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34-3 認知行動療法と精神分析の対話は可能か?

(特集:iNEXT新装開店セール)

山崎孝明(こども・思春期メンタルクリニック)
下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.34-3

<ご案内中の事例検討☆研修会>

事例検討で学ぶ『認知行動療法の行動技法』
―精神分析とCBTの接点を探る-
 
【日程】2023年2月5日(日)9時〜12時
【事例発表】神村栄一 新潟大学 教授
■事例1「強迫症:曝露法と反応妨害法」
■事例2「適応症:行動活性化と習慣改善法」
【検討メンバー】山崎孝明・田中志帆・小堀彩子・野中舞子・高山由貴
【参加費】『臨床心理iNEXT』新装開店セールでiNEXT有料会員は無料、それ以外の参加者は1000円で参加できます。
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料):https://select-type.com/ev/?ev=iJ5RaUSCGeI
[iNEXT有料会員以外・一般](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=8IHL9qcD_qI
[オンデマンド視聴のみ](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=nJ1tsv_vLx8

1.認知行動療法と精神分析の対話は可能か?

日本では、カウンセリング、精神分析、ユング派心理療法などを学んできた心理職が比較的多いと思います。しかし、最近は、認知行動療法(以下CBT)への関心が高くなっており、利用者もCBTを求めるようになっています。ですので、CBTを専門としない心理職がCBTをどのように学び、実践するのかが重要な課題となっています。そこで、今回の事例検討会の第一の目的は、CBTを専門としない皆様に行動技法の活用法を知っていただくことです。
 
第二の目的は、精神分析をはじめとするCBT以外の心理療法と認知行動療法の協力や役割分担は可能なのかについて議論することです。もちろん精神分析でしかできないこと、認知行動療法でしかできないことはあります。しかし、私は、お互いが上手に役割分担して協力できるならば、日本の心理支援をとても多様で豊かなものにできると考えています。
 
ひいては、それが日本の文化に根ざした、日本の利用者に役立つ心理支援を発展させる契機になると考えます。これは、C B Tを専門とする心理職の皆様にぜひ考えていただきたい点です。そこで、日本の認知行動療法をリードしてきたエキスパート心理職の神村栄一先生※1)に事例を発表していただき、日本の精神分析の若き旗手の山崎孝明先生※2)をはじめとする中堅の心理職の皆様に参加していただく事例検討会を企画しました。
 
臨床心理マガジンでは、事例検討会に先だって、参加にあたっての抱負を、山崎先生に伺うインタビューを実施致しました。
 
※1)神村栄一先生の著書
■『実践家のための認知行動療法テクニックガイド』(北大路書房)
https://www.kitaohji.com/book/b579655.html
 
■『レベルアップしたい実践家のための事例で学ぶ認知行動療法テクニックガイド』(北大路書房)
https://www.kitaohji.com/book/b579980.html
 
※2)山崎孝明先生の著書
■『精神分析の歩き方』(金剛出版)https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b582669.html


2.行動技法は役立つ。だから学びたい。

【下山】まず、今回の神村先生の事例発表の検討会に参加するにあたってどのようなことを期待するかを教えてください。
 
【山崎】今回は、C B Tの中でも第一世代の行動療法の技法がテーマですよね。実は、僕にとっては行動療法と精神分析との齟齬はあまりないんです。もちろん相違点もありますが、世間で思われている以上に共通点があると思っています。たとえば、転移解釈を情緒体験への曝露として見る視点は精神分析の内部にも存在します。その上でですが、行動技法は援助職にとって、オリエンテーションを問わず必須の技法だと思っています。それで、今回の検討会への期待としては、そのままですが、行動療法を学びたいということがまず第一にあります。精神分析は問題理解にはたいへん役立ちますが、介入においては行動療法の方が多くの場面で役立つという点では反論の余地がありません。
 
【下山】え!そんなこと言っていいの?(笑)
 
【山崎】これまで日本の精神分析は、医師が中心になって発展してきました。しかし、最近は心理職が多くなっている。このような職能の違いによって、精神分析の価値観も変化してきていると思います。心理職の場合、精神分析の原理で実践をするのではなく、ユーザーの役に立つことが大事だという価値観になってきていると思います。これは、あくまでも僕の見方ですが。


3.精神分析には、介入法としての汎用性がない。

【山崎】当たり前ですけど、行動療法は役に立つんです。そもそも僕は山上敏子先生の本も複数読んでいるし、動機づけ面接の本もすごく好きです。僕自身は、もしかしたら精神分析よりもエリスの論理情動行動療法の方が向いているのではと思うことすらあります。自分はベースが論理的だからこそ、ロジックではないところが必要で、それで精神分析を必要としていると思っているんですよ。
 
僕にとって精神分析は、ロジックではないところを扱っているものです。僕個人としては、そこが自分にとって足りない部分だからこそ精神分析を学びたいし、大事だと思っている。でも一方で、精神分析には限界があるとも思っています。精神分析は理解や解釈という点では役に立ちます。でも、介入技法としてはあまり汎用性がないんですよ。
 
【下山】そこまで言い切って大丈夫?
 
【山崎】はい、だって、それが事実だと思うんですね。僕は、小此木啓吾も河合隼雄も直接的に知らない世代なわけです。だから、僕は上の世代のこととは関係なく、臨床の仕事をしていて、目の前で起きていることからものを考えられるというメリットがあります。そこで、「目の前の人に、今何が必要か」となると、必然的に「精神分析は汎用性がない」となるでしょう、というわけです。
 
【下山】なるほど。最初に言われていた「自分は精神分析をやっているけども、行動療法に違和感がない」ということが、少しわかってきました。


4.精神分析も行動療法も生物性を基盤としている。

【下山】精神分析を実践している山崎先生が行動療法には違和感がないというところ、もう少し詳しく聞かせて下さい。
 
【山崎】精神分析は、性本能などの人間の生物性を大事にしていますよね。行動療法もやっぱり人間の動物性というか、生物性を大切にしていると思うんですね。そういう意味で、僕としては精神分析と行動療法は、結構合うのではないかと思っています。むしろ、認知療法は、人間の生物性よりも人間性というか、論理や知性を重視していますよね。その点で認知療法は、精神分析の価値観とはぶつかるところがあるかなと思います。
 
多分、生物性・動物性の軸と、倫理性・知性の軸の2軸があるんだと思います。僕は、行動療法と精神分析を前者に分類している。だから、僕にとっては行動技法的なコーピングはわかるんだけど、認知的なコーピングはちょっとしっくりこないということになります。
 
【下山】段々分かってきました。精神分析も行動療法も人間のある種の生物的な本能的なものを扱っている点では違和感がないということですね。なるほどです。
 
【山崎】両者で扱い方は全然違うけれども、ターゲットにしているところはけっこう近いところもあるんじゃないかと思います。そこでは、人間をどう見るかっていう、人間観がすごく関わってくる。合理的な部分を大事にするのが認知療法だと思うんですね。だから、今は、認知行動療法ということで行動療法と認知療法が一緒になっているけれども、その二つはかなり違うんじゃないかと外野から見ていると思います。行動療法は、別に人間の合理性を信じてないと思うんですよ。
 
【下山】そうですね。行動療法では、人間の行動の原理としてどれだけ“快”があるかといった欲動と結びつけている。それは、知的判断とは違いますね。
 
【山崎】自然な生物的な反応を知性で抑え込もうとするから変なことが起こる、という価値観は共通しているんじゃないですかね。“無意識”と“反射”は、多分同じレベルのことを、違う言葉で言っている部分があるんだと思います。だから違和感なく受け取れるんです。


5.非合理性を扱う精神分析はC B Tの実践に役立つ。

【下山】なるほどです。そのことを前提とした上で、精神分析はどちらかというと、アセスメントで問題の理解や解釈には役立つ。しかし、介入に関してはそれほど実効性がなくて、むしろ行動療法の方が使えるということですかね。
 
【山崎】そうですね。実際のところは、神村先生の事例で学ばせてもらいたいと思っていますが、たとえば同じ行動活性化技法でも、どれだけ強制性を持った方がいいかとか、そういう細かいアセスメントには精神分析的な視点が必要だと思っているんですね。精神分析では、人間は、合理的な部分だけでコミュニケーションすると思ってない。同時に絶対に非合理な部分が動いていると考えます。だから我々は、転移とかを考えるわけです。非合理な部分を考慮に入れておくために、この人がどういう人生を送ってきたかを大切にします。
 
転移というのは、人生の途上で他者から受けた影響を持ち出したあり方で、言ってしまえば非合理なものですね。でも、そうだとして、それを「非合理ですね」と言ってもしょうがない。そこで精神分析の出番です。ただ、それは、転移解釈をして転移を解消するとかいったことを目指すためではなく、転移から受ける悪影響をかわすために、転移を分かっていなければいけない、ということです。繰り返しますが、介入技法としての精神分析にはあまり汎用性がありません。対人関係における親密性の問題がある場合には、精神分析は選択肢に入るけれども、そのような問題で来談する人はそう多くないですよね。
 
やはり症状をとるとか、問題行動を変化させるとかいったことを望んで私たちのもとを訪れる方が多い。そういう点では、どう考えても行動療法や認知療法の方がいいと思う。ただ、同じようにCBTをするのであっても、精神分析を学んでいて、例えば転移のことに目配せできたりすれば、よりきめ細やかにC B Tを使うことができると思うんですね。
 
【下山】そうなると、精神分析と行動療法は、決して水と油ではなく、むしろそれが補い合うことで、より精密に、より有効に実践できるということですね。
 
【山崎】僕は、本当にそう思っています。だから行動療法の人も精神分析を学ぶべきだと思っていますし、精神分析の人も行動療法を学ぶべきだと思っています。


6.絶滅危惧種の精神分析の存在意義を問う

【下山】そう考えると、ちょっと意地悪な質問かもしれませんけど、山崎先生がご著書「精神分析の歩き方」(金剛出版)という本を、わざわざ執筆したのは、どのような理由からですか?
 
【山崎】2016年くらいの学会で「精神分析はこのままでは絶滅してしまう」という趣旨の自主シンポジウムを開催したんですが、その時は、「被害妄想だ。今でも精神分析は覇権を握っている」と言われたんです。僕は、全然そう思わなくて、精神分析は絶滅危惧種だと思っていました。そして今もその認識は変わりません。被害妄想なのかもしれないですけどね(笑) だから、絶滅させないために、わざわざ「精神分析」の名を冠した本を書いたという経緯があります。
 
【下山】確かに精神分析などの心理力動学派の先生方の中には、自分達が置かれた状況を客観的に見ることができない方もおられますね。これは、精神分析に限られたことではないのですが、自分の学派を中心にしか物事を考えられない人がおられます。そういう人は、事例検討会で持論の解釈を延々と語り続けて、独演会のようになることがあります。そういう方は、あまり現実が見えていないのではないかと心配になります。
 
【山崎】僕は、そういう精神分析のイメージを変えるために、あの本を書いたということがあります。「解釈を延々と語る」というのは、精神分析の問題ではなく、その個人の問題だと思いますね。精神分析をオリエンテーションとしている人であっても、ちゃんと相手のことも考えられるし、空気も読める人もいる、ということを伝えたかった。
 
【下山】なるほど、わかりました。ますます行動療法の神村先生との議論が楽しみです。

7.非合理性を守ることが自己を育てる

【下山】では、次に私から質問があります。行動療法も認知療法も含めてC B Tは、現実適応をとても大切にします。現実に適応するために「行動を変えましょう」、「考え方を変えましょう」となっている。コーピングとはそういうことですね。しかし、ただ適応を目指しているだけだと、自己が育たないということがある。場合によっては過剰適応を促進してしまう。それに対して、精神分析では、山崎先生も著書で書かれているように“自分で考える”ことに意義を置いていますね。現実適応を重視するあまりC B Tが置き去りにしている自己の問題を、精神分析は大切にしているのではないかと思いますが、どうでしょうか。
 
【山崎】全く同感です。今の世の中は、ポリコレ※)が重視されて、それは成熟した社会に向かういい面もある一方で、常にコレクトでいられるわけではない人間のリアルもある。精神分析はそうしたコレクトかのジャッジや価値基準を一度保留にして対話できる個人の安全性が担保されているのがいいところだと思うんですね。それは、「非合理なことであっても言っていいんだ」ということです。ある意味で密室モデルですが、精神分析が大切にしていることがそこにあります。
※ポリティカル・コレクトネス
https://jp.indeed.com/career-advice/career-development/political-correctness
 
【下山】それは、単に社会に適応するためでなく、社会で認められていない欲望や願望であっても持っていても良いということですね。それが、自己を育てることにつながるということですね
 
【山崎】自己を育てるためには非合理な部分が守られていることが大事だと思います。適応を優先することは、非合理な部分を抑圧することにつながる。いくらコーピングできたとしても、抑圧モデルだと、結局それが変な形で出てしまうことがあるということです。ある種の心理職の人からしたら信じられないかもしれないですが、今の時代でも普通に転移性恋愛とかやっぱりあるわけですよ。心理職の側で、そういう非合理なものに対するレディネスができていないといけないと思います。その点で、やはり今でも精神分析を学ぶ意義はあると思います。だから精神分析は、介入方法としてよりは、思想として必要だと思いますね。


8.公認心理師の時代における精神分析の位置付け

【下山】とはいえ、介入方法としての精神分析の意義はあると思うのですが。

【山崎】精神分析が役に立つのは、親密性のテーマにおいてですね。ただ、親密性を話題にした相談ができるのは、働くことのテーマが達成された人、つまり同一性の課題を通過できるだけ、様々な意味でケアが供給されている人です。そうでない人、ケアが十分になされていない人が多いのがわが国の現状です。河合隼雄時代のような心理支援の仕事をできるフィールドがどんどんなくなっている。心理職の仕事がソーシャルワークのようになってきて、その結果精神分析が望ましいと判断される人はどんどん少なくなっていると思います。
 
【下山】公認心理師制度ができた今、心理支援はプライベイト・プラクティスからパブリック・サービスに変容しています。そして、心理職は猫も杓子も公認心理師制度に靡(なび)こうとしている。だから、どんどんソーシャルワークのようになるのは必然です。しかし、私は、個人的にそれで良いのかと強く疑問に思います。公認心理師は、医療や行政のための制度ですからね。心理職の主体性や独自性とは何かを改めて考える時期が来ていると思います。
 
【山崎】しかも、日本は没落していて経済的に貧しくなっている。だから、週4回以上の面接を課す精神分析は、実質的にほぼ不可能になっています。今は、週1回の精神分析的心理療法のセッションも難しいくらいです。医師であれば別ですが、心理職では精神分析だけでは生計を維持できない。そこには、かつて精神分析を担っていた医師と、現在精神分析を実践している心理職の職能の違いがあると思います。その点を認めた上で、精神分析については、問題理解の視点としての意義を大切にしたいと思っていますね。
 
【下山】つまり、問題を理解するのに際して、適応だけを目指す視点ではなく、非合理的なところを汲み取っていく視点も取り入れるために精神分析を学んでおいて損はないということですね。


9.価値観の問題へ、そして対話へ

【山崎】そうですね。愚行権※)というものがありますね。例えば、あるクライアントに実は暴走族に入ったんだと言われたとしましょう。条例違反、法律違反をしているかもしれません。他人に迷惑もかけていることでしょう。常識的に考えれば、それは愚かなことだし、大人として止めるべきことなのかもしれません。でも、そのクライアントが暴走族に入ったのには、私たちには考えもつかないような個別の理由があるかもしれないわけです。もちろん、脅されていやいや入って、抜け出せないのかもしれません。でも、そこではじめて一人の人として扱われて、それがうれしくて、積極的に入ったのかもしれません。こうしたことについては、治療者が合理的に考えたことが正しいというわけではないと思うんです。それは、やっぱりユーザーが決めることだと思っているわけです。
※)愚行権
https://www.blooming.or.jp/news/946/
 
ユーザーには、C B T的な価値観が良いという人ももちろんいるでしょうし、精神分析的な価値観や考え方が好きな人もいるでしょう。だから、多くの心理職が持っている理想だと思うのですが、心理職が相互にリファーできるシステムがあれば良いと思います。でもそれは現実的には難しいので、システムの不備を補うために、すくなくとも個々人の心理職が色々な価値観を知っておかないといけないと思うのです。
 
【下山】なるほど、山崎先生のご意見よくわかりました。今日のインタビューでは“非合理性”がテーマでしたが、インタビューの内容は、とても合理性に富んだ話だったと思います。最後は、価値観がテーマになりました。率直なご意見をいただき、ありがとうございました。
 
実は、私は精神分析と行動療法の対話について、そもそも同じ土俵に立てるのかが心配でした。異種格闘技的激論になり、場外乱闘も覚悟していました。しかし、今日の山崎先生のお話をお聞きして、意外と同じ土俵に立っているのかもしれないと気づきました。事例で起きていることには、非合理なことが満載ですね。だから、合理的なだけの事例検討会は面白くない。異種格闘技的議論、大歓迎ですね。
 
当日は、どのような議論になるか、今からとても楽しみです。ぜひ、多くの方に参加していただきたいと思っています。オンデマンドで録画を見ることもできます。しかし、できるならばライブで参加して、会場の熱気を感じつつ、チャットで質問を投げかけて対話を盛り上げて欲しいですね。

■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)


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臨床心理マガジン iNEXT 第34号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.34


◇編集長・発行人:下山晴彦

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