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戯曲『ほしのかけら』

登場人物
・父
・母
・娘
・おじさん

明転

おじさん
秒速二十九万九七九二.四五八キロ。
これが光の速さです。
(懐中電灯を取り出し、話してる間に何度もピカピカ)
地球から月まで一.三秒。太陽まで約八分。
わたしたちは八分前の太陽の姿を見ています。
物質は質量を持ちます。
光は重さを持ちません。
光は重さから自由です。
でも、光は重力に引かれます。
光もまた、空間の中にあるのです。
(懐中電灯をかっこつけてピカピカ)

暗転
明転

舞台にはテーブルと椅子。父が座っている。母は朝食の支度をしている。ふだんの朝の風景。
父と母には腰にロープが結ばれている。そのロープは舞台わきに向かって伸びて揺れている。
娘、のっそりと登場。腰にロープが二本。父と母にそれぞれつながっている。

娘 おはよう…

父 (食卓で新聞を読みながら)おはよう。

母 (ちょっと振り向いて)おはよう。

娘、食卓にすわってぐにゃぐにゃ。すごく低いテンションと不機嫌さ。

娘 ……

母 (父に味噌汁を持ってきて、ついでに娘に)ごはん食べるの?

娘 ……

母 ん?

娘 ……いらない

母 また、そんなこといって。

娘 たべたくない…

母 またー。

娘 ……

父、無関心に新聞を読んでいる。母、娘にも味噌汁をもってきて、一緒に食べ始めるが、娘は相変わらずぐったり。

母 ほら、味噌汁だけでも飲みなさい。

娘 ……

母 ほら。

娘 ……

父 (新聞をたたむ)味噌汁、ミョウガでうまいぞ。

娘 ……

母 それ、竹内さんからもらったのよ。

父 うまいぞ、ミョウガ。

娘 ……

母 キュウリもいっぱいもらっちゃったんだけど。たべます?

父 いや、いい。

母 キュウリ、漬けちゃわなきゃねえ。

娘 ……ねむい。

父 (脇に置いた新聞を読み始める)

母 また遅くまで起きてたんでしょ。

 ……

母 何時に寝たの。

娘 ……今日、一時間目やすむ。

母 またー。

娘 ……

母 出席、大丈夫なの。

娘 ……世界史はあと一回はだいじょうぶ、な、はず。

母 山崎先生だっけ。

娘 ……ん。

母 (食卓を片づけ始める)

父 (新聞を持って退席し始める)

娘 (食卓でぐだぐだ)

母 ちゃんと二時間目に間に合うように行きなさいよ。

娘 ……ぐにゅう(声にならない返事)

母、父、退場。
娘は食卓に残る。
母と父が退場して、母と父につながったロープだけがゆるく浮いている。
出勤するらしい母と父がテーブルの前を行ったり来たり。
ロープ、交差したり、絡まりそうになるのを避けたり。娘、無表情にロープをどかしたり。
娘、両親にまったく関心をしめさずテーブルでぐだぐだ。

父 いってくる。

母 (しばらく行ったり来たりして)ちゃんと行くのよー。

娘、返事もせずテーブルで溶けている。
母と父が退場して、母と父につながったロープだけがゆるく浮いている。

暗転
明転

ベンチに座っている父。
おじさん登場。
父のすぐ近くに座る。
近すぎるので父、ちょっとずれる。
おじさん、また近くに寄る。
父、ずれる。
おじさん、寄る。

おじさん なあ。

父 ……

おじさん なあなあ。

父 ……

おじさん なあー。

父 ……出てくるなよ。

おじさん そういうこと言うなよー。

父 ……

おじさん そのうち会えなくなるんだからさあ。

 ……そういうこと言うなよ。

おじさん あ。そういうこと言う?

父 ……

おじさんよく言うだろ。コップに水を…入れて?

父 ……

おじさん ……あ、コップに入った水をもう半分しかないと思うのか、まだ半分もあると思うのか!

父 ……

おじさん な。

父 ……だからほっといてくれって。

おじさん 楽しい方がいいじゃん。

父 ……

おじさん エンジョイしろよー。

父 ……

おじさん なあ。

父 おまえ…いいの?

おじさん ん?

父 おれが死んだらお前だっていなくなるんじゃないの?

おじさん さあ?

父 知らないの?

おじさん 知らないよ?

父 なんだよそれ。

おじさん 知ってるわけないじゃん。

父 (ためいき)

おじさん 何でも知ってると思うなよ。

父 ……もういいよ。

おじさん あ、でもな、たましいって光なんだぞ。

父 ……

おじさん (懐中電灯を取り出してピカピカ点滅させる)な?

父 ……

おじさん (しつこく懐中電灯をピカピカ。ポーズを取ったり)かっこいいよなー。

父 ……

おじさん おまえは物質です。

父 ……

おじさん おれは光です。

父 ……だから?

おじさん だから……光の方がかっこいいじゃん。

父 ……まあな…。

暗転
明転

舞台にはテーブルと椅子。父と母が座ってもう二人で朝食を取っている。
娘、のっそりと登場。腰にロープが二本。父と母にそれぞれつながっている。

娘 おはよう…

父 (食卓で新聞を読みながら)おはよう。

母 おはよう。

娘、食卓にすわってぐにゃぐにゃ。すごく低いテンションと不機嫌さ。携帯を持ってる。

娘 ……

母 ごはん食べるの?

娘 ……

娘 ……いらない

母 まったく。

娘 ……

父、新聞を読んでいる。母、娘にも味噌汁をもってくる。娘は相変わらずぐったり。携帯を何度も構っている。メールを確認している風。

母 ほら、味噌汁だけでも飲みなさい。

娘 ……

母 ほら。

娘 ……

父 (新聞をたたむ)冷や汁でうまいぞ。

娘 ……

母 竹内さんから作り方教わったのよ。

父 うまいぞ、冷や汁。

娘 ……

母 これだとキュウリもいっぱい使えるのよねー。

娘 ……たべたくない。

父 (脇に置いた新聞を読み始める)

母 キュウリの味噌漬け、食べます?

父 うん。

母 (味噌漬け出しながら)また遅くまで起きてたんでしょ。

娘 ……

母 何時に寝たの。

娘 ……(携帯で何か確認しながら)今日、一限やすむ。

母 またー。

父 味噌漬け、うまいぞ。

娘 ……(両親のことなど気にせず不安げに携帯を見てる)

母 単位、大丈夫なの。

娘 ……

母 ねえ。

娘 ……世界人口論はレポートだけ出せばだいじょうぶ。

母 ふーん。

父 世界人口論って何やるんだ。

娘 ……よくわかんない。

母 (食卓を片づけ始める)

父 (新聞を持って退席し始める)

娘 (食卓でぐだぐだ)

母 ちゃんと大学行きなさいよ。

娘 ……

母、父、退場。
娘は食卓に残る。
母と父が退場して、母と父につながったロープだけがゆるく浮いている。出勤するらしい母と父がテーブルの前を行ったり来たり。
ロープ、交差したり、絡まりそうになるのを避けたり。娘、両親のことなど気にせず不安げに携帯をいじっている。たまに娘にロープがかかるが、対応すらしない。父、母、そのつど自分で外す。

父 いってくる。

母 (しばらく行ったり来たりして)ちゃんと行くのよー。

娘、返事もせず不安げに携帯をいじっている。
母と父が退場して、母と父につながったロープだけがゆるく浮いている。

暗転
明転

ベンチに座っている父とおじさん。

父 ……

おじさん あのさあ。

父 ……

おじさん なあ。……なあー。

父 ……

おじさん おまえ、ずっとそんな風にしてるのかよー。

父 ……

おじさん あとちょっとしかないかもしれないだろ。

父 ……まだ分かんないだろ。

おじさん おまえなあ。

父 ……

おじさん なあ、一秒数えて。

父 ……

おじさん なあ。

父 ……いーち。

おじさん いま、この一秒で、この星は太陽の周りを三十キロ走りました。

父 ……

おじさん 秒速三十キロ!

父 ……

おじさん 時速十万八千キロ!

父 ……

おじさん こんなにでっかいのにな!

父 ……

おじさん な!

父 ……

おじさん エンジョえよー。

父 ……

おじさん わかった。じゃあ、おれ、詩を読みます。おまえ、聞け。

父 詩?

おじさん (ポケットから手帳を取り出す)

父 なにそれ。

おじさん 詩集です。

父 ……

おじさん おれが作ったアンソロジーです。あ、自作も入ってます。

父 …なにそれ。

おじさん 最近の趣味です。

父 ……ふーん。

おじさん 人がしてるのを見るとやってみたくなるんだよね

父 ……

おじさん (どの詩がいいかペラペラ)自作はなー。ちょっとなー。

父 ……。

おじさん あ、聞きたい?『ブルース・リー』『野獣死すべし』とかあるけど。

父 いいよ。

おじさん んーと。じゃあ…。

父 ……

おじさん 『となりのアインシュタイン』からの一節を。おれ、これ、好きなんだ。

父 ……

おじさん (読みはじめ、だんだんリズムがついてくる)
あらゆるモノには重さがある。
軽くて無のように見える空気にさえ重さがある。
でも、光には重さがない。
そうなのか?
でも、もしかしたら、重さがないのが自然なのかもしれない。
人も動物も、生物も無生物も、あらゆる物質がすべて清浄無垢な光だったとき、重さはどこにもなかっただろう。
物質が光に還るとき、重さも消滅する。
たましいというものがあるとすれば、もしたましいに重さがあればそれは物質だろうし、重さがなければ光なのだろう。
たましいも、この世のものならば、きっと重力に引かれることだろう。
この世のものでなくなったときに、重さも消滅するのかもしれない。

父 ……

おじさん 拍手してくれてもいいんだよ?

父 ……(拍手)

おじさん (おじぎ)

父 ……なんか、よかった。

おじさん あ、そう?

父 自分の詩もあるの?

おじさん あります!聞きたい?

父 またこんど。

おじさん えー。きーけーよー。

父 ……重力か。

おじさん ん?

父 おれは物質なんだろ?

おじさん あー。すべての光と物質は超新星の爆発から生まれるからな。おまえは物質で、おまえも星の子だ。

父 ……

おじさん おれは光だ。(懐中電灯を取り出して相変わらずかっこつけてピカピカ)

父 ……物質もいいんじゃないの?

おじさん ん?

父 重力があるんだぞ。

おじさん ……

父 重さがあるから引き合うんだろ。光だって引かれるんだぞ。

おじさん うん。

父 かっこいいよな。

おじさん …まあなー。

暗転
明転

舞台にはテーブルと椅子。父と母が座ってもう朝食を取っている。
脇におじさんが一人でベンチに座っている。
娘、のっそりと登場。腰にロープが二本。父と母にそれぞれつながっている。

娘 おはよう…

父 (食卓で新聞を閉じながら)おはよう。

母 おはよう。

娘、食卓にすわってぐにゃぐにゃ。すごく低いテンションと不機嫌さ。

娘 ……

母 ごはん食べる時間あるの?

娘 …………ない

母 まったく。

娘 ……

母、娘にも味噌汁をもってくる。娘は相変わらずぐったり。

母 ほら、味噌汁だけでも飲みなさい。

娘 ……

母 ほら。

娘 ……

父 味噌汁に入ってる豆腐、おれが作ったんだぞ。

娘 え。

母 竹内さんから作り方教わったのよ。

父 うまいぞ。

娘 ……

母 これだと冷奴にしてキュウリも使えるのよねー。

娘 ……後で食べる。

父 冷奴も、うまいぞ。

母 昨日は何時に帰ってきたの。

娘 ……

母 遅刻しないようにしなさいよ。

娘 ……会社、休みたい。

母 また。そんなわけにいかないでしょ。

娘 ……

母 ねえ、ちょっと話があるのよ。

娘 ……

母 ねえ。

娘 ……

母 ……お父さん。

父 うん。

娘 ……

父 (娘につながっているロープを引っ張る)

娘 

父 (もう一回軽く引っ張る)

娘 もう!やめてよ。

父 はは。

 …なに。

父 …えーとな。

娘 ……

父 えー。父さんは肺癌でした。

娘 …は?

父 肺は肺気腫と肺繊維症という状態で化学療法や放射線治療はできませんでした。

娘 ……よくわかんない。

父 MRIで検査をしたら脳まで転移してました。

娘 ……なに言ってるの?

父 なので、父さんはこれで死にます。

娘 ……なに言ってるの?

父 父さんが作った豆腐、うまいぞ。(自分のロープを解きはじめる)

娘 ……

父 (ロープを解きつつ)朝飯はちゃんと食べた方がいいぞ。

娘 ねえ!

父 (ロープを解ききって)じゃあ。

娘 まってよ!

父 じゃあな。父さんの毎日はこれで終わりだ。(ロープを手放す)

母 ……さようなら。

父 …さようなら。(退場)

母 (しばらく見送って、食卓を片づけ始める)

娘 (放心状態)

父が退場して、父につながっていたはずのロープがだらしなく床に残っている。出勤するらしい母がテーブルの前を行ったり来たり。おじさん、母のロープに絡まらないように避けたり。

母 じゃあ、いってきます。ちゃんと行くのよ。

娘、不安げに母が退場する方を見る。母、退場。
母が退場して、母につながったロープだけがゆるく浮いている。娘、不安そうにロープを引っ張ったり。
娘、茫然とテーブルに座ったまま。
ベンチに座っているおじさん。
再登場する父。

父 なあ。

おじさん ん?

父 死んだらどうなるのかな。

おじさん さあー。

父 たましいは光なんだろ。

おじさん まあな。

父 物質もいつかは光になるのかな。

おじさん どうだろうなー。

父 そしたら重さがなくなるのか。

おじさん 光だからな。(かっこつけて懐中電灯を取り出す)

父 (懐中電灯を取り上げる)

おじさん おっ。ちょっ。

父 光かー。(ピカピカさせる)

おじさん 返せよー。

父 光かー。(ピカピカさせる。テーブルの娘にも光が当たったり)

娘 (まぶしそうに懐中電灯の方を見る)

おじさん 返せってば。(取り戻す)

父 いつかは重さがなくなるのか…。

おじさん なに。怖いの?

父 怖いっていうか……想像できないだろ。

おじさん (頷きつつまたピカピカ)

父 (おじさんのピカピカの先を眺めている)

娘 (光に誘われるように二人の方をじっと見ている)

おじさん よし。(詩集を取り出す)

父 ……

おじさん (詩集をペラペラしながら)今日は自作だぞ。

父 (詩集を取り上げる)

おじさん あ!

父 ……

おじさん やめろよ。返せよー。

父 ……

おじさん 返せよー。

父 ……今日はおれが読みます。

おじさん え。

父 (詩集を返す)

おじさん 詩、あるの?

父 …こないだ初めて書いた。

おじさん まじ?

父 (うなずく)

おじさん 影響うけまくりじゃん。

父 ……(自分のノートを取りだす)

おじさん お。

父 ……

おじさん 見たら、やりたくなったんじゃん。

父 まあ、それは、少し、ある。

おじさん お。なんかうれしいな。

父 ……

おじさん それでは聞かせていただきます。

父 ……読ませていただきます。

おじさん タイトルはあるの?

父 んー。まだない。(読みはじめ、だんだんリズムがついてくる)

いつもの家への帰り道
坂道を下ったら
超新星が爆発した
走り抜ける自転車が
光る波の向こうに姿を消す
細かな細かな細かな細かな粒に
走る走る走る走る光に
遠くに聞こえる子どもたちのにぎやかな声
もうすぐオニにつかまるところ
おはようを一万八千二百回
おやすみを一万三千九十回
好きだよを二千八百三十回
さようならを九百回
三万五千二十回がどこかにいった
どこかに
(あと2回繰り返して読む)

おじさん ……

父 拍手、してくれてもいいんだよ?

おじさん (拍手)

父 はー。

おじさん (拍手)…なかなかよかった。

父 …なんか、ちょとすっきりした。

おじさん おはよう、おやすみ、さようなら、か。

父 …いつか光になるのかなあ。

おじさん さあなあ。


(何か眩しそうに男とおじさんの方を見ている)
(テーブルに目を戻す)
(初めて味噌汁のお椀を手に取る)
(ごくりと飲む)



上演:2014年8月3日(ネオンホール)
作品内引用:『となりのアインシュタイン』福江純

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