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沈殿藍(泥藍)と蒅

 日本でメジャーな藍染用染料の蒅(すくも)と世界でメジャーな沈殿藍(泥藍)。ガラパゴス化と言っていいくらい独自な発達の末に完成した蒅は、一見して沈殿藍より不便や苦労の多い素材とみなされやすいのですが、私はいくつかの点において「日本らしい発明だ」と考えています。
 どちらが「優れている」という視点を抜きにして、それぞれの個性について触れてみたいと思います。


沈殿藍(泥藍)と蒅の違い

 沈殿藍は生の葉を、蒅は乾燥葉を加工して作ります。これは原料植物がタデアイであろうと、木藍であろうと、そのほかの含藍植物のどれであろうと、ほとんど同じだと思います。

 沈殿藍は刈り取り直後の生の葉を水に漬け込み発色する前の色素の素の成分(インドキシル)を水の中に抽出し、酸素と反応させて藍色のインジゴに発色させ、そのまま水の底に沈むのを待って上澄を廃棄しながら濃縮したものです。ですから、色素が剥き出しになっている状態です。
 不純物の少ない染料・顔料として世界中で利用されているのは、この状態のものです。日本では、沖縄県が沈殿藍で藍染を行っています。

我が家の畑で収穫したタデアイで製作した沈殿藍(泥藍)

 
 蒅は葉の刈り取り後、刻んだ葉を乾燥させ(この時点で葉の中で藍色のインジゴに発色します)更に積み上げて発酵させ、堆肥状に仕上げます。色素は発酵した葉の中に格納されている状態です。
 不純物の多い状態ですが、発酵を経て仕上げられていることにより、後天的に「藍菌」と呼ばれる還元作用を持つ菌が増殖しています。この藍菌の働きを利用し、堅牢度の高い染色を可能としているのが蒅の最も大きな利点だと私は考えています。

タデアイの乾燥葉から作られた蒅(すくも)


甕の中の様子の違い

 沈殿藍・蒅のそれぞれで建てた甕にどのような違いが見られるか、観察を続けているのですが、なかなか興味深いです。

 沈殿藍は成分の多くが色素です。ですから建てた甕の中は、還元された色素が青から黄色に変化して、全体が黄色に近い緑色の液体になっています。甕の底には色素の抽出時に使用された石灰などの炭酸カルシウム成分が白くなって堆積しています。染色中、甕の底に堆積している白い沈殿物に染色物が触れてしまった場合、染液ですぐに振り洗いをして落としてしまえば、ムラなどの大きな事故にはなりません。
 蒅で建てた甕には、葉を構成する組織がそのまま残っており、おびただしい数の藍菌と葉の様々な成分と染料成分が複雑に溶け出した焦茶色の液体が満たされています。甕の底には蒅が常に堆積している状態です。染色中、沈んでいる蒅に染色物が触れてしまった場合、染液で振り洗いをしても落としきれない茶色い汚れが付着する可能性が高いです。これを防ぐため、沈んでいる蒅の少し上にザルやカゴなどを固定し、生地が底まで沈まないよう準備をしてから作業に入ります。

 どちらの染料を建てる場合も、灰汁や貝灰、蜂蜜や黒糖など天然成分だけで建てることが可能です。この場合、色素を全て使用し終わった液体を土に返すことができます。
 苛性ソーダやハイドロサルファイトなど化学薬品を使用して建てた甕は、産業廃棄物として指定された方法で処分することになります。

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