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かくれんぼ 【ショートショート】

家族たちと田舎に帰る電車の中でふと「秘密基地」を覗いてみようと思いたった。
子どもたちがよく勝手に洞穴とか、工事現場に建てたプレハブの抜け殻とかを利用して作るあれだ。
あの時の秘密基地は今どうなっているのだろうか。一つはそれだ。
子どもの頃遊んだ思い出の広場や野原が駐車場やマンションになってしまったというのはよくある。
高度成長期の時にもう日本の隙間という隙間が全部埋まってしまった。
そして、もう一つは。。
「あの子」に悪いことしたな、というほろ苦い思い出にそれなりの始末をつけたい。

別に仲間外れにしたわけじゃない。
アキラくんがたまたまかくれんぼの鬼になって、もういいかーい、の声を背中にちょっとしたいたずら心が芽生えて彼を放置したまま逃げたのだ。
その後の記憶が不鮮明なのだ。確か、翌日アキラくんが学校を休んでいたか。その次の日、その次の日あたりがどうしても思い出せない。
学校に来たかも知れないし、また普通に遊んだかも知れない。
あるいは、二度と会っていないかも知れない。
笑い声を抑えながら、ばっと散ってそのまま家に帰ったことだけ印象に強く残っていて、その後がどうしても思い出せないのだ。
アキラくんはその後無事に帰れたのだろうか。
わかっている。なにを今さら、だが。

その時の風景がもし残っていたらだが、もう一度見てみたいのだ。
実家に到着後荷物を解いて少し昼寝をした後、思い出の小トリップに出発した。
家を出て住宅街を抜けて、隣町に行くまでのちょっとした山道。
当時の子どもの足でなら相当あったと思う。やはり子どもはずば抜けたバイタリティでなんでもカバーできるのだ。
道そのものはさすがに迷うことはなかったが、風景はところどころ大きく変貌を見せていて、昔、丘を切り崩しそのままになっていた部分は整地され豪華なマンションが建っていた。
あのあたりを夕方に歩くと露出した地層の断面の模様が子どもの目には少しおどろおどろしく映ったものだが、それが随分都会的で随分明るく冴えた感じになっていた。
では、秘密基地は、とだんだん足早になる。
それが面白いことに、景色はまた懐かしい地道風景に戻り、あれあれと思っていると、その古い風景が変わることなくそのまま到着してしまった。
秘密基地はあの時のまま残っていた。
ほう、、これは奇跡だな。
あのバブルの間、地権者が開発をせずそのままにするなんて考えられない。
なにか、特別な大人の事情があったのだろうか。

秘密基地を覗く。
今あらためて見れば、工事というより測量か地質調査かの一時利用の簡素で小さい平屋プレハブ小屋だ。
壁に穴が開いていたから子どもが勝手に中に潜りこんだが、その穴がかなり大きくなっている。朽ちた感じは否めない。
私は小さなメタルのモデルガンをこの基地に隠していたが、もしかしたらまだあるかも知れない。
隠した場所ははっきり覚えていた。
そして、これもまた隠した通りのカタチで残っていた。
すごいな。。自分の記憶力も。

と、その時、
もういいかーい。
と男の子の声が聞こえてきた。
その思い出をも手繰りつつここにきたわけだから、その声の主が誰だかはすぐに判った。
場所ならすぐに判る。つまり、あの日かくれんぼをした場所だ。
もういいかーい。
また声が聞こえた。
すぐそこにアキラくんはいた、
その林の主みたいにどんと植わっている大樹に腕と顔をつけている。
私はその事実をすんなり受け入れていた。
「おい、アキラくんか」
アキラくんが肩をびくっとさせて、こちらを向いた。
間違いない。アキラくんが目の前にいる。四十年ぶりの再会だ。
「おじさんは誰なの?」
「おじさんは、君の友達のタグチマサトじゃないか。忘れたのか?」
とは言えない。
「まあ、、おじさん、でいいよ。とりあえずは」
「おじさん、なにか僕に用事があるの?」
「いやぁ、こんな奥まったところに子どもの声がしたから、心配になって覗いてみたんだ」
「有難う。でも大丈夫だよ。ボク一人じゃないから」
(残念ながら、キミは一人なんだ。。)
「誰と一緒にいるんだい?」
マサキくん、タロウくん、そして、
「マサトくん」
「あ、ああそうかい。で、キミの名前は?」
「ヤマサキアキラです!」
「おお!元気がいいなあ。おじさんはキミみたいな男の子が大好きだ」
もう薄暗い。とにかくこの子を無事に家まで帰さなければ。
しかし、時間なんかの問題より、問題は時代か。。どうしよう。
「アキラくん。おうちはどの辺りかなあ。もう暗くなってきたから帰らないか」
「うん、だけど。友達たちが心配するから、一緒に帰るよ」
(それが待ってもこないのだよ。あいつらはホントに冷たい連中で)
私はアキラくんを抱きしめた。
おじさんいい匂いがする!
「ああ、大人になったらこういうのをつけるんだよ」
さあ、どうしたものか。
「お友達もいいけど、お母さんが晩御飯こしらえて待ってるだろう」
「うん。。」
子どもというのはみんなそうだ。お母さんを思い出すと気がそちらに向く。
(さあ、どうしようか)
今の時代になってここにまだアキラくんがいるということは、あの日から彼の家でどんな騒動になっているのか。
それにしては別に警察官が私の家に聞き込みにきたという記憶もない。どう始末がついたのか。
「確か君の家は春田町だったなあ」
「そうだよ、、え、なんで知ってるの」
「あ、ああ、このあたりで遊ぶ子どもなら、あの辺かなあと思ったの。当たったのか」
「おじさんすごいなあ。超能力者だ」
今の子どもなら使わない言葉だ。
「お友達にはあとでおじさんからちゃんと話しておくからさ。帰ろうか。もう随分暗いから、おじさんが家まで送ろう」
(後のことは後の話だ。アキラくんにとことん付き合おう。罪滅ぼしだ)
と、覚悟を決めた時、林の入口、秘密基地の脇からから何人かの子どもたちの声が聞こえてきた。
アキラくんがその声に気をとられた隙に私は木の陰に身を潜めた。
「おーい、アキラくーん」
「あ、マサキくん!タロウくん!」
そして、その向こうから近付いてくる影は、
「マサトくん!」
わあ、自分がいる。これは危険だ。見つかるとなんとかパラドクスで取り返しのつかないことになる。
私はさらに木の陰に回る。
4人の子どもたちが肩を組んだ。
「アキラくん気がつかなかっただろう。林を出てあっちの方まで行ってたんだぜ!」
「わあ、なんだよそれ!ずるい。ルール違反じゃないか」
ははは。
4人の影は賑やかな声を立てつつ、重なりながら向うの方へ小さく消えていく。
ああ、そうだったか。家まで振り切って帰ったのではなかったのだ。
私たちはアキラくんを見捨てていなかったのだ。
子どもたちの姿の消え方は、距離ではなく、まさに霞のような感じでふわりと消えた。
そこで上映されていたかのように。
子どもたちの影が消えたあと、林がふわりと消えて、続いて秘密基地が消えた。
秘密基地の次にその長らく手つかずで放置された造成前の山の切り崩し部分が大きく新興住宅の風景に変わった。
「そりゃそうだよな」
子どもの頃の思い出の上映会は終り。
有難くも一部私も出演させてもらってね。
ん?ところで私は何の役回りだったのだろう。
後ろを振り返ってエンドロールを見上げる。
ははーなるほど。そりゃそうだ!
「未来から来たマサト」になってるわ。