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8-5.福祉分野で活躍するために必要な技能とは

(特集 今!現場で必要な心理職の技能)

川畑 隆(そだちと臨床研究会)
Interviewed by 下山晴彦

1.はじめに

「福祉分野で必要な知識や技能とは何か」をテーマとして下山晴彦が川畑隆先生にインタビューをした記録を記事として再構成した内容を掲載します。

川畑 隆先生プロフィール
大学卒業後,1978年京都府に心理職として採用され,児童相談所に勤務。2006年に京都学園大学(当時,現在の京都先端科学大学)の教員となり,2020年退職。現在は「そだちと臨床研究会」の臨床心理士として,臨床活動に加えて後進の指導にあたっている。
【著書】福祉心理学─福祉分野での心理職の役割(編著;2020,ミネルヴァ書房)
https://www.minervashobo.co.jp/book/b506752.html
発達相談と新版K式発達検査─子ども・家族支援に役立つ知恵と工夫(共著;2013,明石書店)
教師・保育士・保健師・相談支援員に役立つ子どもと家族の援助法─よりよい展開へのヒント(単著;2009,明石書店)

インタビューは,2020年7月8日にオンラインで1時間ほど実施しました。オンライン環境の運営は北原祐理(東京大学特任助教)が,記録作成は柳百合子(東京大学博士課程)と松原朋香(東京大学修士課程)が担当しました。

2.福祉分野の心理職の仕事の特徴

仕事の多様性と連携の重要性
福祉」とは「幸せ」を意味する言葉です。国は国民全員の幸せを希求しますが,その国民のなかでも,とくに子ども,障害のある人,高齢者,被害を受けたり,生活が苦しい状況にある人など,社会的に弱い立場におられる方々に関するさまざまな相談・支援が,福祉分野の中心的な業務になります。

福祉分野でそのような対人援助を行う職種は,ソーシャルワーカー,心理職,ケアワーカー,医療職や事務職など多く,それぞれが連携しながら個々の福祉の実現に取り組んでいます。心理職は臨床心理学にもとづく業務を受け持ちますが,大学や大学院で習ったことだけを行っていれば自動的に他の職種と連携できるわけではありません。他の職種の領域にも踏み込みながら,その分野全体に対応していく知識や技能,センスを持つ必要があります。

ジェネラリストとしての心理職
心理テストの実施などは心理職のスペシャリストとしての役割です。しかし,福祉分野の心理職は,スペシャリストであることプラス,ジェネラリストとして他職種と協働できることが求められます。ソーシャルワーカーや医師その他と同じように法律や制度のことを知らなくてはならないし,チームアプローチができるための職種間の人間関係の調整もできなくてはなりません。

ただし,仕事に就く前から,他職種の専門知識を詳しく知っておく必要があるとは,私は思っていません。就職するまでは心理職の知識や技能をしっかり習得しておくことが大切だと思います。具体的には,心理アセスメント,トリートメント,そしてコミュニティアプローチです。ジェネラリストにあたる部分は,就職してから吸収し経験値としてゆけばよいと考えます。

たとえば児童相談所で心理職として働くとき,その目的は心理職務の完遂ではありません。対象の子どもの児童福祉の実現であり,その実現に他職種とチームになって取り組むのです。そのときに,たとえば児童福祉法のことはソーシャルワーカーに任せておけばよいのではなく,心理職も児童福祉法のことをよく知っていて,ソーシャルワーカーと議論できる必要があるのです。つまり,心理職である以前に児童相談所員なのです

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3.福祉分野の心理職の基本技能

【下山】日本の心理職は,個人心理療法モデルで心理療法家というスペシャリストを目指してきた歴史があります。しかし,福祉分野では,スペシャリストとしてだけでなく,ジェネラリストの技能も必要というわけですね。しかも,医師中心の医療分野とは異なり,福祉分野では,さまざまな対人援助職が平等に協働し,チームで福祉全体の活動を進めることが重要となるのですね。そのような福祉分野の心理職の基本技能とはどのようなものでしょうか。

アセスメントの基本:行動から仮説(読み)をたてる
アセスメントの学習では,まずは一つの検査に習熟することから始めるのが大切だと思います。そうすることで,その検査のことだけではなく,それをとおして臨床に関する大切なことが分かってきます。

アセスメントで使用する検査について教える際に,私は「たかが心理テスト,されど心理テスト」だと話してきました。人間は複雑なので,たかが20分や30分設問に答えてもらっただけでその人のことがわかるはずがありません。それなら検査を捨ててしまうのかというとそうでもありません。他ではないその結果が出たのだから,それはかけがえのないものです。だからこそ,そこからどうその人の特徴やその人の支援に役立つことを探していくかが重要となるのです。

心理テストを実施すると当然のことながら結果が出ます。でもそれを鵜呑みにしないことが大切です。疑いながら,なぜこの人はこんな反応を出したのか,テストAとテストBの結果に出ている矛盾をどう読み解くのかなど,自分で考えることがとても大切です。

検査が対象者のことを勝手に分析するのではありません。あくまでもその検査を使っているのは検査者であって,検査者がその人のことを読むのです。その読むときの介在物として検査を使っているだけなのです。そういうことをちゃんと学んでいく。繰り返しますが,検査結果から与えられたことだけで安心しないことです。

検査への回答の内容だけではなく,どんな様子でその設問に応えたのかという行動も含めて読む。読むのも,単に「こんなことを思っているに違いない」とか「こんな深層心理があるのだろう」という恣意的な都合の良い解釈ではなく,「こういう事態の流れのなかでこんな反応をした。同じようなことが異なるこの場面でも現れた。これがこの人の反応の仕方の仕組みのひとつかもしれない」といった,細かい観察等によって見出した事実に基づいて仮説を立てる技能を習得することが大切です。

つまり,検査への反応内容だけでなく検査事態の全体から解釈仮説を立てる際の根拠となるエビデンスを見つけるという姿勢をどう養うかということが,アセスメントとしては大事なことだと思っています。

心理支援の基本:先入観に惑わされない
トリートメント,つまり心理支援に関して言えば,先入観にもとづく判断をしないことが重要です。世の中には,「親子関係の問題があればこういう子どもに育つ」とか「こういう親はダメだ」といった考えが多く流布されています。

心理職も,担当ケースの親子関係が良くないという情報があると,「これは,もう子育てのせいだ」と子どもの問題行動について簡単に結論づけてしまい,その母親との面接でも最初から否定的な言葉を投げつけるような対応をしてしまうことがないとは言えません。不適切な子育てが先にあって子どもの問題行動があるのではなく,子どもの問題行動のために親子関係が不適切になってしまうとみるほうが妥当なこともあるのです。

どのようにして物事を公平に見るかというのは重要なポイントです。ケースに関するいろんなエピソードのなかにあらわれるエビデンス同士にどんな関連があるかということを,色づけしすぎず,公平に見ていくセンスを習得することです。「僕は心理学を勉強して心理職なのだから,人間のことはよく分かっている」みたいに思っている人は結構いるのではないでしょうか。私は,「心理というのはよく分からないということを本当に知っている人が心理職なのだ」とことあるごとに伝えました。その辺の思い違いをしないように,どう基本的なところから学んでいくかが重要です。

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4.福祉分野の心理職の中核技能

【下山】基本技能として,心理職として物事をみる態度や姿勢を習得してほしいということですね。ステレオタイプの分析や先入観に基づく判断ではなく,事実に基づいて問題について仮説(読み)をたて,常に疑いをもってより良い支援の方法を探っていく態度を習得することがポイントですね。次に,福祉分野で心理職が活躍するためにスキルアップすべき中核技能はどのようなものでしょうか。

発達と知能の検査,そしてロールシャッハテストは必須
発達検査とか知能検査の習得は必須でしょう。とくに新版K式発達検査はできるようになっていてほしいと思います。子どもと遊ぶ検査なので,そのなかで子どもの生きた像をとらえられるようになります。まさに支援とも結びついた検査なので,子どもに対する臨床的視点の育成に大きく役立ちます。

パーソナリティ検査であれば,ロールシャッハテストは学んでおいてほしいと思います。反応のステレオタイプな読み方ではなく,被検査者の反応を追体験していけるような読み方を自分のものにしていってほしいと思います。繰り返しますが,定番の読み方に被検査者の像を押し込めるのではなく,どう生きた像をバランスよく自分のセンスで切り取っていくかが,福祉分野だけではないでしょうが,重要となります。

検査の技能や面接などの対応の技能は,ワークショップ等を通して体験学習的に学ぶのも有効です。自分の捉え方を提示し,他の参加者の捉え方も聴き,協議しながらその理解の質を高めていきます。検査結果にもとづいて対象者やその関係者に向けて助言したり,対象者と面接するような場面については,ロールプレイを行ってみることを通じて参加者同士で検討できます。

一方的に講義を聴いて学習する部分も必要かもしれませんが,自分たちの見解を提出し合って学び合うことの意味は大きいと思います。「正解」を知ろうとするのではなく,求められている事態に役に立つ対応を身に着けたいという姿勢が大切ではないでしょうか。

【下山】心理支援において,先入観に左右されずに公平な視点が重要であるということでした。しかし,福祉の現場では,その地域の価値観や風評があったり,さらにはマスコミの批判などもあったりして,周囲の見解に左右されてしまう危険があると思います。そのような中で心理支援を進めるための中核技能はどのようなものでしょうか。

普通の生活を想像し,理解する技能
たとえば,医師なら医師しか知らないとても科学的なことを仕事の対象にしています。でも,大雑把な言い方ですが,心理職の仕事の対象は日常生活でふつうにあるようなこと,そこで私たちが人間としてふつうに思っているようなことです。

そして,そこにあるいろんなことをよりよく理解するために愛着理論とか母性や父性,受容や心のケアとかいうさまざまな論があります。そういう論に心理職は影響を受けて,耳触りの良い言葉に流されがちになります。たとえば,「優しく子どもの気持ちを分かち合おう」とかいった価値観に影響を受けて,発達相談なんかでそういうのを助言として保護者に押し付けるような心理職も出てきます。

しかし,相手の保護者は,プレイルームで子ども中心のセラピーをしているのではなく,生活という日常を行っているわけです。生活の中では,それこそ子どもを叱ったり追い立てたりするようなこともさまざまにあって,それがふつうの生活です。そしてそのなかで子どもたちも大切なことをいっぱい学んでいくのです。

人間が行う生活のリアリティをちゃんと知って,対象者とその周りの人たちの交流の実際を想像できること,そしてその想像にもとづいて,きれいごとではない無理のない支援をどう企画し実行していくか,それが福祉分野の心理職の中核技能であると思います。誰でもすべてを体験できるわけではありませんが,体験できないことは想像力でもかなり補えます。その想像力を自分のなかに育てることが必要です。

より良い育て方,より良い人間の在り方みたいなことを目標として念頭に置いてしまえば,子どもに虐待をしている保護者なんてとんでもない存在だということになります。しかし保護者もたいへんなのであって,支援が必要なのです。単純な正義論や人権論でなく,生きにくい世の中をどう少しでも生きやすくするのかを考えたいと思います。

【下山】普通の生活を観ていく,しかも家族に代表される関係をしっかり把握していくことが福祉領域の活動の基盤にあるわけですね。その生活に関わっていく福祉分野の心理職の中核技能とは具体的にどのようなものでしょうか。

家族や地域のシステムの観点から問題を理解する技能
福祉分野で対応の必要なケースでは,家族内も地域においても複雑な人間関係が絡み合っているので,一人の個人の心の内側だけを追及してもトリートメントにつながらない場合が多いようです。そこにいる人たちの関係性がどうなっているのか,それをどうほぐしていくのか,という視点が重要となります。

面接でも,個人の気持ちも大事にしながら,親子,家族,地域がどんな関係になっているかを扱います。誰が良いとか悪いではなく,その集団全体のつながりを見ていくような視点が重要となります。このことは,単純にひとつの心理療法としての家族システム療法を学ぶのが良いというのではなく,どんな治療法を重視しているとしても,人と人との関係,さらにはシステムとしての人間関係や社会関係をみて,そこに関わっていく技能は必要だということです。

繰り返しになりますが,お母さんが子どもを叩いているときに家族の他の人たちはどうしているのかとか,家族のなかで虐待がどんなふうに生起をしてどんなふうに維持されているのか,その人たちが生活している地域はどんなところで,どんなふうにその家族のことを見ているのか,どんな交流があるのか,援助的に関わる立場の人がどんな関係をもとうとしているのか,そういうことを含めてケースのアセスメントができて,さらに関係の改善に向けてトリートメントができていくことが重要です。

このように,関係のなかで問題を見立て,そこに関っていくことが福祉分野の心理職の中核技能です。

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5.福祉分野の心理職の発展に向けて必要となる技能

【下山】福祉分野の心理職は,他の分野に比較して,利用者の生活場面にソーシャルワーカーに代表される他職種と協働して関わっていくこと多いと思います。そのような心理職の活動を発展させるために必要な技能はどのようなものでしょうか。

他職種に方針を示す技能
私は,要保護児童対策地域協議会主催の個別ケース検討会議に参加することがあり,市町村で働いている多職種の人たちと会う機会があります。これは,虐待防止も含めて保護の必要な子どもを地域で見ていくために,児童福祉法で各市町村に設置が定められている協議会です。

そこには,福祉,教育,医療,その他の分野の職種が参加しており,児童相談所の心理職と顔を合わせることもあります。行政は縦割りと言われますが,この会議では横割りが実現しています。この多職種連携の場で心理職が活躍できるために必要となるのが,問題の分析と,その問題の改善に向けての方針を示す技能です。

会議の場で,児童相談所の心理職は子どもに面接し心理テストをした結果としての子ども像について説明してくれます。しかし,その子と虐待する人やその周囲の人々がどのような関係になっているか等の力動の仮説について説明してくれないことが多いように思います。個人の特徴のアセスメントだけではなく,家族・地域の人間関係を含めた包括的なアセスメントを行い,問題の改善に向けて方針を示すことが必要だと思うのです。

家族・地域に関しては,他職種,たとえばソーシャルワーカーの担当だと言って逃げてはいけません。心理職が発展するためには,子どもの内面に限定しないアセスメントの結果にもとづいて,トリートメントの方針案を会議の場に示す技能が求められるように思います。

チームやシステムのマネジメント技能
児童福祉の活動を進めるうえでは,各職種間に生まれてくる軋轢を解消するためにどう介入するかとか,チームワークを有効に進めるためにどのような工夫をするかについても,心理職は心を砕く必要があります。そして,それを上記の会議の場で具体的に行うこと,つまりよりよい会議の運営・進行にどう支援的に働きかけるかも,黒子的役割になるでしょうが,使命としてあるように思います。

システムへの介入,グループダイナミクス等は,コミュニティ心理学的には重要な事項です。それは,心理職にとっては,決して専門外のこととは言えないでしょう。なお,多忙を極め疲弊が問題になってきている各職種の現状のなかで,お互いにどう心理的に支えていくかも,上記の使命に含まれていると思っています。

社会全体に福祉の現場の事実を伝える技能
社会全体に対して福祉の現場で起きている事実を伝え,社会のなかに誤った認識等があればそれを変えていくことに貢献することも求められています。

「世の中から思わされてしまう」ストーリーはたくさんあります。たとえば,子どもに愛着障害という診断がなされた場合,その診断名が独り歩きし,「愛着が障害されているのは,親の育て方に問題があるからだ」というストーリーによって親がすっかり悪者にされる場合があります。ケースによって問題の所在は異なり,子育て自体の大変さも理解する必要があるのに,です。そのようななかで心理職は,現場の事実にもとづき,誤った社会的ストーリーを書き換えていく技能も必要になるように思います。

福祉の現場では,虐待を受けている子どもの安全を第一に保護者から引き離す必要に迫られることも多いなかで,引き離すことによって親子関係を切ってしまう危険性に悩むこともあります。

今はまだ未熟な部分のある虐待防止施策に対して,単に虐待防止だけでなく子どもの健全育成をもきちんと睨みながら,施策がより練られて成熟してゆくことに資する見解を明確にし,提言していくようなことも,心理職だけの課題ではありませんが,チームの一員としての役割としてあるように思います。

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◇編集長・発行人:下山晴彦
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