47-1.精神科治療と心理支援の徹底対談
「そもそも心理支援は精神科治療とどう違うのか」出版記念講習会
臨床心理iNEXTオンライン研修会
注目新刊本「訳者」研修会
1. 「そもそも本」出版記念緊急企画で、“徹底対談”が実現!
本誌「臨床心理マガジンiNEXT」掲載の対談に、新たな対談を加えて編集した「そもそも心理支援は、精神科治療とどう違うのか」(遠見書房)が出版されました※)。これは、医学モデルの影響が強い公認心理師制度の中で、改めて「心理支援の専門性とは何か」をテーマとした対談のコレクションです(以下、「そもそも本」と記載)。
※)https://tomishobo.com/catalog/ca192.html
「そもそも本」は、タイトルから分かるように「心理支援と精神科治療の違い」を問うものです。その点では、「心理支援の主体性とは何か」をテーマとした書籍でもあります。それと同時に「精神科治療と心理支援がどのような関係であることが望ましいのか」を考え直すきっかけとなることを目指した書籍でもあります。5月初めに版元の遠見書房から出版予告をSNSで発信したところ、すぐに6万ビューを超える反応がありました。出版後は、多くの皆様に購入をいただいています。
このような反響から、心理職にとって、さらには心理支援のサービスを受ける多くの皆様にとって、「医学モデルに従うのではない心理支援の専門性とは何か」を考えることの重要性と必要性を強く感じました。そこで臨床心理iNEXTでは、緊急企画として、「そもそも本」の巻頭対談の黒木俊秀先生(精神科医)と、掉尾を飾る対談の信田さよ子先生(心理職)にご登壇をいただいて、冒頭に示した「精神科治療と心理支援の徹底対談」と題する出版記念のオンライン講習会を開催することにしました。
今後の心理職の発展に関わる重要なテーマに関する、黒木先生と信田先生というお二方のビッグ対談でもあるので、学生も含めて多くの皆様が参加しやすいように参加費を通常の半額以下の低額に設定しました。ぜひ多くの方にご参加いただきたく思っております。
2. 世界の「精神医学と心理学」は凄いことになっている!
今回の講習会で基調講演をお願いする黒木先生は、日本の精神医学をリードする精神科医のお一人です。九州大学で精神医学の臨床と教育を担った後に同大学大学院人間環境学研究院臨床心理学講座教授として心理職教育に携われました。その点では、精神科治療だけでなく、心理支援の現実も知悉されておられる稀有な先生です。
講習会では、「精神医学・医療の最新動向」についてお話をいただきます。これは、主に欧米の「精神医学・医療」、特に診断分類の最新状況をお話しいただきます。その内容は、現行のDSMのカテゴリー(区分)的分類は遅かれ早かれ無くなり、ディメンジョン(次元)的理解に変わっていくという、日本では、あまり知られていない事実です。しかも、その診断分類に変革を迫った主要な要因の一つが心理学研究なのです。
精神医学の中核にある診断分類が変わることは、精神医学と心理学の関係が根本的に変わることにつながります。この世界の最新潮流が、日本の精神医療とその影響下にある心理支援にどのような影響を与えるのでしょうか。少なくとも日本特有の、旧式の医学モデル中心のヒエラルキーを維持できなくなる可能性があります。
3. 日本に届かない世界のメンタルヘルスのパラダイムシフト
「そもそも本」収載の対談に先立って黒木先生から「精神医学・医療の最新動向」の一つとして、精神科診断分類のパラダイムシフトが起きていることを教えていただきました。その要旨は、「海外の精神医療、とりわけ精神科診断については、大きなパラダイムシフトが2度にわたって起きているが、日本の精神医療や心理支援はそこから大幅に遅れてしまっている」というものでした。
第一のパラダイムシフトは、1980年のDSMⅢで操作的診断基準になり、それがメンタルヘルスに関わる職種の共通言語になったことです。むしろ、海外では心理職ほどDSMを好む傾向があり、それが心理職の専門性や主体性の発展と関わっていました。しかし、日本では診療行為は医師が担っており、そのようなパラダイムシフトはいまだに起きていません。
第二のパラダイムシフトは、近年、ビッグデータの統計解析が進み、精神科診断のカテゴリー分類の妥当性が疑問視されるようになっていることです。現在のカテゴリー分類から、問題を連続体(スペクトラム)とするディメンジョン分類にパラダイムシフトが起きており、DSM-5の改定時にはそれが採用される可能性があったとのことです。しかし、日本ではこのような事実もほとんど知られないままでいます。
4. なぜ、“徹底対談”なのか?
このパダライムシフトを最も適切に説明するのがパーソナリティ心理学と計量心理学の研究成果です。この点で海外では、既に心理学が精神医学に変更を迫る立場になっているとのことです。さらに、「精神疾患の神経生物学的研究」や「大規模な疫学研究」の所見も、このパラダイムシフトを支持しており、従来の精神科診断分類は、今後大幅に変更されることになるだろうとのことです。
このような精神科診断のパラダイムシフトが起きていることを考慮するならば、旧式の医学モデル中心のメンタルヘルスは、遅かれ早かれ成り立たなくなります(と信じたいと思います)。そこで、黒木先生の、世界の最前線の精神医学と心理学の関係に関するご講演を受けて、日本公認心理師協会の会長の信田先生に“リアタイ”の指定討論をお願いしました。
多くの皆様はご存知のように信田先生は、日本の精神医療の限界については早くから指摘されており、近編著「心理臨床と政治」(日本評論社)※)でもメンタルヘルスにおける権力や政治を論じておられます。したがって、信田先生が、黒木先生のご講演を受けて日本の精神医療の現状や心理職との関連にどのようなコメントをされるのかは、今から楽しみです。
※)https://www.nippyo.co.jp/shop/book/9227.html
今回の講習会では、それぞれが本音で語り合い現状認識を変えるような“徹底対談”が期待されます。
5. 黒木先生メッセージ「世界の精神医学と心理学の最前線」
黒木先生は “オタク”を自認され、多種多様な事象について詳しい(微視的な)知識を持っておられます。それは、近著「微視的精神医学私記」(創元社)でいかんなく発揮されています※)。さらに、そのオタク性は、音楽やアートに止まらず世界の精神医学や臨床心理学の最新事情や人物交流について、その裏話も含めて非常に多岐にわたっています。
※)https://www.sogensha.co.jp/products/detail/4830
今回の講習会では、精神科診断学の最新展開に加えて、現在注目されているトラウマ治療の最前線も含めて「精神医学と心理学」、「精神医療と心理支援」のダイナミックな関係をお話しいただきます。世界のメンタルヘルス領域で起きている、日本では想像できない最前線のお話をお聴きできるのが楽しみですね。
6. かつて心理職が「ときめいていた」こともあった!?
黒木先生のメッセージに「ワクワクが止まらない」とありました。しかし、残念なことに、その「ワクワク」感は、今の日本の心理職から失われていっているように思います。北米のクリニカル・サイコロジストの活気を真似するのは難しいとしても、日々の業務におけるやりがいや手応え、未来への期待感など、少しでも「ときめき」を感じることはあって欲しいと思います。そのために、今何が必要なのでしょうか。
かつて日本の心理職も“ときめいた”ことがあったという声もあります。1980年代後半に心理職の団体として日本心理臨床学会や日本臨床心理士資格認定協会が設立され、心理療法やカウンセリングの各学派の主体性が尊重され、さまざまな学派が自由に活動を展開していました。2000年代には臨床心理士がスクールカンセラーとして全国の学校に配置されるようになり、国民の認知度も高まりました。心理職が高校生の人気職種となり、臨床心理士養成関連の大学の偏差値が急上昇しました。
その頃の心理職は、臨床心理士を国家資格にする夢を共有していました。心理職であることにプライドを持ち、未来に希望を持っていました。心理職には「ときめき」があったといえるかもしれません。その後、2015年に公認心理師法が成立し、臨床心理士ではなく、公認心理師としての国家資格がスタートしました。多くの心理職は、公認心理師制度が充実したものになれば、日本のメンタルヘルスの改善に貢献できる専門職になると期待しました。
しかし、時間の経過とともに公認心理師制度導入の光の部分だけでなく、影の部分が目立つようになってきました。
7. 心理職は、「ときめき」を取り戻せるか?
影の部分とは、心理職が医学モデルや行政モデルの管理体制に組み込まれたことです。日本のメンタルヘルス政策は、旧式の医学モデルに基づく精神医療が中心になっていることもあり、患者の長期入院や多剤大量投与など、多くの問題を抱えています。心理職が公認心理師としてその政策の中に組み込まれることは、心理職の活動が問題の維持要因にもなりえます。
しかも、医師中心のメンタルヘルス政策の中で心理職の立場は不安定です。専門職としてではなく、医師の指示の下で働く「技術者」や行政の枠内で働く「実務者」としての位置付けが多くなります。国家資格になったのに、非常勤職が多く、時給は低く、雇用も安定しません。専門職としてのアイデンティティが発揮しづらく、理職の主体性や専門性が見えなくなってきています。
このような状況の中で心理職が少しでも「ときめき」を取り戻すためにどのようにしたら良いのでしょうか。取り戻すと言っても、過去に戻るのではありません。心理職が心理支援サービスの専門職として、自らの活動を主体的に発展できるようになること。それが、心理職が「ときめき」を取り戻す第一歩かもしれません。
8. 公認心理師制度と、どのように付き合うか?
公認心理師は、心理職の資格の一つであり、公認心理師=心理職ではありません。心理職の専門性は、公認心理師とは独立して存在します。しかし、公認心理師制度は、国家資格のためのものです。その結果、心理職教育の内容と方法を規定し、それを強制する権力を有しており、その影響力は絶大です。そのため、心理職は、公認心理師制度に偏りや無理があるならば、制度に単純に従うだけでなく、独立した専門性の観点から、その目標や指示について客観的な評価をし、意見を出していく必要があります。
したがって、今の日本の心理職にとって「心理支援の専門性とは何か」を考えることは、同時に「心理職の主体性とは何か」を考えることになります。その上で、今後は心理職の職能団体だけでなく、第3者的な立場も必要となるでしょう。
心理職が「ときめき」を取り戻すためには、そのような医療や行政の権力に囚われずに、専門的な立場から自由に議論をすることが必要です。「そもそも本」は、自由な議論できるゲストをお迎えして対話した記録のコレクションです。今回の講習会もそのような対話の試みです。
9. 対話が拓く心理職の豊かな専門性
「そもそも本」の対談では、心理職にとどまらない本当に多様な皆様との対談を掲載しています。脳科学者の茂木健一郎先生や哲学者の石原孝二先生との対談は、精神医学の枠組みを飛び越えて自由な議論ができ、刺激的で面白い内容になったかと思います。
精神科医も黒木先生をはじめとして岡野憲一郎先生、池田暁史先生、宍倉久里江先生とは、現行の精神医療を超えた話題が広がりました。心理職も信田先生をはじめとして糸井岳史先生、田中ひな子先生、東畑開人先生、山崎孝明先生など、さまざまな世代の皆様との対談で心理支援の最前線で見えている景色について教えていただきました。
このような対話を重ねることで、心理職が主体的に専門性を発展させ、少しでも「ときめき」を取り戻すために必要な地平が少しずつですが見えてくるように思います。少なくとも、現行の、旧式の医学モデルや行政モデルに基づく公認心理師制度の課題は見えてきています。その先にどのような「地平」があるのか。そして、そこにどのような心理職の専門性を築くのかは、次の対話の課題です。
今回の講習会でのガチ対話は、その第一歩になります。北米における精神医学と心理学の最前線についての対談です。それは、日本から見れば、太平洋のずっと先の地平で行われているメンタルヘルス活動です。しかし、現代の情報社会ですから、それは、必ず日本にも伝わってきます。そのような時代変化を先取りして、心理職は主体的に自らの専門性を発展させる地平を開拓しておく必要があります。ぜひ、多くの心理職の皆様にご参加いたければと願っています。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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