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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第15話

第15話 大手企業

大手IT企業F社の会社説明ブースは企業カラーの赤で統一されており洗練されていた。午後になっていたがまだ6名以上がブースで待機をしていた。僕たちもその後ろの席に座った。人事担当者は30代後半でグレーのスーツを着ているイケメンだ。髪はしっかりと整えられており全ての動きにスマートさを感じた。
「本日はブースにお越し頂きありがとうございます。15分程度お時間を頂き、会社と募集要項の説明をしたいと思います」
人事担当者は立ちながら話し始めた。その間に女性の担当者がパンフを一人ひとりに配っていた。
「弊社の事業内容と経営理念についてご紹介致します」
人事担当者は壁に映し出されたプレゼン資料を指で指しながら説明した。着席者とアイコンタクトを取りながらゆっくりとわかりやすく話していた。プレゼンのお手本を見ているようだった。
「これで会社説明を終わります。最後にご質問を受けたいと思います」
人事担当者は着席者の顔を見渡した。
「はい!」
浅見さんが手を挙げた。
「ありがとうございます」
人事担当者は浅見さんに微笑んだ。
「ご説明頂きありがとうございました。御社が求める人材像について教えてください」
浅見さんはサッと立ち上がり質問をした。
「求める人材は企業理念に共感を持ち目標に協働しながら働ける人材です」
人事担当者はスラスラと浅見さんの質問に答えた。浅見さんは席に座った。他にも2〜3質問を受け会社説明会は終わった。

「まさに仕事ができるって感じでしたね」
僕は会社説明会での高揚感を感じたままだった。
「人事担当は会社の玄関口でもあるからね。エース級を置くことが多いんだ」
「そうなんですね」
「うーん!1日中会社説明聞いてたら体が凝った」
浅見さんが腕を大きく上げて体全体を伸ばした。その姿は何故かとてもチャーミングだった。
「確かに疲れたね。皆はもう帰る?」
「私はもうお腹いっぱい」
「僕はあと一社回ってから帰ります。それで10社になってきりもいいから」
浅見さんと一緒に帰りたい気持ちはあったが天神さんとの約束を破るとどうなるかと怖かったのでもう1社回ることにした。
「偉いね。僕も行きたい会社は全て回ったから帰るよ」
僕達は連絡先を交換して解散をした。残り1社早めに回って天神さんと合流しよう。
会場をぶらぶらと歩いていると老人が笑顔で車イスに乗っている写真でブース装飾をしている会社が目に止まった。介護関係の業界だろうか。介護職に興味は無かったがなんとなく惹かれて席に座った。
人事担当者は初老の男性だ。グレーヘアーで優しい目をしている。
「こちら弊社パンフレットになります」
グレーヘアーの人事は若い男性が車イスの横で立っている写真が表紙のパンフレットを手渡した。
「株式会社センワの栗谷と申します。よろしくお願いします」
栗谷さんは頭を下げて自己紹介をした。僕もあわてて頭を下げた。
「荒田と申します。よろしくお願いします」
「荒田さんですね」
栗谷さんは手元にある用紙に何か書きこんだ。
「本日はブースにお越し頂きありがとうございます。弊社は介護用品のレンタルを中心に行う会社です。荒田さんは今回の転職活動ではどんな仕事をしてみたいですか?」
会社説明が始まるかと思ったら自分の転職に関して聞かれたので戸惑った。
「どんな仕事・・・実はまだ転職活動を始めたばかりで固まっていないのですが」
栗谷さんは微笑んで僕が次の言葉を出すのを待ってくれた。
「お客様に喜んで頂けるような提案や関係作りができる営業だと思います。もちろん利益重視は大切だと考えています。しかしお客様を第一に考えて行動できる仕事がしたいです」
栗原さんは頷きながら僕の話を聞いてくれた。
「ちょっと甘い考えですよね」
叱ってくる上司の顔が浮かんだ。
「お客様を重視する想いは重要ですよ。遠回りに見えても最後に会社にも利益ももたらす考え方です。弊社はそのような考えを持つ人材を募集しています」
栗谷さんはにっこりとほほ笑んだ。そんなことを言ってくれる大人が周囲に居なかったので不覚にも泣きそうになった。栗谷さんは会社の歴史、事業内容をゆっくりと語ってくれた。口調は穏やかだったがその裏に情熱が込められていることはヒシヒシと伝わってきた。ただ会社の説明をするだけでなく僕の話も聞いてくれた。
「本日は転職フェアにお越しいただき誠にありがとうございました。残り5分でフェアは終了となります」
アナウンスが会場に流れた。気がついたらフェア終了の18時にそろそろなるころだった。
「もうこんな時間か。長話をして申し訳ありません。他の行きたいブースは行けてましたか」
「お話頂きありがとうございました。他のブースは大丈夫です」
「荒田さんはやはり営業を希望ですか」
僕は自信無くうなづいた。
「弊社は今募集をしているのが人事と経理職なんですよね・・・その2つに興味はありませんか」
正直両方とも想像がつかない職種だった。僕は曖昧に笑った。
「荒田さんのような考えを持っている人にぜひうちは来て欲しいと思っています。少しでも興味があれば応募をしてください」
栗谷さんは笑顔で言った。
「ありがとうございます」
僕も頭を下げた。

会社訪問シートを見てみるとハンコが10個貯まっていた。天神さんに急に連れてこられて様々な企業を回った。自分が普段関わることのない業界や職種の話を聞くことができ世界が広がった気がした。エレベーターが1階に到着した。天神さんが仕事をしているタリーズは出口付近にあった。僕は駆け足でタリーズに向かった。
天神さんは奥の席にPCを広げて座っていた。テーブルには季節限定の桃シェイクが置かれていた。
「遅くなりました」
「10ブース回れましたか?」
「何とか回れました」
僕は天神さんの前に座った。
「どうでしたか」
「自分が思ってもいない業界や職種を知ることができて視野が広がりました」
天神さんは桃シェイクを一口飲んだ。
「子どもはなぜ野球選手やYouTuberに憧れるのでしょうか」
唐突な質問に僕は一瞬固まった。
「子どもが野球選手とYouTuberに憧れるのはカッコいいからでしょうか?」
「それもあるかもしれません。しかし根本的な理由は違います」

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