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世界から逆に学ぶ|稲見昌彦×野村忠宏対談シリーズ 第3話

身体論を語る際にスポーツ選手の視点を欠かすことはできません。とりわけトップを争う選手は、いわば自分の体を誰よりも自在に操れる人材。その意見の重さはなおさらです。自在化身体セミナー第6回は、オリンピックのゴールドメダリストをゲストに招きました。柔道60kg級で3大会連続の栄冠に輝いた、日本を代表するアスリートの野村忠宏氏です。対するホストの稲見教授は、競技の頂点に立つ上で必要な体と心の関係性から、そこに至る練習法と技術による支援の可能性、世界に通用する文化を日本から広げていく方法論まで、自在化身体プロジェクトの発展につながるヒントを次々に聞き出していきます。(構成:今井拓司=ライター)

第1話第2話はこちらからお読みください。

勝てなくても続けられた理由

話題は、野村氏自身の経験を土台に、柔道が世界中に受け入れられた経緯、海外の柔道から日本が学ぶべきこと、柔道を含めた将来のスポーツの在り方へ発展していきます。

野村 自分は体が小さ過ぎて苦労してきた部分もあって。中学入るときに32kgしかなくて、高校入るときには45kgしかなかった。もう小学校、中学校、高校なんかほとんど勝てない選手だったんでね。ただ、最終的にチャンピオンになったのは自分ってこともあるし。

稲見 それでも続けられたのはなぜなんですか。

野村 何だろう。自分は柔道一家に生まれたから、3歳から柔道始めるっていう環境はあったんですけど、決して親とか祖父が自分に柔道を無理強いしたことはなかったんですよ。

稲見 それは大きいかもしれない。

野村 だから「やめてもいいよ」っていう環境だったんですよね。自分の場合、野球、サッカー、水泳など、最低限、専門性を持ちながら、他の競技もやった中で、柔道が一番楽しく、夢中になって取り組めました。結局、選択肢がいっぱいある中で自分で選んで来たっていう、そこが一番かもしれないですね。
 体がちっちゃかったけども、私が学んだ柔道って相手としっかり組みなさいっていう柔道だった。だから、子どものときは体重がハンディで勝てなかったんです。でも、組む柔道をしっかりと体で覚えていったから、逆に体が出来上がったときには、組む柔道がすごい武器になって。
 子どものときは背負い投げかけても、びゃってこう、つぶされてたけど、体が出来上がった大学生ぐらいになったときには、体ができたことによって技術をめちゃくちゃ生かせるようなったんですよ。だから、やっぱり技術と体って一致してると思いますよね。

瓜生 ちなみに、一番トップレベルだったときの体重ってどれくらいだったんですか。

野村 最初のオリンピックで優勝したときは61kgぐらいでした。60kg以下級が私のカテゴリーなんで、96年のアトランタオリンピックは1kg減量ですね。
 はっきり覚えてるのが、60kg級の選手でも他のトップ選手たちは、例えばベンチプレスっていったら、やっぱ80kg、90kg、100kgぐらい上げる選手もいた。でも自分は、その当時は60kgぐらいがマックスで、握力も40kgぐらい。そういう数字で見える力はものすごく弱かったんですね。
 それでも体の使い方や、一つ一つの柔道のテクニックに長けてて、外国人と組んでもパワー負けするって感覚はほとんどなかったです。

柔道だけが世界に浸透できた

稲見 柔道ですごいことの一つが、日本発でここまで世界に広まったものが幾つかある中で、スポーツの世界では唯一かとも思うんですけれども、どこが特別だったんですかね。食だと、例えばしょうゆが広がったりとか、おすしとかラーメンが広がったりとかありますけど。

野村 柔道は1882年に嘉納治五郎師範が創始されました。今(2022年)から140年です。まず、1930年代に日本の柔道家たちが船で渡欧し、柔道を伝え武道として伝えていった中で、自分が聞いた話によれば、やっぱ格闘技っていう部分、世界中に格闘技がある中で、新しい格闘技として根付いたっていうのもあるし。
 柔道って柔術から生まれてるんですね。昔の戦国時代とかによろいを着た人たちが刀で戦ったりする中で、最後はもみくちゃになったときに相手を転ばして関節決めたり、首を絞めたり。柔道の形(かた)、模範演技の形の中には、短刀使ったりする技術もあるんです。

稲見 そうなんですね。へえ。

野村 明治時代、柔術の中で危険なものを取り除き、武道、そして教育として体系化したのが嘉納先生です。「術」から「道」に変えたんですね。
 そういう精神的な、教育的な部分も含めて、昔の柔道の先生たちが世界中で説いていったり。逆に、今でいう総合格闘技みたいな感じで、その国に行ってボクシングの人と戦ったり、見せ物的な感じもあったかもしれないけど、柔道は強いっていうのを見せたりもしたって聞きます。

稲見 なぜお伺いしたかというと、今でも国際化というと、大抵、海外の最先端のものを日本に取り込みましょうみたいな話になりがちですけど、それって一方通行の国際化で、それだけだといずれ教える価値を感じてもらえなくなっちゃうと思うんです。やはり我々の中で大切だと思うもの、続けてきたものとか考え方を継続して世界に広めていかないと、真の意味での国際化ではない。
 そういう意味で、我々も海外の人に「日本って面白そうな研究やってるな」って思われるようなこともやっていきたいんですけれども、そのとき世界への広め方で参考になることはないかなと。

野村 まず世界の人に知ってもらうこと、興味や関心を持ってもらうことが一番じゃないですか。柔道は1964年の東京オリンピックで正式競技に入ったのがやっぱ大きかったと思いますね、世界に対して。それに尽力されたのが嘉納治五郎先生で、柔道家であり、教育家であり、そういう政治の中でもうまくしっかりとやられた。

稲見 日本の柔道が世界の色んな国の柔道になって、学べたことってありますか。

野村 例えば勝つための柔道、オリンピックスポーツとしての、競技としての柔道で言ったときには、本当にもう日本人じゃ考えられないような投げ技、寝技がどんどん誕生してる。技術のバリエーションっていう部分では、参考にしてるというか常に研究しなきゃ、「え?」って思う。初見で見たときには「何、今の技?」って思うことは、いっぱいありますね。
 ただ、柔道の技って決まってるんです。立ち技と寝技でトータル100個。100個あるんです、技の名前は。だから、外国人が自分たちが知らないような技をしたとしても「今の技はこの技ですよね」って、分類はできるんですよ。
 例えば体操で言ったら、誰もしたことない技をしたら、した人の名前が付いたりするじゃないですか。技名が増えていくわけじゃないですか。柔道はそれがないんですよ。「今の技は、流れ的にはこうだよね。だから、この技に当てはめよう」っていう感じ。

稲見 そこの縛りがあるんですね。面白いですね。

柔道大国フランスの教え

野村 あとは、今、柔道が一番深く愛されてる国っていうのはフランスだと思うんですよね。フランスからわれわれは学ばなきゃいけないことはすごく増えてますね。
 フランスでは何十年か前に1回、死亡事故があったんですね。そのとき、すごく問題になって、やっぱ柔道の在り方、子どもへの教育の仕方っていうのはすごく考えられるようになって、それ以降、死亡事故ってないんです。日本では重大事故ってやっぱりあるんですよね。
 まず指導の在り方。日本においては経験者であったら誰でも柔道の先生になれます。フランスは、そういう事故があってからは、教育学とか心理学とか運動生理学とか、全てにおいてカリキュラム、何百時間と受けなきゃ、柔道の先生はできません。柔道の強い、下手じゃなくて、色んな教育の仕方、伝え方、体の構造、全てを理解した人じゃないと指導者になれない。それをクリアした人は柔道指導者としての資格がもらえて、その資格を取った人はある種、公務員的な感じでちゃんと生活の保障もある。
 そして、小学生の間はそれほど柔道の結果って必要ないよねってので、全国大会を含む試合ってほとんどない状態なんです。やっぱり試合があるから競争を生む。競争があるからこそ、親も指導者も熱くなって、「もっともっと」になると。小学生のうちは柔道の楽しさを知りながら、柔道から学ぶってことが大事。
 フランスでは宗教とか文化が色々あって、学校ではなかなか日本のような道徳とか倫理の授業をしづらい。そこで道場に行ったら、畳に上がった中で尊敬とか感謝とか礼儀とかを学びましょうって仕組みが出来上がってるんです。親は、子供たちが小学生のうちに柔道を通して学んでほしいっていうのがあるんですよ。だから、フランスの柔道人口は日本の4倍ぐらいっていわれてるんですけど、そのうちの約70%が子どもたちなんです。

稲見 そこまで広まってるんですか。いや、すごい参考になります。

野村 そういう意味で柔道の捉え方って、日本よりフランスの方が深い。あと、海外って総合スポーツクラブが多いんですよね。そこに入会したら、柔道もできるし、水泳もできるしって、複数のスポーツを同時にできたりとか、時期によって分けたりできるんです。日本は今、なかなかないじゃないですか。

稲見 そうですね。何か縦割りですね。

野村 子どものときに出合ったスポーツが、そこからずっと小学校、中学校って。フランスの場合、子どものときは柔道を教育の視点で学ぶと。それで本気で柔道好きになって、もっとやりたいって子らは、そこからスポーツとして柔道に。柔道を通して学んだ子らが他のスポーツに興味持ったら、他のスポーツに行くと。選択肢がいっぱいありますよね。
 けど、大体が子どものときに柔道をしてる。最低限のテクニックは分かってる。柔道のことも分かってるってなるから、子どもたちが成長するにつれて柔道を選ばなくても、いつまでも柔道が好きなままでいるんですよ。だから、フランスに試合に行ったら、もう試合場が一般のお客さんで満席になるんです。

稲見 やったことあるし、好きなものなんだから。

野村 そうなんです。だから、熱狂的にうわーってなるし、他国の選手であっても素晴らしい技を出せば、それに対して拍手してくれるっていう。だから、いい意味での循環ができてるんですね。

稲見 フランスって日本の文化好きですよね。ちょうどジャパンエキスポとかをやってたときにパリに行ってたんですけれども。

野村 だから、3~4年前にジャポニスムっていうフランスと日本の文化交流のときも、スポーツでは柔道だけが採用されて、私もフランスに柔道、教えに行ったんです。フランス人は本当、日本の文化、食も含めて、漫画とかも含めて好きですよね。

子供にこそ最高を見せる

稲見 柔道を広げるためには安全性も必要だというフランス的な考え方もすごい参考になります。我々は身体にロボットを付けたりする研究もやってるので、怪我をしたら元も子もないですし、技術以上に安全性は大切だと思います。
 一方で、野村さんは柔道の魅力を伝えたり指導されるお立場であると思うんですけれども、伝えやすいことや伝えにくいことはありますか。柔道で、こういうのはすぐ伝わるけれども、これってなかなか伝わらないといった部分。技、もしくは考え方でもいいんですけど。

野村 そうですね。技は、自分らがゲストで教えに行っても、我々のレベルの技術を伝えるってなかなか難しいですよね。
 だから、自分らもそのときは本気で、ちゃんと受けができる人に対して、子どもたちの前で本気で投げるんですよ。スピード、力強さ、迫力。「正しい技術をしっかりと磨き続けていけば、こんな技ができるんだよ」っていうのは、しっかり見せるようにしてますよね。

稲見 広まってるスポーツって、それが重要だって聞いたことがあります。サッカーとかもボール蹴るのは小学生でもできるし、本当にめちゃくちゃすごい技も(子供のころは)いつかはできる気がして。山の高さが見えて、でも登り初めは誰でもできると信じられるという。

野村 小学生だからこそ、夢を見れると思うんですよ。「あんなプレーがしたい」「あんな技を出したい」「あんなふうになりたい」っていう憧れも一つのモチベーションになるので。
 それが中学、高校って行って、自分の体の成長、そして結果、特に柔道って1対1だから、リアルに自分の実力って分かってくる。そこで現実を知って、諦めていく人、やめていく人も増えていく。けど、小学生の間は夢を抱く、チャレンジすることが一番大事だから、やっぱり憧れるものを見せてあげるのはすごく大切かなと。
 あとは柔道って、礼に始まり礼に終わるので、やっぱり礼の精神。
 頭の下げ方とか、それは伝えられます、簡単だから。けど、そこで大事なのは、形を教えるのと同時に、礼にはどういう意味があるのか。どういう思いを持って礼をするのか。その意味をしっかり伝えるのをすごく大事にしてますね。

稲見 やっぱりちゃんと理屈も含めて。

野村 そうですね。実際、自分らが柔道のイベント行ったら、このイベントするために畳を敷く人がいる。イベント会場に送ってくれるお父さん、お母さん、親御さんがいる。色んな準備をしてくれてる人がいる。だからイベントとして成り立って、君らは私たちと一緒に柔道できるんだよ。
 それだけ考えても感謝すべきところっていっぱいあるんだから、こう(単に頭を下げる)じゃなくて、そういう感謝の心、誰かを思い浮かべて「ありがとうございます」をしっかりと伝えようとする気持ちを持って、礼をすることが大事だよって。
 怖い先生がいるときだけするんじゃなくて、学校に行ったときでも、実社会に出ても、「ありがとうございます」とか「おはようございます」とか、そういうのを伝えるのはすごく大事だよっていう。

稲見 研究者というか、教師として大切なところを教えていただいた気がします(笑)。

野村 いえいえ(笑)。自分らも小学生のとき、そこまで考えてなかったけど、柔道から色々学んで成長させてもらったから伝えたいと思うし。実際に実践できるかどうか分からないけど、子どもたちにもそういう意識を持ってもらうことが大事ですよね。

稲見 共同研究者の電気通信大学の宮脇(陽一)先生、あとフランスにいる研究者の(ゴウリシャンカー・)ガネッシュが日本科学未来館で、ちびっ子に6本目の指を体験してもらうワークショップをやったんです。こういうイベントでも、今の野村さんの言葉がまさに当てはまる。楽しさがちゃんと伝わることや、可能性が無限大にあるってこと、かっこよさ、本物は違うんだってことを見せるっていうところも。

多様化との両立を

野村 色んな視点で、子どもらが興味を持ってくれるとか、笑顔になってくれる瞬間をいっぱいつくるって大事ですよね。

稲見 やっぱり、ファンになってもらえるから。我々が例えば科学技術が大切と100回言ったところで限界があって、やっぱり社会の中に応援団がいないとダメなんですよね。

野村 そうですね。スポーツも多様化してきて、パイって言ったら失礼やけど、子どもの取り合い、人材の取り合いになってる。けど、正直そこで争ってもしょうがないなって。応援したいって思う人や、よりスポーツに関わってくれる人が増えることが一番で。
 結構、今の若い人たちは、ちょっとずつそういう考え方になってきていて。色んなスポーツで柔道を生かしてもらうとか。例えばサッカー選手に柔道を教える。サッカーって対人競技で相手とぶつかって転ぶかもしれないから、柔道の受け身一つとってもサッカーに役立つんじゃないか。柔道家の軸ってやっぱすごい強いし、体幹も強いから。
 だから、週5回、サッカーして、週に1回だけ、柔道学びに来る子どもがいてもいいんじゃないの。そうやって柔道を生かせる環境を今度、どういうふうにつくっていこうかって議論になってますよ。
 この前もフランスから来たパリ・サンジェルマンのサッカー選手たちに柔道を体験してもらったり。その前はフランス代表のラグビーチームも柔道を学び、体験しに来たりとか。

稲見 そういう動きもとても参考になります。本日は、野村さんとロボットの話をしたかったわけではなく、「入口」と「出口」のところをお伺いしたかったので。
 「入口」という意味では、機械とかを使って人を自在化する前に、そもそも自分の身体をどう使ったらいいのか、どう動かし方を覚えたらいいのか。そのこと自体、私自身、ちゃんと言語化もできていなければ、むしろ私はそれが苦手だったところでもあって。
 「出口」では、自在化のプロジェクトが自分たちの独り善がりに終わらずに、きちんと世の中に広めたり、次の世代にこういうことやりたいと思ってもらえるためにはどうすればいいのかっていう悩みがあって。今日は、入り口と出口の両方で、ものすごい参考になるお話を頂けました。

一流の感覚を伝達する

議論の締めは、自在化身体プロジェクトに対する野村氏の期待と要望です。

野村 いえいえ。この本(自在化身体論)を事前に読ませていただいて。

自分らスポーツ畑で来た人間がなかなかイメージできないぐらい難しいこともあるし、これができたら、どういう世の中になるんだろうっていう興味、わくわくするところもある。
 自在化身体の機械や色んな拡張技術がこれから進歩していく中で、自分の感覚を保ったままバーチャル空間で色々できるとか、もっと色んな感覚を研ぎ澄ませることによってさらに競技力が伸びたりとか。苦しいトレーニングをもっと楽しくできるとか、そういうものが一番分かりやすいですね。

稲見
 それこそ今、触覚とかを研究してるところで、触覚で相手の読み方とかをトレーニングするとか。そういうものもつくれれば面白いかなって。

野村 その感覚が分からない人に、その感覚を体感してもらえるもの(があるといいですね)。やっぱりトップに行ける人間、例えば柔道でオリンピックのチャンピオンになったり、ベスト8に入れる人間って、努力して到達できる人とできない人が現実にいるんですよね。でも、特に若いうちは何か一つのきっかけでぱーんと変わるんですよ。自分も大学に入ってから、がっと変わったし。
 表現として良くないかもしれないけど、超一流、一流、一流半、二流、二流半ってカテゴリーがあったときに、今、二流にいる子が、超一流選手の瞬間の力の抜き方とか力の入れ方とか、何か感覚を得ることによって、たーっと競技レベルが上がる可能性は絶対あると思うんです。
 五流の子が超一流の人の感覚を知ったところで、ここは伝わらないでしょう。「うん?」っていうか、ピンと来ないと。でも一流半、二流の子らは、ピンと来る可能性があると思うんですね。そういう意味での引き上げ方は競技力の向上にすごく意味のあることかなと思いますし。

稲見 そこ、真面目に考えてみたいなと思います。

野村 ぜひぜひお願いします。例えば競泳のトレーニングでもゴムか何かでうわーって引っ張るじゃないですか。普通にやったら泳げないスピードを体感することで得るものがあるとか、そういうトレーニングもある。なかなか柔道だと難しいですが。

稲見 そうですね、速さを競ってるわけじゃないですから。

野村 単純な一つの決まった動きじゃない。相手がいて、組み合って、常に同じ動きじゃない中でのスポーツなんで、なかなか複雑ですよね。

稲見 なかなかというか、こんな複雑なものはないですよ(笑)。だからシミュレーター、つくれる気がしないですよね。
 同僚の牧野(泰才)先生が、人の動きを0.5秒先ぐらい先まで予測できるシステムとかつくったりしてるんですね。そこまでできたとして、お話しいただいたような力の微妙な加減で次の意図を感じつつ、自分の意図は伝えないっていうのを、どう予測して、どうすればいいのかって、その先生とちょっと議論してみたいと思います。

やりたいことを諦めない世界へ

野村 今日も(自在化身体プロジェクトの)色んな装置を、体験できたら良かったんですけど。

稲見 (コロナ禍の影響で)研究成果の実演ができずにすみませんでした。我々の装置も見ただけだと伝わらないことが、実はたくさんあって。使いにくいところもあれば「へえ、こんなこと分かるのか」っていうのもある。
 例えばこういうロボット(メタリム)でも、手先の位置のフィードバックを返さなくちゃいけないかなと思ったんですけど、つくってみると普通に肩の触感で分かるんですね、大体どこら辺にあるかとか。
 あと、意外と背中とか肩の動きって自由になって、そこをうまく使うと、それこそメタバースの中で背中に羽が生えたとして、それを我々どうやって動かすんだ問題とかを、意外と解決できるかもしれない。

野村 自分はもう合計で4回、膝の手術して、今もすごく良くない状態ではあるんです。10年後、20年、30年後に、心は元気、やりたいこともいっぱいあるけど、膝の状態が良くないと活動が制限されてしまう。
 これからの未来を考えると、体の元気なところとか残された機能を使って、いかに自分の可能性を広げていけるかって、すごい重要だと思うんです。先生の研究とか取り組みは、そういう方々への希望とか勇気にもつながると思うんで期待しています。

稲見 すごい元気づけられる言葉をありがとうございます。本当に本日はありがとうございました。

自在化身体セミナー スピーカー情報

ゲスト: 野村忠宏|《のむらただひろ》
柔道家・株式会社Nextend 代表取締役

柔道男子60kg級でアトランタオリンピック、シドニーオリンピック、アテネオリンピックで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2013年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。2015年に40歳で現役引退後は、自身がプロデュースする柔道教室「野村道場」を開催する等、国内外にて柔道の普及活動を展開。また、テレビでのキャスターやコメンテーターとしても活躍。自身の柔道経験を元に講演活動も多数行い、全国を飛び回っている。

ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授

(Photo:Daisuke Uriu)

東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS出版)他。

「自在化身体セミナー」は、2021年2月に刊行された『自在化身体論』のコンセプトやビジョンに基づき、さらに社会的・学際的な議論を重ねることを目的に開催しています。
『自在化身体論~超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来~』 2021年2月19日発刊/(株)エヌ・ティー・エス/256頁

【概要】

人機一体/自在化身体が造る人類の未来!
ロボットのコンセプト、スペイン風邪終息から100年
…コロナ禍の出口にヒトはテクノロジーと融合してさらなる進化を果たす!!

【目次】

第1章 変身・分身・合体まで
    自在化身体が作る人類の未来 《稲見昌彦》
第2章 身体の束縛から人を開放したい
    コミュニケーションの変革も 《北崎充晃》
第3章 拡張身体の内部表現を通して脳に潜む謎を暴きたい 《宮脇陽一》
第4章 自在化身体は第4世代ロボット 
    神経科学で境界を超える 《ゴウリシャンカー・ガネッシュ》
第5章 今役立つロボットで自在化を促す
    飛び込んでみないと自分はわからない 《岩田浩康》
第6章 バーチャル環境を活用した身体自在化とその限界を探る        《杉本麻樹》
第7章 柔軟な人間と機械との融合 《笠原俊一》
第8章 情報的身体変工としての自在化技術
    美的価値と社会的倫理観の醸成に向けて 《瓜生大輔》