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玉虫色のころ

 彩香は玉虫色の儚さがかわいいと言い、続いて自分の名前の「彩」が玉虫色だったらいいのにな、とつぶやいた。

 そもそも玉虫色という色ってあるのだろうか。見る角度によって色が変化することを玉虫色というのだろ。
 颯太には玉虫色が解らない。

 このごろ彩香は憂鬱げに川面を見ることが多くなった。
 颯太は彩香に対してどういう言葉をかけたらいいのか判らなかった。
 恋人の関係ならなんとなくこんな時に掛ける言葉がありそうだ。
 友達なら掛ける言葉はないのだろうか。
 神経質で変わりやすい彩香の感情に彼はだんだんついていく自信を失っていた。
 いったいどんな色をしているのか。
 それはあまりに深遠過ぎておおよそ想像がつかなかった。というより見てはいけないもののようにも思えた。

 卒業したらどうするの?
 口をついたのはせいぜいそんな言葉だった。
 彩香は看護婦になりたいという。
 颯太は母の故郷にある大学を選んだ。この町からはずいぶん遠いところだ。
「僕らもう会えなくなるのかな」
 彩香は何も言わなかった。
 盗み見するように彩香の横顔を見つめる。
 高校に入学した時、彩香は幼く見えたが今は自分よりずっと大人に見える。

 川に石を投げたのをきっかけにするように彩香はやっと口を開いた。
「玉虫色って美しいし優しい色だけど、なんか切ない色だね」
「え?どういうこと」
「色がすぐに移ろうでしょう。同じ瞬間に同じ色を共感することができないし。そして」
 颯太の顔を見て、
「すぐに忘れられるでしょう。。」
「まあ、そういうことだな」
 理屈っぽい言い方をしてしまった。
「何かあったのか?」
「ふふ、お年ごろの女の子にそんなこと訊かないの」
 彩香は笑顔を作った。それは大人が浮かべる笑顔に見えた。
 颯太の方が泣き顔みたいな変な笑顔になった。

 秋の終わりの光が川面で揺れていた。
 それは儚い玉虫色をしていたが、はしゃぐように躍ったので二人の背中はそれほど切なく見えなかった。