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22-4.2次障害の理解と知能検査

(特集 研修──秋の大感謝祭)
糸井岳史(路地裏発達支援オフィス)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.22



1.2次障害が誤診される危険性

素因として脆弱性を抱える人は,人生の過程でさまざまな困難を経験しやすくなります。発達障害は,そのような脆弱性の代表的なものであり,1次障害として発達過程におけるさまざまな制約をもたらします。さらに,1次障害は,環境との相互作用の中で不適切な扱いを受けることで2次障害が発現し,問題がより複雑に,そして深刻になります(図を参照)。

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特に1次障害に加えて様々な困難(特に虐待やいじめ等)を繰り返し受けて被害的体験が重なることで複雑性PTSD※1)となることも少なくありません。2次障害や複雑性PTSDの多くは,精神症状と類似した形で顕在化するので医学的に精神障害と誤診され,さらに誤った治療(特に薬物治療)を受けて,問題が複雑化してしまうことがしばしばです。

※1)複雑性PTSD
https://ipt-clinic.com/column/%E8%A4%87%E9%9B%91%E6%80%A7ptsd%E3%81%AE%E8%87%A8%E5%BA%8A

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2.心理職が2次障害に気づくことの重要性

2次障害は,精神科薬物が奏効しないことが多いのが実情です。しかし,医師が2次障害としての認識がない場合には,薬物での対応に固執する結果,多剤大量投与がなされることが生じやすくなります。そして,その薬物の副作用によって1次障害が隠されてしまい,誤った医学的治療が継続されてしまうという悲惨な事態は,過去から現在にかけて少なからず生じていました。

このような不適切な事態に対して心理職は何ができるのでしょうか。

それは,クライエントの状態を丁寧にアセスメントし,2次障害であることを見抜き,さらに1次障害を理解して適切な支援を提供することです。それが心理職の役割となります。

では,知能検査はそのような1次障害や2次障害のアセスメントにどのように活用できるのでしょうか。

そこで,臨床心理iNEXTでは,2次障害の理解と対応のために知能検査をどのように活用するのかをテーマとし,糸井岳史先生を講師にお迎えして講習会を開催することとしました。なお,今回の企画は,大好評の糸井先生の「発達障害と知能検査」講習会シリーズの第3回となります。

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3.糸井先生オンライン講習会のご案内

【講習会お知らせ】
糸井岳史先生online事例検討・講習会
テーマ「2次障害の理解と知能検査の活用」
【スーパーバイザー】
糸井岳史(路地裏発達支援オフィス)
【発表協力者】
高岡佑壮(東京発達・家族相談センター)
【日時】10月24日(日)9時~12時
【方法】Zoomによるオンライン・セミナー
【内容】発達障害との関連で2次障害をどのように理解し,問題解決に向けでどのような支援が可能かをテーマとする。その際に,知能検査(WAIS)をどのように活用するかを論点として,事例検討を通して糸井先生が解説する。
【参加費】
臨床心理iNEXT有料会員(1,000円)
https://select-type.com/ev/?ev=64xIKj0vOJE

上記以外の方(3,000円)
https://select-type.com/ev/?ev=wF-0XBjwthU


糸井先生には,来る10月24日に「2次障害の理解と知能検査の活用」をテーマとした事例検討・講習会をお願いしています。その事例検討・講習会では,まず糸井先生に2次障害をどのように理解するのかについてご講義をしていただきます。その後に「2次障害が疑われる事例における知能検査」をテーマとした事例検討を通して,2次障害の問題への対応の要点について具体的に解説していただきます。

そこで,事例検討・講習会に先立って,糸井先生が2次障害で苦しむクライエントさんを理解し,支援する際にどのような点に留意されているのかをお聞きするインタビューを実施しました。以下のそのインタビューの内容を掲載します。講習会に参加する前の事前学習として,あるいは参加を迷っている方の参考資料としてご活用いただければ幸いです。

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4.糸井岳史先生に聞く2次障害理解のポイント

[下山]最初に,発達障害の2次障害をどのように理解したら良いのかについて教えていただきたく思っています。多くの心理職は,2次障害の可能性があっても,病院からの紹介のケースでは既に診断がついてしまっています。

そのため,「このような診断がついているが,何か典型的なものと違う感じがする。本当にこの診断でよいのだろうか?」と疑問と感じつつも,医学的診断に従ってしまい,2次障害を見逃してしまうことがあります。そのような場合,2次障害を見分けるポイントについてはどのようにお考えでしょうか?

[糸井]2次障害を考えるときには,元々どのような発達特性があって,その特性がどのように環境と合っていないのかという発想でアセスメントするとよいと思います。たいていの場合,特性と環境がマッチしておらず,環境からの負荷がかかりすぎているのです。特性に合わない環境の中にいることで何らかの不調が表れてきています。

たとえば,学校に行けなくなる,会社に行けなくなるという症状としての不調が現れてきます。表面上に表れた症状自体に振り回されるよりも,元々どのような特性があって,不適応が生じたのかをアセスメントする方が,臨床的に意味があり,支援のポイントが見えやすくなると思います。

[下山]まずは1次的な特性を見て,それがクライエントさんにとっては日常生活でどのような負荷に繋がるのかをアセスメントしていくことが,2次障害理解のポイントということですね。

[糸井]そうですね。すると,どのように環境調整をするとその人が生きやすくなるのかが分かりやすくなり,簡単な手当てができるようになります。特に子どもとか若い方では,まだ“不適応になったばかり”のことが少なくありません。その状態で,環境調整ができると,あっという間によくなったり,2次障害の予防になることもあります。

よくある事例で,「学校で暴れています。発達障害の2次障害だと思うのですが……」という相談を受けることがあります。しかし,ていねいに観察してみると,それは学校の刺激が多過ぎて,その子の過敏性などの発達特性に負荷がかかり過ぎていることが主な要因であることが見えてくることがあります。それであれば,どうやって刺激を減らそうかとか,どうやって学校の中で休めるようにしていこうかとか,それを考えていくことで解決していける場合もかなりあるのです。

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5.2次障害としての過剰適応の問題

[糸井]あともう一つ,2次障害の表れ方として気をつけた方がいいのは,最近強調されるようになった過剰適応の問題です。合わない環境でずっと我慢して過剰適応するのも一つの発達障害の特徴の表れなのです。ずっと適応していたようで,あるところでばったりと学校に行けなくなることがあります。その場合も見逃してはならないと思います。

[下山]2次障害というと,症状としてワーッと出現してくるイメージがありました。しかし,過剰適応によってエネルギーを失っていく,そういう2次障害もあるわけですね。

[糸井]過剰適応は,とてもわかりにくい2次障害だと思います。この問題により,症状を複雑にしてしまう要因の一つに,過剰適応の過程で“世の中で支配的な価値観を過剰に取り込んでしまう”ということがあります。「働かざる者食うべからず」とか「ニートやひきこもりは生きている価値がない」という考え方を過剰に取り込んでしまい,その取り入れた価値観から自分を見て,自己否定をし続けるようになってしまうのです。これは,特にASDの方々に多い現象です。

ネットで溢れているような情報をもとに,自分で自分を永遠にいじめ続けてしまうのです。「だから自分は価値がないんですよ」となってしまう。自分いじめの自己の精神運動が止まらなくなる。そのような悪循環に飲み込まれていくのです。これも非常に発達障害に起こりがちな2次障害の一つの形態です。

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6.2次障害としての主観的な感覚や感情の否定

[下山]そこに,実際の“いじめ”などが入ってくると,問題はさらに複雑になりますね。

[糸井]いじめもそうですし,発達障害の2次障害に関連して,もう一つ見落としてはならないこととして,親御さんなどによる,本人の主観的な感覚や感情を否定する養育という問題があります。発達に偏りがあると,他の人とは世界の見え方や解釈の仕方や感じ方が異なることがあります。その時,本人にとっては真実であることが周囲にとっては奇異に見えることがあると思います。例えば,あるお子さんは,みなが好きで美味しいと言って食べるカレーライスが,辛すぎて食べられなかった。すると,周囲の人から「ぜいたくだ」「わがままだ」「好き嫌いするな」などと言われてしまいました。また,別のお子さんは,「家族旅行は,行ったことがない場所に行くので,不安が強くて楽しくない」と思っていました。するとやはり,「こんなに楽しいことが楽しくないわけがない」と,親御さんに叱られてしまいました。こんな風に,多くの人にとっては美味しいものが美味しくない,楽しいものが楽しくない,ということが起きてしまいます。そして,親御さんなどから「あなたの感じ方がおかしい」と言われてしまいます。こうなると,発達の偏りをもつ本人は,「世の中的に正しい受け取り方」を取り込む一方で,自分の感じ方を否定してしまうようにさえなります。

それも深刻な2次障害になるわけです。自己感覚が信じられなくなっていくということが起きるのです。「自分の感じていること自体が間違っているんじゃないか」となる。これも発達障害に非常に起こりがちな2次障害の表れ方ですね。

[下山]そのような事態は,本人も周りも問題として認識しにくいですよね。本人も周囲の人も2次障害と認識していないから,それを容赦なく継続してしまう。そして,本人は自分を否定し続ける。それは,深刻ですね。

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7.2次障害の深刻さを認識する

[糸井]そうですね。誰が受けてもダメージを受けるような“いじめ”や“虐待”の問題もあります。それも,もちろん2次障害の一つです。しかし,“それ以前のところでの2次障害”があるのです。
これらの複数の要素が複雑に相互作用している事例もあります。

発達障害的な特性を素因として持って生まれてくると,これらは全て生じやすい問題であるように思います。悲しいことに,自己の存在の根底から自己否定感を持ってしまうことがあるのです。
セラピストがその重みを知っておくだけでも,係わり方やサポートの姿勢に違いが生じるのではないかと思います。また,それだけの複雑な障害のある方々のサポートを,セラピストが大変と感じることも当然なのではないかと思います。

[下山]2次障害としては,とても分かりにくいあり方ですね。しかし,その被害の重さは,あまりに深刻です。生活の中で日々被害が重なり,蓄積されていく。今回の講習会では,このような事態についてもテーマとして議論していただければと思います。

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8.2次障害の改善が難しい要因

[下山]さらに,ASDの場合,一つのことに拘るとそこから抜け出せないという特性があります。2次障害を受けて,否定的な考えを取り込んでしまうと,そこから注意を切り替えることができなくなる。そして,2次障害として,その否定的認知にどんどん囚われてしまうということがあると思います。その点への対応の難しさについてはどうでしょうか。

[糸井]それは,もちろん難しいです。そのような場合には,「なぜそうなるのか」ということに関しての仮説を立てておくとよいと思います。これは,私が勝手に考えていることなのですが,発達障害の方々は,メタ認知が弱いですよね。感情とか,身体感覚の,セルフモニタリングの力が弱いと思います。これはおそらく,2次障害の「変わりにくさ」と関係があるのではないかと思うのです。

多くの方々の,大脳皮質レベルの認知というのは,自分の経験や身体感覚を通して修正されていくものだと思います。例えば,何かが上手くいったとき,身体感覚的に肯定的な感覚が生じて,それが脳にフィードバックされる。そのような下からのボトムアップの情報を通して,高次の認知,大脳皮質レベルの認知が修正されていくと考えます。

そのような身体感覚と高次の認知の繋がりが弱いということは,一旦入ってしまった認知が修正されにくくなるということの一因ではないかと思います。もちろん,“認知を複数持つことが難しい”ということも,修正が難しい要因としてあると思います。それに加えて,ネットワークとして神経系が繋がっていないということが,“一旦入ってしまった認知からなかなか抜け出せない”ということと関係していると思います。

[下山]定型発達の場合,何かの不快感があったりすると,「この不快感は,どうして起こるのだろうか? そうか! こういう考え方をしているから不快なのだ。少し考え方を変えて対応してみよう」と,感覚を手がかりにして対応の見直しができるわけですね。それがASDの場合,難しいということですね。

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9.2次障害の改善を支援するポイント

[糸井]そうですね。ただ,発達障害の特性のある方々も身体感覚が意識化されるときもある。成功体験を身体的に感じられるときもある。その体験をしっかりと感じてもらうことによって,頑固に見えていた認知や考え方が,少しずつ修正できることもあります。

だから,小さなことでいいので成功体験を作っていって行けると良いと思います。成功したら,その体験が流れて消えてしまわないように,「上手くいきましたね」「良かったですね」と,流さずにフィードバックをして,その成功体験をじっくりと味わってもらい,しっかりとご本人の身体感覚に落とし込んで定着していけるように,サポートしていくことが大切なのではないかと思います。すると,ゆっくりではあるけれども,少しずつ,自己否定的な認知や言動が修正されていくことがあります。

“変わりにくさ”に対抗していくためには,その“変わりにくさ”の仕組みに関しての仮説を持っておくことが大切です。自分で経験したことをしっかりと感じていく。その経験の肯定的な身体的な感覚を手がかりとして,認知が修正されていくことがあります。このような経験は,誰にでもあると思います。発達障害の人たちも,同じように変化していけると考えます。

発達障害の場合は,体験が流れていって残りにくいところはあります。ですので,流されないように面接の中で丁寧に扱っていくことが大切です。ただ,そこで一番やりがちな失敗は,その認知を直接言語的に変えようとすることなのです。認知が,不合理な信念だったりするわけです。いわゆる世に言う「認知の歪み」に見えるので,「いやいや,そうは言っても……」と言葉で説得して,なんとかしようとする。

そうすると,ものすごく抵抗が生まれてくる。かえって認知が固くなって,面接自体が上手くいかなくなる。そいうことが起こりがちですよね。ですので,言語で認知を変えようとすることは意味がないと思います。

[下山]そのことについても,ぜひ講習会でお話しください。

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10.2次障害理解のための知能検査の活用

[下山]最後に,知能検査について伺います。2次障害を見極めていくうえで,知能検査をどのように活用できるのでしょうか。2次障害が知能検査の結果にどのように表れてくるのかについて,ポイントを教えていただければと思います。

[糸井]まずIQ値ですね。IQ値を見たときに,90台,80台,70台など,「平均よりも低い」という結果を見たときに,「平均より低いですね」で終わりにするのではなく,「なぜ,そうなのだろう」と考えてみることが大切です。IQ値は,持って生まれた生物学的な,遺伝決定的な数値のように考えられがちです。しかし,それは誤りで,環境で変わりうるものです。

[下山] IQは環境からの影響で変動するものだとの認識がないと,知能検査の結果として出てきたものを全て一次障害としてみてしまう誤りを犯すわけですね。そのIQの低さの結果として2次障害が生まれたといった誤った判断をして,それを固定化してしまう危険がありますね。

[糸井]そうなんです。だから,むしろ低い数値を見たら,「この数値は,この方の“生きづらさ”を反映している可能性もある」という見方をしてみることが大切になります。もともと平均的な値だったのが,低下した可能性もあるということです。そういうケースは,実はたくさんあります。いじめ一つでもIQ値は落ちますから。

[下山]つまり,低いIQ値は1次障害を示すものではなく,2次障害の結果として低下した可能性もあるわけですね。2次障害で生きづらくなっていると,その結果として知能が落ちてしまうことがあるという見方が必要だということですね。

[糸井]それは,実際に脳科学とか神経生理学とかで明らかになっていることです。強いストレスを受け続けると海馬が萎縮することがあります。海馬の萎縮があれば当然,新しいことの学習がとても困難になりやすいので,知識の習得には不利に働くことになります。

ただ,そのような強いストレスがあっても,落ちにくい知的能力もあります。例えば,知覚推理の「積木模様」とか「行列推理」などは,絶対ではありませんが,比較的生育環境の影響を受けていないことがあります。そのように影響を受けにくいと思われる下位検査の結果と,長期記憶や習得知識の影響を受けやすい下位検査の結果との乖離の有無に着目してみます。そうすることで,「環境の影響を受けている可能性があるのではないか」といった仮説も立つと思います。

[下山]重要な論点を教えていただき,ありがとうございました。10月24日の講習会では,今回テーマになった問題を示す事例の検討も行いたいと思います。具体的事例を通して,どのようなストレスが知能検査にそのような影響を与えたのかを解説していただきたく思っています。どうぞ,宜しくお願い致します。

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)
■記録作成 by 高岡佑壮(東京発達・家族相談センター 心理士)

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Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.22


◇編集長・発行人:下山晴彦
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