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11-5.国内外の心理支援テクノロジーあれこれ

(特集 心理職はコロナ禍に対して何ができるか)
北原祐理(東京大学大学院 臨床心理学コース特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11

1.ICTの波に揺られて

はじめは少し抵抗のあったZOOM心理相談にもすっかり慣れてしまった。クライエントさんの状況に配慮し,ビデオはONでもOFFでも良いことにしている。自分だけ姿を見せながら対話するというのは違和感があるものである。しかし,それが自分の中でニューノーマルのひとつになったような気もする。ときに言葉から感じられる相手の葛藤を伝え返し,必要だと判断して薬物療法を依頼し,今までの知識をもとに動いた結果,やがて相手の声が明るくなってきた。どうやら画面の向こう側で,「自分の方向性」を見つけ,「自分の生活」を取り戻したようである。最後まで顔も見ずに終結となった。ひとまずよかったということか? この方は,ZOOMでなかったらとしたら,わざわざ相談に来なかっただろうか……?

突然の新型コロナウイルス蔓延に見舞われ,オンラインが日頃の業務を続けるために非常に都合の良い手段だと知った私たちは,その使い方の幅をどんどん広げていくのだろう。筆者自身は,それはあくまでツールであり,補助的なものと考えていた。テクノロジーにより,こころの「動き」を共有する媒体やチャンネルは増えるが,生々しく起こるこころの「動き」を抱え,扱い,紡ぎ直すのには,対面が最も良いと考えていた。ところが,オンラインだけで完結する事例もあり,どんな「動き」が作用したかもよくわからないことが出てきた。そして,心理相談としてどのような形態がありえるのかも,よくわからなくなってしまった。まさに模索中というところである。そのため,このコラムでは,そんな模索の一環として,世間,そして,世界の心理支援テクノロジーの動向を垣間見るということをしていきたい。

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2.ICT × メンタルヘルス市場は花盛り

さて,動向を垣間見る前に,ICT×メンタルヘルス市場の規模について簡単に触れておく。検索エンジンや論文データベースで,関連キーワード(Information and Communication Technology, mental health, appなど)を入力すると,多くの文献が得られる。2017年の欧米の調査によると,すでに318,000種の健康アプリ(純粋な身体の健康のものも含む)が複数のプラットフォーム(App Store, Google Playなど)で使え,その数は過去2年で倍増したようである。この中には一般向けだけでなく,患者(疾患)のケアを念頭においたアプリも40%程度ある。メンタルヘルスに特化すれば,同じく2017年に「気分の追跡(mood tracking)」に関するアプリを調べたところ,249種のAndroidアプリ,493種のiOSアプリがヒットしたそうだ。
日本では,AIを搭載した感情ログアプリ『emol』を開発するemol(エモル)株式会社が,2020年1月時点で国内で展開される約70のメンタルヘルステックサービスを収集し,7つのカテゴリーに分けている(「メンタルヘルステックカオスマップ」にご関心があれば,末尾の参考文献を参照)。このように,今や各国でICT×メンタルヘルス市場では切磋琢磨が繰り広げられている。心理職の立場で何かできることがあるとしたら,この膨大な情報の中から専門知を交えているものを選び,心理相談の展開のヒントを得ることかもしれない。
そこで,以下では,筆者の感覚で小見出しをつけ,20のツールを紹介しながら,昨今の動向を見ていきたい。最後の2つはアバターを活用した臨床実践であり,先週号11-4をお読みいただいた皆さんは,ぜひ注目である。(あくまでも紹介にとどまるため,情報の選択に偏りがあることはご了承ください。)

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3.日本の心理支援テクノロジーあれこれ

CBTを少しずつ自分たちで
最もベーシックなかたちといってもよさそうなものが,認知行動療法(CBT)を土台とした,自分の思考・感情を記録するアプリである。
例えば,KibunLoghttps://kibunlog.com/では,そのときの気分(「無気力」「イラッ」「悲しい」など)を選択し,それに伴う気持ちや考えを自由に書き出し,グラフによって可視化できる。記録をシンプルな操作で実行し,定期的に振り返ることで,出来事と気分・考え・行動の結びつきに気づくことに活かせる。
U2plus(ブラウザ版のみ:https://u2plus.jpのような,CBTを土台としたうつ病患者向けコミュニティサービスもある。ここでは,コミュニティに支えられながら課題に取り組むことで,集団認知行動療法を類似した効果が得ることがめざされている。

身体の状態を教えてくれる
身体に関する情報を記録・分析し,客観的に見直すことにおいてもアプリは役立ちそうである。
O: SLEEPhttps://o-sleep.comは,スマートフォンの加速度センサーの情報をもとに,睡眠時間や質を記録する。さらに,データから理想的な睡眠時間や起床時間を提案してくれるほか,不眠の認知行動療法(CBT-i)に基づき,睡眠衛生や生活習慣の改善を手助けしてくれる。
系統は異なるが,ストレススキャンhttps://stress-scan.com/という心拍変動解析(Heart Rate Variability: HRV)に基づくアプリもある。このアプリでは,スマホカメラから読み取る脈拍データから,交感神経と副交感神経の働きのバランスを評価して,ストレス指数としてフィードバックする。さらに,定期的な質問やそのログによってストレスマネジメントを助ける。

AI対話が,自己の整理を手助けする
以上は,「記録」がメインとなっていたアプリだが,AI対話エンジンを搭載して,会話形式で自分の気持ちや生活状況をインプットし,それに即時の応答が返ってくるものもある。
こころコンディショナーhttps://stress-management.co.jp/は,日本で初めての認知行動療法を活用したAIチャットボットである。AIの質問に答えながら気持ちを整理する「相談」か,言いたいことを好きなだけ書き込む「チャット」のいずれかを選択して,対話を進められる。入力内容によって,考え方の幅を広げるための誘導や行動的な提案などの応答内容が変わる。
冒頭でも紹介したemolhttps://emol.jpは,9つの感情から自分の現状に合うものを選び,続いてLINEのような会話画面でキャラクターの問いかけに応じるかたちで気持ちを自由に書き込める。ログをもとに自分の感情と思考のパターンを知ることができる。最近では,emol workとして,職場で匿名で悩みごとが相談できるプラットフォームも展開している。

情報を集約し,組織の改善に活かす
さて,上記のように職場のメンタルヘルスにも注目が集まっている中,情報の集約や組織の健康状態を高めることを目的としたプラットフォームも開発されてきている。
LAFOOL(https://www.lafool.co.jp/service/)は,プレゼンティズム(出勤しているにも関わらず,心身の健康上の問題により,充分にパフォーマンスが上がらない状態)を可視化し,組織の生産性向上・離職予防をめざす組織向けツールである。メンタル・フィジカル・エンゲイメント(主体性や熱意)などの側面や,ハラスメント,ストレスのリスク要因に関わるサーベイを通して実態を把握する。そのうえで,個人のセルフケアのためのアプリ提供,必要な場合は,臨床心理士や理学療法士との提携につなぐ総合的サービスである。

「いつでもどこでも」可能なオンラインカウンセリング
国内のツールとして最後に紹介するのは,誰でもオンラインでカウンセリングを受けられることを可能にしたcotree(https://cotree.jp)である。cotreeは,45分間の「話す」ビデオ・電話カウンセリング,「書く」カウンセリングなど,多様なカウンセリングを提供している。カウンセラーとしては,公認心理師・臨床心理士に限らず,精神保健福祉士,産業カウンセラー,キャリアコンサルタントの有資格者が携わっている。また,相談したい内容(例えば,「自分を変えたい」「仕事の悩み・ストレス」「憂うつな気分」「感情をコントロールしたい」などの9カテゴリー)から,マッチングを受けること・カウンセラーを指定することもできる。

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4.海外の心理支援テクノロジーあれこれ

定番?CBTやマインドフルネスを活用する
海外でも,国内と同様にCBTベースのものが多く見られるほか,マインドフルネスをベースとしたアプリも人気のようである。
WoeBot(https://woebothealth.com/)は,先の「こころコンディショナー」と同様にCBTにAI対話を掛け合わせたアプリである。テキストでチャットするという方式は,問題をより打ち明けやすく,恥ずかしさや困惑が和らぎやすいとのことである。実際にWoeBotを2週間継続的に使用した大学生では,落ち込みや不安が低減したという報告もある。
headspace(https://www.headspace.com/)は,Meditation, Sleep and Wake Up, Stress and Anxiety, Movement and Healthy Livingの4領域における豊富な素材や動画(5分から45分程度の様々なレベル)を提供するアプリで,自分にあった領域のアクティビティに取り組める。失業者には1年間の無料提供もされている。

症状に焦点を当てたCBT的介入をめざす
さらに,症状や疾患に合わせてカスタマイズされたCBTを提供するものも散見された。
MindShift™ CBT(https://www.anxietycanada.com/resources/mindshift-cbt/)は,主に不安症状を対象としたCBTベースのアプリであり,リラクゼーションやマインドフルネスの要素を取り入れながら,効果的な考え方や自分の不安の管理する力を育てることをめざす。
MoodTools(https://www.moodtools.org/)は同じくCBTに基づくが,気分障害(臨床実験により,主に中等度から重度のうつ病)を対象としたアプリである。うつ病の心理教育,思考記録,行動活性化,PHQ-9(「こころとからだの質問票」)による症状評価などの要素を含む。

「大丈夫ではない」ときに,ワンタップで
以上のように,自分で生活の改善や症状に取り組むことを助けるアプリがある一方で,必要なときにすぐSOSを出すためのアプリも見受けられた。
notOK(https://www.notokapp.com/)は,うつ病や他の心理的問題を抱える若者向けのアプリで,苦痛が強いときや緊急時に「Not OK」ボタンを押すことで,テキスト,電話,あるいはGPS位置情報を介して,必要な情報を得ることや,近くの支援機関につながることができる。開発者は,若者がSNSを通して心理的苦痛を訴えたり,心理的問題に対する助言を求めたりする動きを見て,ピアサポートの質を高める意図から,このようなアプリを作ったという。

こころの疾患を治療する・生きることを支え続ける
オンラインツールは,人々のつながりの促進に加え,専門家に継続的にかかることも助けられる。疾患に対する専門的治療を支援する媒体も多くあるようだ。
Recovery Record(https://www.recoveryrecord.com/)は,摂食障害(神経性やせ症・神経性過食症・過食性障害)を抱える人の,食生活の記録・管理や,専門家への相談などを総合的にサポートする。スタンフォード大学,デューク大学,他3大学が研究提携しており,摂食障害の認知行動療法や栄養学に精通する心理/医療の専門家が相談に対応している。
nocd(https://www.treatmyocd.com/)は,強迫性障害(OCD)を抱える人のための,専門的治療へのアクセスを助ける。アプリを通して,OCD専門心理士とのマッチング,オーダーメイドの治療計画の作成,オンラインによる(対面式)暴露反応妨害法の治療セッションが行える。
PTSD Coach(https://www.ptsd.va.gov/appvid/mobile/)は,トラウマを受けた人,あるいは,心的外傷後ストレス障害(PTSD)の恐れがある人のために,心理教育,症状の評価,サポート資源を提供するアプリである。PTSDは深刻な心理症状のため,本アプリは専門的治療に代わるものでないが,心理・医療サービス提供者を紹介するリンクが組み込まれているほか,当事者の家族のための PTSD Family Coachなどの姉妹アプリもある。

発達障害の子どもに向けたゲームアプリ
専門家による治療や介入を助けるものとして,ゲーミフィケーション(ゲームの仕組みやデザインを応用したもの)された併用ツールもある。
EndeavorRx™(https://www.akiliinteractive.com/)は,注意制御に関与する神経系(脳の前頭頭頂部)に介入するよう設計された感覚刺激や同時運動が関与する課題をゲーム感覚でこなすことで,注意機能の改善をめざすものである。アルゴリズムによって,常に難易度が調整されるため,個人の治療経過や提案がパーソナライズされたものになっていく。

より豊かに生きるための知恵とツール
ここまででいわゆる「臨床心理学」が対象とする層に向けたものを例示してきたが,より広い層に向けた,日常で体験される喜びを呼び覚ますという趣旨のツールもある。
happify(https://www.happify.com/)は,ポジティブ心理学に基づき,ウェルビーングの向上をめざすツールであり,アクティビティを達成することで,S.T.A.G.E.R.™️(Savor:じっくり味わう,Thank:感謝する,Aspire:熱意をもつ,Give:与える,Emphasize:共感する,Revive:回復する)の態度を育む。日本語にも対応している。

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5.アバターを臨床実践にどう使う?

以上ではアプリを中心としたツールを見てきたが,いかがだっただろうか。従来の専門的心理支援によりアクセスしやすく,自分のペースで進められるかたちにしたものが多いような印象を受ける。テクノロジーと呼ぶには少々シンプルかもしれない。最後に,少し異色な(?)アバターを活用した,より「テクノロジー寄りの」臨床実践を紹介したい。

1つ目は,University of Southern Californiaが開発しているSimSensei(https://ict.usc.edu/prototypes/simsensei/)である。動画を見ると(https://youtu.be/ejczMs6b1Q4)アバターEllieが自己紹介をして,クライエントの話を聞きながら,うつ病や心的外傷後ストレス障害の兆候をアセスメントする質問群を投げかけていく様子がわかる。センサーとウェブカメラにより,表情や声のトーンを読み取り,ある程度自然なやりとりの中で,必要な情報をとることができるようになっている。

もう1つは,King's College Londonが開発しているAvatar Therapy(http://www.avatartherapy.co.uk/)である。このシステムは,統合失調症によって起こる幻聴に対する新しいアプローチを試みている。URLから動画を見ると「あなたはクズだ,いるだけ無駄だ」というアバター(裏にはセラピストが入っている)に向かって,患者はセラピストの指示を頼りにしながら「聞き飽きたわ,あっちに行って」などと言い返す練習をしている。アバターの容貌や声は,実際に患者が体験しているものに似せることができる。段々と患者がうまく対応すると,アバターの口調の力強さがなくなっていく(これもセラピストが調整しているわけである)。10分間のアバターとの対話セッション6回を1つのプログラムとしており,試行実験では,75名中9名が幻聴を聞かなくなったとのことである。

このように,アバターの役割を,ある症状に対しての評価や介入に定めると,プログラムを設計しやすいと想像される。そこに実装する機能も自ずと明確になりやすい(もちろん,表情センサーの感度などは複雑な技術であるものの)。その点において,上記2つは前章11-4で下山晴彦先生が書かれていた「アバター心理相談」とは異なる。

「アバター心理相談」では,自分の身を隠すものとして「アバター」を被り,両者が出会う。それは,心理相談の入り口から「アバター」を用いることであり,治療プログラムの一部にアバターを用いるのではない。また,片方が一定の目的のためにアバターを被るのとは異なり,クライエントとセラピストの双方が「アバター」となる。いわば,背景や目的を探る過程を,お互いの姿を見せずに行うという,新しい心理相談のチャンネルができることになる。そこでは,新たな語りや,こころの「動き」が生まれることもありえる。さらに,「アバター」で繋がった関係を土台に,先に紹介してきたようなツールを用いることも(場合によっては)できるのかもしれない。そうすると,完全オンラインの(しかも“匿姿の”)支援体制の出来上がりである。そうしたときの新しい可能性と,限界や危険はどこに出てくるだろうか。

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6.どのように活用・共存するか,したいか,できるのか

はじめに述べたように,このコラムは「これがきっといい!」という類の結論を出すことをめざしたわけではない。むしろ,多様化する心理支援テクノロジーを知り,「(どれが適しているか)わからない」と改めて認識するのでも良いと感じたくらいである。今回垣間見たのは,現時点での動向なのであり,技術が進むとまた事情も変わるだろう。環境の変化によって急な変革を迫られることもあるのかもしれない。少なくとも今は,各ツールの機能は限定的で,「オンライン→対面」という道筋も確保されている。しかし,オンライン化が進み,もしも情報が全て記録されて臨床的な行為がパターン化・効率化されたら? クライエントさんに生身の人間としての実態を感じてもらえなかったら? そして,仮に実態を感じなかったとしても,その人なりの生活に適応していけたとしたら? 未知なだけに,恐れもある。対面において大切にしてきた要素が置き去りにならないかとも考える。一方で,想像だけではわからず,やってみて,振り返り,考察することで,テクノロジーのメリットと,それだけでは埋められない,会って対話を積み重ねることの意味が見えてくるとも考えられる。あえて波に少し揺らがれて,最新鋭を知り,自分で触れながら,心理臨床という営みの独自性,そして,これからの技術との共存のしかたを探りたいと切に思う。

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参考文献
Caldeira, C., Chen, Y., Chan, L., Pham, V., Chen, Y., & Zheng, K. (2017). Mobile apps for mood tracking: An analysis of features and user reviews. In AMIA Annual Symposium Proceedings (Vol. 2017, p. 495). American Medical Informatics Association. Retrieved from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5977660/

Truschel, J. (2020). Top 25 mental health Apps: An effective alternative for when you can't afford therapy? Retrieved from: https://www.psycom.net/25-best-mental-health-apps

Weisel, K. K., Fuhrmann, L. M., Berking, M., Baumeister, H., Cuijpers, P., & Ebert, D. D. (2019). Standalone smartphone apps for mental health─A systematic review and meta-analysis. NPJ digital medicine, 2, 1-10.

「国内メンタルヘルステックカオスマップ 2020年版」を公開!
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000043787.html

2020年版メンタルヘルステックカオスマップをemolが公開
https://jp.techcrunch.com/2020/01/14/mental-health-chaos-map-2020/


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