。しかし,ここまで病院全体の力動を見たことはなかった。刻一刻と変わるので常に情報をアップデートしなければならなかった。アセスメントも変わる。自分は,支援者支援をしている。しかし,自分自身のストレス反応もみておく必要を感じた。結局自分が倒れたら,散らかすだけになってしまう。勢いだけでなく,時折落ち着いて本当にやらないといけないことを考えた。アクセルとブレーキを上手に踏み分けることに腐心した。特にアクセルが入りすぎを自覚し,それを調整するのが大変だった。

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3)心理職自身を支えるチームの重要性

【下山】嵐の中で救急車を運転して走っている感じだろうか。急いで助けなければいけないが,自分が事故を起こす危険性もある。アクセルを踏みすぎてはいけないという事態。

【遠藤】一歩引いてみる視点と,自分自身についても見る視点が大切。自分自身を見られるように心理職同士で何かしていたのだろうか?

【秋山】特には,そのために構造化した活動はなかった。ただ,これまで週1回のミーティングを続けている。心理職の中でも考え方の違いはもちろんある。私は最前線に近いところにいて,「やばい」「何かしなきゃ」という焦りがある。災害時に被災地への派遣経験があるのは私だけだった。「その経験を共有しなければ」という焦りが非常にあった。臨時でミーティングを2~3回開き,その中で自分が今考えていることを伝えた。例えば,「感染対策本部が立ち上がったら,自分は入りたい」と思うことなどを伝えた。
でも,「リエゾンチームのスタッフは,リエゾンという通常業務もある。その中で感染対策チームに100%入るのは早すぎではないか」と言われた。それを聞いて,自分のしたいことを率直に話すことと,違う視点を持っていることを表明してもらうことが,冷静になる機会をもらえた。相手が考えていることがわかることがとても大切だと思う。同僚はとても気を遣ってくれたし,秋山を孤立させないようにという気持もあったと思う。だから,言ってくれてよかったと思う。
率直に話す土壌があってよかった。緊急時だからできたというより,平時からの関係性があったからだと思う。そういう意味では,日頃からのコミュニケーションが大切であると,改めて思う。

【遠藤】他の心理職からの視点,それを言ってもらえる関係性,日頃からのコミュニケーションが,心理職自身のケアになっているのですね。

【秋山】災害支援の合言葉で「自分の背中は見えない」とよく言われている。だから,私がお昼をモリモリ食べていなかったら,同僚の心理職が「鬱っぽいかもね」とか冗談で言ってくれる。「ちょっと最近おかしくない?」「調子どう?」「疲れているね」とか声をかける文化がある。それで,ストレス反応に気付きやすい。ストレス反応に対する声かけと,セルフケアを促す文化が,私の周囲にあった。それで助けられた。

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