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ショートショート

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#小説

あの日 【ショートショート】

雨は先ほどよりは心持ち小降りになった。 私は香りを味わうにはぬるくなり過ぎたコーヒーを水を飲むかのように飲み干す。 そう言えば、あの日も雨が降っていた。。 そうそう、ちょうどこんな感じの店だった。歩道に面した部分は大きなガラス窓になっていてコーヒーを飲みながら道行く人の風景が見えた。 オープンキッチンがあの辺りにあって、あんな感じの髭の似合うマスターがいて、BGMも好きなナンバーだから覚えている。今掛かっているこの曲。 ! まったくあの日と同じだ。。 私はあの日をき

カレーなるごろごろライスカレー 【ショートショート】

山之内スミエ先生!先ほどはうちのスタッフが大変失礼いたしました! 今日の「ハロー!クッキング!」は先生の料理の回と知りながら他の料理番組の台本と入れ換わってMCに渡してしまいまして、しかも一番肝心な先生の紹介の時にイタリア人料理研究家名を大きな声で言ってしまいました。 Abramo Torisginoってよりによって先生に、油も摂り過ぎ~の、って洒落になりませんよね。 しかも男性名ですよ。MCは山之内先生をちゃんと見て言ったんですかねえ。仮に男っぽく見えてもイタリア人には見え

喜び 【ショートショート】

その昔、何か調べものをするには図書館に行くしかなかった。 多くの人はそのためにバスや電車を利用することになる。 しかし、知りたい情報が必ずそこに揃うとは限らない。また、目的とする情報の収まった本があったとしても他者がその本を借りているのであれば何日間か待つことになる。その間また何度か図書館の往復となる。 その場合は書店に行って自分で本を買う。もし、幸運にして家族や知人がその本を持っているならお願いして貸してもらうこともできる。ただし場合によってはお礼の菓子折りを準備する必要が

僕のビーナス 【ショートショート】

アパートの一人部屋。 タケシはメールチェックを終えて、さあぼちぼち寝るかと消灯のスイッチに手を伸ばした。 ちょうどその時スマホ画面がまた点って見知らぬ女性の顔が映った。 ん?誰? 女性は東洋人ともどこの国の人とも判断のつかない顔つきをしていた。 相手もどうやら同じ状況で思いがけないといった様子で画面をじろじろ見入っている様子であった。 タケシは、 「あの、あなたはどちらにお掛けでしょうか?」 「ごめんなさい、混線したようで。。今繋がっているのは、地球の日本国でしょうか」 「は

かくれんぼ 【ショートショート】

家族たちと田舎に帰る電車の中でふと「秘密基地」を覗いてみようと思いたった。 子どもたちがよく勝手に洞穴とか、工事現場に建てたプレハブの抜け殻とかを利用して作るあれだ。 あの時の秘密基地は今どうなっているのだろうか。一つはそれだ。 子どもの頃遊んだ思い出の広場や野原が駐車場やマンションになってしまったというのはよくある。 高度成長期の時にもう日本の隙間という隙間が全部埋まってしまった。 そして、もう一つは。。 「あの子」に悪いことしたな、というほろ苦い思い出にそれなりの始末をつ