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ロケット打上中止後の延期は失敗なのか?

日本の新しい基幹ロケットのH3の初号機の打上げが2023年2月17日に予定されていた。
日本の大型ロケットの現行機種H-ⅡAからは約20年ぶり、その前のH-Ⅱからは約30年ぶりの新機種なので、自分としても楽しみに見ていた。
結果としては1段目メインエンジンのLE-9の推力立ち上がり後に固体ロケットブースターSRB-3への点火信号を送らず、離昇せずにアボートに入った。打ち上げ時期を変更して次回の打上げを目指すようだ。

中止か失敗か?

共同通信社や一部の速報で「衛星打ち上げ失敗」と報道された。その他の報道が「中止」や「打ち上げされず」という言葉を使っていたのと比べて、強い言葉を使っていた。(現時点でも訂正されてない)
さらに、会見で記者さんの態度が悪く、ネット上で炎上した。ロケットエンジン並の火の付き方で興味深かった。

結論

あえて成功・失敗の2つにスパッと分けるのであれば、H3に与えられたミッションの成否で整理されるべきである。
一般に人工衛星打上げのためのロケットは軌道投入するかどうかが成功失敗の境目である。なので、今回は延期後に打上げ再トライするので、失敗ではない。(もちろん、まだ成功もしていない)
今回の事象は「自動シーケンス中にSRB-3向けの信号検知できずアボート。トラブルの原因を探り、修正してから打上げ日を再設定して打上げに挑む、つまり打上げ延期」
機体トラブルで打上げ日を延期にすることは、ロケットの界隈では残念ながらよくあること。カウントダウンのゼロ以降にアボートになる例は多くはないが、H-Ⅱやスペースシャトルなどでも例はある。
メインエンジンのLE-9に着火しておきながら、ギリギリのタイミングでも異常を検知して正常に全系統をアボートできるのは、H3が良いロケットであることの証明の一つになったと思う。

LH2さんの図がわかりやすかった。

現時点では単なる延期なので、他社や政策などに影響など無いと考えるのが自然。

ただ、一般の人が失敗だと思う気持ちもわからなくは無い。期待した気持ちをどうしてくれるんだ、とか、自分で言ったことを守れなかったら失敗だ、少しの想定外でもすべて失敗だ、など他人のことで些細なことまで厳しくマウントを取ってくる鬼畜真面目できめ細やかな日本人マインドは自然と持つものである。国プロは税金なので広く国民全員が関係者なところもコンセンサスを取る難しさを強める。

単純に成功か失敗かの0か100かではない、複雑さがあるので話題になったのだと考えている。

複雑なところ①:H3初号機から実用衛星

成功失敗を定義するのに、ロケットのミッションが何かが大事になる。
国プロのロケットの多くは初号機は試験機扱いとして、ペイロードに失敗しても多大な影響は無いようなものを積むことが多い。
(観測ロケットではあるが)自分たちのMOMO初号機の場合、離昇して必要なデータが取れれば最小限の成功だと考えていたので、ハードルを下げておいてクリアしに行った。
今回のH3は特異なことに、初号機から国としてもかなり重要な衛星であるALOS-3(先進光学衛星「だいち3号」)を積んでいる。
成功・失敗のハードルがメチャクチャ高いところにある。
ALOS-3は2016年に公開されたプロジェクト移行審査の結果資料によると、2019年度の打上げ予定だったものが、衛星本体やロケット調達の関係から3年遅れている。2015年度から始まった息の長いプロジェクトである。数日や数ヶ月の延期で致命的になるようなプロジェクトには思えない。

2016年に公開されたALOS-3のプロジェクト移行審査の結果資料

複雑なところ②:どの比喩で捉えるか?

ロケットを知り始めた人は、その難しさを思い知る。歴史的な失敗の数や、現代でもまだ打上げ失敗が多いことや、極限のマシンとしての技術的な難しさ。とにかく難しい。
この難しさと役割としての輸送業という前提にロケット打上げは色々な比喩で考えられる。

登山

NASA JPLの小野さんは登山で例えていた。

自分なら「エベレストを登りに行こうと準備したけど、当日家出るタイミングで足に違和感を感じたので一旦中止した、すぐまた挑戦する準備している」という感じだと思った。
登山中に死ぬよりよっぽどマシだという比喩。

輸送業

ロケットは宇宙への輸送手段なので、トラック輸送や航空機での移動と例えることもできる。宅急便が1日でも遅れたらお客さんは怒るし、航空機が予定通り離陸しなくても怒る。
ロケットでは年単位の配送遅延が頻発している。配達成功確率も世界的に95%が目安になるような世界である。世界中のロケッティアはそこをなんとか改善しようと全力を注いでいる。注いでいるが、まだまだ大変な世界である。開発機会が少な過ぎて経験値が貯められないという理由も大きい。

複雑なところ②:誰に迷惑をかけているか

延期によって迷惑かかっている関係者にとっては失敗的なリアクションするのは自然ではある。「誰が」と「迷惑受けた度」でわけて考えないと水掛け論になる。ロケット打上げの関係者は多い。

  • ロケットに搭載している衛星とその利用を待つ人

  • 打上げ見学を楽しみに移動して来た観光客

  • 予算を取り合っている他の宇宙関係プロジェクト関係者

  • 税金を払っている国民

  • 地元の人たち

  • ロケット開発・打上げの中の人

  • メディア

フワッと世間が困るみたいなお気持ち表明しても不毛。悲しむ人が多いが、人が再び集まるという意味で喜ぶ人もいる。

もちろん、見に行った人は気の毒で、実際にプロマネの岡田さんも会見で謝罪して涙ぐんでいた。他人事ではなく、自分たちも散々やらかしているので、強く共感して胃が痛くなるぐらいの辛い気持ちになる。

複雑なところ③:打上げの定義

法律や契約の定義としては、実はロケットの打上げというのは地面から1mmでも浮いたか浮いてないか、つまり離昇の前後で切り替わる。
離昇前であれば打上げはされてないことになる。
法律・契約上は、離昇前のアボートは打上げ準備期間中に延期を判断したというだけになる。
そういう意味でも、そもそも始まってもいない打上げの失敗はあり得ないとなる。

複雑なところ④:長期目線か短期目線か

人によって時間軸が違う点も論点をややこしくさせる。
超長期的に考えると、人類の宇宙進出のための工程だと思えば、例え完全に爆発しようが、得られる知見が大きければ結果オーライになるかもしれない。
一方で短期的には人もお金も余計に使ったものが少しでもあればダメだという厳しい意見もわかる。年度内の予算でないと事務作業が多くて困る人たちもいたりする。
見ている時間軸が違うと話が噛み合わない

複雑なところ③:過去の例

ロケットの過去には、周りからのプレッシャーによって大きな事故を起こした例は多い。
有名な例として、スペースシャトルのチャレンジャー号の事故がある。
詳しくは下のWikipediaを見てもらうのが良いが、要は技術的な観点以外の判断が入り大事故に繋がった。人も亡くなっているし、経済損失だけでも数千億円。加えて数年間の宇宙開発全体の停滞に繋がった。
宇宙ファンはこういった例をよく知っているので、余計なプレッシャーを与えることは全体にマイナスだと理解して行動・発言している。

ロケット業界用語

話は変わって、ロケットの打上げ時によく使われる業界用語を知っておくと少しロケット打上げを楽しめる。

  • アボート(Abort):「計画や作業を中止する、中断する」という意味。ロケットでは打上げ直前の手順以降での中断を意味する。理由は機体トラブルや天候など問わない。有人ロケットでは飛翔後にトラブルがあって脱出することもアボートと呼ぶ。場合によっては完全に中止ではなく、中断後にすぐにリトライすることもある。

  • スクラブ(Scrub):アボートと似ていて「打ち上げを中止」という意味。こちらは準備段階での中止&日程延期を意味する。

延期のことを中止か失敗とか気にしているのは日本人だけ

長々書いたが、究極的には延期とかはマイナーな問題だとも言える。
H3と同じジャンルになる大型ロケットであるSpaceXのFalcon9はH3打ち上げ予定日の翌日に8時間おきに2回の打上げ成功を成し遂げている。
世界的に見ると平均すると3日に1回はロケットが打ち上がっている状況である。
宇宙への輸送システム体系全体としてどうなっていくのかが重要である。

世界のロケットの打上げ予定はここで見れる。(検索すると似たようなサイトは他にもある)

SpaceXの一日2回の打上げ成功はすごい。

原因究明:追記(2023年2月23日)

マイナビに現時点での原因について書かれていた。宇宙に詳しいライターの大塚さんの記事なだけあって、フラットでわかりやすい。


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