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命を懸けるということ

命を懸けるとは、物事に全生命を
打ち込む。 命がけで物事をする。
また、命をあずけてたよる。
生死を任せることをいう。

「志を得ざれば二度とこの地を踏まず」

野口英世の生家の柱に彫られた言葉である。

ウガンダに赴任する18年前、ここを
訪れ、この言葉が胸に刻まれたので
ある。

自分も同じ心境だったからである。

日本に家族を残し、職を辞して赴任するウガンダでの国際ボランティア活動に、どれほどの意味と価値があるのか。

あの時は、まったく説明が、つかなかったのである。

だから、「やるだけやるしかなかった」のである。

死ぬ時に、「やるだけやった」と言いきれる、そのような活動にしなければ、ならなかったのである。

「命を懸ける」という感覚は、
自分ではわからないのである。

しかし、「死んでも、成し遂げなければならない」という感覚で、物事に取り組むことを、「命を懸ける」というならば、それに近い感覚があったかもしれないと、今では思うのである。

なぜならば、18年経った今、ウガンダの野球は、想像をはるかに超えた奇跡的な発展を遂げているからである。

なぜこうなっているのか。
自分でも曖昧なのである。

だから、またウガンダに戻らねば
ならないのである。

「ウガンダ野球が、なぜ発展したのか」

この答えを、この目で、確かめねば、死んでも死にきれないと思ったからである。

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