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Virgin Galacticの費用調査

「いつ有人宇宙旅行ロケットを開発するのか?」とたまに聞かれる。
ロケット会社経営の立場として、いつも回答に悩む。

回答は「やりたい。しかし安易に言ってもダメで、今は大々的には出していない、一緒に考えていこう」と言っている。

有人宇宙旅行のハードルは高い。
他の例を調査することで大枠が掴めてくる。
ここでは商業宇宙旅行を開始したVirgin Galactic社の開発費用を見てみる。

Virgin Galacticとは

Virgin Galacticは2004年に創業したサブオービタルの宇宙旅行会社。自社で宇宙船を開発している。2019年にはニューヨーク証券取引所にSPACという手法で上場した。創業時には2010年には商業宇宙旅行を実施すると宣言していたが、右往曲折あって2023年になって商業宇宙旅行が開始された。

Virgin Glacticが行うサブオービタルフライト
母艦のWhite Knight Twoとフェザーと呼ばれる可動翼付きのSpaceShip Twoが特徴

Virgin Galacticの技術の前身

1996年に開始されたAnsari X Prizeという有人宇宙旅行コンテストで開発された機体が技術的な元になっている。

X Prizeでは宇宙空間にパイロット+2人分おもりを2週間以内に2回到達することが条件。賞金は1000万ドル。(10~15億円)
伝説的な航空機メーカーであるScaled Composites社が開発したSpaceShip Oneが2004年に達成し、賞金を獲得した。
開発費はMicrosoftの共同創業者でもあったPaul Allenが2000~3000万ドル程度を拠出したと言われている。開発期間はコンセプト段階から8年。その中でもエンジン部分は1000万ドルほどで2年間で開発されたようだ。全般的に劇的に安価で早い開発で驚く。

この技術や知財をVirginグループが買い上げ、Virgin Galactic社が誕生した。

Virgin Galacticがかけた費用

Virgin Galacticは上場企業であり、宇宙専業なので費用の色々な部分が公開されている。2022年のIR資料によると

  • 2004年から累計総額約20億ドル(2500~3000億円)投資した

  • 従業員は1,166名(2014年時点でも800名ほど)

  • 将来顧客から1億330万ドル(150億円)のデポジットと会費預かり

意外なことに、宇宙船を開発しているのだから「研究開発費」が多くなりそうなものであるが、「販売費及び一般管理費」が研究開発費と近い金額の支出になっている。

ここ4年間ほどは研究開発費に200~450億円かけ、営業損失が300~600億円ほどで推移している。その分だけ株式の発行や売却、融資などによって資金調達を実施している。毎年500~700億円の資金調達を実行している

IR資料からの抜粋した販管費推移
IR資料のキャッシュフロー計算書からグラフ化したもの
営業活動(研究開発など販管費)の赤字を財務活動(株式発行等)で相殺するのを続けている

甘い見積もり

下記の記事によると、開発費の推定が大幅すぎるほどに上がったという問題があった。オリンピックや万博が腰を抜かすレベルの大幅増加である。
増加の理由は不明ながらも、楽観的すぎる初期見積もりと、SpaceShip Twoが複雑なシステムであったこと、エンジンを外注から内製に変えたこと、認証を取るために苦労があったことなどが挙げられるだろう。

  • 2007年推定:1.8億ドル(220億円@為替1ドル120円)

  • 2012年推定:4億ドル(320億円@為替1ドル80円)

  • 2023年独自推定:20億ドル(3000億円@為替1ドル150円)

日本でも同じぐらい必要か?

VG社の宇宙船は母艦+可動翼付き本機やハイブリッドロケットを適用するなど、サブオービタルの宇宙旅客には適したアーキテクチャになっている。

母艦のWhite Knight Two
離陸時にはSpaceShip Twoをぶら下げているが途中で切り離す
フェザーを立てているSpaceShip Two
フェザーがまっすぐな状態のSpaceShip Two

Blue OriginのNew Shepardなど全く違うアーキテクチャもあるが、SpaceShip Twoは一つの完成形であることは間違いない。技術だけでこれ以上劇的に安価にするのは簡単ではない。

一般管理費で言うと、Virginグループの宇宙事業は、Virgin Glacticから分社したVirgin Orbitが非合理的な経営をしていたりと、筋肉質な経営をしていないようにも見受けられる。その分だけ新規にやれば上手いお金の使い方はできるかもしれない。

Virgin Galacticは、死亡事故・安全上課題・認証取直し再開発・本格商用機SpaceShip Ⅲ新規開発だったり、途中で倒れてもおかしくないレベルの多数のトラブルを乗り越えている。その点は偉大だ。

以上のことから、個人的な妄想レベルではあるが、新しいサブオービタルの有人宇宙旅行用の機体開発には最低1000~2000億円は必要で人員規模は1000人前後必要と思っている。
しかも、しっかりと事前研究がなされ、認証も含めた安全な機体が開発され、経営上の間違いがなく、政府の許認可体制もしっかり整った上で、開発上の大きなトラブルがなかったとしても、のイメージだ。

Virgin Galacticのように3000億円かかっていても全くおかしくないし、VG社はまだこれからも新規にSpaceShip Ⅲという機体を開発している最中なのでまだ数百億円規模で追加開発費用が必要だろう。

有人宇宙旅行の産業は2030年までには数千億円規模の売上が立つ市場になるという調査もある。魅力的な市場なので大きな投資をしようとする人は多い。

将来、自分でやるのであれば、ハードルの高さを認識した上で挑みたい。

参考

伝説的な航空機設計者Burt RutanがStanford大学でSpaceShip Oneについて講演している動画が長いけど面白い。


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