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小説「ぺしゃん」第一章全文公開!

2021年4月21日にKindleリリースした小説「ぺしゃん」が、もうすぐ100ダウンロードです。

本日5月10日14時の時点で、販売数が38冊、Kindleアンリミテッドの既読ページ数が、12,281ページ。ぺしゃんは250ページのなので、12,821÷250=49.124と言うことで、38+49=87。現在87冊とカウントしています。実際は途中までしか読んでない方もいると思うので、もう少し違う多いと思いますが、このカウント方法で3000冊を目標に頑張ろうと思います。

こちらの記事には、るろうに剣心の大友監督や宇宙兄弟の編集者佐渡島さんの感想も記載されています。おかげさまで良いレビューが多く、テニスをしている方もしていない方も、指導者にも保護者にも楽しんで頂けているようです。今日は、その小説「ぺしゃん」の第一章を公開します。続きか気になる方はぜひ、購入or Kindleアンリミテッドでお楽しみください。

ちなみに全部で三十一章まであります。では第一章をどうぞ!

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1 出会い

 ぺしゃん
 ぺしゃん
 ぺしゃん

 音は不思議。
 聞こえるだけで、その音を発するものが何なのか、大体想像できる。耳に届いた瞬間に、強固なのか、それとも脆弱なのか、明朗なのか陰鬱なのか、その正体を印象づけることができる。聞くだけで全身に電流が走り、思わず振り返ってしまう音もあれば、対象物を見るまでもなく蔑んでしまう音もある。

 耳に達する音の全てを、毎回、意識下で判断しているわけではないが、無意識のうちにいつも何かしらの判断を下しているものだ。車が走っているエンジン音でも、キーンと聞こえれば、旧式ではなく最新式のハイブリッドカーだとわかる。ビュイーンと、時間がなくて急いでいる車もあれば、ブロロロとドライブを楽しんでいる車もある。ボボボボッとくれば、高級スポーツカーのアイドリング音、男の子たちは一斉に振り向く。ぎゅるんぎゅるん音をたて、旧式の車が高速に乗ろうとすると、頑張って! と声をかけたくなる。

 先ほどから、どこからともなく、なんとも言えず、頼りない音が聞こえてくる。何か硬い物で、それよりは少し柔らかいものを、叩いているような音だ。音だけで頼りなく、弱々しく、取るに足らないというメッセージを聞く者に届けている。

 ぺしゃん
 ぺしゃん
 ぺしゃん

 神木渉は、同級生と駄弁った後、引退試合を戦ったテニスコートを、一人でぼんやり見下ろしていた。夕陽が、171センチ・64キロ、18歳男子日本人平均ど真ん中の影を、大きく引き伸ばす。
「これくらい身長あったら、もっと良いサーブ打てたのにな」
 自分の影を見て独りごち、なんとなしに、その情けなく、自信なさそうな音に誘われて、コートの方へ歩み出す。テニスコートの手前にある壁打ちゾーンでは、初老の男性が缶ビールを片手に空を眺めていた。地べたに座り壁に持たれ、目を閉じてビールを流し込む。
「いい気なもんだな。明るいうちから酒飲んで」
 その時だった。

 シュパチン!

 壁打ちコートの向こう側から、ムチで何かを叩いたような、高い破裂音がした。

 ズドーン!

 その直後、今度は分厚い鉄板で何かを押しつぶすような音が響く。

 シュパチン!

 ズドーン!

 シュパチン!

 ズドーン!

 壁打ちコートを急いで横切り、音がする方に目をやると、真っ赤な帽子を後向きにかぶった男の子が、「あ~」と言って天を仰いでいる姿が目に飛び込んでくる。今のは、テニスの打球音なのか? もちろん、テニスボールを打った音だということはわかる。ただ、これまでに聞いた種類の音ではなく、まさに最新式のスポーツカーのエンジン音のように、次世代の共鳴を感じた。
「太一とやると、3球シバいても返ってくるからしんどいわ。中学生でも1回シバいたら、ほとんど返ってこうへんのに」
 身長140センチくらいだろうか、茶色い毛先が軽くなびく程度にはみ出した赤い帽子の子は、その小さい体躯には似つかわしくない、生意気な口調で、楽しそうに相手に話しかける。
「そんなことないよ。いっぱいいっぱい。ケンジと試合すると全く攻撃させてくれへんわ」
 太一と呼ばれた手足の長い長身の男の子は、正反対の大人びたトーンで答えた。発育が早いのだろう、すでに声変わりしている。2人の身長差は20センチくらいあるように見えた。
 渉は2人の会話よりも、先ほどの打球音が耳にこびりついて仕方なかった。テニスボールを打った音であることは疑いない。しかし、これまでに全く聞いたことがない、明らかに『聞くだけで全身に電流が走り、思わず振り返ってしまう音』であることは間違いなかった。
 こいつらの打球音なのか?
 あの乾いた破裂音はなんだ?
 あの分厚い鉄板で押し潰すような音はなんだ?

「あいつらを思い出すな。ええ音させよる」初老の酒飲み親父が、缶ビールのラベルを眺めながら、よく分からないことを言っている。完全な酔っ払いだ。飲み過ぎなんだよ。
「こらケンジ。休憩やないよ。コート借りてるのは17時までやから、残り10分続きやりなさい。太一君、ごめんね、この子すぐサボろうとするから」
 ベンチで見ていた女性が、長身の男の子に謝るポーズをした。どうやら赤い帽子の子のお母さんのようだ。隣には兄弟らしい私服の男の子も座っている。
「よし、あと10分シバきまくってやる」
 ケンジと呼ばれた男の子は、クルッと背中を向けながら、ボールを太一に向かって軽く打った。クルッと回る動きに、なんとも言えない素早さとバランス感覚を感じる。運動神経の良さは、こういう一瞬の動きに現れる。そして、真後ろより少し斜めにずらした帽子のひさしが、やんちゃな性格を連想させる。
 ボールを受け取る太一は、スポーツ刈りで、今時Tシャツを短パンにインしている。派手なことには興味がなく、真面目で大人びた様子が伝わってくる。2人はコートの両側に別れ、太一がサーブを放った。左利きで、ジャンプしてコマのように回転しながらボールを打つケンジ。テニスの教科書に載っている、お手本のような整ったフォームで打つ右利きの太一。

 ケンジのボールは、ラケットから離れると、獲物を追う肉食動物のように加速して太一から逃げていく。しかし太一はそのボールに追いつき、打ち返す。美しい球筋が、黄色い残像を生み、一本の弾道を作る。

 ズドーン!

 何球かラリーが続いた後、ケンジがこれまでよりも深くしゃがむと、ハッと声を出して激しく打ち込む。

 シュパチン!

 これがラケットにボールが当たる時の音なのか。高い破裂音が渉の耳に届く。これまでも、全国大会で活躍するジュニア選手を見る機会はあったが、こんな打球音を聞いたことはなかった。
「アウト!」
 ボールが速くて追いかけられなかった太一が、手を上げてジャッジをすると、ケンジは悔しそうにまた天を仰ぐ。次のポイントもその次のポイントも、同じような展開のラリーが続く。渉は、2人のプレイに目を奪われ、その打球音に心を奪われた。2人の打球音をもっともっと聞いていたくて、少しでも長くラリーが続いてくれることを願っていた。どういうフォームで打てばあんな音がするのか? 後もう一回、後もう一回さっきの音が聞きたい。目でも耳でも楽しめる、テニスではなく、まるでショーを見ているようだった。
「時間だからラストね。終わったらすぐにボール拾ってコート整備してね」
 ケンジのお母さんがそう声をかける。2人は無言で頷いて最後のプレイに入った。リターンを構えるケンジが、左手の中でくるくるとラケットを回す。
「左利きか、器用そうだな。でも本当に楽しそうにプレイするな、あの子」
 渉は呟く。自分はあんな楽しそうにプレイしていた自信がない。いつも苦しかった。
 太一のサーブに、ケンジの身体がゴムボールのように反応し、また、シュパチン! と音がした。ミサイルのように飛び出したボールが、空中で左に曲がりながら伸びていく、太一は大きく足を開いてまるで氷上のように滑りながら返球する。滑りながら打ったにも関わらず、

 ズドーン!

と重たい音がした。そのボールにケンジが、頭より高い打点でラケットを振り抜くと、また

 シュパチン!

と破裂音が、渉の耳を刺激する。逆サイドに放たれたボールに、太一は走りながらタイミングを合わせると、ラケットを鋭く振り上げ、走ってきた勢いをボールに加えた、

 ズドーン!

と大砲のような音がして、弾丸ライナーがケンジのコートに突き刺さる。
「えっ」
 渉の口から、驚きが声に変換される。そのボールに豹のように飛びかかったケンジは、手首だけでガラ空きになったコートに打ち込んだ。

シュパチン!

 3回目の渇いた破裂音。
「アウト!」
 太一は、全く追いつけないそのボールを遠くから見送りながらジャッジした。
「あーっ!」
 頭を抱え、ラケットを両足で挟んで、ぴょんぴょんジャンプするケンジの表情は、ミスしたにも関わらず、鬼ごっこで捕まった時のように無邪気な笑顔だ。
「最後の1球、そんなに強く打たなくても俺戻れないのに」
 少し呆れたように漏らす太一に、
「でもそれじゃおもろないやん!シバいてシバいて、シバきまくらな!」
ケンジは、笑顔で答えていた。
「いくらシバけても、あんた1-6で負けてるじゃない。やっぱり太一くんのズドーン! っていう重いボールには勝てないわね。それより、さっさとボール拾いとコート整備しなさい、次の人が来るんだから」
 お母さんは、ミスしても反省しないケンジに、少し怒ったようにそう言うと、ヒールの高い靴で歩きにくそうにコートを出て行く。テニスコートには合わない高級そうな深いオレンジ色のワンピースに、風が吹けば春の青空に気持ちよく飛んでいきそうな、円盤型の白い帽子をかぶっていた。
 2人は、自分達の身体よりも大きい、整備用のブラシをコートにかけてる。太一は、使い終わったコートに感謝するかのように丁寧にブラシをかけながら、

「ケンちゃん、すきまだらけやん」
と小走りで、ムラを作りながらブラシがけするケンジに声をかける。
「へーのん、へーのん」
 ケンジは、ブラシ片手に、ポケットからリボン状に包まれた飴を取り出して口に入れ、袋だけ歯の間から引っこ抜きながら、えーねん、えーねんと答えていた。

 シュパチン!

 ズドーン!

 少しずつオレンジ色に照らされていくテニスコート。2人が整備しているのを見ながら、渉の耳は、こびりついて離れない先ほどの打球音を反芻している。左利きの子の乾いた破裂音には、何かを切り裂くキレの良さを感じ、もう一人のズドーン! という音には、重厚感と絶対的な安定感を感じた。あの2人、本当に小学生だよな。疑いたくなる。その時、
「シバくってなあに?」
 背後から声がした。声がした方を見ると、渉の後ろに一人の男の子が立っている。コート整備をしている2人とは対照的に運動とは無縁そうな、色の白い少年だった。ケンジと同じくらい低い身長で、物干し竿に干されているかのように、身体が薄っぺらく見えた。おそらくさっきの2人のラリーを見ながら、ケンジのセリフを聞いていたのだろう。
「大阪の子じゃないの?」
 渉が尋ねると、

「うん、昨日転校して来た」
 色白の少年は、そう答えた。優しい声だが、真面目で芯の強そうな口調だった。
「シバくってのはね、大阪弁で強く打ちつけるって感じかな。不良がさ、お前シバくぞ~、みたいなね」
 手のひらで頬を叩くような仕草をしながら、渉が説明すると、少年は、なるほどという感じで2回頷いた。
「俺もあんなにシバけたらなぁ」
 ケンジの方を見ながらそう言うと、少年は壁打ちを始めた。

 ぺしゃん
 ぺしゃん

と頼りない音がした。ん? さっき遠くから聞こえてたのは、この打球音だったんだ。
「さっきの子達、天才なのかな」
 渉は、シュパチン! やズドーン! と比べてついつい声に出してしまった。
「この子もね」
 渉の足元から声がしたと思うと、初老の男性はまだ座って缶ビールを楽しんでいた。
「そうですよね。子供は誰でも、みんな天才ですよね」
 相手をするのが面倒くさいので適当に言葉を合わせると、渉は足早におじいさんから離れて、自転車に跨った。あのぺしゃんっていう音も努力すれば、シュパチン! やズドーン! に変わるのかな。そう思いながら、家に向かって自転車を漕ぐ。

 ぺしゃん
 ぺしゃん

と、音は小さくなっていった。この後、ぺしゃんは渉の生徒になる。そして、シュパチン! は渉が最もムカつく男の生徒であることがわかり、ズドーン! は2人の最大の敵として君臨することになる。

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以上が第一章です。続きが気になる方、ぜひダウンロードお願いします。テニスの技術論、指導論、教育論などのきっかけになれればと思います。


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