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20-1.知能検査の結果分析とフィードバック

(特集 夏秋コレクションde研修会)
糸井岳史(路地裏発達支援オフィス)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.20

糸井岳史先生online事例検討・研修会
『知能検査の結果分析とフィードバックの方法』

【日時】7月25日(日)9時~12時
【申し込み】
 臨床心理iNEXT有料会員(参加費無料)
 https://select-type.com/ev/?ev=GA-h57NeC5Y
 iNEXT有料会員以外(参加費3,000円)
 https://select-type.com/ev/?ev=TDYWgi1ho-I

1.はじめに

知能検査の実施とフィードバックは,保健医療分野だけでなく,すべての分野で心理職の主要な活動のひとつとなっています。そのため心理職にとっては,知能検査を実施し,分析し,その結果をフィードバックする一連の作業を適切に実施する技能は必須となっています。

そこで,臨床心理iNEXTでは,糸井岳史先生を講師にお迎えして,心理職が知能検査を活用して有効な心理支援を実践することをテーマとした研修会シリーズを企画し,実施してきました。研修会では,具体的なテーマを決めて糸井先生にご講義をいただくとともに,そのテーマと関連する事例を提示し,事例検討を通して具体的な方法を学ぶことを目的としました。

この事例検討・研修会は,2カ月に一度のペースで継続する予定です。第1回は,既に4月25日に実施しました。次回,第2回は,7月25日となっております。

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2.個別化:知能検査の臨床活用のポイント

[下山]糸井先生には,来る7月25日に「知能検査の結果分析とフィードバック」をテーマとした事例検討・研修会をお願いしています。その事例検討・研修会では,まず糸井先生に知能検査を実施し,その結果をフィードバックする際に心理職が留意すべき事柄についてご講義をしていただきます。その後に「主治医から知能検査(WAIS)を受けるようにとの指示があり,自分としても今後に向けての参考にしたい」ということで申し込みがあった事例の検討を通して,検査結果のフィードバックの要点を具体的に解説していただきます。

そこで,事例検討・研修会に先立って,先生が知能検査を実施し,その結果を心理支援に活用していく際の重視していることを教えいただければと思います。特に,知能検査の技能を習得し,臨床活動のツールとして自信をもって活用できるようになりたいと考えている心理職に伝えたいポイントを教えてください。

[糸井]第一にこだわっているのは,“個別化”です。知能検査では,因子分析の結果である知能因子の視点から解釈するという視点が強いのです。それは,統計学的に妥当性がある理論なので,解釈上大切だとは思います。因子分析というのは,たくさんの情報を,変数間の相関関係からまとめるための方法であり,多くの人に当てはまりやすい要因を抽出するためには役に立ちます。しかし,私たちが臨床で大事にしないといけないのは,「この人はどうなのか」ということです。一人ひとりの事例を見ていくときに,もちろん知能理論も参考にします。しかし,臨床の場では,「この人には何が当てはまり,何が当てはまらないのか」を個別に,具体的にみていくことが大切になります。

[下山]知能検査の因子の意味とか,どのような研究によって知能検査ができたのかなどの知識は,背景理論についての本を読むことで知ることができる。試験は,そのような知識があることで用足りる。しかし,いざ,ケースで知能検査を使う,しかもそれをクライエントのために役立たせるということになると,個別性が重要になってきますね。

[糸井]心理学の理論は,知能検査に限らずそのような面があります。たとえば,性格理論ならBig Fiveという非常に盤石な理論があります。では,一人ひとりのパーソナリティを見るときに5因子だけ見ればいいのかというと,それは違う。5因子だけでは,パーソナリティのすべては,表現できないと思います。精神分析であれ,認知行動療法であれ,その理論の枠組みで見ることができる部分もあるけれども,見られない部分もある。そこを,臨床なのだからもう少し丁寧に見ていきましょうということです。

[下山]見えないレベルを含めて一つひとつの事例の個別性を大切にしていく。「個別性を大切にする態度と技術をどのように学ぶか」は,臨床実践において重要なテーマですね。特に若い心理職にとっては,それが課題となる。それとともに若い心理職を指導するベテランにとっても,その点をどのように伝えるか,教えるかが課題となる。

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3.知能は環境の影響で変化する

[下山]若手心理職にとっては個別化をどう学ぶか,教える立場のベテラン心理職にとってはどう教えるか。そのあたりのお考えを教えてください。

[糸井]一つは,知能検査ということで言えば,「知能をどのように捉えるか」という点が,とても大切ではないかと思います。大学の心理学で知能や知能検査,IQの概念を教わるときに,知能とは,非常に遺伝的な影響が強く,生物学的に規定されているもので,一種変えようがない運命のような,知能観を植え付けられます。心理学の歴史的な経緯から考えて,仕方ない部分もあるとは思いますが,そのイメージが強すぎて,臨床に悪影響を与えているのです。

知能という心理学的な構成概念が,あたかも他の諸能力とは独立したものであるかのように教わります。そのため,人間の脳の中に知能を司るところが独立して存在していて,そこは生まれながらに決まっているという理解になりがちです。その結果,「知能は他の何ものからも影響を受けない」という知能観で知能検査を解釈してしまいます。そこに一つの大きな問題があると感じます。実際の事例を見てもそうですし,最近のさまざまな研究の進歩を見ると,遺伝の影響を受けつつも,そこまで生物学的に決定されているものでもありません。

例えば,小児期逆境体験と知能との関連性についての研究を見ると,知能は生育環境によってネガティブな影響を受けることがわかってきています。反対に,その子どもたちが,恵まれた養育環境に移行できると,知能が発達していくこともあります。生まれながらにすべてが決まっているわけではないのです。実際,少年院や刑務所に来る人たちの知能検査のデータを見ると,−1SDから−2SDくらい低下していることがわかっています。

[下山]下がっているというのは,平均から?

[糸井]平均から下がっています。IQ 80前後くらいの人が多いのです。このような現象から以前は,知能が低いから犯罪や非行をすると言われていた時代もありました。今は養育環境に恵まれていないと,そのくらい低下することもわかってきました。小児期の逆境体験という要因があって,その影響によって知的能力も落ちていく。また,知的能力の要因とはある程度独立しながら,小児期の逆境体験という,知的能力を低下させる共通の要因の影響を受けて,非行・犯罪という問題が形成されていく。つまり,「低い知的能力→非行・犯罪」ではなく,「小児期逆境体験→知的能力の低下と非行犯罪」という関係性があることがだんだんわかってきました。いろいろなエビデンスを見ていくと,知能というものは,生まれながらに決まっていて安定しているものではなく,環境の影響を大きく受ける可能性があるということが言えると思います。

このように「知能は変動しうる」という柔軟な知能観を持っているだけで,知能検査の結果を見ていくときに,生育環境の影響との関連性を検討することや,長期予後を改善するための支援方法を考えるなど,解釈や支援の発想の幅を広げることができるようになります。ところが,知能は生物学的に規定されていると強く考えすぎることで,IQ値の位置づけ,例えば「平均」とか「平均の下」とか,などの位置づけを,絶対視しすぎてしまうような問題が,現場では生じているように思います。

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4.知能検査を解釈する際のポイント

[糸井]知能検査の解釈の勉強をしたいと考えている人はとても多いようです。そのような方々から,「何かいい本はありますか」とか,「どのような勉強をすればいいですか」と,質問をされることがあります。この場合,「知能検査の解釈の直接的な参考になるような」という前提があると思うのですが,しかし残念ながら,知能検査の勉強だけをしても,知能検査の解釈の勉強にはならないと思います。

関連書籍や解釈マニュアルのような本も出ています。私も,もちろん参考にしていますし,勉強にもなります。しかし,そのような本を読むだけで,知能検査の解釈できるようになるかというと,それだけだと知能検査の解釈に必要な知識の幅として,狭すぎるのではないかと思います。

心理臨床の場でお会いする人たちは,発達障害やうつ病,PTSDなどのさまざまな精神疾患を抱えています。そのような方々の知能検査の結果の意味を解釈するためには,それぞれの精神病理が,知能検査の課題に,どのような影響を及ぼすのかを,知っている必要があります。例えば,発達障害では,発達障害の発達特性の影響が,統合失調症であれば,統合失調症の精神病理の特徴が,知能検査の質的な特徴として現れます。それを知っておく必要があるのです。

発達障害の中核的な認知特性として,有名なものでは,Frithの中枢性統合障害仮説があります。発達障害では,細部に注意が向きやすく,ものごとをバラバラに見がちで,統合的に認知するのが難しいということです。そういう認知特性があるから,かえって「積木模様」のような課題ができてしまうということもある。

他にもいろいろあります。例えば,感覚過敏の影響で,多数の視覚刺激に圧倒されてしまうので,「記号探し」や「絵の抹消」のような課題が苦手になることがあります。どちらも「処理速度」の課題ですが,この場合には,情報処理の速度が遅いのではなく,「感覚過敏」という発達障害の発達特性の影響を受けているのです。あるいは,課題の取り組みへの構えが独特で,急ぐことよりも正確性を重視してしまうので,遅くなってしまうこともあります。このように,さまざまな発達特性が,知能検査の結果に影響を及ぼします。その結果を,知能因子の視点から,「処理速度が遅い」とだけ解釈したら,本人の特徴をとらえたとは言えず,的外れな解釈となります。

知能検査を臨床的に活用するためには,それぞれの精神病理の影響の現れ方を,知る必要があります。十分な先行研究がない精神疾患の場合には,その精神病理や特性の影響から,どのような影響が現れそうか,自分なりに仮説を立てておくことが求められることもあります。

知能検査の解釈を勉強するためには,検査の対象者の特性や精神病理の特徴なども学ぶ必要があります。くれぐれも,知能検査の結果を,それらの精神疾患から独立したものとして解釈しないようにしてほしいのです。

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5.解釈の“正しさ”にこだわらない

[下山]確かに,そもそも知能は遺伝的に固定されていることが前提に議論が進むことが多い。特に医療ではその傾向が強いと思う。そのため,知能検査にデータに基づいて診断などを決めてしまうこともある。たとえば,知能検査の結果だけで発達障害の判断をするといった誤ったことが横行していた時期があった。今でもそのようなことが行われている。

それは本末転倒。むしろいろいろな状況の中で,場合によっては発達障害の影響によってIQの在り方が出てきているという面がある。それにもかかわらず,何かまるで知能検査の結果を独立したものととらえて,そこで診断の手段に使ってしまう。それは非常に怖いこと。実際そういうことが起きていると思う。

[糸井]そう思います。IQが70としても,中身は人によって全然違います。つい先日もIQ値が知的障害レベルにあるケースの症例検討をしました。主治医からは知的障害と診断されていました。しかし,中身を見ると,先天性の知的障害とはかなり異なり,被虐待等の逆境体験の生育歴の影響がある症例でした。IQ 70という結果が出ていたとしても,数値の背景にある質的な内容まで吟味しないと,どのような特徴の結果としての70なのかがわかりません。その被検査者が生きてきた歴史も見ないとわからないと思います。

それを,ただ「IQが70未満だから知的障害なんだ」と判断してしまう。その結果や解釈の影響を受けて,支援の方向性が「IQ 70しかないから障害者就労しかないですね」という流れになっていくことさえある。しかし,結果としてのIQ値が低かったとしても,本人の知的能力の特徴が,その数値に反映されていないことはあるのです。70未満のIQ値であったとしても,仕事は普通にできるという方々は,少なくありません。それを,「IQがいくつだから」という結果のみを根拠として,支援方針を決めてしまうと,ニーズとはずれた支援となり,本人も傷つくということになりがちです。

それから,知能検査の勉強の話題からは離れますが,臨床という意味では「どのように知能検査を活用するか」ということが重要になります。この点に関連して心理士は,「心理検査の解釈が妥当かどうか」ということの方に,注意とエネルギーを注ぎがちかもしれません。診断名を検討していくときにも,「発達障害か否か」ということや,「この診断名が妥当か否か」ということに,意識を向けすぎている傾向があるように感じます。

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6.「客観な結果」と「何を伝えるか」は異なっている

[糸井]もちろん,私たちは客観的な根拠に基づいて,心理検査を解釈し,診断名の見立てをします。しかし正しい心理検査の解釈や見立てができれば,それでうまくいくという発想が少し強いように思います。それだけでは十分ではありません。たとえば,発達障害の特性があることがはっきりしたとしても,「それを伝えたほうがよいかどうか」はまた違うはずです。

[下山]それは,「発達障害という診断を伝えた方がよいかどうか」ということですか?

[糸井]そういう意味です。「あなたは発達障害ですよ」と伝えたほうがよい人もいれば,伝えないほうがよい人もいます。反対に,発達障害の特性が強いとはいえない人,発達障害と診断するレベルではない人であっても,「発達障害があります」と伝えて,医学的に診断をした方がうまく場合もあります。つまり,どうすればクライエントにとって臨床的に意味があるかということと,客観的にどのような状態にあるかということは,別のことです。

ところが,実際には,「どうするとうまくいくのか,どうすると生きやすくなるのか」という臨床的な見方よりも,「解釈が合っているか,妥当かどうか,診断が当てはまるかどうか」という“正しさ”の方に,心理士の意識が向きすぎてしまうことが,少なくないように思います。

[下山]なるほど。糸井先生が「個別性が大切」という場合の個別性の意味が具体的にわかってきました。一つは,同じIQでも,“どのような環境の中でそれが出てきているのか”によって,その内実が異なるという「個別性」がある。それからもう一つは,「何が正しいか」という妥当性の問題と関わる「個別性」がある。

今回の検討・研修会のテーマは,「知能検査の結果分析とフィードバック」となっている。心理職として「結果をどう伝えていくか」は,その「個別性」と深く関わってくるわけですね。

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7.心理学の“研究”と“実践”の違い

[下山]心理学の目標は,人間の行動原理を科学として見つけていくことです。心理学を真面目に勉強すると,「その研究結果にはどのような一般性があるのか」,「その結果には信頼性と妥当性があるのか」,「その結論には普遍性があるのか」という,一種の科学的思考法を叩き込まれる。

それは,“科学的”な研究のための思考法。しかし,現実で起きている出来事は,すべて普遍的な原理で決まっているのではなく,個別的なものである。さまざまな状況でさまざまな出来事が個別に起きてくる。現実は,非常に多様ですね。

因子分析などを駆使しして一般性や普遍性のある人間の能力の法則を探り出そうとした成果が“知能”である。知能検査は,そのような心理学の研究成果として出てきたもの。しかし,それは,現実に生きている個別の人間に関しては,唯一の正しいことではない。そこで,心理職には,知能検査の結果をどのように現実場面に適用し,個別事例に落とし込んでいくかが問われることになるわけです。

心理職は,心理学を学びつつ,研究と実践の違いを知った上で臨床実践を進めていく。そこが,心理学の研究者ではなく,実践者である心理職の課題になる。心理学や心理学の成果を無視するのではなく,それを大切にする。しかし,大切にしながらも,個別性を前提とする臨床の場では,それをどのように活用するのかがポイントとなる。研究と実践,一般性と個別性,その両面をどのように使いこなすのかがすごく重要となる。難しい課題ですね。

[糸井]そう思います。理論化の過程や,理論の限界をふまえて勉強する必要があるのだと思うのです。因子分析を勉強すれば,その良さもわかれば,限界もわかるのではないかと思う。知能理論にしても,ビッグ5にしても,普遍的な理論を導いた,心理学の素晴らしい学問的成果であると思います。同時に,理論化する過程で捨象してしまっているものもあるはずで,その限界もある。特に,個別的に結果を解釈する際には,その限界を意識しておく必要があると思います。

[下山]私の知っている心理統計の専門家も同じことを言っていた。

[糸井]そのような意味でも,知能検査の因子さえ解釈すればよい,という話にはならない。理論には,どのような素晴らしい理論であっても,必ず適用と限界があると思うのです。その両方を学ぶ必要があると思います。

[下山]心理学研究の成果を知るとともに,その適用と限界を学ぶことが,臨床活動における個別性の理解につながるということですね。その学びを実践にどのように活用していくのか。それが,どのようにクライエントにフィードバックするのかに関わってくる。「分析結果を伝えるのか,伝えないのか」「伝えるなら,どういう形で伝えるのか」という判断をしていくことになる。結局,“それが正しいか”よりも,“臨床的にどうしたら有効なのか”ということが重要となることはわかりました。それでは,“臨床的に妥当なフィードバック”は,どのように実践すればよいのでしょうか?

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8.“自己理解”の支援:フィードバックのポイント

[糸井]フィードバックについては,私の臨床経験上は,発達障害の人が多かったので,発達障害の場合ということでお答えします。何が治療的になるのかというと,一つは自己理解に貢献できるかどうかです。ただ自己理解をするのは,本人にとって心理的に負担になる作業でもあります。特に,誰でも自分の「弱い部分」を見ることは,辛い作業になりがちです。そのため,フィードバックが治療的であるためには,もう一つ,自己理解が,自己肯定感につながるということが必要ではないかと思います。自己理解をして,「自分のことがわかってよかった」と思えるように,フィードバックの方法や内容を調整して伝えることが大切です。

[下山]検査を受けた方の自己理解のあり方は,まさに千差万別です。特に発達障害の場合は,そこに個別性がかなりある。それを読み取るには,どのような生活をしてきたのか,どのような経験をしてきたかを見ていかないといけないですね。

[糸井]心理検査のフィードバックを通して自己理解を進めていくためには,クライエントさんご本人が,いろいろな経験をしていて,その経験が,ある程度,整理されている必要があります。ご自分が,何が得意で何が苦手なのか,どういうときには上手くいって,どんなときに失敗しやすいのかなど,ご自分の経験が概念化されていると,心理検査の結果と生活上の経験をつなげて考えて,結果を自己理解に活かすことができると思います。

ところが,発達障害の方々の中には,モニタリングが上手にできない人がいるので,経験が整理されていないことがあります。すると,知能検査を施行して,いくら「強み」などを伝えても,あまり「ピンと来ない」ということが起こるのです。このような人の場合には,知能検査のような,抽象的な経験を通して自己理解を図るよりも,もう少し具体的な生活場面に寄り添って,生活経験を一緒に整理していくことの方が,自己理解の支援として意味があることがあります。

[下山]フィードバックする際のポイントは,抽象的なことではなく,具体的に「どのようなことに関して,どのように気をつけるのか」を伝えることですね。具体的な生活の仕方や表現の仕方を伝えることで理解がしやすくなり,実行しやすくなる。そういう工夫が必要ですね。

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9.有害なフィードバックをしないために

[糸井]苦手な部分,弱いところ,ご本人が上手くできないことについて,フィードバックをする際には,対処方法を伝えることが原則です。「あなたには,このような苦手な部分がある」だけで終わってしまっては,あまりにも辛いと思います。

[下山]今の日本の臨床現場では,そのような類の結果通知が横行しているのではないでしょうか。特に保険点数に絡めて実施する検査では,その傾向が強い。その結果,患者やクライエントに害を与えてしまう問題は深刻であると思う。間違った診断を固定化してしまう危険もあると思います。

[糸井]検査結果は,「どうすればいいのか」という対処方法とセットでフィードバックする必要があります。クライエントは,「確かにそこは苦手だけど,~していけばよいのですね」と思えます。対処方法とセットで,自分の苦手な部分を理解することで初めて,自分の特徴として受け止めることができるようになるのです。対処方法や,困っていることを解決していく見通しがないまま,苦手さのみを伝えることは,よい結果に結びつかないように思います。

[下山]そのような結果通知で,依頼元の医師や教師,あるいは家族は,「問題の原因がわかった」と誤解して安心する。しかし,実際には,本人にとっては検査自体がトラウマになってしまう危険性がある。それでは,周囲の安心のための検査となり,本人にとっては重荷に与えるだけのものになってしまう。

[糸井]その通りで,やけになっていくとか。むしろ適応を悪くすることもあると思います。

[下山]それは,深刻な問題ですね。そういう場合が,かなり多いかもしれない。

[糸井]特に発達障害の概念が広がったせいで,発達障害と言われるだけ言われてあとはサポートがないということも少なくありません。さらに知能検査もやって,「ここが悪い」,「そこが悪い」とか言われて,御本人は絶望して帰るみたいなことが起きています。

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10.7月25日の事例検討・研修会に向けて

[下山]「知能検査の分析結果をどのようにフィードバックをするのか」というテーマに関して,その問題点と対処法についてご示唆をいただき,ありがとうございました。7月25日の事例検討・研修会に参加を考えている皆様には,たいへん参考になる情報をいただけたと思います。

当日は,糸井先生のご講義の後に,「主治医からの示唆を受けて,知能検査(WAIS)の実施と結果のフィードバックを希望して来談した成人女性」の事例の検討を行います。事例検討を通してどのようにフィードバックをするのがよいかについて具体的に解説していただきます。それに加えて「知能検査の実施前の事前面接」や「フィードバック後の継続支援」のあり方についても議論したいと考えています。どうぞ,宜しくお願いいたします。

■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)
■記録作成 by 石川千春(東京大学大学院 博士課程)

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◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

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