トルコ旅行② イスタンブル
トルコ旅行①は、イスタンブルに行った人間なら誰でも書ける内容である。ただの私の備忘録である。ぶっちゃけ面白くない。そこで②は少しだけ、私の趣味に走った話をしよう。
見たいものを見て、語りたいものを語る
まず私について少しだけ。大学の専門でイスラーム科学史という学問を選んだ。これが何かというとなかなか説明が難しいのだが、とにかくコペルニクスが地動説をとなえる以前にイスラーム世界で科学がいかに研究されていたのかということを勉強している最中である。
そんな私が今回の旅行でもっとも力を入れて見たのが、イスラーム科学技術史博物館 İslam Bilim ve Teknoloji Tarihi Müzesi である。これはトプカプ宮殿のそばにある博物館で、すぐ近くにはILCICA(イスラーム歴史美術文化研究センター)という科学史関連の研究施設もある。規模はそれほど大きくないが、何時間もかけて見た。
一番の特徴は観測機器の展示が中心だという点だろう。イスラーム科学は古代ギリシャや古代ペルシャの科学を受け継ぎ、アラビア語に翻訳して発展させたところから始まるため、書物の存在感がとても大きい。大抵のイスラーム科学を扱った概説書は、アッバース朝の翻訳運動、つまり、機器を用いた観測よりも、書物の上での理論で発展した科学に多くのページを割く。ところがこの博物館は書物の展示がほとんどない。さすがは科学「技術」史博物館。初期イスラーム科学への言及はごくごく限定的で、大型機器を用いて観測を行ったとされるイル・ハン朝のマラーガ天文台あたりから俄然元気になる。トルコ語・英語・ドイツ語・フランス語・アラビア語で解説があって、トルコ語ヨワヨワにも優しい。観測機器の使い方を詳しくビデオで解説するコーナーだってある。展示の序盤を埋め尽くすアストロラーべのコレクションも圧巻だ。
一方で「近代科学への貢献」がとても強調されている。イスラーム科学史という学問自体が、近代科学はいきなり西欧で開花したわけではなく、中東での蓄積を受け取って近代科学は成り立つのだというストーリーで語られがちで、オリエンタリズムに満ちた観点からスタートした歴史を持つ。最近では科学史のオリエンタリズムについて批判的な意見も多いと私は認識しているが、この博物館は批判的どころかその視点を前面におし出している。随所でオリエンタリストたちの言葉を紹介しており、イスラーム科学がそれそのものとして発展してきたこと自体よりも、近代科学へのヒントを与えたことに価値を見出しているように思えた。ティムール朝のウルグ・ベクがサマルカンド天文台で行わせた観測やオスマン朝のタキーユッディーンがイスタンブル天文台で行った観測と、西欧のティコ=ブラーエの観測の比較が特に取り上げられていたあたりにも、西洋への影響という観点から評価する姿勢の片鱗が見える。
また、分野によって展示の充実度にかなり差がある。天文学は力が入っているが、薬学など岩石がケースの中に転がっているだけで、説明パネルすらない。私は天文学に興味があるから天文学の展示が充実していて嬉しいのだが、その他の専門だったら物足りないだろう。
余談だが、ミュージアムショップでカタログを買おうと思ったのに存在せず、どこでも売っているイスタンブル自体のガイドブックばかりで悲しんでいたら、後日まったく関係のない本屋で発見した。いやミュージアムショップでちゃんと売りなよ。
科学技術史博物館以外にも科学史に関わるスポットは少なくない。たとえばガラタ塔も一時期天文台として使われていたため少しだけだが展示があるし、トプカプ宮殿やドルマバフチェ宮殿にもさりげなく時計やアストロラーベが並べられていた。ボスポラス海峡に面したトプハーネにはムラト3世時代に天文台が作られたこともある。すぐに潰されてしまったため、現在は天文台の跡形もなかったが。(一応周囲を歩き回ってみた。)
イスタンブルの宗教多様性
オスマン帝国の宗教政策といえば、「寛容」というイメージがある。オスマン帝国自体はイスラームを奉じながらも、他の信仰をもつ人々に対しても門戸を開き、共存していた話は有名だ。その名残で今でもさまざまな宗教施設が残っている。19世紀以降の近代化の過程で新たに作られたものもある。
道を歩けばモスクに当たるイスタンブルだが、せっかくだから宗教的多様性を感じるべく、イスラーム以外の宗教施設も回ってみることにした。決して宗教に詳しいわけでもオスマン帝国の宗教政策に詳しいわけでもないから、本当にただの好奇心で動いている。そんな私に「好奇心は猫をも殺す」という言葉を送りたい。宗教は好奇心で扱うべきじゃないんだよ。無知な怪しい日本人が信仰の拠り所でうろうろしていても許してくれたイスタンブルの皆さんには感謝してもしきれない。
イスタンブル・アルメニア総主教座 Türkiye Ermenileri Patrikliğiとその向かいの聖母マリア・アルメニア教会 Meryam Ana Ermeni Kilisesi
旧市街の南西、イェニカプに近いあたりにあるアルメニア教会に来てみた。アルメニア商人は地中海からユーラシア大陸の各地で活発に活動した人々で、スルタン メフメト2世もコンスタンティノープル攻略を成し遂げてから時間をあけずにこの地へアルメニア人を移住させたらしい。幾度かの災禍をへてアルメニア教会の総主教座は現在の場所に落ち着き、アルメニア人たちはイスタンブルの商業活動でも存在感を示した。
教会の中は荘厳な雰囲気で、気圧される。モスクも中に入ると圧倒されるのだが、全体的に開放感があり明るくて床に腰を下ろせるトルコ式のモスクとちがい、暗闇の奥に近づけない領域があるような気がして(実際奥には柵があってそれ以上入れないのだがそうではなく比喩的な意味である)、重厚感を覚えた。
ホテルに帰ってから検索してみたら、随分明るい雰囲気の写真が出てきた。私が行った時は人気が少なく明かりを消していたから暗かっただけの可能性が浮上。
シリア正教会 Süryani Kilisesi
せっかくイスラーム以外の宗教施設を回ったので、シリア正教会も好奇心で探してみた。行ってはみた。扉は閉ざされていてノックする勇気が出ず、天気もいまいち、日も暮れかけていて、なんとなくその地区に長居したくなかった(※個人の感想)ため、存在だけ確認して帰った。せっかくだから、古典シリア語が転がっていたりしないかな、と期待していたが、少なくとも門に刻まれた文字は全てローマ字表記のトルコ語だった。
アルメニア教会と比較的近いところにあり、ここにシリア教会が存在することにはなんらかの歴史的背景がありそうだという気がした(気がしただけ)。
コンスタンディノーポリ全地総主教庁 Rum Patrikhane
ギリシア正教の総本山。「全地総主教庁」という和訳には色々流派があるらしい(無知)が、「全地」とつくくらいで、正教会の筆頭にあげられるそうだ。のわりにはこぢんまりとしている。
さて、その総主教庁が置かれる聖ゲオルギウス大聖堂の中は、いかにも正教らしいイコンと金の装飾で埋め尽くされていて、荘厳だった。他の観光地はトルコ国内旅行らしきトルコ語を話す観光客が多かったが、ここはヨーロッパ系の観光客の割合が高いように感じた(しかし正教徒とは限らない、フランス語っぽい言葉が多く聞こえたように思う)。
ガイドブックがトルコ語ギリシャ語英語ロシア語ルーマニア語(多分)イタリア語ウクライナ語フランス語ブルガリア語、というまあ納得するけど珍しい組み合わせだった。読めもしないのに全種類持って帰る変な観光客をやった。
パドヴァの聖アントニオ教会 Sent Antuan kilisesi
サンタ・マリア・ドラペリス教会 Santa Maria Draperis Kilisesi
どちらも新市街のメインストリート、イスティクラール通り沿いのカトリック教会。前者はミサをやっているところに通りがかり、讃美歌を盗み聞きした。後者は中に入らせてもらったが、いかにもカトリックらしい荘厳な雰囲気だった。やはりキリスト教教会にはヨーロッパ系の外国人観光客が多いような気がする。
なお、サンタ・マリア・ドラペリス教会は16世紀に起源を遡るものの、聖アントニオ教会のほうは比較的最近作られた教会らしい。それ以外にも、19世紀以降作られたカトリック教会、プロテスタント教会はいくつもあるようだ。
ネヴェ・シャローム・シナゴーグ Neve Şalom Sinagogu
イスタンブルの宗教多様性という意味ではユダヤ教を忘れてはいけない。トルコの、しかも近年イスラーム主義的な保守傾向が強いイスタンブルで、今の時代のユダヤ教のあり方というものを見ておきたかった。不謹慎で危険な好奇心なのは承知している。
シナゴーグはガラタ塔すぐ近くの飲食店や土産物店で賑わう一角にある。ご時世なのか以前からなのか、入り口前にパトカーが止まっていた。ミサ中のキリスト教教会の前も警官二人体制で警備しているから、警官がいること自体が昨今の情勢と関わるのかについてはなんともいえない。
隣接してイスタンブルユダヤ博物館があり、近辺に道案内の看板が出るくらいには存在感があったようだ。しかしウェブサイトで調べた開館時間中に行ったのに、閉まっているよ!とタバコをふかしていたおじさんたちに追い返されてしまった。言葉もできないのにこれ以上好奇心で深掘りしない方がいいだろうと思って、さっさと退散した。
せっかくだから音楽も
海外旅行で現地の楽器を買ってくるのがマイブームになりつつある。トルコといえばオスマン帝国軍楽隊の軍隊ラッパやシンバルやチャルメラ系統のダブルリード楽器や...と選択肢がたくさんあり、どれにしようかな〜と心躍らせて楽器屋を探した。
新市街のガラタ塔付近、ガーリップデデ通り Galipdede Caddesiという急な坂沿いに、土産物屋と楽器屋がたくさん並んでいる。シンバル専門店、太鼓専門店などプロ向けらしき店もあるが、大抵はヴァイオリンもチェロもウードもサズもケメンチェもカーヌーンもネイもズルナもドゥドゥクもある(わからない楽器は調べよう!)。ここに向かうのか、新市街ではたまに楽器ケースを担いだ人を目にする。ヴァイオリンやギターのケースは日本でもおなじみだが、サズらしき不思議な膨らみ方をしたケースは初めて見た。
どでかいダブルリード、ドゥドゥクを購入。店主曰く、トルコのリードはあまり良くなくてアルメニアのリードがいいらしい。
日本やその他の国も、気軽に観光客が楽器を買えるといいのに。京都の産寧坂で篠笛や篳篥を売っていたら欲しくならない?私だったら買うぞ。
ところで、ガーリップデデ通りに限らずイスタンブルは坂が多い。Googleマップで徒歩15分と書いてあったから余裕で歩けるわとたかをくくっていたら、ひたすら急勾配と階段を登り続けて息が上がった。崖の上の駅でメトロに乗ったときは大江戸線もびっくりの深いところに線路が走っているなあと思っていたのに、たった二駅で線路が地上(というか金角湾の海上)に出てしまうこともあった。Googleくんが勧めてくる徒歩コースではかなりしんどいことがままある。「ルート: ほぼ平坦」と書かれていても、おそらくGoogleくんは平坦の意味を知らない。公共交通機関を使ったルートを自分で考案したほうがいい。
みんな大好きコレクション
みんな好きで私も好きなものといえば、動物とご飯だ(断言)。
市街地には野犬と野良猫が多い。
野犬は大型犬がほとんどで、基本的にまったりのんびりしているが、たまたま日本で狂犬病が話題になった瞬間の渡航だったためほんのり心配になった。噛まれなかったので問題はないはずだ。
猫はちゃっかりカフェのテラス席で私のサンドウィッチを狙って来たり、意味もなく金角湾を背景にポーズをとったり、観光客への擦り寄り方を心得ている気がしないでもないが、あざとくてもかわいい。特に冬毛でむくむくだから...…町中のいたるところに猫の餌が常備してあって、お腹をすかせることはなさそうだった。
カモメとカラスとハトも多い。そこらじゅうに犬猫の毛や鳥の羽が舞っているから、動物の毛にアレルギーを持っていたらこの町では生きていけないだろうなあ。
トルコ料理は世界三大宮廷料理に数えられ、おいしいものはごまんとあるのだが、そのうちごく一部を紹介しよう。もちろんこれ以外にも色々食べたが、驚くべきことにまずいものはなかった。一つ残らず美味しいのである。これは革命的な海外体験だった。
ドネルケバブ Döner kebap
排気ガスの匂いがすごい道端でも唐突に肉の塊が回転していることがある。鶏肉はカリッと、牛肉はジュワッと。野菜と一緒にバゲットに挟んで食べたり、薄焼きパンでラップして食べたり。
サバサンド Balık ekmek
焼いた魚をバゲットに野菜と一緒に挟む。文字面より美味しい、とても美味しい。B級グルメゆえ骨を丁寧に取り除いているわけではないので注意。
スィミット Simit
ごまつきパン。見た目はプレッツェルみたい。そこらじゅうの屋台やパン屋で売っている。香ばしくてほのかに甘く、うまい。というかトルコはパン全般がとても美味しい。
メネメン Menemen
トマトと香辛料と野菜のどろどろ煮込み。パンとの相性が抜群。
ギョズレメ Gözleme
薄クレープのような生地2枚の間に、チーズやじゃがいもやひき肉が挟まれている。本当に薄いので、具によっては中身がこぼれがちで食べにくかった。でも美味しいです。
ヤプラック・ドルマス Yaprak Dorması
ぶどうの葉に米と肉が包まれている。似たようなロールキャベツfeat.ぶどうの葉の料理を食べたことがあるが、その時はトマトベースのスープに入っていたため、トルコ料理でもてっきりホットだと思いこんでいたら冷菜だった。バルサミコ酢のソースがかかっており、さっぱり風味。
トルココーヒー kahve
香り高く美味しいコーヒーだが、ご飯とセットのドリンク気分で頼むとメインディッシュの内容によっては口の中が砂漠になる。ちっちゃなカップで出され、しかも最後の方はコーヒーカスが溜まっているので飲めないから、量が圧倒的に少ないのである。
ピデ Pide
パン生地の上に具材がのっていて、かまで焼き上げる。カリッモチッとした生地がたまらない。パン好きなら絶対に好き。
チャイ Çay
中央がくびれたガラスカップで出される。このコップがね…触ると熱いんだよね…
コーヒーと見間違うくらい濃いめ渋めで出し、お湯で希釈してから飲むため、ホテルの朝食などのセルフサービスの時は注意。(やらかした。希釈なしは苦かった。)
キョフテ köfte
肉団子。肉汁じゅわーというタイプではないが、噛むほどに肉の旨味が出てくる。謎のスパイス(店の親父によるとnot spice!らしいがスパイスにしか見えん)で味変することも。
アイラン Aylan
トルコの国民的飲み物、甘くないヨーグルトドリンク。むしろしょっぱい。おそらく好みが分かれる味。私は嫌いではないが好きでもないくらいだが、肉との相性が素晴らしいことには疑念を挟む余地がない。イズミルでアイランを頼んだら、店のおっちゃんにアクセントの位置をなおされた。頭高アクセントではないらしい。
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