小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第8話
第8話 紹介
土日をひとりで過ごすと気が滅入るので実家に帰ってゆっくりすることにした。僕はソファで寝転がり、携帯をいじっていた。
「なんかお茶でも飲む」
「飲む」
母親がほうじ茶を入れたコップをダイニングテーブルへ置いた。
「こぼれるからこっちで飲みなさい」
「ありがとう」
僕は重たい体をソファから起こしてテーブルへ移動した。アツアツのほうじ茶をゆっくりとすすって飲む。
「おじいさんみたいな飲み方だね~」
姉が笑いながら僕の目の前に座った。
「熱くて飲めないんだよ」
「あんたさっきソファで携帯見ながらず~とため息してたよ」
「うそ」
無意識的にため息が出ていたようだ。
「ため息ばっかりしていたら幸せが逃げていくからやめな~」
姉も母にそそいで貰ったアツアツのほうじ茶をおちょぼ口でゆっくり飲む。
「ため息しているのは自分でも気が付かなかった。無意識だ」
「相当人生に悩んでいるのね」
姉はなんだか嬉しそうだった。
「別に悩んでないよ」
「そんな風には見えなかったけど~」
「絶好調だよ・・・嘘です。仕事は上手くいかないし、彼女はいないし、ドン底です」
「彼女はずっっといなかったけど、仕事もそんなに上手くいってないの」
僕はPIPプログラムのことを言おうかどうか迷った。外資で働いている姉なら何か知っていると思い勇気を出して話してみることにした。
「PIPプログラムって知ってる」
「知ってるよ。退職勧奨時よく使われる制度・・・もしかして」
「そのもしかして」
「そんなに営業成績悪かったの」
「中の下ぐらい」
「まさかサインしてないでしょうね」
「・・・サインした」
「なんで!」
「あまりにもショックで何も考えることができなくなって」
僕はほうじ茶に目線を落とした。
「噓でしょ・・・」
姉も視線を落とした。
「でもサインをせずに交渉するのも時間や体力が必要だからね。切り替えて転職するしかないよ~」
「僕にできるかな」
「今転職なんて当たり前田のクラッカーよ!新卒社員の3割以上は入社後に辞めているの。辞めているってことはその分転職に成功しているってこと」
「僕は28歳でもう若手じゃないよ」
「28歳なんて転職市場だとまだまだ若手よ!40歳でもうちの会社に中途で入る人いるよ」
姉の言葉を聞いてると何だか希望が見えてきた。
「母さんを心配させないように早めに転職活動するんだよ」
「そうだね。自信は無いけど情報収集してみる」
ハキハキと喋る姉を見て会社での仕事姿が想像できた。情報収集をしてみると言ったが転職への自信は無い。
「仕事も無くて、彼女も居なくて、身長も168cmだし…やっぱり終わった」
僕は頭をかかえた。
「何が終わったよ、まだ始まってもいないわよ」
姉はキッズリターンの名言を言いながら、冷蔵庫からチョコミントアイスを取り出した。
「CA紹介してあげようか~」
「えっ!」
僕は姉の突然の提案に頭が追い付かなかった。姉の友人は美人ばかりだ。その中でもキャビンアテンドの友達なんて凄い美人に決まっている。
「言葉には少しキツイところがあるけど優秀だよ~」
言葉が少しキツイのは逆にご褒美だ。
「嬉しいけど…今の僕は自信ないよ」
仕事が無くなるニートに振り向いてくれる子などいないだろう。
「何言ってんの、こういう時こそパートナーが必要なのよ~」
姉はペロペロとチョコミントアイスを食べている。
「そうなのかな」
「あんた交友関係狭そうだし、新しい出会いは刺激的で良い気分転換になるよ~」
「なんだか緊張してくる」
「緊張しなくていいよ。根はやさしい人だから~」
姉は笑いながら言った。仕事を失うというどん底から、キャビンアテンダントと知り合いになれるというビッグチャンスを手に入れた。僕の感情はジェットコースターのように上下している。
「もう少し詳しくその人について教えてくれる?」
「慎重派ね」
「会う前にできるだけ情報は仕入れておかないと」
「名前は天神零華ちゃん。年齢は確か26歳ぐらいじゃないかな」
僕より2歳年下なのか。
「凄く美人」
僕はその言葉を聞いて体を硬直させた。やっぱり美人なんだ!それも凄く美人!僕は期待と不安で胸が苦しくなった。
「他にも教えて」
「趣味がきっかけで知り合っただけだから、全て知ってるわけじゃないよ」
「好きな食べ物とか、映画とか教えてよ」
「なんでそんな事知りたいのよ、自分で聞きなさいよ」
姉は携帯を手に何やら操作を始めた。
「そんな・・・」
「零華ちゃんの連絡先を送っておいたから」
「えっ!」
僕は携帯の通知ボタンを押して急いで確認をした。そこには零華ちゃんの連絡先が記載されていた。携帯を持つ手が震えた。
「零華ちゃんにあんたみたいな人が居たら紹介してって頼まれてたから」
「えっ!」
仕事を失いかけていて、身長も高くなく、顔もパッとしないような僕みたいな人を?ダメ男が好きなのか?もしかしたら姉しか気づかない僕の良いところがあって零華ちゃんの求めるものと合致しているのかもしれない。
「ありがとう!恩に着るよ!」
今度美味しいチョコミントのアイスを買ってこようと心に誓った。
「いいってことよ。早く連絡してあげてね」
「何て連絡すればいいのかな・・・」
「姉から紹介を受けて連絡しました~よろしくお願いしますって感じでいいと思うよ。こっちからも零華ちゃんに連絡が行くことを伝えておくから」
「ありがとう!」
僕はさっそくメッセージを送ろうと携帯を手にしたがやはりメッセージを送ることが中々できなかった。
何度も何度もメッセージを作り直し送信が出来たのは夜中近くになっていた。送った後に時間帯が不味かったと気がつき部屋で転げまわった。
ドキドキしながら携帯の前で待っていたが返信は来なかった。夜中の1時を過ぎたころにさすがに眠くなってベッドでゴロゴロしていたらいつの間にか寝てしまっていた。その日は凄く美人の女性とデートをする夢を見た。最初は上手くいっていたが段々と雲行が怪しくなり最後は水をぶっかけられて振られる夢だった。
朝起きて携帯を確認すると零華さんからの返信が来ていた。返信を見るのが怖くて朝の準備をしてから確認をすることにした。朝食のパンを食べながらも頭の中は零華さんのことでいっぱいだ。僕は我慢ができなくなり返信のメッセージを確認した。
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