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ぶっさいくな恋 【短編小説】

ケンタ、なにをそんなシケた顔をしとるんや。
わしらみたいなよれよれでもお天道様のほう向いてしゃんと生きとるんやから、子どもはもっと顔上げて元気な顔を見せなあかん。
え、告白して振られたってか。
なんや、そんなことかいな。ふつうやないか。
アドバイスをくれ、てか。
よれよれの年寄りがぴちぴちの中学生に恋の御指南か。えらい時代になりよったなあ。大丈夫か日本は。

ちょっとええかっこ言うようやけど、わしようもてたんやで。
ところがや、
恋や愛やの問題はもてたら解決いうことやないねん。

わしが、中学の二年生の時や。
学校に行ったら机の引き出しになんやら封筒が入っとる。
なんや思うてその封筒の中身みたら、鉛筆で書かれた恋文が入っとる。
気になって廊下から見つめてる、とか、話かける勇気がないから手紙を書く、とか、そういう風なことが書いてあったわ。確か。

で、わし、それ見てものすごう腹が立ったんや。
酷いいたずらや。悪ガキらがこういう仕掛けをして後でみんなで笑いもんにしよる。
手紙をもう一回確かめたけど、何年何組誰子からとか書かれてない。
わし腹の虫がおさまらんからその日のうちに先生に見せて、とにかくひどいいたずらや、先生からしっかり懲らしめたってくれ、言うた。

翌日のことや。
先生から呼び出しを受けて、あの手紙はほんまに女の子が書いたもんやったと聞いた。
本人には担任の先生から返したと言われた。
わし、口ぽっかーんや。
先生ら上手にその女の子傷つけんように話したんかいな。
一生懸命、鉛筆をカリカリ削りながら心を込めて書いたんや。
ケンタわかるか。
ああいう手紙を書くのは大体なあ、夜なんや。
窓から星空見ながら、あの一枚を書くのに何回芯を削り直したことやろか。
芯はちゃんと尖っとんのに、考えが浮かばんで何回も削り直すんや。
振られたくらいでシケた顔するような子どもにはまだわからんわ。この繊細な乙女心が。

かわいそうなことをした。
女の子その夜は何日か前にその恋文書いたおんなじ机に突っ伏して泣いたはずや。
中学校というのは悪ガキがいたずらしに行く場所やとばかり思いこんどった。
まさか女の子がほんまにこういうものを書いて渡す場所なんていう発想が無かった。
先生はどの女の子か教えてくれへんかったけど、悪ガキらが捜しよった。
案外悪ガキて正義心の強いところもあってな、誰やいうことが判ったあとは大ごとにならんように、ちゃんとガードもしてくれよった。
相手の女の子は一年三組の「やす子ちゃん」としとこか。
わしやす子ちゃんに謝ろ思て、彼女の教室に行ったんや。
本人おるえわなぁ。
で、わし謝ろ思うて近づいたら、やす子ちゃん胸の名札を手で隠しよったんや。
そん時にわし、ほんまに感じたんや。酷いことをしたなあて。
考えてみい。
犯罪者やあるまいし、名前を隠すなんてよっぽどや。
わし、なんや急に悲しい思いがぐぐっとこみ上げてきて、自分の教室に走って戻った。
予習するふりして教科書をじっと見つめて涙をごまかしとった。
やす子ちゃんがかわいそうでかわいそうで堪らんかった。いくら考えてもどないしたらええんか思い浮かばんかった。

ケンタ、子どもの時の恋なんてぶっさいくなもんやで。
やす子ちゃんかて、別に間違ったことしてないねん。
ところがや、子どものすることやから、どうしてもぶっさいくになんねん。

大人になったらもっとかっこええ恋ができる。
もっと背ぇ高いし。学生服やない。悪ガキや先生の邪魔もあれへん。
おカネもぎょうさんある。夜会うても親から訊かれへん。
大人の恋は成功しても失敗してもかっこええねん。なんとなくわかれへんか。

大人の恋は決め打ちみたいなもんやな。
あの人自分のもんにしたい。戦略的や。
好きか嫌いか。オレのもんか誰のもんか。イエスかノーや。成功か失敗や。
ケンタに解らんやろうが、今晩だけでええわっちゅうあっさりしたのもあるんやで。
なにがしたいねん大人は。

中学生の恋はぶっさいくや。かわいそうなくらいや。
本人はどないしたらええんやわからへん。
でも告白いうけどまだ子どもやで、ゴールはどこにあんねん。結婚できるわけないやん。本人もわかってへん。
ただその人が好きなだけや。そこが純粋でなんやかわいそうや。

わし、この年になっても、やす子ちゃんのこと忘れられへん。
悪いことしたいう気持ちはまだあるし、こんなじじいがやす子ちゃんの思い出いつまでも大事にしてる。
やす子ちゃんもう今はおばあちゃんやなあ。あたりまえか。まだぴちぴちやったらお化けやな。
まだしゃんとしとるんかいな。
あれからどんな人と巡り会うて、どんな人生を歩んだんや。

だから、ケンタ、シケた顔せんでもええ。
どない頑張っても中学生の恋はぶっさいくにしかならん。
好きなように泳いだらええねん。
相手はいつまでもいつまでもそれを思い出にして宝物にしてくれる。
そのきったないニキビずらも後で適当に綺麗な顔に修正してくれんねん。
記憶なんてええ加減なもんや。細かいこと気にせんでええ。

ケンタ、おいしいかりんと食べるか?
おばあちゃんが昨日そこで買うてきよったんや。いっぺん食べてみい。
腰抜かすほどおいしいで。おじいちゃんは腰抜かしたで。
お茶冷めたなあ。熱いの入れよか。