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11−4.おっさんセラピストがアバター相談をやってみた

(特集 心理職はコロナ禍に対して何ができるか)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11

1.“オンライン疲れ”には指圧が一番!

昨晩は,遅くまでオンライン会議があった。どうも寝起きがスッキリしない。ボーッとして身体が重い。頭の芯が疲れているが,どこか興奮している。なんとなく眠くて集中できない。でも緊張がとれない。

それで,行きつけの指圧(マッサージ)治療院に出向いた。

「お疲れですね。首や背中が凝り凝りですよ」
【私】オンラインの仕事が続いているんです。
「最近,オンライン疲れのお客さんが多いですよ」
【私】何でもオンラインでできるという世の中になってしまったんですよ。
「そんなことありません。指圧はオンラインではできません!」
【私】イタタタ。ツボを押された,この快感は確かにオンライン無理だ!
「オンラインをしない時間を作ったらどうですか」

帰宅して,“オンライン疲れ”の意味が知りたくなり,ついネットで検索しようとした。そこで,“オンラインまみれ”の自分に気づいて情けなくなった。

まずは自分の“身体”の疲れを感じとることだ。それが“オンライン疲れ”を抜ける第一歩だ,と自分に言い聞かせた。そして,ゆっくりと休養をとることが大切だと“肝”に銘じた。パソコンの電源を落とし,お茶を飲んだ。

2.アバター心理相談にチャレンジ!

実は,何を隠そう,私は,オンライン作業が苦手なICT難民である。PCの設定だって一人ではままならない初老のおっさんである。指圧に通い詰めるほどの“オンライン疲れ”は,私がICT難民だからである。
(*ICT[Information Communication Technology]=情報通信技術))

このような私が今取り組んでいるのがアバターを用いた心理相談である。
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0110_00054.html

アバター心理相談を始めるにあたって,心理職の皆様からは,「いよいよ心理療法の本道から外れたわけだ」「年寄りの冷水ですね!」といった揶揄を受けることは覚悟していた。しかし,世の中の反応は違っていた。それなりに注目されるらしい。日経新聞のデジタル版ですぐに取り上げられた。
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP535817_V10C20A6000000/

では,なぜアバター心理相談を始めたのか。それは,サービス・ギャップを改善したいからである。メンタルヘルスに問題を抱えながらも,適切な治療や相談にアクセスできていない人々が多く存在する。これを“サービス・ギャップ”と呼ぶ。サービス・ギャップの改善は,今や世界各国で課題となっている。

サービス・ギャップ改善の手段としてオンライン心理相談がある。都合の良い時間や場所で心理支援を利用できるとともに,直接対面する不安や抵抗感を緩和することもできる。そのためオンライン心理相談は,相談機関を直接訪れて受ける心理支援と比べると,クライエントにとって,支援の受けやすさに優れている。

日本では,心理支援を必要としながらも,「人に相談することは恥」という価値観,「心の病は弱い人がなる」といったスティグマ,「治療に行くと薬漬けにされる」という医療不信のために治療や相談へのアクセスが遅れる。治療や相談をせずに,ひきこもりとなっている。ひきこもりは,すでに100万人を越えている。
https://kokotomohouse.com/57571/

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3.今,産業革命が起きていること知っていますか?

中国武漢に端を発した新型コロナウィルスは,世界に拡散した。コロナ禍によって,人々は,密接,密閉,密集の3密を避け,外出自粛が必須となった。それで,対面相談が困難となり,オンライン相談が必要となったことを多くの心理職が経験している。

しかし,新型コロナウィルスは,単にCOVID-19という感染症のパンデミック(世界的流行)をもたらし,人々に外出自粛を強いただけではなかった。世界で粛々と進んでいた第4次産業革命を促進させ,社会の前面に押し出したのである。

《第1次産業革命》18世紀中頃に始まった英国の機械制工場と蒸気力利用の技術革新によって起こり,社会の近代化と資本主義を成立させた。

《第2次産業革命》20世紀初頭に石油や電気の活用で自動車産業が起きて始まった。

《第3次産業革命》1940年年代のコンピュータやトランジスタの開発に伴ってエレクトロニクス産業が発展し,インターネットに基づく情報革命をもたらした。

《第4次産業革命》現在起きている革命であり,AI,ロボット,IoTを活用したサステナブル(持続可能)社会の実現を目指す。

第4次産業革命の現代社会は,すべてのモノゴトがICTでつながるIoT(Internet of Things)の社会になってきている。コロナ禍は,そのIoT社会を促進した。世界規模でオンラインの会議や授業が定着し,オンライン心理相談も浸透しつつある。

働き方改革としてテレワークを用いたワークライフバランスが推奨されていた。しかし,一向に進まなかった。それが,コロナ禍で一気にテレワークが進んだ。学校において生徒1人1台端末環境の実現を目指すギガスクール構想が唱えられ,教材のデジタル化が言われていたが,進んでいなかった。ところが,コロナ禍で学校のデジタル化,オンライン化が進みつつある。
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
https://add.gig.co.jp/magazine/332/

医学領域でも,オンライン診察が2018年度より一部保険適用となっており,今回の新型コロナウィルス対策で利用が拡大した。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/rinsyo/index_00010.html
https://medionlife.jp/guidebook1/

4.そもそもオンライン相談って何なの?

確かにコロナ禍によってオンラインの活用が必須となっている。それは,心理支援にどのような影響を及ぼすのだろうか。日本では,ラインによるチャット相談が注目を浴びている段階である。しかし,それはオンライン相談の初歩にすぎない。

IoTによって,心理支援も大きな影響を受ける。単純にオンライン相談が進むだけではない。オンライン相談と一口に言っても,さまざまなバラエティーがある。どのようなICTを,どのように活用するのかによって,多種多様なサービスの提供が可能となる。

■コミュニケーション媒体によるバリエーション
【音声のみ】電話相談
【文字情報のみ】チャット相談
【映像&音声】ビデオ通信相談(=オンライン対面相談)
【仮想現実(VR)】アバター相談
■ICTツールによるバリエーション
【PC・タブレット】多様なオンライン相談の利用
【ウエアラブル端末】睡眠などの生理データによるヘルス行動の管理と促進
【スマートフォン】スマホゲームなどのアプリを用いたセルフヘルプ支援
【ロボット】生活場面でのコミュニケーションによるヘルス行動支援
■コミュニケーション生成の仕方によるバリエーション
【人間による対話】人間の判断や直感や苦し紛れによる対話
【自動返信による対話】状態に対応する既定内容を返信
【AIによる対話】AIの自然言語処理による対話(チャットボットなど)

かつて心理支援のバリエーションといえば,精神分析や行動療法といった学派による介入方法の違いであった。また,対象が個人か,集団か,システムかといった違いもあった。しかし,ICTの活用によって,心理支援の提供の仕方が,本質的に異なってくる。心理支援のサービスのあり方に関して,根本的次元で変容が生じる。

従来の対面相談(以下,オンライン相談に対する意味で「リアル対面相談」と呼ぶ)では,「クライエントが心理職の居る相談機関に来談する」⇒「来談者が面接室内で自分の気持ちを語る」⇒「それに心理職が応える」という作業が前提となっていた。しかし,ICTを活用することで,クライエントは,相談機関に来談する必要がなくなる。クライエントは,自身の都合のよい場所からオンラインで心理職に直接アクセスする。

オンラインを媒介とすることで,「クライエントの生活の場」と「心理支援」が直結する。そこでは,「来談」や「面接室」が不要となる。場合によっては,相談機関も必要なくなるかもしれない。さらにAIを利用することで,「心理職」さえ不要となるかもしれない。

ICTの進化は止まらない。IoTに代表される第4次産業革命は,心理支援を含むメンタルヘルス活動に本質的なイノベーション(変革)をもたらす。そのことに,多くの心理職は,まだ気づいていない。

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5.やっぱりオンラインは疲れる!

心理支援の分野でも,オンライン相談は必須のようである。それでは,心理職は,誰もがオンライン相談をしなければいけないのだろうか。リアルな現実の場における対面相談(以下,リアル対面相談)には,どのような意義があるのだろうか。

アバター相談を始めてみて,改めて心理相談とは何なのかと考えている。数年前までは,心理相談と言えば,リアルな場での対面相談しか思い当たらなかった。面接室を出て危機介入としてアウトリーチすることもあった。しかし,それでもリアルな場での対面での対応が前提となっていた。

ところが,ICTを媒介とすることで,その前提がすっ飛んでしまった。オンラインが可能となったことで,必ずしも現実の場で会う必要がなくなった。利用者も心理職も,ICT環境が整っていれば,どこからでもオンラインの対面相談ができるようになった。さらにアバター相談となると,バーチャルリアリティ,つまりにおける仮想現実における分身による対面相談となる。これは,果たして対面相談と言ってよいのかとも思う。

リアル対面相談では,面接室において相手と直に向き合うことで,お互いに身体的存在としての相手を肌で感じとる。緊張が相手の動作から伝わってくる。それと同時に,面接室という場を共有する共同性も感じる。それは,次第に同じ場に居て,ともに支えられている(アフォードされている)という安心感にもなっていく。茶室における茶事にも通じる“密”な雰囲気を共に感じ,味わう体験がそこにある。

それに対してオンライン相談では,文字通りオンライン空間での交流となる。PCやタブレット,時にはスマホの「画面」を通して相手と対話する。日常生活と面接場面を区切るのは,面接室ではなく,「画面」である。
(※端末のカメラと「画面」に向き合うのは,多くの場合,自室や会議室といった生活の場である。自らが映る「画面」にバーチャル背景を設定しなければ,「画面」に日常生活が背景として映し出される。その点でオンライン対面相談は,現実に開かれているともいえる。)

リアル対面相談では,面接室という枠組みで日常場面を区切った上で,身体存在としてのクライエントと向き合い,問題を理解しようとする。それに対して(アバター相談を含めて)オンライン相談は,ICT画面という枠組みで日常場面と区切られた映像存在としてのクライエントと向き合う。

区切られた場において,コミュニケーションするという点では,リアル対面相談もオンライン相談も同様である。しかし,情報の質は異なる。リアル対面相談は,視覚,聴覚,嗅覚,触覚の4感覚をフルに活用して相手を把握する。(茶会は,それに味覚が加わる!) それに対してオンライン相談は,カメラとマイクが捉えた範囲の,限定された視覚情報と聴覚情報によって相手を把握する。

オンライン相談は,便利である。しかし,得られる情報が限られている。そのため,オンライン相談では,画面で捉えられない相手の動きを把握しようと認知機能をフル稼働する。相手の気持を捉えようとして,想像力をフル稼働する。

オンライン相談は,バーチャル背景を使用しなければ,現実に開かれている。しかし,それは,現実の場を共有しているのではない。スイッチをoffにすれば,その場は画面とともに消えてしまう。あくまでもバーチャルなのである。危機的な場面では,直接的な対応はできない。死にたいと言われても,スイッチを切られたら,その場では為す術がない。

このようにオンライン相談では,相手との場を共有していないので,相手の意図を理解するために無理な頭の使い方をし,場をもたせるのに不自然に気を使う。“オンライン疲れ”が生じるのは,普段は使い慣れていない脳部位をフル活用する努力をせざるを得ないからであろう。

6.では,なぜアバター相談を始めたのか?

リアル対面相談は疲れると言いながら,私は,オンライン相談の極みであるアバター相談を始めてしまった。しばしば,それは何故なのかと問われる。「キワモノを取り扱うのが好きなんですね!」「もしかしたら,コスプレ趣味ですか?」といった質問もいただく。

実は,アバター相談をしてみて,つくづく感じることがある。それは,「リアル対面相談は,クライエントにとって,いかに難儀か」ということである。オンライン相談は,webにつながる何らかのオンライン端末があれば,どこからでも利用できる。スイッチを切れば,すぐに自分の生活している現実に戻ることができる。

リアル対面相談では,自宅を出て,相談機関があるところまで移動する。そのためには外出着に着替え,場合によってはお化粧などをして身だしなみを整える。さらに,相談機関に出向く。車や電車に乗る。場合によっては,ラッシュアワーで混雑した電車や駅に耐える。渋滞に耐えることも。途中で嫌な経験をすることもある。そして,相談機関に到着する。到着するまでの行程は,かなり難儀な作業である。

受付を経て心理職と会う。最初はどのような人かわからない。危険な人かもしれない。役に立たない人かもしれない。しかも,難儀をして来談したのに1時間ほどしか会えない。そこで,集中して自分の問題を説明し,語らなければならない。場合によっては,思い出すのも辛いことを内省し,伝える。恥ずかしいと感じることもある。厳しいことを言われて泣きっ面に蜂ということもあり得る。穴があったら隠れたくなることもある。

それがすぐに問題の改善につながらない場合も多い。面接が終わって,次の予約をして,相談機関を出て,帰宅あるいは他の場所に移動の途につく。ここでも,何が起きるかわからない。心理支援のために来談することは,つくづく難儀な作業であると思う。

それに対してオンラインは,自分が安心できる所で面接できる(もちろん,その場所が危険という方もおられるが)。リモートなので,相手の存在によって直接脅かされることもない。スイッチを消せば,簡単に自分を守ることができる。ましてやアバターならば,自分の顔や様子を知られることはない。普段着の素のままでも,自分を隠して面接ができる。楽だし,安全である。

サービス提供の観点からは,難儀なリアル対面相談しか提供しないのは,セラピストに都合のよい枠組みをクライエントに押し付ける「殿様商売」と言われても仕方がない。うつ病などの活動力が低下しているクライエントや,不安症など回避傾向のあるクライエントにとっては,相談機関まで出向くようにとの要求は,土台無理な注文である。

しかも,自分のことを他者に晒すのを恥と感じて回避する文化の日本人にとっては,相談すること自体に抵抗があるのは当然である。だからこそ,サービス・ギャップが生じていた。サービス・ギャップは,サービスを提供する心理職の側の課題であった。

アバターを始めとするオンライン相談は,リアル対面相談に比較して気楽にアクセスできる。そして,必要となった場合には,リアル対面相談につなぐ道筋を描くこともできる。それが,アバター相談を始めた理由である。

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7.日本のメンタルヘルスは,無駄が一杯!

今の日本のメンタルヘルスサービスそのものが,無駄が一杯である。うつ病や不安症といった精神障害は,突然に発病するものではない。それ以前に,ストレス等によって不眠,疲れや不調がある。それに適切に対処できていない結果として,問題が悪化し,精神障害の症状が出てくる。したがって,疲れや不調の段階で早めに対処すれば,精神障害を未然に防ぐことが十分可能である。

さらに,何か不調を感じた時にどこに相談に行ったらよいかわかりにくい。多くの人が考えるのが,街中に乱立する精神科クリニックや心療内科クリニックとなる。そのため,そのようなクリニックは,混み合うことになる。長時間の待ち時間を経ての数分の診察で薬物が出されるということも生じてくる。多剤多量投与の問題も起きていた。薬物の副作用もあり,症状の慢性化も生じていた。

結果,人々の間では,「クリニックに行ったら薬漬けにされる」といった見方が広まり,ますます早めの相談を控えるようになる。そのような現実に対処するために主治医の指示の下で働く心理職に,心理相談の下請けをさせるシステムも作られた。しかし,それは,焼け石に水である。

英国では,心理治療へのアクセス改善事業(IAPT;Improving Access to Psychological Therapy)を国家プロジェクトとして,サービス・ギャップ改善を進めている。軽度のメンタルヘルスの問題をもった人々には,まず気軽な心理相談とICTアプリを用いたセルフヘルプによる心理支援を用いて対応する。もう少し深刻な問題を抱えた人々には,心理専門職の心理療法が実施される。それでも問題が改善しないレベルの患者には,薬物療法と心理支援を組み合わせた治療・相談が提供される。

医学的治療は,貴重であり,費用もかかる。だかこそ,医療が本当に必要な人を選抜し,その人達に優先的に薬物療法を提供する段階的対応のシステムが求められる。メンタルヘルスの問題を抱えた人々の裾野は広い。未病や軽症の人々は,まずオンラインによる心理支援で早期対応をする。それでは不十分であったならば,心理専門職による対面相談を受ける。そこで何か症状などの深刻な問題がみつかったならば,専門的な認知行動療法を受ける。さらに,薬物療法が必要な場合には,より専門的な医療職と心理職のチームによる治療となっていく。これがステップドケアのシステムである。

ところが,日本は,この逆である。貴重な医療資源を未病や軽度の人々の受け皿にしてしまっている。その結果,多数の未病や軽度の症状の人々がクリニックに集中し,さらにそのような人々に過剰な薬物療法が施される。そして,社会的ニーズの強い心理相談に利用者が自由にアクセスができない事態となっている。サービス・ギャップが生じるのは必然なのである。


8.ところで,DXって知っていますか?

サービス・ギャップと関連してDXということが重要となる。DXとは,Digital transformation を意味する語である。2019年に経産省が示したDX推進指標では,DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し,データとデジタル技術を活用して,顧客や社会のニーズを基に,製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,競争上の優位性を確立すること」と定義している。
https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190731003/20190731003-1.pdf

多くの皆さんは,「抽象的な話で意味不明。そもそも,これは企業の話でしょう。心理臨床と関係ないじゃん!」とお感じなっていると思う。確かにわかりにくい。しかし,第4次産業革命の時代に心理支援という社会的サービスを適切に提供するためには,このDXは重要な課題となる。

DXの要点は,データとデジタル技術を活用してのサービスの「効率化」と「モデル変革(価値創造)」である。つまり,ICTでサービスを効率化することで作り出した余剰資源によってサービスのモデルを変革し,新たな価値を創造することがDXの目的なのである。

これを心理支援サービスに当てはめるとどうなるか。今の日本のメンタルヘルスサービスは,無駄が一杯である。医療システムは,無駄に未病や軽症のクライエントを集め,過剰な薬物治療をしてメンタルヘルスの悪化を招いている(もちろん,心ある医療者もいる)。心理職は,利用者にとって難儀で,心理的負担を前提とするリアル対面相談しか提供できていなかった。

そこで,デジタル技術(ICT)を活用して様々なオンライン相談を幅広く社会に提供し,多くの利用者のメンタルヘルスの状態に即して対応できるシステムを実装する。それによって,メンタルヘルスサービスの効率化を図る。それとともに旧式の医学モデルに基づく薬物療法中心のメンタルヘルスモデルの変革を進める。ということで,アバター相談は,メンタルヘルスサービスのDXを目指した企画なのである。

なお,営利目的の企業が既にアバターを用いて対話を促進する事業を立ち上げている。このようなアバター対話を利用して相談サービスを提供することも可能となる。

これは,とても心配な状況でもある。心理相談への社会的ニーズがある。しかも,オンラインによって容易に相談サービスにアクセスできる。このような状況において,そのサービス内容の質保証がなされていない場合,利用者が被害を受ける危険性が増大する。それでは,価値創造に全くならない。逆の事態が進行してしまう。だからこそ,専門の心理職がしっかりとしたオンライン相談のサービスを開発し,提供していかなければならない。

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9.改めて,なぜアバター相談をするのか

そもそも心理相談とは,クライエントが自己の思いを語ることから始まる。自己語りを通して,自己の思いを見直し,語り直してく。その自己語り場を整えるために,相談の枠組みがある。リアル対面相談では,その枠組は面接室という現実の「場」である。それに対してオンライン相談では,オンライン端末の「画面」が相談の枠組みとなる。

リアル対面相談では,面接室で区切られてはいるが,クライエントとセラピストは現実を共有する。相談機関にやってくることも含めて,現実に直面する厳しさも共有する。それに対してオンライン相談は,オンライン上での交流であり,現実の共有はないので気楽にアクセスできる。さらに,アバター相談となれば,バーチャル空間(仮想現実)での交流となり,自己を隠しての語りとなる。それだけに,クライエントは気楽に自己を語ることが可能となる。

クライエントが自己の語りに責任をもち,現実における自己の変化や行動の変容を実現するためには,現実の困難に直面する覚悟が必要となる。そこでは,クライエントにとってもセラピストにとっても厳しい現実直面が必要となる。その点に,リアル対面相談の存在意義がある。

しかし,自己を語り,相談という経験するだけであるならば,必ずしもリアル対面相談をする必要はない。気楽にアクセスできるオンライン相談であれば,問題が深刻になる以前に,試みに相談を体験することができる。さらに,アバター相談であれば,仮想現実で自分を隠して相談することもできる。自分が観られていないことで,逆に自己の本音を率直に語ることも可能となる。
(※アバター相談における匿名性の確保と,そこで得られた情報に基づくリスクマネジメントの課題は,重要なテーマである。)

オンライン相談とリアル対面相談では,相談の枠組みが異なる。しかし,クライエントとセラピストという役割をとって,クライエントが自己をセラピストに語るという構造は,両者で一貫している。したがって,まずはアバター相談で気楽に相談を体験し,次に必要に応じてオンライン対面相談,そしてリアル対面相談に切り替えていき,現実場面での問題対処をしていくことは可能である。

クライエントの,その時のニーズに合致した仕方で心理支援サービスを提供する環境を整えることでサービス・ギャップを改善していくことができる。そのような変革が,ポスト・コロナ時代のメンタルヘルのイノベーションとして求められている。

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臨床心理マガジン iNEXT 第11号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.11


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房


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