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再使用ロケットの経済性

最近、世界中で再使用ロケット開発の機運が高まっている。再使用ロケット、つまり打ち上げた後に着陸・回収して繰り返し使うロケットのことだ。

これはSDGsの文脈が強くなってきたことに加え、SpaceXやBlue Originのロケットの派手な演出のためだろう。SpaceXのロケットの着陸する姿は多くの人を興奮させた。

ちなみに、スペースシャトルも1980年代には開発された再使用ロケットなのだが、色々あって再使用しても全く経済的で無かったので、最近では再使用ロケット枠に入れられてない資料もある。

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SpaceXのFalcon Heavyロケットのブースター着陸

国内状況

国内の研究では90年代から再使用ロケットの研究(RVT→RV-X、CALLISTO等)がされている。RVTに関しては時期も早く、机上検討だけではなく実際にフライトまでしている現在から見るとかなり先駆けの研究である。

さらに、実用に向けてはアメリカに比べて少し遅れてはいるが、革新的将来宇宙輸送システムという名称で未来の日本のロケットの検討が進んでいる。私も文科省の関連する小委員会で委員をしていた。

その検討の中で、再使用ロケットに対して私含めた少数の人は反対(実際には強烈に反対というよりは優先度違うだろうという提案)しているが、ほとんど無視されている。主流なのは再使用ロケット推進派である。

宇宙機開発はいわゆる日常生活の普通の感覚を持ち込むと大抵うまくいかないのだが、再使用ロケットについても同様である。繰返し使うと経済的であるという直感はロケットだとそのままは当てはまらない。

政策や大方針の決定者は「流行っている技術」が好きすぎる。
そこで、「流行っている技術」である再使用ロケットの経済性の限界を示す。
人の揚げ足取りや邪魔をしたいわけではなく、人類の進歩を最速で進めたいという思いなので、再使用ロケットで成功するための道筋も示しておく

再使用ロケットの経済性指標

これまでにも複数の論文等で再使用ロケットの経済性が検討されている。ここでは私が既存検討手法に少し手を加える形で計算した結果をまとめる。具体的で詳細な計算は論文みたいになってnoteにそぐわないので、興味ある人向けに詳細はPDFで下に置いておく。この記事では計算の概略と結果だけ書いておく。

再使用ロケットが有利か、使い捨てロケットが有利か判断するために再使用経済性指標Iというのを作る。宇宙に輸送できるkg量を一緒にして比較している。
量産効果、再使用のための輸送能力低下、再使用のためのデバイス製造コスト、再使用のための回収・修繕コストを考慮して、指標Iを立式する。

式は複雑に見えるが6つのパラメータの足し算と掛け算だけなのでシンプル

6つのパラメータの数字を変えると再使用ロケットが有利か不利かの指標がグラフ化できる。

追記(2021年12月4日)
jupyter notebookやGoogle Colaboratoryで動かせるようにサンプルプログラムを作った。グラフが自分で作れるようになるとどのパラメータが効くのがよくわかる。
gist上に置いた下記URLから参考にしてもらいたい。
reuseable_rocket_economics.ipynb

ケーススタディ

SpaceXのFalcon9の場合

SpaceXのFalcon9は1段目ロケットを分離した後、1段目のみ途中に3回噴射しながら脚を出して垂直に着陸する。2段目は使い捨てる。
また、運ぶ人工衛星が大きい場合や静止軌道に入れる場合には1段目を使い捨てしている。

引用:http://www.justatinker.com/Future/

ULA社の検討を参考に、再使用経済性指標Iを計算すると下のグラフ。
意外なことに、7回目ぐらいまで使い捨てが経済的である。Falcon9の再使用回数は10回程度と言われているので、ほとんど使い捨てロケットと費用は変わらない。今後20回以上再使用したとしても使い捨て比較で宇宙輸送kg単価で10%程度のコスト削減にしかならない。

過去、SpaceX社から出た発言を真に受けて日本の新聞の1面に「ロケット再利用、発射費用100分の1に」というような記事が出たことがあるが、再使用技術だけではkg単価の100分の1は全く不可能であることがわかる。
1段目は最後の使用時に使い捨てることでペイロード能力増強することを考えると、このグラフ以上に再使用が有利になるが、射場整備や船などの初期費用を考慮すると、これより良いか悪いか実際の数字を見ないとわからない。

SpaceXのFalcon9の場合

ULAのSMART Reuseの場合

アメリカのロケット超大手企業ULA社はSpaceXの再使用を横目に見ていた。ULA社は未だに再使用ロケットを実現はしておらず、開発段階である。それは再使用の経済性に疑問があったからだと思われる。(実際にそういうレポートが公開もされている)
ULA社は現在、Falcon9の再使用での経済性の欠点を補うような再使用システムを検討している。

ロケットエンジンだけをインフレータブルエアロシェルなどと呼ばれる特殊なパラシュートと普通のパラシュートを使って地表近くまで戻し、最後はヘリで回収する。

ULA社のSMART Reuse  Credit: ULA

このSMART Reuseの場合は、Falcon9比較で再使用経済性を向上させている。しかし、やはり低コスト化は限定的で、10%程度しか安くならない。
しかも、Falcon9と異なり、再使用しない場合の能力増強効果も無いのでFalcon9の再使用よりも経済的には微妙な感じである。

ULAのSMART Reuseの場合

SpaceXのSuper Heavy/Starshipクラスの超大型・完全再使用ロケットの場合

SpaceX社は現在Super Heavy / Starship(以下、Starship)と呼ばれる超大型ロケットを開発している。1段目に加えて2段目も回収して完全再使用ロケットを目指している。本当に実現できるのか見ていてヒヤヒヤするレベルのかなり野心的な計画。 

Super Heavy / Starshipの初期CG、30階建てビルぐらいの大きさがある超巨大ロケット

このStarshipはFalcon9での再使用経済性の欠点を補うべく多くの変更を入れている。詳細は後述するが、Starshipクラスの超大型完全再使用ロケットを想定したパラメータで再使用経済性指標を計算すると、コスト70%減ぐらいになる。
厨二病の夢のロケット的なStarshipが仮に完璧に上手くいっても、使い捨てロケットに比べてコストは1/3程度にしかならない。
1/3でも十分すごいが、一般的に思われいてる再使用ロケットのインパクトに比べると小さい。

SpaceXのSuper Heavy/Starshipクラスの超大型・完全再使用ロケットの場合

カーボンニュートラルの観点でも

ロケットの場合、再使用してもCO2排出の観点でもエコではない。人工衛星を打ち上げるようなロケットは推進剤(燃料・酸化剤)が全体重量の90%以上である。再使用すると同じペイロードに対して推進剤を大幅に増やしていることになるので、CO2排出の本質的な量は変わらないか増やしている。
エコロジー的には有効なのは使用する燃料をカーボンニュートラルにすることである。

完璧で理想的なシステムならともかく、安易な再使用ロケットは本質的にエコノミーでもエコロジーでも無い。

本当に良い再使用ロケットのためには

では再使用ロケットを経済的にするためにはどうしたらいいのか?
第一は、そもそも1機あたりの製造費を下げることである。
この話は過去に書いている。
コスト割合の大きな部品の製造費を下げると一番効果的である。

それに加えて、再使用することでの輸送能力低下を防ぐのが効く。

具体的に良い再使用ロケットのためには、以下のどれかもしくは複数を実現する必要がある。

  • ロケットの大型化(再使用のためのデバイス重量を薄める)

  • 着陸時のΔV損失を小さくする(性能悪化に直に効く)

  • 再使用用の部品(脚や翼)の重量とコストを下げる

  • 回収・修繕の費用を極限まで下げる

  • 抜本的に比推力の高いエンジンに置き換える

一方で、最悪なのは

  • 小型のロケットで再使用する

  • 再使用のためにΔVを大量に使う

  • 再使用のために重たいデバイス(脚や翼)を使う

  • 再使用のためだと高価な部品を使い製造費を上げる

  • 再使用のための回収・修繕コストをしっかりかける

  • 比推力の低いエンジンで再使用する

本当に良い再使用ロケットのためには?

また、ペイロード輸送能力という意味では再使用ロケットはペイロードの代わりに再使用に推進剤や重量を使うので、ロケットの小型化をしたのと効果は同じである。
設備上限からロケットサイズを決めて再使用ロケットを開発をすると、小型化したつもりなくペイロード能力が下がってしまうのに注意である。

個別のロケット開発に言及はしにくいが、わかっている人は私が言うまでもなく分かった上で研究を長年している(国内外問わず)。
一方で、全然わからず雰囲気で再使用ロケットに絡んでいる人も多い。

本当に人類の進歩に有効なロケットが開発されてほしい。

ISTでの戦略

再使用ロケットは技術的な大変さの割には経済的にも環境的にも効果が弱いので、筆者の企業では総合的な低コストに一番効く、一つ一つの部品の低コスト化開発を優先して行っている。ロケットエンジンや搭載電子機器を圧倒的に安く作る方式や生産技術が逐次できてきている。部品によっては従来比で製造コスト1/10になるようなものも出来ている。再使用しても達成できない低コスト化を目指しているし、出来つつある。
地味で難しい分、理解されにくいが、本当に宇宙に手が届く未来を実現するための開発を行っている。

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おまけ

再使用ロケットのメリット

再使用ロケットの明確なメリットもある。
数を作らなくて良い点である。
一般に、製造業は量産のために大きな設備投資をする。再使用ロケットは設備投資を削減できる。量産へのリソース投入を避けたい場合は有効である。
したがって、初期投資という意味での資金的な体力やアセットを持つと不利になる民間企業では再使用ロケットの選択肢はありえる。

また、人を運ぶロケットの場合、認証手間や搭乗者の心理面から再使用ロケットの方が良い面がある。

再使用ロケットのデメリット

再使用ロケットの売上構造を分析する。
ロケットは輸送業なので輸送量から売上が立ち、製造や運用にコストがかかる。再使用ロケットでは製造を減らして輸送量としての売上が上がることになる。
打ち上げ会社と部品供給会社が別々の場合、同じ宇宙輸送量であれば部品供給会社の売上が下がり、打上げ会社がその分増える。
そもそも宇宙輸送量を増やさない限りサプライチェーンは大きな変化を求められる。

SpaceXのStarshipの詳細

筆者の想像であるが、SpaceX社はFalcon9で再使用が経済的にそこまで有効では無いこと経験したのだろう。
したがって、次世代機のStarshipでは本質的に再使用ロケットで安価になるような工夫をいれている。

  • 1機あたり製造費を下げるためにメインエンジン(Raptor)を安く作れるような設計にして、なおかつ年間数百機作れるような量産化体制

  • ステンレス製の機体でCFRP製に比べて1機あたりの製造費を下げる

  • 超大型化

  • 1段目の着陸時のΔVを小さくするためのグリッドフィン

  • グリッドフィンを折りたたまずに出しっぱなしにする

  • メカゴジラ(発射台)にキャッチさせて脚を無くしロケット側は強度強い重い箇所をグリッドフィンのみにする

  • 2段目はイカみたいな形で滑空させることで着陸時のΔVを最小限に

  • 2段目もメカゴジラ(発射台)にキャッチさせて脚を使わない

  • 回収費用かからないように射場で回収してしまう

Falcon9での再使用的に欠点になっている部分を上手く避けている設計になっている。
Starshipは再使用ロケットの完成形とは思えない点もいくつかあるが巨大なロケットを実際に飛ばして経験を積んでいる点は凄い。

Falcon9の他の再利用経済性の研究例

私だけが再使用ロケットの経済性に疑問を持っているわけではなく、様々な同一趣旨の研究例がある。
上であげたULAのレポートも一例だし、航空宇宙で世界有数のデルフト工科大の論文もある。その他、各国の論文もあるがPDF直接見れるものは少ないのでこれだけ挙げておく。

ULAのSMART ReuseのAIAA論文
Mohamed M. Ragab and McNeil Cheatwood ,”Launch Vehicle Recovery and Reuse”, 2015, AIAA 2015-4490

デルフト工科大の修士論文
Rozemeijer Mark,”Launch Vehicle First Stage Reusability: a study to compare different recovery options for a reusable launch vehicle”, 2020, TU Delft master thesis

MITの方の論文
Matthew T. Vernacchia and Kelly J. Mathesius, "Strategies for Reuse of Launch Vehicle First Stages" IAC-18-D2.4.3


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