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空中発射ロケット企業Virgin Orbitはなぜ破綻したのか?

航空機にぶら下げたロケットで小型人工衛星を打ち上げる、いわゆる「空中発射ロケット」のVirgin Orbitが2023年4月4日に倒産し、5月には資産が売却され事業停止した。
4月時点では民事再生法に相当するChapter 11であり、事業継続も検討されていたが、航空機や工場、試験場など主な資産が売却されたので事実上の会社清算で経営破綻となった。

ここではVirgin Orbitの悪かった点を挙げていくが、彼らは民間で人工衛星打上成功させた世界有数の偉業を成し遂げた企業である。技術的には本当にすごいことを成し遂げている。歴史に名を残す企業だと思っている。
一方で事業としては継続できなかった。
この理由を、同業のロケット企業をやっている身からの目線で見てみる。

空中発射ロケットの歴史

空中発射ロケットで小型人工衛星を軌道投入させるコンセプトを実現したのはVirgin Orbitで2社目である。
過去にOrbital Sciences社(OSC、オービタル・サイエンシズ、現在のNorthrop Grumman Innovation Systems)が開発したPegasus(ペガサス)ロケットが存在する。
Pegasusは空中発射というユニークな特徴を持つのに加えて、世界で初めての民間企業開発のロケットでもある。OSC社が1980年代にLEO衛星コンステレーションのコンセプトを考えた際に小型で安価なロケットが必要だと考え出されたのが開発のキッカケであった。純粋に民間資金と需要だけではなくDARPAによる1回の購入と5回の購入オプションを獲得できたために開発が進められた。
Pegasusは大型の航空機で上空まで運ばれ、投下されたあとにロケットに点火される。ロケット側は3段式固体ロケット。
1990年の初号機打上から45回の打上、40回の成功をしている。1996年からは連続成功を達成している。
2021年以降の打上はやっていないが、2023年現在も(一応)現役の機体である。

25周年の動画が歴史も含めて出ていて興味深いのでオススメ。

航空機側で2種類(B-52、L-1011)、ロケット側で2種類(Standard、XL)と存在する。1996年以降はL-1011 + XLの組み合わせのみが打上されている。
能力としてはL-1011+XLの組み合わせで全備重量23トンで太陽同期軌道に250kg~のペイロード輸送能力がある。超小型ロケットと言われるものである。
Pegasusロケットの派生としてはトーラスやX-43などが存在する。

Pegasus rocket

Pegasusロケットの問題

空中発射ロケットの一般的なメリット・デメリットは後述として、Pegasusロケットの課題としては費用の問題があった。

1990年開発当初の目論見は打上1回につき600万ドル(当時のドル円換算で8.6億円)を目指していた。
ところが、経費増大と打上回数が少なかったことにより1992年時点で目論見の倍額の1250万ドル(18億円)になっていた。
米国インフレ調整を考えると、現在と1990年はざっくり倍程度のインフレしているので、現在の金銭感覚にすると18億円×2=36億円程度の感じである。
また、2020年時点では打上1回に4000万ドルとさらに高額になった。同程度の能力のRocketlab Electronロケットは750万ドルと公称しているので5倍高値なロケットになってしまった。

航空機の固定費としてStargazerの年間維持費が400万ドル(5.5億円)かかることや年間1回未満の打ち上げ回数のための製造ラインや人員維持に多額の費用がかかることから、高額になっていると思われる。特に推進器が固体ロケットなことからも製造ライン維持は高値なはずである。

能力の割にコストが高く、他のロケットに価格競争で負けてしまったので打ち上げ回数が増やせず、打ち上げ回数が増えないことで価格が上がってしまうという悪循環だった。
現在では(というは数年前までは)空中発射の特性を活かした変わった軌道向けの国のミッションを受けるためのロケットとなっている。
開発当初の低軌道衛星コンステレーション向けというのは費用の問題から部分的な活用に留まった。時代が早すぎたのかもしれない。

Virgin Orbitの歴史

  • 2012年:親会社であるVirgin Galacticの中で衛星打上を進めていることが公表される。当時はVirgin Galactic保有のWhite Knight Twoを母艦(エアキャリア)とする方針。

  • 2017年:リチャード・ブランソンがVirgin Orbitを設立。ヴァージン・グループが株式の75%を保有。

  • 2020年:初号機打上げを行うが、失敗。

  • 2021年:2号機で初成功。SPACという方式で米ナスダック市場に上場。評価額は32億ドル(約4200億円)に達する。

  • 2023年1月:英国空港から初めての人工衛星の打ち上げを試みるが、失敗(6号機)。

  • 2023年3月:資金難が報じられる。従業員750人の85%をレイオフすると発表。

  • 2023年4月:資金繰り難航のため、連邦破産法11条の適用を申請。民事再生を試みる。

  • 2023年5月:事業継続は諦め、資産は3社の宇宙企業に売却。事実上の事業終了となった。

初期のコンセプト

Virgin Orbitの創業前に事業として世に出たのは2012年。航空会社をもつVirginグループの、有人宇宙旅行を実現するVirgin Galactic内部の衛星打ち上げ部門としてだった。
2012年時点の構想ではエアキャリア(航空機)はWhite Knight Twoであり、2016年打上を目指していた。(実際に成功したのは2021年)
当時はアラブ首長国連邦の投資会社から$280M投資を受けていたと報道されている。このオイルマネーを受けたことにより開発をスタートしたのだろう。
ロケットの名前はLauncherOneと名付けられた。

2012年当時のコンセプトの動画を見ることができる。

2015年のエアキャリア変更

2015年にはエアキャリア(航空機)をWhite Knight TwoからBoeing 747-400に変更。Virginの航空会社の中古航空機の利活用。
機体の名前はCosmic girl。
エアキャリアを変更によりロケットの大型化が出来る。おそらく、ロケットの設計をしていく中で、White Knight Twoが小さく力不足が判明したので、急遽グループ内で調達可能(費用がかからない)機体が注目されたのだと思う。
この時期はフルタイム従業員は60名とのこと。
747の購入費用は約1,200万ドルで、2015年末に約2,000万ドルの改造が始まったとのこと。印象としてはかなり安い。良い買い物である。

Boeing747の機体でエンジン追加1器付けた仕様の機体。Cosmic girlはこれと似た改造をしている。

2017年分社化、Virgin Orbit創業

2017年にVirgin GlacticからVirgin Orbitが分社化。当時は2018年初号機打上をめざしていた。この時期の従業員は200人超。社長にBoeingで長年の宇宙業界の経験を持つDan Hart氏を迎えた。Hart氏が話している動画もある。
この時期に打ち上げ費用1200万ドルだと発言し始めている。
Hart氏が社長になってから、Boeing方式な慎重な開発体制になったとのこと。スタートアップの小型ロケット会社は早く飛行させて試験することを目指すが、航空機を使っていることから、安全性を高めることに注力したようである。このため開発が2020年まで2年延びた。また人数も増えていき、2017年に200人だった従業員は2020年までに500人超になった。

2020年初号機打ち上げ失敗

2020年に初号機打ち上げを試みる。エアキャリアから分離してロケット点火後すぐに液体酸素高圧配管ラインのトラブルでエンジンが早期シャットダウン。打上げ失敗。

2021年打上成功と22年にNASDAQ上場

2021年1月に2号機で打上成功。偉業達成。
2022年1月にはSPACという手法でNASDAQに上場した。
上場により時価総額が最大32億ドル(約4200億円)となり、2.28億ドル(約300億円)の資金調達を達成した。
IPO時のPDFは非常に興味深い。

Expanded LauncherOne rocket with stage descriptions (Credit: Virgin Orbit)

2023年経営破綻へ

2021年の2号機成功以降、2022年7月の5号機まで4機連続成功。おそらく外部から見ている一般の人は事業が順調に見えていただろう。

私は上場後、Virgin Orbitの経営状態をウォッチしていた。
そこで感じていたのは、この企業特有の問題で黒字化は難しそう、ということだった。理由はいくつかあり

  • 22年から23年にかけて毎年200~300億円赤字

  • 打上げ成功し始めていた2022年からも売上<原価で、営業赤字状態

  • 研究開発費は50億円程度なのに対して販管費が150億円程度と原価や研究開発費以外の部分で高コストな経営体質

  • 営業方針として防衛向けを全面に出していたが、需要は取れなかった

  • IPO時には発表していた宇宙ソリューション部門は音沙汰なし

  • IPO時の目論見と比較して販管費は倍の高コスト、売上は民間需要も防衛需要も目論見から大外し。

  • 2023年から米国不況で資金調達が難しくなっていた

IPO後も適宜資金調達をしていたが、ついに資金調達も難しく23年4月にチャプター11となった。その後資産売却へ。売却話は下記リンクが詳しい。

何が問題だったか?

一般には、経営破綻になった理由は初号機や6号機の打上失敗が直接的な原因だと思われがちであるが、私はその影響は軽微であると見ている。

実際には、開発費増大、高コスト機体、重い設備と体制、事業拡大急ぎすぎ、空中発射の技術的特徴、市場、資金調達、組織文化など、それぞれの問題が複合的に合わさったものだと考えている。

問題①:かかりすぎた開発費

LauncherOneの開発費合計は10億ドル(1300億円)以上だと言われている。
他の小型ロケットの開発費用が1~2億ドルと言われている中で、5~10倍もかかってしまっている。10億ドルと言えば最近の民間大型ロケット並かそれ以上であり、大きさの割に開発費用がかかりすぎである。

航空機Boeing747保有も原因の一つだろうが、根本的には何から何まで高コスト体質にあったのが原因と見ている。
同時期の米国の小型ロケット企業と比べても従業員数が1.5~2倍程度の500~750人程度の人数を抱えていた。一般に内製率を上げると従業員数が増える傾向にあるが、あまりに多い。しかも例えば重要部品のターボポンプなどは外注なので内製率は高くなさそうでもある。そして、他社と比べて研究開発費は少なく、研究開発費以外の販管費が多い。
これは事業開発や航空機整備などに費用が投じられていたからだろう。
実際に日本に来ていたVirgin Orbit社の雰囲気を見聞きしていると、人数が多く、なぜかリッチな雰囲気が漂っていた。自分は赤字企業は謙虚にしなきゃという意識が強いが、彼らにはその意識は全く無さそうで、良く言えば勢いが凄かった。

また、開発費が膨らんだせいだと思うが、上場時に約束していた新規の宇宙ソリューション部門の成果は上場後2年間でほとんど見られなかった。

問題②:安くない機体

技術的な詳細を見ても、革新的に安くなる部品やコンセプトは無さそうだった。
航空機搭載のためロケットの安全性・信頼性を求められていたようだ。これによりコスト・重量が悪い側になったと思われる。
また、CFRPなど消費期限のある材料も年間2機しか製造していない状態で12機分購入して結局廃棄になるなど、製造上の無駄が多く発生していた。(年間で数億円以上は廃棄になっていそう)

財務諸表から透けて見る限り、公称の販売価格1200万ドルに対して、原価が圧倒的に大きい、いわゆる「売れば売るほど赤字」状態だった。

そもそもPegasusロケットを現代的で安価にしようという計画だったはずが、目論見通りには実現できなかった。

問題③:高すぎる損益分岐点

IPO時の事業計画を見ると400億円程度売上を上げないと利益(正確にはEBITDA黒字)が出ないという計画だった。これはLauncherOneの打上費用で考えると25~30回/年の打上成功が無いと実現できない数字である。
他社だと損益分岐点は数機~10機/年に持っていくところが、VO社は高すぎる。これも高コスト体質を裏付ける。

実際には上述の売れば売るほど赤字だったので、営業的な意味で損益分岐も関係無いのだが、経営的な文脈での損益分岐点ですら高い。
無理したSPAC上場により、歪んだ計画になったという側面も大きいだろう。

問題④:利用空港計画広げすぎ

日本の大分空港から航空機を離陸させて打ち上げる計画も進めていた。顧客メリット少ないことに執着しているように見てた。年間数百回の打上があるなら多数の航空機と滑走路が必要であろうが、その段階前に事業拡大を急ぐ不思議な経営判断があった。
日本だと大分空港との連携はニュースにもなっていたが、世界的には韓国、オーストラリア、オマーン、ポーランド、ブラジル、イギリスと多くの国から打上を目指していた。イギリスは政府からの支援もあり実現したが、手を広げすぎである。

2022年時点の世界の空港利用計画 (Credit: Virgin Orbit)

問題⑤:空中発射の技術的問題

空中発射ロケット自体の技術的な難しさがある。以下にまとめる。

  • 航空機で上空まで運ばれているが、人工衛星打上のためには高度よりも速度が重要。そして航空機の高度は高々10km程度

  • ロケットで稼ぎたい必要な軌道投入速度(第一宇宙速度+α=10km/s)に比べて航空機で稼げる速度は高々 0.25km/s程度と、全体の2~3%分しか航空機使うことでの楽できる分が無い。

  • 空中発射ロケットのメリットは実は圧力損失(ノズルの大きさの話)の低減であるはずなのだが、翼にぶら下げる幾何的な関係でノズルが十分大きく出来なく、メリットを発揮できない。

  • ロケットが航空機装備品になってしまうので、耐空検査が厳しい。ロケット側の信頼度やコストや重量が航空機グレードから下げられない。

  • 打上げ回数が少ないうちは747の取得&維持費用が大きく費用負担が大きい。既設射場使うなどと比較して射場(エアキャリア)コストが大きすぎる

空中発射で楽が出来る増速量はわずか。機体サイズもそこまで小さくならない

空中発射ロケットのメリットも一応挙げておくと

  • 太陽同期軌道などに曲がらず(ドッグレッグ無しで)直接打上げ可能

  • 地上発射に比べて悪天候でも打上可能

  • 防衛向けに有事の際などに早く人工衛星が欲しい場合(即応衛星)に対応可能

  • 顧客である人工衛星側が運ぶのではなく、航空機が来てくれるというホスピタリティがある

これが、サブオービタルの有人宇宙旅行を実施するVirgin Galacticであれば空中発射のメリットは大きい。サブオービタルでのメリットは軌道投入ではあまり活かせない。

問題⑥:能力増強(大型化)できなくて市場を逃した

VO社は同サイズで安価なRocketlabに市場を取られ、高単価な米国国防省向けの営業を強めていた。空中発射は即応衛星対応のために防衛向けに相性の良い特性を持っているので、その点は合理的である。国防省向けの仕事受けるためにVOX Spaceという子会社を作ったりしていた。
ところが、国防省向け需要のある衛星サイズ要求は大きくなっていた。おおよそ500kg~1トン程度の衛星が求められるようになっていた。その需要はFireflyにコンペで負けるなど、実際に需要が取れていなかった。

空中発射ロケットは航空機サイズによって能力が制限される。
LauncherOneのこれ以上の能力増強は構想はあったようだが、実際にはかなり難しかったと思われる。

技術的特性による本来的には相性の良い市場(防衛)と、防衛市場の輸送能力需要のミスマッチがあって市場を逃した。

このため、打上げ回数が増やせず費用面での悪循環に入った。実際に、年間に2機程度しか打上できていなかった。損益分岐点から乖離している。

上場時に公開されてたLauncherOneの能力増強の将来開発計画 (Credit: Virgin Orbit)

問題⑦:資金調達

新興企業やスタートアップ企業はその事業上の特性から大きな資金調達が必要である。VO社は初期の開発はVirginグループからの支援で始まっているが、非上場時の開発資金はオイルマネーからスタートしている。
市況が悪かったというのもあるが、上場後も目論見との差異が目立ったり、IR資料が中身が薄いと投資家から批判されたり、構造的な組織体質を疑問視され、時価総額が下がり続けた。時価総額が下がってくると資金調達が一層難しくなる。
2023年に入ると、1年間の赤字を補填するのに株式の半分を売らないといけないような状態まで下がった。財務諸表と株価だけ見るとチャプター11して再建する選択肢が良いと思える状態である。そこに加えて他の問題も合わさったので事業継続不可能となったのだろう。

Virgin Orbit社の上場後株価推移。時価総額最大で4200億円ついたが、右肩下がりだった

問題⑧:組織文化

経営破綻後の従業員インタビューによると、
・幹部がボーイング社経験の人たちで、仕事の仕方がボーイング的だった
・人員余剰。中の人からしても1/3の人員は過剰に見えてた
・部門間の情報断絶により支出やスケジュールに齟齬発生。
一般に新興企業は人員少なくスピード感持って組織一体で開発を行うが、Virgin Orbit は古くて重い企業文化だという趣旨のインタビューが出ている。

まとめ

問題点を無理やり一文にまとめると、
そもそも空中発射による衛星打上ロケットのメリットは大きくない上に、開発初期費がかかりすぎ、機体の低コスト化も十分できず、営業的側面からも量産も思うように流れず、航空機や工場のアセットが大きいために損益分岐点が遠くなり、海外展開を広げすぎ、マーケット推移に対応した開発計画も航空機の縛りのために実施できず、時価総額が下がり資金調達も苦しくなり、組織的に高コストで重い大企業的な文化になっていた。

最後に

Virgin Orbit の動きは反面教師として学ぶことが多い。

技術としても、空中発射ロケットは夢のある技術。今回のVirgin Orbit は経営破綻になってしまったが、時代や運営会社や技術進化で可能性がある方式だと思っている。

例えば、日本でも2007年前後に空中発射ロケットの検討がされていた。(PDF
空中発射に夢を見て、超大富豪だったポール・アレン氏は世界最大の航空機Stratolaunch社のクソデカ航空機のRocを開発したりするなどロマンは止まらない。
航空機からではなく、気球から打ち上げるロックーンという方式も安全性などの課題はあるだろうが、検討している企業も複数ある。

Stratlaunch社のエアキャリア(航空機)Roc

Virgin Orbit の通った道筋が大きく記録と記憶に残った上で、反省も踏まえて将来もまた空中発射ロケットが生まれることを楽しみにしている。

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