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4-5.現場の心理職と,現場の外にいる心理職の役割分担:「Do Your Part」

(特集 COVID-19治療の最前線から“心理職の役割”を考える)

秋山恵子(日本赤十字社医療センター 公認心理師・臨床心理士)
with 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)・遠藤麻美(東京大学助教)

1)COVID-19治療の渦中にいる心理職のバランスのとり方

【下山】重要なポイントがいくつも出ている。治療の構造としては医療職が最前線。心理職は方法や手段もなく,最前線に出られない。しかし,だからこそ,本当の最前線で患者さんを診ている同僚をサポートできる。心理職には,治療の核になっている医療者と病院組織を支える役割がある。とはいえ,心理職も感染するなどのリスクはある。
そのような状況において,どういう立ち位置を取ればいいかが重要となる。さらに言えば,平常の業務がある中で,特別チームで対応している組織内のアンバランスな体制のバランスを取る役割を担う。心理職自らも感染したり,ストレスでバランスを崩したりするリスクに直面しながら,最前線の医療者をサポートし,組織全体のバランスを支える役割を担う。その作業において,心理職の仲間がいることが重要な支えになる。この点に関して,ご経験から気づいたことを教えていただきたい。

【秋山】身近に同僚がいることは,本当にありがたい。ただ,一人職場の心理職もすごく多いと思う。チーム内で温度差が生まれたときや,自分が迷ったときは,同僚もすごく大変な状況にあることが多い。そのようなときには,先輩心理職の森光先生(諏訪赤十字病院)に電話したり,遠隔で心理職と話す場を設けたりしてきた。スーパービジョンというよりピアサポートだと思う。
お互いに現場が違うからこそ話せることがある。たとえば,病院のスタッフではなくても,その心理職が安全なところにいるからこそ,心配をせずにこちらが話せるということがある。相手の心理職は,「自分は厳しい現場にいなくて申し訳ない」と思っているかもしれない。それは違うと思う。自分としては,「安心なところで過ごしてください」と思う。それで,厳しい現場にいる自分が救われていると思う。

【下山】私たちも,現場対応で忙しい秋山先生に,このように遠隔に居てZoomでインタビューをお願いしてよいのかと思っていた。今のお話をお聞きして,少しホッとしました。

【秋山】今回のお話をいただいて,「やった! 喋れるぞ!」という感じでした(笑)。支援者支援において聴くことや,話してくれたことへのフィードバックはしていたが,自分自身のストレス反応についてはあまり言えないので,良い機会でもあると思った。

2)Do Your Partという考え方

【下山】災害支援,その中でも特に今回のCOVIDのような感染症対応では,治療や支援をする専門職も巻き込まれるリスクが多分にある。まさに専門職もチャレンジされている状態となる。それで,「危険な事態に果敢に直面して治療や支援の活動をしている人は偉い」,「災害援助チームこそが中心」と思ってしまいがちである。その場合,心理職は,現場そのものに入り込んで患者さんに直接対応する機会や役割は少ないのが現状である。だから,「心理職は,結局役立たないのね」と考えがちである。
私自身,「今は感染爆発を起こさないことが肝心だ。そのために外出自粛をして家に居るのがいるのが良い」と自分に言い聞かせていた。その一方で,自分が関わる心理相談センターも活動を自粛して,休業となっている。ある意味でクライエントの皆さんを見放しているともいえ,じくじたる思いがあった。そこでも,「心理職は,結局このような場合には何もできないのだ」という思いが強かった。
でも,今回の先生のお話をお聞きして,今は少しでも感染を抑制し,医療崩壊を起こして国全体が混乱しないようにすることが,自分たちの重要な役割であるという気持になっている。距離をとりながらも,できることがあると思っていいのですね。

【秋山】Do Your Partという言葉がCOVID対応の中で出てきている。それがとても大事だと思っている。ある意味では,自分の無力感を受け入れないといけない。私は人工呼吸器の管理もできない。適切な装置対応もできない。でも,今は心理職という自分のPartとしてやれることは何かと考えることが大切と思っている。
しかも,自分のPartだけをみるのではなく,それを他職種のPartと組んでチームで動かしていくことが必要となる。看護師にしかできないこと,医師にしかできないことがある。通常のリエゾン業務などでは,心理職は精神科医のミニ版といった役割もあるだろう。しかし,災害支援の場合には,通常業務に拘らずに,何ができるのかを考えることが重要となる。
「今必要とされているのに欠けていることはないか。その中で心理職ができることは何か」と考えてみることが役割を発揮できることにつながる。そこに心理職の根っこがあると思う。

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3)心理職の「根っこ」(核)とは何か

【下山】今回の経験を通して,先生が考えた心理職の根っことはどのようなことだったか?

【秋山】それは,「心理職はすごく人間について考えている」ということかと思う。私は11年目の心理職なので,クライエントをよくしていくことがやりがいであり,面白いことと思っていた。しかし,今は,そういう臨床的なことだけでなく,社会心理学の視点など,人間の基礎的な側面について考えることが必要と,原点に立ち帰っている。人間について考える幅の広さが求められていると思う。

【下山】心理社会的な側面と関連して,「サポートガイド」(日本赤十字社作成)で解説されていた「3つの感染症」について伺いたい。そこでは,第1の感染症(=生物学的感染症)は「ウイルスによって引き起こされる『疾病』そのもの」と解説されている。第2の感染症(=心理的感染症)は「みえないこと,治療法が確立していないことで強い『不安や恐れ』を感じます」と解説されている。第3の感染症(=社会的恐症)は「不安や恐怖が『嫌悪・差別・偏見』を生み出します」と解説されている。

【秋山】「3つの感染症」については,心理職ではない,一般の人からも反響があった。「こういった状況で専門性を発揮していてすごいね」と言われた。「これが自分の専門性なのか」と気付き,「アセスメントをして言葉にする能力自体が専門性なのだ」と考えて,自分が励まされるということがあった。

【下山】私も,この「サポートガイド」は,よくできていると思っていた。内容だけでなく,イラストなどのデザインがとてもわかりやすい。一般の方からも評価されるのはよく理解できる。しかも,それによって,作成した心理職が勇気づけられて,「これでよいのだ」と思えたことはよかった。意外なところで心理職の役割や機能が評価されたのですね。

【秋山】そうですね。出すまで本当にヒヤヒヤしていた

【下山】医師からの評価はどうですか? 生物モデルに基づく医師は,「感染症は生物学の範疇で医学の対象だろ。心理社会モデルを当てはめるのは,広げ過ぎだ」といった批判はなかったのですか?

【秋山】そういうことはなかった。同僚からは,「外科の先生が『あれすごくいいね』と言っている」と聞いた。COVID治療に理解や興味がある方から,職種問わず反響をいただいている

【下山】どこかの国の心理職に関する法律には,「心理職は医師の指示の下で活動しなければならない」という趣旨の記載があるらしい。おそらく,それは時代錯誤の医学モデルに基づく人が作ったのだと思う。治療の最前線で仕事をしている医師は,生物-心理-社会モデルにおける平等な多職種協働の意味を理解しており,そのような他職を支配下におく限定はしないでしょうね。「サポートガイド」の内容は,まさに生物-心理-社会モデルに基づくものなので,ぜひ私の臨床心理学の授業で使わせていただきたいと思っている

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