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大相撲力士の親として④細やかな壮行会

旅立ち

大相撲入りを決意した次男を相撲部屋まで送りだしたのは、2016年2月27日だったと記憶している。
この年の3月大阪場所前のこの日に、親方から大阪の合宿所で合流するよう指示があった。
地元ということもあり、当日朝、妻と二人で小一時間かけて次男を自家用車で送ることにしていた。
前日夜は、近所のすし屋で家族だけのささやかな壮行会を行った。

盛大な壮行会

 大相撲では、若者が新弟子として入門する際は、他のプロスポーツと違ってちょっと面白い。
形は様々だが、中学、高校を卒業と同時に入門する際、多くの場合には親方が学校まで新弟子を迎えに行く。
 学校に到着した親方は校長室で本人と校長先生に挨拶。
続いて校長先生から激励をもらった後、体育館へ移動、在校生たちから「壮行会」を開催してもらい、「その足で入門する」というケースが多い。
場合によっては市役所で市長が校長の代役を果たす場合もある。
そういった場合には駅前のホテルなどで「壮行会」を開催するらしい。

決して将来有望な若者のためばかりではなく、学生時代に相撲未経験というような場合でもそうした手厚い壮行会を行って入門するのが相撲界のある意味「慣例」だという。


壮行会の意味


盛大な壮行会を行うのには意味があるという。

 一つは昔から大相撲は地域との密着が強く地元力士を応援する風潮が根強い。(わが県の場合は新聞の地方版やNHKでも「地元力士の結果」は場所中、毎日流れる「横綱よりも、おらが村の三段目」という言葉もある)
 そのため、親方が入門前に予め町や学校に「盛大にお願いします」と壮行会の開催を依頼することが多く、郷土の新しい力士のお披露目的な意味が一つ

 もう一つは盛大な「壮行会」を行って、新弟子の力にする。
辛いときにも「壮行会」のことを思い出させる。
「町の人が応援してくれているぞ」と親方から檄が飛ぶこともしばしば・・・
 これを少しいいかえると「脱走防止策」の一つともいえる。
 相撲の世界では若者の脱走が、昔も今も頻繁に発生する

あれだけ町の人から手厚く送り出されたら、そう簡単には帰れない。 


2度目の壮行会


 例に出して申し訳ないが元大関で現在も再大関を狙って大活躍中の花形力士「高安」関が脱走の常習者だったことは角界では有名な話。
 高安関の場合には何度目かの脱走のあと、観念して、もう一度部屋へ帰るときに2度目の壮行会を学校で開催してもらったという逸話まである。
 これは自分の子が何度も脱走するのを見かねた高安関のお母さん
「もう一度見送ってもらえないか?」
 中学校の校長先生にお願いしたところ、全先生、更には退職、転勤してしまっている先生方までが高安少年2度目の壮行会に駆けつけてくれたという。
 高安少年は、涙を流しながら全先生と握手を交わしながら見送られた。
先生方も一人一人温かい言葉をかけて下さったという。
 そして最後に校長先生から
 「今度会うときは関取になったとき。その時は私のほうから会いに行く

 「この一言が自分の支えになった」大相撲界で大成功を収めた高安関でもこうした過去がある。
 

 いっぽうで我が家のように自家用車で入門してくる若者も中には存在する。
荷物片手に一人で電車に乗ってくるものもいるという。
うちの場合もそうだが、こういうケースはたいてい「中途採用」的な若者が多く、なかには何の連絡もなしに突然やってくるものもいるという。

 うちの子の場合には盛大に送られるよりも「この入門の仕方で良かった」私も息子もいまだに意見は一致している。


 約束の朝、大阪の合宿所では、予定の時間に親方とおかみさんが宿舎の入口で待っていてくれた。
「待ってたよ」
親方は「待たせやがって」というニュアンスの表情も含めて言った。
息子は照れ笑い

続いて女将さんから私たち夫婦に
「今日からは私たちが親代わりですので心配しないでください」
「それと携帯電話は使えないのでお母さん持って帰ってください」
運転免許所は預かっておきますね更新の時だけ渡します」
力士の自動車運転は禁止されているらしい。

「宜しくお願いします」といって私たち夫婦は後ろも振り返らずに車に向かった。

妻と私は帰路の車中でうっすら涙した・・・

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