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8-3.医療分野で活躍するために必要な技能とは

(特集 今!現場で必要な心理職の技能)

高野公輔(東京女子医科大学病院)
Interviewed by 下山晴彦

1.はじめに

「医療分野で必要な知識や技能とは何か」をテーマとして下山晴彦が高野公輔先生にインタビューをした記録を記事として再構成した内容を掲載します。

高野公輔先生プロフィール
大学院修了後,都立墨東病院神経科デイケアで勤務,その後に済生会横浜東部病院に勤務。現在は,東京女子医科大学病院神経精神科に所属し,コンサルテーション・リエゾンチームの専従心理職として勤務。その他,リエゾン領域の教育研修構築を目指した研究グループにおいて,コンピテンシー研究を行っており,医療領域で働く心理職の技能とは何かに関心をもって仕事に取り組んでいる。

インタビューは,2020年7月11日にオンラインで1時間ほど実施しました。井上薫(東京大学特任研究員)がオンライン環境の運営と記録作成,石川千春(東京大学博士課程)が記録作成を担当しました。

2.医療分野の心理職の仕事の特徴

コンサルテーション・リエゾンという活動
私は現場に出て15年目の臨床心理士,公認心理師です。一般病院に長く勤めた後,昨年度から現職に勤務しています。一般病院と大学病院の両方で仕事をしてきました。精神科に所属し,コンサルテーション・リエゾンにおいて,身体疾患を抱えた患者の心理援助を中心に行ってきました。

仕事の特徴としては,医療分野なので,心理検査と心理療法が中心になります。私は,コンサルテーション・リエゾンチームの専従心理師として勤務し,コンサルテーション・リエゾンを中心に行っています。一般身体科の医師や看護師,また身体医療に関わるメディカルスタッフ,リハビリ専門のスタッフや栄養士,そういった方々と連携しながら患者さんのケアに関わっています。

コンサルテーション・リエゾンでは,多職種間のコミュニケーション能力が必要です。コンサルテーションなので直接介入ではなく,その一般身体科のスタッフが患者さんと関わりやすくなるように支援するというのが中心になります。その点で通常の心理療法とは違う能力,コンピテンシーが必要になってきます。

医療領域の中でも,一般身体科ということで,心療内科や精神科とは,またずいぶん違います。身体科の先生や看護師が使っている言葉が,私たちにはわからないことがあります。そのため,一般的な医療の知識が求められます。ただ,私たちはそのような知識は卒前教育で学んでいるわけではないので,現場に出てから学ばないといけないということになります。

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一般身体科領域における心理職の仕事
【下山】今日のお話は,精神神経科や心療内科で働くということよりも,一般身体科の領域で心理職が働くための,知っておいてほしい技能のお話をいただくということですね。

そうです。私は,前職でもリエゾンチームの専属をしていました。560床の総合病院でした。常勤の心理職が7名とかなり充実していて,全体に関わる心理独立の部門だったので,救急救命だとか,悪性腫瘍,腎臓領域,周産期,幅広く関わっていました。

【下山】一般身体科における心理職の仕事はこれからますます広がると思いますし,必要とされていると思います。先生が一般身体科で働くまでのキャリアを教えてください。

最初は非常勤で精神科のデイケアとクリニックで勤務していました。その後,総合病院に入って,身体疾患も関わりながら,心理検査や心理療法の知識や技能は必要だと思って,精神科の臨床にもかなり関わってきました。心理検査や心理面接のSVは継続して10年以上受けていました。

【下山】一般身体科のコンサルテーション・リエゾンに入っていくためには,精神科での経験は必要なのでしょうか。

最近は,多くの若い心理職が一般身体科に数年入っていて,精神科を経験せずに活躍している人もたくさんいます。コンサルテーション・リエゾンに関わりながら,基本となる心理検査,心理療法のスキルを学んでいくこともできると思います。

【下山】直接一般身体科に入って心理職の技能を学んでいくというスキルアップもできるということですね。では,一般身体科の仕事の概略を教えてください。

リエゾンチームなので,一般身体科から精神科にコンサルト,つまり依頼を受けた場合に,精神科の医師と,リエゾンナースという専門看護師と一緒に患者さんのベッドサイドへ行って介入します。患者さんだけではなく,困っているのは,その診療科の医師や看護師なので,そのニーズをしっかり把握した上で介入していきます。また,個別に心理師の介入が必要な患者さんもいるので,チームの介入に加えて,心理師が単独で関わることもあります。それがリエゾンに関する業務内容です。

それ以外に,透析導入が必要な患者さんには,腎代替療法選択外来といって,透析療法も血液透析と,腹膜透析と,腎移植という選択があります。腎機能が悪くなって透析が必要になった患者さんが,どの治療法を選ぶかという意思決定の支援をします。患者さんの背景情報,どういったことを大事にしながら,腎代替療法,透析を継続していくかというところのサポートも行っています。それは,腎臓内科の医師や看護師さんなどと協働しているところです。

東京女子医大は,移植の患者さんが多い病院でもあります。腎臓移植,肝臓移植,心臓移植,あとは膵臓移植と造血幹細胞移植があります。そういう移植を受ける患者さんの*移植前の心理社会的評価を担当します。移植後,拒絶反応が起きてしまったときの対応もあります。あとはアドヒアランスにも関わります。内服や食事制限が難しくなってきた患者さんに対して,精神科のスタッフと一緒に入ることがあります。なお,前職の横浜の病院では,救急に関わることも多くありました。

【下山】サイコオンコロジー,緩和医療には関わることはないのですか。

今働いている大学病院では,緩和ケアチームにはあまり関わっていません。リエゾンに関わっている心理職は私一人だけなので,対応できないのが現状です。1,000床以上の病院なので,リエゾンで移植にも関わっていて忙しく,緩和ケアまで手が回らない状況です。ただ,リエゾンチームで関わる患者さんと,緩和ケアチームで関わる患者さんが重なってくることも当然出てきます。治療に関わる抑うつとか不安とか,終末期のせん妄の症状などです。そういうところで関わってくるので,緩和ケアチームとも情報共有をしながら,一緒に患者さんに関わらせてもらっています。

一般的にコンサルテーション・リエゾンチームが関わる領域は,かなり幅広いですね。
身体科にかかっている患者さんは,すべて対象になります。整形外科の外傷の患者さんの場合もあります。たとえば,脊髄損傷などで体が動かなくなった患者さんもいらっしゃる。あらゆるところでリエゾンや心理職が関わることになりますが,まだなかなか,そこまでマンパワーが足りていないのが現状です。

今後,一般身体科で働く心理職のニーズはますます高くなると思いますが,卒前教育がなかなか難しいことともあり,また,教育体制やサポート体制が整っていません。リエゾンや身体科に関わりたいという若い心理職もいますが,実際に現場に入ると,一人職場だと苦しくて,結果的に退職してしまうこともあります。そこのところの支援は,中堅やベテランがしっかりと整えていかないといけないところだと思っています。

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3.医療分野の心理職の基本技能

基本としての心理療法とアセスメントの技能
やはり心理職なので,基本的な心理検査・心理療法のスキルは,知識も含めて身につけておいてほしいですね。そしてコンサルテーション・リエゾンに焦点を当てると,連携の技能が重要となります。連携するにも,他職種の方々がどういう教育を受けていて,どういった役割を果たす職種なのかを知っておく必要もあります。そういうことを知らないと,こちらから,具体的に何をお願いするかを言えなかったりします。どんな困り感があって,こちらにどういうことを要求されているのかが把握できないので,それに関してはあらかじめ知っておく必要があります。

そのためには,実習とかで,いろんな職種のいる病院に行く機会があれば,そのなかで少しレクチャーを受けたり,見学させてもらったり,というのはしてもいいと思います。前職で大学院の実習生を受け入れた時は,必ず他職種の看護師,臨床工学技士,薬剤師など,いろいろな職種の方にお願いして,見学させてもらったり,説明をしてもらったりしていました。

【下山】現場に入った時には心理療法や心理検査ができていてほしいということでしたが,どのような心理検査の技能が求められますか。

特にWAIS。精神科領域ではもちろん,身体科領域でも必要なことがあります。所見が書ければいいが,これについては,上級の心理職がいれば教育ができるので,最低限実施ができればいい。あとは,神経心理学的検査。ベーシックなものが実施できて,どんな機能が図られているかを理解しておく。私たちの場合は,研究も含めて実施しているので,いま使っているのは,MoCA-J(認知機能のスクリーニング検査の一種),それとMMSE(ミニメンタルステート検査)などのベーシックなもので,認知機能の評価を行います。TMT(Trail Making Test)に似たものが入っています。あとは,CDT(Crock Drawing Test:時計描画テスト)が入っていて,実施していて感度がいい。認知機能がうまく拾える検査だと思っています。

【下山】検査を実施し,そこから見立てを伝える技能についてはどうでしょうか。

これは,なかなか難しい。これについては,SVを受けたり,職場のなかで教育を受けながら,研鑽を積んでいくことになります。特にリエゾン領域だと,検査結果,所見を読む対象が,一般病棟の看護師や先生だったりするので,特に言葉の使い方について注意しないといけない。誤って伝わってしまったり,ネガティブな印象をあまりもたれてしまうと,患者さんの不利益になってしまうこともあります。自分の書いた所見やカルテ記載,検査に限らず心理面接の記録についても,それが相手にどう伝わるのか,どう活用されるのかを意識しないといけないですね。

そのような教育をするサポート体制が必要となります。だから,複数の心理職がいるのが理想です。そのためには心理職がある程度,診療報酬に組み込まれることが必要だし,そういう動き,活動も必要だと思います。

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リエゾン領域の心理職の役割と技能
【下山】リエゾン領域において多職種で協働するなかで,心理職に期待される役割と技能について教えてください。

私が考えているリエゾン領域の心理職の役割は,身体治療が心の問題で滞ってしまった時に,そこをしっかりサポートできることです。たとえば身体の治療で入院されている患者の身体治療をしっかり進める,そこをしっかりサポートするというのが大切な役割と考えています。

技能としては,心理療法の中に含まれてくると思いますが,アセスメントやケースフォーミュレーションができることが重要であると思います。また,身体治療ではアドヒアランスの問題が出てきます。食行動や内服管理,定期的に受診をするなど受診行動,そこで崩れてしまった患者をサポートする必要があり,認知行動療法行動療法の考え方が重要になります。そういう関わりをすることで,身体治療のアウトカムに心理職が関わることができることは重要な点だと思います。

患者さんとのコミュニケーションの技能も重要となります。医療者と患者さんのコミュニケーションの齟齬は大きい。患者さんは病院に入ると,「病気以外のことを話していいのか」ということを気にされる。経済的なことや生活のことを話すことが大丈夫であることを患者さんに伝えて,コミュニケーションを円滑に進めることが重要だと思います。それによって,例えば透析のような周りで受けている人を見たイメージが先行して生じる誤解や治療に関する偏見,偏った知識などをなくすことができます。動機づけ面接の技能については,糖尿病の患者さんなどでセルフコントロールが難しく,行動変容を促すのが難しい場合は,動機づけを高めることは第一段階で必要だと思います。

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4.医療分野の心理職の中核技能

チームマネジメントの技能
まずはアセスメントをしっかりすることが大事です。また,私は専従で関わっていますが,リエゾンチームで関わっている際については,チームのマネジメントをするためにチーム全体を見る,チームをまとめる,チームを動かす,リエゾンチームと他のチームとの交渉をする技能などが求められます。

精神科リエゾンチームの算定要件,施設基準では,専従のスタッフがコメディカルとなっています。医師や看護師は,専任で5割で良いとなっています。それに対して専従の心理職や薬剤師,作業療法士,ソーシャルワーカーなどは8割の必要があります。そのため,心理職がチームに関わるエフォートが高いので,結果的に中心的な役割を任されることが多くなります。

現在は,病院がCOVID対応する中で,COVIDと関わる病棟との連携をどうするかということが大きなテーマになっています。入院された患者をサポートする際に,感染のリスクを考えて通常のリエゾンのような往診で直接出向くのではなく,電話や医師や看護師と連携をとることになります。そのため,精神科のサポートが必要な人に対してどうやって支援を届けるか,どのようにスクリーニングをかけて依頼をいただくかというフロー,システムを検討し,動き始めています。

集団をみる技能とコミュニケーション技能
【下山】日本の心理職は,チームで連携する技能教育をする体制が整っていません。ましてや,チームのマネジメントをすることの教育体制などはその先の課題という状況であると思います。

一般身体科の現場スタッフが安心して働くためのお手伝いとして,医療者の面接など直接的な支援もできますが,患者さんの身体治療やケアの負担を少しでも減らすようなサポートやシステムを整えることも大事だと思います。チームマネジメントの担当として,試行錯誤しながらシステムを作っていったり,実際に身体治療やケアがうまくいって無事に患者さんが退院できると,やりがいを感じます。チームマネジメントの役割は,今後,だんだんと心理職に求められる部分だと思います。

心理職は,マネジメントの教育をカリキュラムとしては受けていないかもしれませんが,集団を見ることを学んでいるのではないかと思います。私は,心理職の最初の仕事としてデイケアに入ったため,メンバー全体を見る,デイケアのメンバーと主治医の関係,作業所などの地域を見る,デイケアのスタッフとの関わりを見るなど,集団を見る経験をしていました。それが現在役に立っている気がします。

チームマネジメントをする上で重要なのは,看護師や医師など現場の方の困りごとを聞き,コミュニケーションをしっかりとることだと思います。リエゾンは現場のスタッフとの関係性の中で仕事をしていきます。前職では12年働く中で,ある程度院内スタッフの方と顔見知りになり,どういう方かを知り,現場のキーパーソンもわかっていました。新しい職場だとそこがまだわからないので,そこをしっかり把握してニーズを拾うことが大事だと思います。

また,身体科では,薬物の知識が必要となります。一番大事なのは,精神症状に影響が出る薬を把握することです。ステロイドや抗癌剤などは精神症状に影響を及ぼして,時には認知機能が落ちることもあります。ベンゾジアピン系はせん妄が惹起される可能性もあります。そういった症状が出てくるものを把握する必要があります。そのような薬物の知識を増やすために,私は現場に出てから医師や薬剤師に沢山質問して教えてもらいました。ここでもコミュニケーション技能が重要となります。

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5.医療分野の心理職の発展に向けて必要となる技能

行動変容技能とアドヒアランス技能
今後,医療分野の心理職がスキルアップしていく技能として,アドヒアランス向上を目指すような行動変容の技能,身体治療のアウトカムに関わるような技能は必要だと思います。あとは,マネジメント能力と後進を育てる教育のスキルの技能です。私たちが臨床経験をしっかり積み重ねて後進を育てる必要があると感じているため,コンピテンシーとは何かなどを研究グループで研究し,その技能を身につけられるような教育研修のシステムを作りたいと思っています。

キャリアパスを描く
【下山】医療領域で現在働いている心理職,そして,今後入りたいと思っている人に向けて,医療領域の発展のビジョンを教えていただきたい。

心理職はキャリアパスを描きにくい職種であると思います。私自身も5年後どうなるかわからない中で今まで何とか続けてきました。私自身は,少し上の先輩で,こういう心理師になりたい,いい臨床をされている心理師を見つけて,その人をモデルにして,研鑽を積んできました。なるべく多くの心理師に出会って,学会や事例検討会などでその方の臨床に知る機会を持つことも,キャリアパスを描くためのきっかけになるかもしれません。

現状では,多くの心理職は,現場に出ると,一人前の専門職としての能力を求められることもあります。そのため,中堅以上の心理職がサポートするような研究会などの組織を作っていきたいと思っています。横のつながりや縦のつながりを生かしながら,研鑽を積んでいけば,心理職が医療領域で発展していくこともできると思います。

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研究の技能と教育の技能
心理職が今後発展していくためには,研究など含めて,しっかり発信してくことが必要であると思います。また,「心理職はこんなことができる」ということを身体科の先生に伝えていく必要もあると思います。例えば,移植や透析の学会に心理職が入っていって,今そこで発信していく必要があると感じています。

教育に関しては,医療領域の技能,つまりコンピテンシーについては,私も参加している研究グループで,リエゾンの臨床現場に入って最初の5年間の,どの時期でどのようなコンピテシーを獲得するかというキャリアパスを整理できてきました。そういうものが表に出せるようになったら,心理職のスキルアップの指標として活用できるものとなると思います。

【下山】最後に本誌の読者の心理職にメッセージをお願いします。

私自身が大学病院に移ったことも影響していると思いますが,研究することの重要性を感じています。臨床心理士では,活動の4本の柱の一つとして研究が入っています。しかし,公認心理師には入っていません。心理職として成長するためには,自分の視点や疑問を言語化し,先行研究などを見て,自分の今の臨床はどうなのかという俯瞰的視点を持つ必要があります。それは,研究に関する知識や技能は臨床に還元できるし,それによって発信できることがたくさんあります。私もそこを大事にしながら発信していきたいし,大事にしてもらえればいいと思います。

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