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多文化共生社会に向けて − やさしい日本語の可能性

コロナウイルスによりインバウンド観光が大きな影響を受けている今、課題を共有するメンバーが集まるFacebookグループ「今だからこそできるインバウンド観光対策」では、定期的にトークセッションを開催している。

5/20には「日本に住んでいる外国人に目を向けよう」と題して、明治大学国際日本学部の山脇氏、やさしい日本語ツーリズム研究会の吉開氏、日本語教育情報プラットフォームの石原氏らによるトークセッションが開催された。

このnoteではその模様を整理しつつ、前半では日本において国や自治体がどのような多文化共生の取り組みを行ってきたか、後半ではやさしい日本語とは何かについてを紹介する。

山脇 啓造 氏:明治大学 国際日本学部 教授
吉開 章 氏:やさしい日本語ツーリズム研究会 代表
石原 進 氏:日本語教育情報プラットフォーム 代表世話人

「生活者としての外国人」という観点

まずは、やさしい日本語のベースとなる多文化共生について、国がどのような取り組みをしているか、明治大学の山脇教授のトークを紹介する。

山脇氏は、自治体や国の多文化共生の取り組みを30年近く研究している。ここ10年はとくに総務省の政策づくりに関わり、今年からは法務省のやさしい日本語の有識者会議で座長を務めている。

日本において自治体の多文化共生への取り組みが大きく前進したのは、2006年に総務省が「地域における多文化共生推進プラン」を策定したことがきっかけである。このプランの中では、多文化共生を「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的差異を認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていく」と定義している。

具体的には、外国人住民への多言語での情報提供や日本語学習の支援といった「コミュニケーション支援」、教育や医療、福祉や防災などの「生活支援」、そして地域社会におけるホストコミュニティの受け入れ意識醸成や、外国人住民の社会参画など「多文化共生の地域づくり」の3本柱の取り組みとなっている。

このプラン以前においては、外国人に関する国の取り組みは、「労働者としての外国人」や「犯罪者としての外国人」の観点が強かったが、プラン策定を契機として「生活者としての外国人」という新たな観点が生まれた。

地域活性化やグローバル化に貢献する存在へ

その後、2017年には、総務省が全国の多文化共生のグッドプラクティスを集めた「多文化共生事例集」を発行した。

この事例集では、多文化共生の4本目の柱として、「地域活性化やグローバル化への貢献」が加わったことが大きなポイントである。これ以前は、「外国人は支援を受ける側」という観点が強かったが、むしろ「外国人が日本人を支援する」あるいは「地域の活性化やグローバル化に貢献する」という観点が打ち出されている。

また、自治体や国際交流協会、NPOや企業の事例がまとめられているが、とくに企業の取り組みが整理されたことが新しい傾向であった。

2018年には、入管法が改正され、国は新たな外国人労働者の受け入れを始めたが、それに伴い、共生のための総合的対応策が打ち出された。これにより、全国の自治体による多言語相談センターの開設を国が支援することとなった(現在170自治体ほどが開設)。また、今夏には、それらの中心となる国のセンターが東京に設置される予定だ。

総合的対応策には、やさしい日本語を積極的に推進していくことが盛り込まれたほか、共生社会づくりを法務省に新設された出入国在留管理庁が担っていくことになった。

自治体や学校での取り組みも進む

自治体レベルでは、2000年代から2010年代にかけて、様々な取り組みが各地に広がっていった。1つ目は、大規模な自治体がグローバル都市を目指して外国人の生活環境を整備していくパターン(浜松市、横浜市、神戸市など)。2つ目は、人権尊重の観点から外国人に対する施策に取り組んでいくパターン(川崎市、大阪市など)。3つ目は、地方の人口が少ない自治体において地方創生の観点から多文化共生に取り組むパターンである(北海道東川町、広島県安芸高田市、岡山県美作市など)。たとえば、東川町は、外国人留学生に対して学費や生活費を支援する制度を設けているほか、全国で初めて公立の日本語学校を作ったことでも有名だ。

また、学校レベルでも多文化共生の取り組みは広がってきている。こちらは、横浜市の小学校での事例が有名だ。これについては『新 多文化共生の学校づくり―横浜市の挑戦』(明石書店、2019年)に詳しい。山脇氏の明治大学のゼミでも多文化共生に取り組んでおり、中野区の行政や企業と連携して国際交流運動会を開催したり、やさしい日本語を紹介するビデオの制作や、区民に向けてのやさしい日本語ワークショップなどを開催している。

「日本語を話したい」ニーズの発見

続いては、やさしい日本語について。やさしい日本語ツーリズム研究会の吉開氏のトークを紹介する。

吉開氏の活動は、2015年に故郷の福岡県柳川市での取り組みから始まった。国内の多文化共生や防災・減災時に最大公約数的に使うために研究が進んできたやさしい日本語を、世界中にいる日本語を勉強している人々と仲良くなるために使おうと試みたのだ。

2016年に柳川市が行った台湾人を対象にした訪日回数のアンケートによると、日本語の非学習者では10回以上訪日している人は全体の9.4%だった一方、日本語学習者では20.9%と大きな開きがあることが分かった。このような状況はそれまで知られておらず、これを機に、そうした方々に対して日本語で接客をすれば良いのではないかという着想を得た。

また、同年に台湾、香港、韓国の人々各1,000人に対して行った日本語学習者の調査においては、「今日本語を勉強している」と回答した人が、台湾で12.8%(170〜240万人)、香港で9.7%(35〜52万人)、韓国で16.3%(493〜654万人)もいることが判明したのだ。台湾における人口の12%という数字は、おそらくゴルフ人口よりも多いだろう。しかし、日本を訪れる台湾人に対して、ゴルフは観光として積極的に提供している一方で、日本語を話したいというニーズには全く応えられていないのが現状であった。

日本における共通言語はやさしい日本語

こうしたデータを発表して、柳川市で始めたのが「やさしい日本語ツーリズム」である。開始当時、さっそく『トラベルジャーナル』誌から声がかかり、10ページの特集を組んだことで一気に盛り上がりを見せる。ツーリズムへの機運が高まるのではと思われたが、実際は観光関係者からの反応は薄かった。

吉開氏の取り組みの中で代表的なものの一つとして、「やさしい日本語バッジ」の制作がある。前述のように日本語を話せる外国人はたくさんいるとは言え、誰がやさしい日本語を喋れるのかはわからない。そこで、やさしい日本語を話せる外国人の方には白いバッジを、やさしい日本語の訓練を受けた事業者や市民には青いバッジをつけてもらおうという取り組みだ。このバッジは柳川市内で1つ200円で販売をしており、お土産として買う方も多い。

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法務省によれば、日本に住む外国人は293万人だ(2019年12月末)。中国、韓国・朝鮮、ベトナム、フィリピン、ブラジル・・・と様々な国の方々が暮らしている。当然、これらの人々は、必ずしも英語を理解できるわけではない。しかし、そのうち約6割は簡単な日本語なら理解できると言われている(2010年調査)。国内の外国人に最も通じる言葉は日本語であり、日本語こそが日本においての外国人を含めた共通言語なのである。

やさしい日本語で大事な「ハサミの法則」

では、実際にやさしい日本語を使う際には、どのようなことを意識すればよいのだろうか。ポイントは以下の3つである。吉開氏は、これらの頭文字を取って「ハサミの法則」と提唱している。

・はっきり言う
・さいごまで言う
・みじかく言う

とくに、3点目の「みじかく言う」が重要だ。具体的には、以下の4つの文構造のうち、最も単純な「単文」(主語1つ+述語1つ)での表現を意識することだ。これを用いるだけで、相手にとっては劇的に分かりやすくなり、かつ機械翻訳の精度も高まるのである。

吉開氏曰く「握り寿司のようなイメージ」で、一口で食べられるサイズの文章を話し、一つを食べ終わったら次の文章を話す、というように工夫をするわけである。日本語では、動詞の後ろに「〜しますが、〜」というようにさらに文章を続けることで長文を話すことも可能だが、やさしい日本語においては、できる限り短く話すことが重要なのだ。このようにすることで、機械翻訳の精度も高まることも知られている。

日本の法律と多文化共生

こうした話を受けて、日本語教育情報プラットフォームの石原氏は、日本での多文化共生をめぐる社会の在り方の変化を、法律の観点から語った。

ひとつのポイントとなるのは、入管法の改正である。1989年の改正で、日系ブラジル人をはじめとしたいわゆるニューカマーの方々が増え、国内で在日外国人の存在がクローズアップされるきっかけとなった。その後、2009年の改正では、在日外国人の住民登録が行われるようになり、「外国人も我々の仲間だ」という認識が生まれていった。さらに、2018年の改正では入管の仕事が「入国管理」から「在留管理」へと広げられ、さらに共生社会をつくる仕事を行うようになった。

また、2019年に施行された日本語教育推進法も大きなポイントだ。この法律には、在日外国人をはじめとした人々が日本語を勉強しやすいようにすることはもちろん、その結果として共生社会を作っていくという意図が込められている。同時に、日本語教育を海外に広げることで、人口減少時代における日本の活力を取り戻していくことも意図されている。

こうした動きの中で、日本では多文化共生の取り組みが進んでいる。これから外国人と日本人が一緒に社会を作っていく中で、コミュニケーションツールとしてのやさしい日本語は必要不可欠であろう。さらに多用な形で活用されて、ますます重要性が高まっていくのではないだろうか。

やさしい日本語を観光分野で活かすために

吉開氏は、多文化共生を観光分野で活かしていくうえでは、観光分野で日本に住んでいる外国人の方に活躍してもらうことが重要だと語った。日本に住んでいる外国人の人々がインバウンド観光に関わることで、外国人起点での情報発信が行われるとともに、多文化共生と観光の接点が生まれるのだ。

これを受けて、MATCHAの青木氏は、自社で外国人社員と働く経験も踏まえて、事業者側の認識を変えていくことによって、日本で働く外国人や日本に来る外国人への接し方が変わっていくのではないかと話した。そうした動きを、日本の観光事業者の一つのスタンダードにしていくことが、これからの多文化共生においては重要になってくるだろう。

▼ 株式会社MATCHA(グループ運営)



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