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Air Drop Boy 雑談/CD文化の再提案


いやあ、いいですね。ピーナッツ君の新譜『Air Drop Boy』。

夏だ!ノれ!踊れ!


っていうメッセージ、ビシビシ伝わってきます。製作中は夏ではなかったでしょうが、期せずしてというか、夏というタイミングも相まって解放感溢れた空気をこのEPは纏っています。この「解放感」が今回すごく重要なキーワードな気がしてなりません。以下、今回の雑談の要約になります。

  • 蔓延した「自粛」からの完全開放=持ち歩ける「スマホ音楽」

  • ばっちり進化した「ピーナッツくん」の音楽

  • ヤギ・ハイレグがが見せる世界観の多層性=日本のCD音楽との融合

こんな感じでしょうか。それでは、暇潰しにでも読んでいただけると嬉しいです。

君と旅する音楽を=タイトル「Air Drop Boy」

今回曲の解釈もある程度するんですが、今回の主題はそれよりも、このEPがこの夏、ぽこピーファン(通称『里の民』)にどんな意味を付与するんだろうという点に聞きながらすごく関心が湧いてきました。(とか言いながらどっかで曲のことを書き始める気もすごくしていますが)

私はピーナッツくんはすごく「空気感」を大事にするアーティストだなと思っています。フォルメモ、Tele倶楽部、Walk Through The  Stars、そして今回のAir Drop Boy。どれもテーマをしっかり持ったタイトルです。

今回のテーマはおそらく「みんなと一緒に旅をする」です。背景としては昨年の暮れから今年にかけて(2022-2023)、いわゆる「コロナウイルス」のパンデミックが私たちの意識から遠ざかってきました。もちろん油断は許されませんが、一番の変化は我々の考え方が『自粛』から解放されてきたことです。祭り、旅、ライブ。そういう僕らの楽しみが戻ってきつつあります。

僕らがそういう身体を開放するときに、それに伴うのが移動です。川に行くのも移動、ライブ会場に行くのも移動、観光に行くのも移動です。そして平成以降の日本人に定着した移動の楽しみが音楽。ソニーの『Walkman』から(おそらく)始まるストーリーの再定義が『Air Drop Boy』なんだろうなって勝手に思ってます。

カセットテープ、CD、MD、MP3。大きくはこの流れに沿っていると思います(ハイレゾとかそういうのこまいのは別にして)。そして令和の今、日本でメジャーなデバイスはiPhoneです。また、ぽこピーの動画内でもAirTagなどのiPhone関連のデバイスを紹介していますし、兄妹そろってユーザーなところもあるでしょう。イヤホンパクったりもしていましたねそういえば。

配信中に始まる兄妹AirPods論争【ぽんぽこ生放送/切り抜き】

「外に出る」。これは音楽界の中でも、現実のファンのみんなに対してもメッセージとして持っている今回のEPの重要なワードだと思います。挑戦的なメッセージを楽曲内でも提供し、Vtuberとして、さらにラッパーとしての自分の価値づけを積極的に行っていくという側面。また、この夏みんなに対して、「もっと外に出ていこうぜ!」という、現実を取り戻すための、ある意味ではVtuberらしからぬ提案。

いや、違いました。これはホロライブやにじさんじが提供しようとしている新しい現実の一環としての、ぽこピーなりの「新しい現実」。そこで提案する内容が夏祭りだったり町中華だったりサウナだったり100均だったりするのがぽこピーすぎて、満開笑顔整いが止められません。

SNSでは里の民のみなさんが聖地巡礼をしていたり、サウナに行ったりアクスタと一緒に写真を撮ったりしているのを思い出して、「ピーナッツくんもこの現実を肯定したいのかな」と曲を聴きながら思っていました。
そんな現実に、音楽という形で一緒に旅をしたいのかな、って。

ソニーの『Walkman』は世界を変えました。音楽を持ち歩く。また、iPhoneも世界を変えました。代表的な機能が『Air Drop』ですね。新しい世界をリスナーと作るんだ、という気概がタイトルに透けて見えます。かっけーな。

多彩かつ統一感のあるダンサブルチューンズ。


曲の深部にたどり着くにはまだまだ聞き込みが必要ですが、全体像やそれぞれの曲の魅力はだんだんとわかってきました。ヘッドライナーは『CTP』。有識者の方によると、タイトルの意味は「Car Train Plane」とのことです。Mixとマスタリングをやっている玉田デニーロさんに「直接」聞けるという状況にすごく現代を感じました。古の音楽オタクにはまぶしすぎる。

曲の展開もアッパーでタテノリしたくなる。一バース目の破裂音で固めてからの流れるようなハ行→長音符のつなげ方。惚れ惚れしちゃいましたね。

「バン」創膏がはがれるとき 
デカい「バッグパック」で出「発」だ
シティ「ボー」イのように気取る足並みに 
さよならをするDays of Won「der」

CTP

マジで『Roomrunnner!』に比類する「入りの曲」だと思います。HyperpopなRoomrunnnerならライブ箱向けだし、夏フェスならCTP。遠方からやってきた観客への「ようこそ!」ってメッセージもバッチリ伝わってきます。
改めて感じるのは,音楽にガチったらこんな曲まで作れてしまうピーナッツくんおよび豆チームは本当にやばい。

2曲目のHot Air Balloonは、そのままタテノリで突っ走るかと思いきやまさかの横ノリ。低音が効いていてどことなくデジタルな印象もありつつのビートに,フロウを重視した歌唱。1曲目の印象から突っ走っていくかと思いきや,いきなり空に浮かされた感じは確かに気球のそれを感じます。

リリックもどこに飛んでいくかわからない不安定さを楽しんでいるような,自分でもわからないけど後ろ振り返ってらんないんだよなっていう諦めというか,そういうものが現れているような。Gordonのような突っ走っていく狂気とある意味では対照的です。ふわふわしている曲調の印象も強くて,相反する2つの感覚がピーナッツくんの体に同居している面白さもあります。

トラックはWantimaさん。浅学で全然存じ上げないので詳細は本当にわからない。でももしかしたらSoundcloudにいらっしゃる下記の方かもしれない。デジタルな感じは似通っている感じもしますが,でもSoundcloudにある曲のほうがソリッドな感じもしてて。うーん。作曲はピーナッツくんも連記してあるので,共同でトラックを作ったということなのかもしれない。
柔らかい感じはそこ由来かも。
それにしてもピーナッツくんはどうやってこういう方を見つけてくるんだろう。不思議。

3曲目はご存知(?)ヤギ・ハイレグのトラック『Internet Mode』。
かなりオタク語りで申し訳ないんですが,ほぼ確信に近いことがあって。多分ヤギハイがどうとかじゃなくてピーナッツくんのほうがヤギハイトラックだと我慢できずにボーストしちゃうんだろうなって。他の曲はすごく「ピーナッツくん」として整ってるのにこの曲だけ中身が出てきちゃってる(笑) 

テーマとして扱ってる「インターネット」のカオスさは,もともとのピーナッツくんが手掛けていた『オシャレになりたい!ピーナッツくん』のカオスさと根っこを同じにしています。リリックは散文的に1990年代から連綿と続くインターネットのカオスな(カオスだった)場所をつなげていて,インターネットの特殊さを表現しつつも,それとともに育ってきた自分たちの「変さ」も同時に表しているような気がします。

フロウも意図的に変さを作っていますし,ピーナッツくんのアニメを見ていると聞き覚えのある声が所々に交っていて,トラックはヤギハイだしでボーストしてしまう部分もあり。テーマやビートも相まって「アーティストとしてのピーナッツくん」と「インターネットコンテンツとしてのピーナッツくん」が重なり合う曲だなと感じました。

オタクとしてニヤついてしまうポイントとしては,リリックの
【キミみたいなやつは Yahooキッズを見とけ】みたいな差し込み方はよほど身内の曲や自分の曲でないとできないよなって。親しい中にある無意識の気安さみたいなものも感じられて,いいなあって。今回のEPトラックの完成度の高さとは対照的に,こういう遊び心が特に目立って感じられました。
そう感じているのは俺だけかもしれない。

で,ここまでの流れが続くのかと思いきや,4曲目からの展開で驚きと気付きの連続でした。

3曲が持つ、それぞれの相乗効果


正直「Orange Radio Skit」と「CTP(Yagi Highleg Remix)」がなかったら私はこの記事を書くことはなかったと思います。というよりも、このEPの私なりの意味を見出せたのかの自信がありません。それくらい上記の2曲は鮮烈なメッセージ性を持っていました。

4曲目 「Orange Radio Skit」
「ここでこれか…!」というのが最初の印象でした。そして、この曲こそがこの後の2曲の展開のイントロダクションです。旅路の合間のパーキングエリア。洋楽でも邦楽でも、こういうアルバムの隙間に小休憩というか、楽曲としては瞬間的ですが、全体としては意味のある曲を入れることはままあります。これこそがアルバムの魅力というか、単体の曲だけでは出せない風景が浮かびます。

ラジオから流れるMC。このMCもアメリカ的。Orange Radioも自主製作アニメ『オシャレになりたい!ピーナッツくん』内のキャラクター「オレンジ博士」の流れを汲んでいると思われます。勝手な妄想ですが、キャラとしてのピーナッツくんの雰囲気を大事にしながらも、ある意味は求められている形に沿っていることに多少なり違和感を感じていることを象徴的に表しているのかもしれない、と思っています。
Skitは「滑稽な寸劇」あるいは「演劇の挿話」です。ラジオを切る、エンジンを噴かすという行為はここからの2曲の展開を予感させます。「新しいことに挑戦する」のが2023年のテーマになっているピーナッツくん。ご存じの通り、次の2曲でカマしてくれています。

5曲目 「Twin Turbo」

MVは釣部東京さん製作。完全に「わかってる人」が作ってるのが伝わります。

アルバムでいうならシングルカット曲です。間違いない。もうね、いろんな方がこの曲に思うところがあって感想もたくさんありますので、読んでいきましょうね。個人的には「遺伝子に渦巻く螺旋の模様」と「LR(右左) TwinTurbo」「I don't know what I'm just doing now(今自分が何やってっかなんてわかんねえんだ)」はぽこピー2人の関係性と今までの足跡をどうしても思い出してしまってエモくなってしまう。
LRは動画立ち位置やん…ツインでターボ。動画と音楽。どっちも手放さねえしどっちもあるからかっ飛ばせるんだぜ、って感じですか。「遺伝子」と「神のいたずら」「生きて死ぬよひたすら」も、家族兼Vtuberとしての覚悟みたいなものも感じますし、それも「螺旋」なんでしょうね。
キモくてすいません

それにしても起き抜けにベトナムに連れていかれたらそりゃI don't know what I'm just doing nowだよなあ。リリックの「サイドカーのPちゃん」が即座に意味をもっていく。意味がわからないそこの君は、ぽんぽこチャンネルの動画を見よう!

『ある朝突然、海外に連れて行かれたらどんな反応をするのか?』 最高に笑った。

あとは出演した「Redbull RASEN」はピーナッツくんの音楽ヒストリーにおいて大きく意味のあったイベントだと思いますので、RASENは確実にダブルミーニングだと思います。

また曲の立ち位置的な意味でも、下記の「Gordon kill the Thomas」と対比的です。上記Orange Radio Skitで示したような「求められている音楽」を完璧にやりきっていますし、「Gordon」ではそれを逆に撥ね飛ばしていくエキセントリックなトラックになっています。本当に面白い。

ビートはもう言うことなんてない。ライブで流された日にはもう飛び跳ねるしかない。ナーコムさんの本気を感じます。

6曲目「Gordon kill the Thomas」

この曲が一番「オーディエンスをブチ上げる曲」です。同時にピーナッツくんが持つ裏面、内面的な部分を表現した曲だなあと感じます。きっかけはソロ映画館企画であることは間違いない。参考のリンクも記載しておきます。ところで下のサムネイルめっちゃいいですよね。ぽんぽこの表情描かせたら兄ぽこ先生の右に出る人いないんじゃないかな…

なぜゴードンなのか、という点に関しては、まず間違いない点としては電車の枕木を通過するときの「ゴットン」と「ゴードン」を掛けてます。また、「きかんしゃトーマス」内のゴードンの性格は端的に言うと不遜。いばりんぼうでうぬぼれが強く、人の話をあまり聞かない。スピードは誰にも負けたくない。そういうピーナッツくんと重なる部分も響いたのではないかなと思います。

リリックは教育的配慮が必要な歌詞もありますが、Trainで暴走となるとどうしてもそういうリリックになるよな、って思ってます。下ネタといってしまえばそれまでなんですが、上記のようなうぬぼれだったりイキリだったりというのはhiphopの世界や文化を好む人たちには、むしろ好ましいものとして映ります。hiohopはもともとアンダーグラウンドの文化です。直接自分の思いや考えをぶつけてのし上がるという行為は原始的ですが、気持ちがいい。

むしろ驚いたのは、ブレイクの後の久石譲を思わせる田舎の原風景からの嵐を連想させる描写。そこからビートへの再突入という展開はアツい。ただのhiphop的なメッセージに終始せず、「ピーナッツくん」としての思いを表現することで「Gordon kill the Thomas」である意味を与えました。

もともと彼はおとなしい人間なんだと思います。でもそれは従順だという意味ではなく、おかしいと思ったことや自分はこうありたいと思っていることを表現する方法が見つからなかった。そこで見つかったのがhiphopだったのかな、と穿っています。
でも、きっと田舎で育った彼は田舎が好きなんでしょう。都会のギラギラした空気で生きていくより、自分の空気感の中でhiphopの可能性を見つけたいんだろうなっていうのをすごく感じています。それを表すタイトルのA面が「Twin Turbo」で、B面が「Gordon kill the Thomas」かなって
そんな妄想をあのブレイクの16小節(?)から生み出してしまいました。小節数間違えてたらすいません。

あと、なぜThomasではなくてthe Thomasなのか、というのもすごく気になって考えていました。歌唱の節の問題でtheを入れただけ、という説も全然あると思っていますが、どうしても以下の着想が捨てきれなくて。

Thomasだと固有名詞で「トーマスを殺す」になってしまうんですが、the Thomasだと「トーマスのような奴らを殺す」の意味になります。「トーマス」をどうとらえるかは色々な解釈ができそうですが、 それはリリックの「F××k off man F××k go back」や「取り残されたら 吹き飛ばす」に象徴されていると個人的に思ってます。

ここまででEP全体のストーリーが終わった、と思いきや。
最後の最後に俺たちのヤギハイがブチかましてくれています。

「アルバム」としてのアートワークデザイン


7曲目、「CTP(Yagi Highleg Remix)」。これが一番ぶったまげました。

これ、あれやん。アルバムの最後にこっそり入ってるボーナストラックやん。これ、嬉しいんよな…!

BUMP OF CHICKENとかのアルバムにはよくあるんですが、これ多分日本のバンドで影響受けてる人かなり多いんじゃないかな?本当にこそっと入れてあるんです。最後の曲が15分くらいあって、でも3分くらいで終わるんです。勉強とかのついでに流してると、終わったなーって思いながらほおっておくと、いきなり変な曲が始まるんですよね。

曲のクオリティはもちろんバンドによって千差万別なんですが、聴いているほうは秘密の手紙を自分だけに送られた感がすごくして、ファンとしてはとっても嬉しいんです。「やっぱあのボーナストラックが一番いいよな!」とかいうファンも多いイメージ(笑) (まさに今の私です)

この曲をどう評価するかは聴き手によって変わると思います。で、私はヤギハイが「CTP」を選んだこと、そしてremixのスタイルにすごく頷いてしまって。ハウスミュージックな感じなんですよね。

CTPは外に出ていく曲なのに、ハウス。ヤギハイやっぱわかってるわ。
しかも乗っていくビートに入る瞬間の、ぽんぽこチャンネルのアイキャッチ「さあ行くぞ」。そんなの満開笑顔に決まってる。

そして、曲に身を浸しながら思ったのは、この曲は「旅に出なくたっていいんだ。このEPを家で楽しむのも一つの存在意義なんだ」ってことでした。低音のビートで落ち着きがありながらも空間的に響いていて解放感もあります。しっかり「落ち着く」リミックスになっていて、自宅のソファとかに座って聞くとすごく笑顔になれます。試しにやってみてください。
私の頭の中では、ヤギハイが家の中でリミックスを鼻歌混じりでやってました。もちろんベランダにはボタニカルなガーデンがあります。改めて確認ですがただの私の妄想です。

改めて考えてみると、このEP全体を通して『アルバム』感がすごく心地よく感じました。最近ではインスタントに曲を消費することが多くなりましたが、「最初から最後まで、1枚のアルバムを楽しむ」というのはすごくアーティストに心理的に近寄れる方法だと思います。『ピーナッツくん』自体が、そういう多層的なかかわり方で魅力を増す存在だとも感じます。

物理的なCDの壁(購入できない、破損など)の問題点を配信音楽は乗り越えて私たちの耳に届いていますが、反面こういう『アルバムとしての聴き方』というのは好み以上のものではなくなってきている気がします。
昔はCDの交換もひと手間でしたが、今は手元でパパっとできてしまいますし、そういう形でしか音楽と触れたことがない世代も出てきているのではないでしょうか。

でも、ずっと日本の音楽が好きな人間としては、そういう楽しみを知らないだけなら、良いアルバムを聴いてそういう体験をしてもらいたいなあ、とすごく思います。そういう意味ではこのAir Drop Boyは『名盤』です。

配信的でデジタルなメッセージが強い用語の「Air Drop」を使っているのに、完成した『Air Drop Boy』はすごくCD文化をリスペクトしている印象で、すごく面白いし、音楽が好きなんだなあ、って思いました。

今回も長くなり申し訳ありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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