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ここはクワイエット・プレイスだよ

 先日、ジョン・クラシンスキー監督の映画『クワイエット・プレイス』を観た。昨年のヒット作『デトロイト』やドラマ『ザ・オフィス』なんかで俳優としてクラシンスキーを知っている人はいても、映画監督として彼を知っている人は一部だったのではないか。私自身、まったく知らなかった。『クワイエット・プレイス』の前、2016年に彼が監督を務めた『最高の家族の見つけ方』は日本未公開であるし、映画狂でなければ知らないのも無理はない。

「音を立てたら、即死。」というコピーと、「『IT/イット "それ"が見えたら、終わり』越え」という触れ込みがあったので、これは奇貨居くべしと劇場へ足を向けたわけだ。音を立てたら、即死……盲目の爺さんがいる屋敷に盗みに入ったら、爺さんが耳がよすぎるバイオレンス野郎で主人公たちが死ぬ思いをする(一人は死ぬ)『ドント・ブリーズ』なんて映画もあったし、どんなストーリーなのかと期待していた。当然、方々で生まれている毀誉褒貶には耳を塞いでいたし、あらすじさえ読まずに真っ向勝負を仕掛けたのである。

 幕が開くと、ひと気が皆無になった街中のスーパーマーケットで、音を立てずに手話でやり取りをする家族がスクリーンに映し出された。ここではまだバイオレンス爺さんが出てくるのか、はたまた心霊のたぐいが人々を恐怖に陥れているのかはわからない。ただわかるのは、登場人物たちがとにかく音を立てないことに懸命だということ。裸足であるし、物を落とそうものなら地面に着く前に滑り込み拾い上げる。異様である、そして、音を立てたらとてつもないことが起きることは観て取れる。

 先から「登場人物たち」と書いているが、この映画に出てくる人間は5人の家族のみ。父(ジョン・クラシンスキー)、母(実生活でも妻であるエミリー・ブラント)、姉、弟二人である。いや、途中で完全に気がどうにかなってしまった老人も出てきたが、登場時間は1分あっただろうか……。とにもかくにも、この5人家族が本作の主役であり、得体の知れない終わりなき恐怖と戦う物語と言って間違いはないはずだ。

 得体の知れない恐怖が何であるかは、物語序盤でわかった。子どもの一人がおもちゃで音を立ててしまい、それに反応して猛烈な勢いで這い出てきた謎の生き物に身を掻っ捌かれ喰われるシーンがあり、これで説明は十分。その後、新聞記事などが映り込み、謎の生き物は2020年に宇宙から来たクリーチャーで、盲目だが聴覚が鋭く、人間を食料とすることもわかる。世界中で人間は食い散らかされ、ひょっとすると、この家族しか今地球上にいないのでは……。と、ここまで知れれば理解が早い、これはSFである。

 息を飲むとはこのこと。ちょっとでも音がすれば、スクリーンを見つめる客はビクッと両肩をあげる。誰かがポップコーンを落とそうものなら、ひっくりかえる者もいるのではないかというぐらいに。模糊とした瞬間は一切なく、神経は終始張り詰めたままだ。

 ワンストリートのSF。Netflixでも人気のドラマ『ブラック・ミラー』でもありそうな、古典的なSFである。しかし、SFの箱に入りながらも、物語の主題は家族愛にあるというのが映画にしても耐えられる点。あっぱれ。ワンストリートで登場人物が少ないことから結構な低予算映画であることが予想されるが、本作をきっかけにクラシンスキーは監督として高い評価を得ていることもあり、次作はもっと予算が付くのではないか。それも楽しみである。

 さて、しかしながら私は、この映画を観ている時間とても不服なことがあった。隣に座っていた青年たちが、上映中もスマートフォンのアプリゲームに勤しんでいたからである。おそらく、タイトルは荒野行動。銃撃戦を楽しむゲームで、YouTubeの広告で目にした人もいるのではないだろうか。近年のヒット作である。

「やばっ、撃たれた」「やばいやばいやばい」などイアフォンから銃声を漏らしながら荒野行動を楽しむ彼らの横で、幕が開けてしまった。しまった、と思った。物語が始まってからはさすがに口をつぐんだ彼らだったが、一向にスマートフォンをバッグの中にしまう気配はない。顔は画面の光に照らされたままだ。

 仲間同士でプレイしているため、肘打ちでじゃれたり、小声で何やら話をしたりもしばしば。「あー死んだ」なんて言葉も聞こえてくる。目の前で宇宙からのクリーチャーが人を喰らおうと、家族が必死に立ち向かおうとおかまないなしの雑音、騒音。なんのために近年、発声上映会なんてものが行われているのか、考えて欲しいと怒りがこみ上げる。

 しかしながら、宇宙から来たクリーチャーがいれば即死の所業にガックリ頭がもげそうでも、作品は素晴らしかった。ただ、青年たちよ、一言だけ言わせて欲しい。ここはクワイエット・プレイスだよ。


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