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どどん!
一緒に宮太鼓叩こうよって、これまで二回裕太くんから誘われた。
最初の時はまだ小学生の二年生だった。
私がちょうどお母さんに猛烈にお願いしてやっとピアノ習い始めたところだったからタイミング悪すぎよね。
この町の青年団のお兄さんたちが夕方から子どもを集めてこの地域に伝わる太鼓を教えている。
年中稽古して町の祭事や幼稚園や学校のイベント、またたまに結婚式などにも呼ばれて披露の機会は多い。
最近は隣町のダンスチームとのコラボもあるらしい。
たまたま練習場になってる町の体育館が私の家に近いものだから、私がsショパンの調べをぽろぽろ弾き始めたらどんどこどんどこかき消されてしまう。
一度本当に私ピアノ椅子からずっこけたんだからね。
その話を裕太くんに話したら、だから宮太鼓にしようって言ったじゃないかって、自信たっぷりに言ってた。
まったく意味わかんない。
こういうのを大人の言葉で、カミアワナイ、って言うのよね。
二回目に誘われたのは中学に上がった時。
その頃には結構女子の参加が増えてきて、まあ勧誘する方もそれで誘いやすくなったみたいで何人かの男の子からスカウトに来た。
一番下手だったのは裕太くん。いつでも体育館を使って好きな時に練習できるから、て力説するけど、私別に太鼓が好きじゃないんだからね。
今はピアノにノリノリなんだから。
裕太くん子ども部のリーダーになったらしい。
出世したじゃん、て冷やかしたら、いがぐり頭なでながら眉しかめて、まあその立場になったらなったでいろいろあるわ、だって。
そんなつもりで言ったんじゃないのに。
笑うのを堪えたら変な顔になったじゃない。
初めて失恋した日、気分を変えようとピアノをぽろぽろ弾いたらよけいに悲しくなった。
ピアノを弾く手を止めて耳を澄ましたら、夕焼けの向こうからごろんごろんと宮太鼓の音が聞こえてくる。
なんか太鼓の音って沁みるように励ましてくれるよね。
不思議な説得力があった。
ピアノの蓋を閉じて肘をついてしばらく耳を傾けてた。
裕太くんの名誉のために言っておくけど、彼は太鼓ばかり叩いてるんじゃないよ。勉強もするしスポーツもする。
部活動は野球部。
霊感の強い私は入部早々彼に万年補欠のオーラを感じたから、裕太くん大丈夫っ?て単刀直入に訊いたら、二年生に上がったらレギュラー入りだと豪語していた。
で、今二年生ももう後ろの方だけどねえ。
すると今度は、球を捉える呼吸と宮太鼓の呼吸とは違うとか。
あのねえ、そもそも言い訳ってそんなに自信たっぷりに言うものじゃないんだからね。
家に帰ってお風呂に入ってもう一回思い出したら激しい思い出し笑いで浴槽で溺れそうになった。
翌朝一番に、太鼓のバチで打席に入ったらいいじゃん、と仕返ししたらきょとんとしてた。
その表情がなんかちょっといいなって。
裕太くんのあの自信ってどこから来るんだろう。
いつも楽しそうで自信に溢れてる。
私はピアノのコンクールの入賞を逃したり、テストの学年順位をライバルに負けたりするたび、自分を責める。
これから大人になってますます勝負ごとが増えていくのに勝ち続けない限り笑顔がもっともっと少なくなるじゃん、と考えたらなんだかつまらなくなった。
そして裕太くんの生き生きとした様子がひたすら羨ましかった。
私は裕太くんの隣で宮太鼓を叩いている自分の「もしも」の中学生生活を空想した。
いやいやピアノなしはとても考えられない。それなら両方を取る。
今日は手拭い被ってはっぴ姿でどんどこ、明日はドレス姿でピアノぽろぽろ。ピアノ椅子に腰かけてバチ磨き。
できるオンナってこういう事をいうのだろう。
なぜそっちを選ばなかったのだろう。
裕太くんに、練習見に行っていい?って言ったら、だから最初から宮太鼓にしようって言ったじゃないかって、ってまた自信たっぷりに言う。
こういうのを、勘違いもハナハダシイ、って言うのよね。
待ち合わせがお寺の境内って田舎っぽいよね。
裕太くんは腹減ったろうって焼き芋を半分に折ってくれた。
「太鼓のどこが楽しいの。メロディは奏でられないし。太鼓でモーツァルトを演奏できないでしょ!」
て、言ったら、
「ピアノで太鼓の音出せないだろ!お互い様だ!」
ってムキになって言い返してくる。
そんなこと言ったらバチが当たるわ、って太鼓ネタで返したら、よっしゃ白黒つけよう、と鍵盤ネタで返してくる。
会話が散乱してどちらからも片づけないまま私たちは体育館に到着した。
知ってる友達も何人かいてバチをもったまま手を振ってくれる。
青年団の兄さんの発声に従って、三種類の宮太鼓と金製の打楽器を揃って演じ始めた。
太鼓をこの距離で聞くの初めて。
へえ、こんなに太鼓ってこんなに乾いた音がするんだ。そして腹の底にドスンと収まる。打楽器の音ってカッコいいじゃん。
それにしても裕太くんあれほどバットには球が当たらないのに、バチなら太鼓のど真ん中にジャストミートしてる。
同じ人間がどうしてあれほど球をバットに当てることができないのだろうか、とそちらの方を思った。
盛り上がってきた当たりで裕太くん自信たっぷりにこっちをチラ見するけど、それはメチャカッコ悪いからね。
二人一緒に並んで帰る。
裕太くんは当然宮太鼓を始めようぜって勧めてくるだろうと思っていたけど、一言も太鼓のことを話さなかった。
拍子抜けして私からカマをかけた。
「太鼓ってそんなにおもしろい?」
「あ、ああ。面白いよ。嫌なこと忘れられるさ」
いや、そういう返事じゃなくてね。。
実は、一緒に叩いてもいいという返事も用意していたのにね。
ああ、バカバカしい。
もうやーめた。
裕太くんがこの町から引っ越すって。
同じクラスの野球部員から聞いた時、どん!、とあの太鼓の突っ張った音が胸の奥の方で鳴った。
「ずいぶん水臭いじゃないの!」
私は本気で怒っていた。
「こないだ何で言ってくれなかったのよ!」
裕太くんはその質問を飛ばして、
「東京に単身赴任の親父と合流するんだ」
と言った。
お父さんはもう東京から帰って来られそうにないんだって。
「太鼓は続けられるの?」
「うん、まあ、東京って田舎と違ってなんでもあるらしいから」
と言ってつまらない顔を浮かべる。
「私もう一回裕太くんの太鼓の音聞きたいなあ」
ここけっこう勇気を振り絞って言ったつもりだった。
「うん。これから引越しの準備だなんだあるから。今から少しだけ叩きに行こうか」
体育館についたら、青年団の練習が終わったあと用務員のおじさんが鍵を掛けるところだった。
二人で手を合わせてお願いしたら、おじさん笑顔一つ浮かべてくれて開けてくれた。
裕太くんと一緒に一番大きな太鼓をよいしょよいしょと太鼓台にセットした。
「これ何の木でできてるの?
「樫の木だよ」
へえ、神社の一番大きな木と同じ木なんだね。
げんこつで叩いた。かつかつと固そうな音がする。
裕太くんから叩き方のパターンをいくつか手ほどきしてもらう。
「うんうん、後はリズムだけ合わせて自由に叩いたらいいからね」
と言って裕太くんが太鼓の反対面に回った。
とてもバチさばきなんて言える姿ではないけれど、無我夢中で叩いた。
裕太くんの叩く振動で鼓面の跳ねっ返りがもの凄い。私も負けじと叩く。
今日の日ってすぐに思い出に変わっちゃうのかな。
もしそうなら他のことなんかよりすぐに思い出せるようにしたいな。
私は汗で顔がズルズルになるほど祈るように何度も何度も振りかぶった。
「緊張してるのか」
「お父さん。ごまかさないでよ。誰が見ても今お父さんの方がガチガチに緊張してるわよ。お父さん、頼むから泣かないでよ。もらい泣きじゃなくて笑うの堪えるのがキツいのよ」
「お前だってごまかすな。誰が見ても今お前の方が泣いてるぞ」
ドアのノックがして係の人が部屋に入ってきた。
もうそろそろ始まりますので、とウェディングドレスの裾を慣れた手つきでまとめ始める。
私は立ち上がり背筋を伸ばし正面を見据える。
いざ勝負。
裕太くん、お願い!
あの日のいがぐり頭の裕太くんが自信たっぷりにこっちをチラ見してバチを大きくかかげて、
どどん!