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再使用ロケットの1段目戦略(論文紹介)

これまで、再使用ロケットについて記事を書いてきた。国内だけでも再使用ロケットは手を動かし着実に進めている人もいれば、懐疑派(自分がそうだ)もいる。
宇宙開発プロ&ファンでも再使用ロケットについて、NASAが大好きで盲目的にSpace Shuttleを推す人は少なくなったが、SpaceXが大好きで盲目的にFalcon9やStarshipを推す人は多い(自分も半分はそうだ)。
再使用ロケットの議論が複雑なのは、論点がゴチャゴチャだからだと思っている。

  • 技術論:そもそも技術的に可能か

  • 経済・コスト論:再使用することでどれぐらい安くなり、宇宙へのアクセスが拡大するのか

  • 再使用タイプ論:垂直離着陸や有翼など、どの再使用タイプが良いのか

  • プレイヤー・経営論:誰がどういう資金で開発・運用するのか

  • 環境論:SDGsとしてやるべきか

  • 国家・法律論:日本の宇宙開発として何を目指すのか、また法律的にどうするか

今回はその中でも、再使用タイプ論の参考になる論文があるので紹介する。
以前私が書いた記事は垂直離着陸タイプの経済・コスト論についてなので、こちらも参考に。

背景と歴史

論文紹介の前に、最近COTEN RADIOという歴史ラジオにハマっているので、再使用ロケットの歴史について少し書いておく。

ロケットを1回使い切りではなく、飛行機のように再使用したいという考え近代ロケット開発の黎明期からあった。再使用ロケットを世界で初めて実用化したのは1981年のSpace Shuttleまで待つ必要があるが、構想としては1940年には公開するレベルで存在した。
例えば、世界一有名なロケット開発者のフォン・ブラウンも1950年代には有翼4~5段式のロケットの構想を発表して10年以内に実現可能と言っていた。

4段式有翼再使用ロケットを説明するフォン・ブラウン

また、1960年代になるとアポロ計画のSaturn Vロケットの後継機としてSpace Shuttleを含む様々なタイプのロケットの構想が発表されていた。この中でも特にユニークで変な構想として、900トンもの宇宙輸送能力があるアメリカのGeneral Dynamics社によるNEXUSというロケットがあった。
高さ120m(30~40階建てビル程度)、直径50m越えの単段再使用ロケットであり、あまりに無謀すぎるのか(技術的に成立していない可能性も高い)当然のように実現はしなかった。
ファンによるCG動画があったりする。

1960年代に考えられていたアメリカの直径50mの超超超巨大ロケットNexus
Credit:NASA

論文紹介

タイトル:Strategies for Reuse of Launch Vehicle First Stages
2018年にIACという会議に投稿された、MITの博士課程のMatthew VernacchiaさんとKelly Mathesiusさんの2人の論文。
論文自体と中身のソフトウェアがGithub公開されている。
ちなみに、前者のMatthewさんは現在は核融合ベンチャー企業でSoftwareエンジニアをしているようだ。

概要

ロケットの1段目再使用の各戦略のペイロード能力とコストの定量的評価を行っている
ペイロード能力に関しては第一原理計算、コストについてはTRANSCOSTという1982年から使われているロケットのコストを人月(Work-Year,WYr)を元に考えるものを参考にしている。(TRANSCOST自体が数少ない過去の事例を参考にしているので現代的な観点では疑問もあるが、ある程度参考にはなる)
また、モンテカルロ的に、不明部分のパラメータは数値に幅を持たせてある。定量的評価の論文として素晴らしい。

本論文でのロケット1段目再利用の戦略分類
(引用図)ロケット1段目の回収には複数の戦略がある
(引用図)垂直離着陸の再利用ロケット。赤い線がロケットエンジン吹いている場所
 (引用図)実際にダウンレンジ側は射点から数百kmは離れている

各戦略での余分な重量

再使用すると、どうしても使い切りロケットと比較して重量が重くなる。そもそもロケットは使い切りであっても、全体の1~4%程度しか軌道上(宇宙空間)に運べない。再使用ロケットは貴重な輸送能力を再使用のための重量に使われてしまう。
具体的に各戦略によって余分な推進剤やデバイス重量の比率を表した性能悪化を表すε'1という指標(詳しくは原典へ)で考えると以下の図のようになる。等高線値が重要で、数字が大きいほど余分な重量がある。
大雑把には、射点垂直着地は0.25、沖合船上垂直着地は0.1、ジェットエンジンの翼付きは0.15、沖合有翼滑空は0.1、沖合パラシュートは0.1弱。

(引用図)回収方法によってどれぐらいのHW重量、推進剤重量がかかり、
それが不使用質量割合になるか

各戦略でのペイロード輸送能力

上述のε'1の数値によってどのぐらい、ペイロード能力が下がるが下図。
横軸はε'1、縦軸は全備重量からのペイロード重量割合。
左図が推進剤が水素、右図が推進剤がケロシン(灯油系)

(引用図)重量が重くなる右側の方が宇宙まで運べる重量が減る。

使い切りロケットとの比較として、ペイロード割合の悪化割合にすると下図。LEO(低軌道)なのかGTO(静止軌道に向けての遷移軌道)なのかによっても異なることがわかる。
GTOでは再使用での能力悪化がヒドイのでFalcon9(図中ではF9)では沖合船上回収を行っている。

(引用図)再使用ロケットでの性能悪化とペイロード割合の悪化の関係

各戦略を比較すると下図。
射点に戻ってくるタイプは性能悪化が大きいが、それ以外は似たようなものだということがわかる。
各タイプで似た性能のために、再使用ロケットのタイプ論は百家争鳴になる

推進剤ケロシンでLEOに運ぶ際のペイロード性能の一覧
推進剤の違いや運ぶ軌道LEOかGTOかも整理されている。

各戦略によるロケット打上げコスト

前述のTRANSCOSTというロケットのコストモデルは課題もありながら、従来よく使われてきた。これを用いて、ペイロード性能と併せて打上げコストを比較している。
(私の過去記事では軌道上にあげる1kg単価で比較したが、ここでは打上げ1回費用で見ている点が違うことに注意)

【ここがこの論文の重要なポイント】
1回の打上げコストを見ると、使い捨てと比較して、垂直離着陸はメリットを出せているが、パラシュートや有翼タイプは高くなる可能性があることが示されている。有翼タイプは安くなる可能性がワンチャンある感じである。

(引用図)ケロシン推進剤でLEOに10トンのものを運ぶロケットの費用の各戦略の比較
(引用図)推進剤の違いやLEO、GTOの違いも整理されている。
それなりに違いがあるのが面白いが逆転していることは無い

ロケットのコスト構造(TRANSCOST)の詳細

TRANSCOSTというコストモデルが重要になってくるので、ここで出されている10トンをLEOに運ぶロケットでのコスト構造を示している。

(引用図)ケロシンでLEOに10トン(Falcon9ロケット相当)のTRANSCOSTコストモデル
(実際とは違う可能性高いことに注意)(右にはWork-Yearがかかれている)
(引用図)TRANSCOSTを用いつつ実際のコストでバリデーションした、
アメリカの各大型ロケットのコスト比較。

打上げ回数増大によるコスト低減

Falcon9を想定したロケットで再使用していくと、どれぐらいコスト低減になるかの図。
下図は1回の打上げ毎の費用なので、kg単価にすると私が前の記事で出したように再使用してもコスト低減しないという結論になる。

(引用図)横軸は再使用回数、縦軸は打上げ1回のコスト
右には労働時間(Work-Year)が書かれいてる

打上頻度による影響

打上げ頻度も重要である。頻度次第で設備などが遊んでいる時間が全然異なる。
ここでは、年間打ち上げ回数が3~40回で比較されている。
打上げ頻度の影響は大きいが、年間20回程度で頻度の効果は上限を迎える。

(引用図)横軸が打ち上げ回数、線が年間の打ち上げ回数(頻度)
分布の一例を示していることに注意

ロケットの大きさの違い

ロケットの大きさによるコストの違いについて。TRANSCOSTモデルを使うと、大型になればなるほどkg単価は下がる。
加えて本論文では、再使用ロケットのコスト構造を考えると、小型ロケットでは再使用しても効果が小さいことがわかる。
例えば、ペイロード能力100kg程度の小型ロケットでは沖合船上着陸であっても再使用してのメリットはほとんどない。当然他の戦略ではもっと悪くなるので使い捨ての方が良いとなる。

(引用図)ケロシン推進剤でLEOに運ぶ際のペイロード能力とコストの関係
横軸がペイロード重量、100kgから100トンまで。
上図は縦軸がkg単価、下図は使い捨てとの比較を割合。

小型と大型でコスパ(Cost p.f.)の違いがあり、それに見合った打上げ頻度の適切な回数も変わってくる。小型だと再使用効果が弱いので、打ち上げ頻度が年間40回以上とかでないと厳しい。

(引用図)横軸が使いきりロケットと比較でのコスパ、
縦軸は使い切りロケットと比較して削減できる現在価値

この論文の課題

私の考える課題であるが、本論文では小型ロケットは再使用しても意味が無いと出てくる。これはTRANSCOSTのコストモデルの課題だと考えている。論文中に出てくる小型ロケットのコスト構造は実際と異なる。TRANSCOSTコストモデルが作られたときには小型ロケットがなかったのでしょうがないとも思える。
一方で、小型ロケットでの再使用効果の減少はあるので、定性的にはあっていて、小型では定量的評価に課題があるということだろう。

(引用図)小型ロケットはTRANSCOSTでは参照になるものが少ないのか、
実際とかなり異なるコスト構造として出てきてしまう。

論文の結論(の意訳)

本論文ではロケットの第1段再利用戦略についてモデルを評価した。パラメーター不確実性の考慮はモンテカルロ法を用いた。

これにより、有翼再利用戦略は非常に不確実だと判明した。ロケット部品の一部再利用戦略は、コスト削減には意味が無かった。
これに対して、ダウンレンジ推進着陸は大幅なコスト削減が可能であり、おそらく(射点推進着陸と併せて)支配的な戦略である。打上げコストは、使い切りと比較して1/3から2/3まで削減できる可能性がある。

小型ロケットの場合、1段目のハードウェアコストはほんの一部に過ぎないため、再利用は相対的に不利である。大型ロケットでも、再利用の開発費をペイするためには、高い打上げ率(20回/年以上)が必要であろう。
しかし、1段目の生産が打上げ頻度の制限となる場合は、1段目を再利用する意義が出てくる。さらに現在では、打上げ基数の多いLEOコンステレーション市場は高い打上げ頻度を維持するのに十分である可能性を示している。

今回の分析から、1段目再利用は、高い打上げ頻度を持つ中・大型ロケットの1フライトあたりのコスト削減目的では有効な手段であることがわかった。

IAC-18-D2.4.3
Strategies for Reuse of Launch Vehicle First Stages

まとめ

紹介論文のまとめ

論文として注意して読まないといけない部分もある。
例えば、この論文の結果はTRANSCOSTコストモデルに依存しているところ。このコストモデルは過去の機体を参考にしているので、電子部品の進化と自動化や新しい工作機械など生産技術の革新は取り込めていない。
また、不確実と言われた有翼タイプも実現例が少ないだけで、実現例が出てくると変わるはずである。
また、2段式ロケットの1段目の議論しかしていないので、全く違うシステムであるSSTO(単段ロケット)や空気吸込式ロケットなどでは全く当てはまらない。
また、ロケットエンジンとして水素燃料の2段燃焼サイクルとケロシン燃料のGGサイクルしか比較していないので別の推進器では結論が異なる。

現状の分析としては検討している技術範囲も適切で素晴らしくよくまとまっている論文である。
一方で、新しい技術を入れたロケットについてはこの論文に縛られる必要は全く無い。

次世代ロケットの検討の場に行って話すことも多いが、変な方向にだけ行かないことを祈っている。
祈っていたり批評しているだけではなく、未来は自分たちで作っていくつもり。

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