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9-4.知能検査の臨床活用-研修テーマご案内-

(特集 今でしょ! 心理職スキルアップ!)

高岡佑壮(東京発達・家族相談センター/東京認知行動療法センター)


1.研修の目的
臨床心理iNEXT研修「心理職スキルアップ2020夏」において,9月6日(日)16時30分~の講義:「知能検査の臨床活用」では,知能検査の結果を心理面接に活かす方法について解説します。具体的には,主に以下の内容についてお話しします。

・知能検査を通して,クライエントさんの認知機能をどのように見立てていくか
・「その認知機能と,クライエントさんの困り感の関係」を,どのように見立てていくか
・上記の見立てに基づいた支援の方法

本項は,9月6日の講義の「予告編」です。講義の内容が,聴講される方々にとって少しでもわかりやすいものになればと思い,「できれば受講の前に知っておいていただきたいこと」について解説します。

「知っておいていただきたいこと」というのは,主に以下の2点です。

①「認知機能」とは,そもそも何なのか
②なぜ臨床において,認知機能のアセスメントが重要なのか

上記2点を事前に把握しておいていただけると,9月6日の講義の内容が,いっそう「とっつきやすい」「馴染みやすい」ものになるかと思います。もちろん,改めて説明されてなくても上記のことは理解しているという方もいらっしゃるかとは思います。

しかし,「認知機能」という概念に馴染みのない方は,よろしければぜひご一読いただけると幸いです。

2.認知機能とは何か
では,まず「認知機能とは何なのか」について解説します。
認知機能とは,簡単に説明すると,「人間の情報処理能力」のことです。

当たり前の話ですが,どんな人も生活の中で,
「身の回りにあるさまざまなものごとを見る・聞く」
「見聞きしたものごとについて,頭の中であれこれと考える」
「考えたことを,話したり書いたりして表現する」

といったことをしています。

この「身の回りにあるさまざまなものごと」は,少し堅い言葉で「情報」と呼ぶことができます。職場での同僚の発言,上司の表情,手元にある書類,外から聞こえる鳥の声……などなどの全てが「情報」です。私が今書いているこの文章も「情報」ですよね。

人間はさまざまな情報を見聞きし,それについて頭の中で考え,考えたことを表現します。これらの「見る」「聞く」「考える」「表現する」といった,「情報を処理するプロセス全般」を認知機能と呼ぶわけです。

今この文章を読んで下さっている方も,「パソコンやスマホの画面を注視し,書いてある文字を見て取る→書いてあることの意味内容を考える」という情報処理をされているかと思います。

また,文章を読むときに限らず,例えば料理をするときは「冷蔵庫の中を見る→献立を考える→調理を始める」,友人と話すときは「相手の話を聞く→相手の気持ちを考える→相手を楽しませることを言う」……といったように,人間はいつも何らかの情報処理をしながら日々の生活を送っているわけです。

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3.人それぞれの認知機能の特徴
そして人間の認知機能の特徴は,一人ひとり違っています。つまり,どんな人にも情報処理の仕方の「癖」のようなものがあるということです。

この違いは,例えて言えば「体質の違い」のようなものです。生まれつき汗をかきやすい人もいれば,汗をかきにくい人もいて,冷え性の人もいて,低血圧の人もいて……といったように,人間の体質は一人ひとり違いますよね。認知機能も同じです。情報処理の仕方は人によって違います。つまり,誰もが「その人独自の認知機能の特徴」を持っているのです。

例えば,「一度に多くのことを“聞いて”覚えるのが苦手。ただし,強調して“見せて”もらえたものには人一倍集中しやすい」という特徴を持つ人もいます。

例えば,「頭の中にいろいろな連想が浮かびやすい。だからたくさんのアイデアが頭に浮かぶし,余計なこともついつい考え過ぎてしまう」という特徴を持つ人もいます。

例えば,「自分の考えをしゃべるのは得意だけれど,手先を素早く動かすのは苦手。だから,考えを手書きで文章化しようとするとかなり時間がかかる」という特徴を持つ人もいます。

この文章を読んでいる方々も,全員が「その人独自の認知機能の特徴」を持っているでしょうから,人によって「この文章の見え方」や「文章の内容のとらえ方」などは微妙に違っているかと思います。

文字が細かくてちょっと読みづらいと感じる人もいれば,このくらいのサイズがちょうどよいと感じる人もいるかもしれません。

文章に深く集中して内容を記憶しながら読んでいる人もいれば,「認知機能かー。自分の認知機能はどんな感じだろう? 一度に多くのことを聞いて覚えるのは自分も苦手だなぁ。この前も職場で先輩の話を聞きもらして……」といった連想が頭に浮かびすぎてそちらに気を取られている人もいるかもしれません。

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4.認知機能の特徴と困り感
そして,「その人独自の認知機能の特徴」は,「その人の悩み」の原因となる場合もあります。「悩み」を「困難」とか「困り感」と言いかえてもいいかもしれませんが,要するに,「その人の認知機能の特徴が一つの原因となって,生活のいろいろなことが上手くいかなくなる」という場合があるわけです。

例えば,「一度に多くのことを聞いて覚えるのが苦手」な子どもが,学校で先生の口頭指示を何度も忘れて何度も怒られて,そのストレスから頭痛や腹痛を訴えるようになる――といった場合もあります。

例えば,「頭の中にいろいろな連想が浮かびやすい」という大学生が,ゼミの研究発表で上手くしゃべれなかった体験から「今度もまた失敗するかも」とネガティブな連想をしすぎて,その不安からゼミに行けなくなってしまう――といった場合もあります。

例えば,「手先を素早く動かすのが苦手」という会社員が,大量の書類書きや機械の修理のような「手先を使う仕事」ばかり任され,仕事をスムーズにさばけず長時間残業を続けているうちに不眠に悩まされる――といった場合もあります。

上記のような困り感を抱えた人たちが心理面接を受けに来たとき,「自分にはこういう認知機能の特徴があって,だからこんなことに困っています」と自ら説明してくれる場合は少ないと思います。あくまで,「ストレスでお腹が痛くなる」「大学に行けなくなってしまった」「仕事がきつくて眠れない」といったような,「何に困っているか」の説明のみに留まることが多いかと思います。というのも,「自分にはこういう認知機能の特徴がある」と具体的に理解できている人は,割と少ないからです。

(この文章を読んでいる皆様も,「自分の認知機能にはこんな癖がありますよ」と,ものすごく理路整然と説明するのは難しくないでしょうか? 難しく感じてもそれは決しておかしいことではありません。認知機能のことは,通常の学校教育などでは教わる機会がほとんど無いかと思いますので)

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5.認知機能に即した支援
だから,困り感の原因となっている「クライエントさんの認知機能の特徴」について,相談を受ける心理士が注意を払わないと,それが見過ごされたままになる場合もあるわけです。

逆に,心理士が以下のポイントを意識すると,「その人の認知機能に合った支援」がしやすくなります。

○ポイント
・クライエントさんの認知機能には,どのような特徴があるか?
・その特徴が,クライエントさんの困り感に,どう影響しているか?
・どのような支援の方法が,その人の認知機能的に負担の少ないものか?

例として,前述した,「学校で先生の指示を守れず何度も怒られ,そのストレスから頭痛や腹痛を訴えるようになった子ども」の支援について概説します。

これはあくまで架空の例ですが,例えばその子が先生の指示をなかなか守れないことの背景に,以下のような「その子の認知機能の独特さ」があるかもしれません。

・一度に多くの情報を聞いて覚えることが苦手
・目で見る情報には注意が向きやすく,集中しやすい
・目で見る情報の中でも,要点だけが強調された図などの内容を理解するのが特に得意

このような特徴があることを心理士が推測できれば,「この子が先生の指示を守れない理由」についての仮説も立てやすくなります。例えば,「先生から指示されること自体を嫌っているのではなく,実は指示の内容の大部分を忘れがちなのだ」といった仮説です。

つまりこの子の「ストレスによる腹痛」は,単に先生への恐怖感だけに由来しているわけではなく,「この子の認知機能の特徴」も多分に影響している……ということがわかれば,「その子の認知機能に合った支援の方法」も見出しやすくなります。

具体的には,上記の特徴をふまえて,

・心理士がこの子の特徴についての仮説を親御さんに伝え,先生にも共有してもらう
・その上で,忘れてはいけない重要な事柄は連絡帳などに記載してもらう
・その際,記載する内容は「要点のみを大きく強調したもの」にしてもらう

といった方法が見出せるかもしれないのです。

これが「認知機能的に負担の少ない」支援の方法,というわけです。認知機能的に負担が少ないというのは,要するにその子の得手不得手に合っていて,不得意なことは無理強いしない,ということです。

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6.認知機能を把握することの重要性
もし認知機能の特徴をまったくふまえず支援を行おうとすると,例えば担当の心理士が面接でこの子と話すときに,うっかり長くしゃべりすぎて相手を困らせてしまうかもしれません(伝えたいことを「書いて見せれば」だいぶ伝わりやすくなるかもしれないのに,です)。

学校で指示を聞けない理由を考えるときも,「大人への不信感が原因となって……」といったあやふやな仮説を立ててしまうかもしれません(実際は大人全般が嫌いなわけではなく,図を書いてくれる先生や短い言葉で話してくれる先生にはむしろ好意的かもしれないのに,です)。

だから臨床においては,クライエントさんの認知機能を把握すること(=認知機能のアセスメント)が非常に重要となるのです。前述した通り,人間は四六時中何らかの情報処理をしながら日々の生活を送っているので,「悩み」や「困り感」にも「その人らしい情報処理の仕方」がどこかで関係してきます。

ですので,認知機能をまったく勘定に入れずに支援に臨むと,「困り感が生じた理由を推測できない」「その人に向かない支援の方法を選んでしまう」といった失敗が起こりうるわけです。

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7.認知機能を調べる手段としての知能検査の活用
さて,認知機能を調べる手段の一つとしては,WAISやWISCなどの知能検査があります。9月6日(日)の講義のタイトルも「知能検査の臨床活用」なのですが,本講義ではまさに,「クライエントさんの認知機能を(知能検査を通して)把握した上での,支援の仕方」について詳しく解説します。

より具体的には,「知能検査を臨床に活かすために,検査結果の“どこに”注目するのか?」について,いっそう重点的に解説します。

ポイントは,“どこに”です。

知能検査は,IQや各指標得点などの検査結果に基づきその人の得手不得手などを調べるために用いられます。しかし,「この指標得点が高いからこういうことが得意そうですね」といった結果の解釈と説明が,「その人の困り感と関係がないもの」になってしまうとあまり役立ちません。

例えば,人間関係への不安で悩んでいるクライエントさんに,「あなたは図や絵を見てものごとを推理する力が高いようです。視覚情報を多く用いるお仕事で力を発揮しやすいと見受けられます」といった説明をしても,クライエントさんは「いや,人間関係についてはどうすればいいの?」と戸惑ってしまうかもしれません。

検査結果の解釈と説明を,臨床に活きるもの(困り感の改善に繋がるもの)にするためには,「結果の“どこに”注目すれば,クライエントさんの認知機能と困り感の関係性が見えてくるか?」という観点が重要です。
つまり,

検査結果から見受けられる認知機能の特徴の“どこか”が,困り感と関係している可能性が高い

その関係性をふまえることで,より具体的な支援の方法が見出せるかもしれない

という意識を持って知能検査を実施することが重要なのです。

8.知能検査の臨床活用に向けて
漠然と検査を実施するのではなく,その“どこか”を探すために検査を行うこと。それが臨床に活きる検査の使い方ではないかと思います。

では,その“どこか”を,どのように探していくのか?


9月6日(日)の講義では,まさにその探し方の具体例などを解説していきます。何卒よろしくお願いします。

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第9号
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