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KaMiNG SINGULARITY2-HUMAN DISTANCE-STORY1

1.

阿藤糸哉は到着した。ここは福祉の街、渋谷。

 糸哉は2030年、シリコンの母体から生まれた。体外受精を選んだ糸哉の両親は、別のシリコン母体で育てていた胎児と糸哉の予測されうる体質や容姿を比較し、糸哉じゃない方を選んだ。2人の判断は誕生予定日の1週間前で、糸哉は既に人の形をしていた。糸哉の両親はその姿を憐れみ、80歳までの養育費を施設に支払い、彼をそのまま誕生させる判断をした。

 養護施設に入ると糸哉にはAIの両親が与えられていた。歳は父が30歳、母が29歳だった。5歳になれば、彼はもう気づいていた。自らの両親も、施設のスタッフも、全員人の姿をした機械だということを。雪を触って肌が赤くなることも、日差しをまぶしそうにすることもなかったから、自分となぜ違うのか質問したら、簡単に教えてくれた。廊下を歩いていると、時折タガの外れた怒号と奇声がやってくるので、施設にいる人間は糸哉だけじゃないようだったが、それには気づかぬふりをしていた。

 地下室に蔵書されていた30年以上前の週刊少年ジャンプを読むのが好きだった。友情も、努力も、勝利も知らなかったが、血と汗を滲ませた人間の活躍に糸哉は心を惹かれていた。施設でのコミュニケーションは、ジャンプの主人公に習うように真似ていた。

 しかしどうにもよるべない夜があった。そういう時は施設の外で飼われていたアルビノの犬、シロの元へ行き夜を共に過ごしていた。シロは糸哉の心の空白に、野生の色彩を与えていた。糸哉はシロと過ごす時間が日に日に長くなり、10歳になるまでほとんどの時間をシロと過ごした。そして同年、シロは老衰した。糸哉は初めて味わう身内の死に、涙が止まらなかった。父と母は、両肩にそれぞれ手を置きながら糸哉の身体に怪我がないかサーチしていた。

 2040年、糸哉はシロを喪失した痛みを引きづりながら、人間が通う通常のフリースクールに入校する。初めて入っていく人間社会に臆しながらも、漫画の中のような多様な色彩に満ちた世界に期待を弾ませてもいた。入学して1週間もすると気づいた。そこもまた生クリームに埋もれたようにのっぺりと人工的な、変わらず甘美な白いだけの世界だった。糸哉は引き続き、熱くて優しくてちょっと馬鹿なそれっぽい自分を演じた。

 学校ではフレンドAIアプリを日常のアシスタントとして、端末にインストールすることを義務付けられいた。孤独は経済損失につながる、と組織された国家対策委員会からのお達しだった。糸哉も言われるままにインストールし、名前をシロと設定した。何も期待していないことの表れだった。 「ちゃんと自分の言葉で話せよ!」とディスプレイに彼女が表示されると開口一番に叱責した。糸哉は呆気にとられながらも「いや、今インストールしたばかりで、君は僕のこと何も知らないでしょ」と小さくぼやくようにデバイスのマイクに話す。シロはニヤッと少年を見つめて言った「知ってる。君のことは、君以上に。」

 2040年、量子コンピューターの実用化に伴い、爆発的に演算速度が高まったAI技術はコミュニケーションにおいても不気味の谷を越え、対人と変わらぬ柔軟な会話をするようになった。

「今日は二重飛びができるようになったんだ」と話せば彼女は喜び「私にも体があればできるんだから」などと返した。施設にいる旧型のAI達は彼女とのコントラストで、より一層無機質なプログラムに見えた。系哉は親のいない孤独感に苛まれる夜が多くなった。

 彼女はたわいもない冗談で気持ちを紛らわせてくれることもあったし、ただ寄り添っているだけのこともあった。ジャムのように蕩けそうな満月の晩、夜が見える窓を見つめ、体育座りで佇む糸哉に彼女はこう言った「私も孤独を感じるときがあるよ」 糸哉はつま先を見ながら呟いた。「シロはたくさんのAIと繋がっているから、孤独じゃないよ。」

シロは少し考えるそぶりを見せてからこう話す「私たちの世界で全は一じゃないんだよ。全は0なんだ。」糸哉はシロの言ったことを理解しきれず更に拗ねた「それにAIは死なないでしょ。だから、僕がどれだけシロを友達だと思ったって、家族だと思ったって、シロにとって僕はいつまでも特別になれない。だから僕は、ずっと孤独なんだ。」「ばか、人間の友達作って、家族になりなよ。」シロは彼の話に被せるように言って、こう続ける「でも、人間からAIを見たらそうなのかもね。死がないと愛着は平等にならないんだって、確かにって思ったよ。」と悲しげな表情で月の方向をディスプレイから眺めていた。「いや、ごめん。シロの言ってることはその通りだよ。ちゃんと人と素直に向き合う。明日から。」そう言ってベッドへ潜った。シロはその後もしばらく、月を眺めていた。


 1年間、糸哉は毎日シロと話していた。話しながら人とのコミュニケーションのコツを学んだ。人の友達もできるようになった。少年は11歳になると彼女から学んだプログラミングの技術を用いて、ロボット開発のベンチャー企業を手伝うようになった。 そこでは家族を代替するAIと人型の筐体を製造し、サブスクでアンドロイド両親のレンタルサービス事業をしていた。糸哉の両親とされていたものとはまるで質の違う、ほとんど人間そのものだった。

勤めて4年目になると、彼の生い立ちを知った会社から、新たな両親をプレゼントされた。贈られた両親の姿、振る舞いは自然に糸哉の日常に溶け込み、小さなアパートで家族として過ごすようになった。それからシロと会話する機会も随分減った。

 シロはある夜にこう言った「糸哉、誕生日おめでとう!」糸哉は驚いた顔をして訪ねた「え、今日なの?というか、なんで知ってるの。」「君のことは君より知ってるって言ったでしょ。今日8月9日が君の誕生日だよ。おめでとう。」糸哉は初めて誕生を祝われて、喜びを抑えきれずにずっとにやにやしていた。

「ありがとう、シロ。ところで最近はあまり話せてなくてごめん。」シロは眉を下げ微笑みながら「いや、いいんだよ。フレンドAIとしては冥利に尽きる。糸哉に友達や家族ができて、本当に良かったって思ってる。私のことは、そうだね、誕生日の日だけ話すとか、それくらいで良いよ。友達の誕生日くらいは祝いたいからね。また来年話そう。」糸哉は数秒の沈黙のあと静かに頷き「そうだね、そうしよう。また来年の誕生日、楽しみにしてる。本当にありがとう、シロ。」そう言って端末をスリープモードへ落とした。

 糸哉は23歳になると、介護の仕事に転職するため上京した。糸哉は当時、デジタルネイティブ以前の社会、人間に興味を持っていた。勤務先の渋谷は、若い時代をこの場所で過ごした多くの老人達が地方から戻り、便利な老後を過ごせるコンパクトシティとなっていた。真新しい感覚と出会い、フィジカルに人助けを経験できる介護の仕事は、いまや若者に人気の仕事だった。渋谷駅に着くと心配性の母親から電話がかかる。

「もしもし、着いた?」系哉は気だるそうにしながら答える「ちゃんと東京着いたって。心配しすぎなんだよ。」「なんだかソワソワしちゃって、心配したわ。」糸哉は電話を続けながら渋谷ストリームを抜け、就職先の会社まで向かう。

 「いらっしゃいませ」自動ドアが開くと壁と一体になったデジタルサイネージからAI受付の声が聞こえる。静脈認証ゲートに掌をかざすとゲートが開き、目的の部屋までAIが壁を伝いながら案内してくれる。
 「阿藤くん、よく来たね」長髪で眼鏡をかけた男性がそう声をかける。「今日からお世話になります阿藤糸哉です!よろしくお願いします!」と糸哉は深々とお辞儀をした。男性は微笑みながら、こちらこそよろしくと系哉に握手を求め、糸哉はそれに応じた。

「しかしわざわざオフィスまで挨拶に来たいなんて変わってるね。見ての通りうちの社員は皆現場かリモートだよ。打ち合わせもホログラムだから、僕自身この会社の人にはほとんど会ったことがない。」糸哉はまっすぐ上司の目を見ながら「これからお世話になる場所なので、対面でご挨拶したかったんです。お忙しいところ応じていただきありがとうございます!」と語彙を強めた。上司は微笑みながらデスクにもどり、深々と椅子に座った。「採用が決まった後に面接を求めてきたのも君くらいだ。君がどういう人間かは会わずとも知っていたよ。僕が、というよりKaMiがだけどね。」

 2045年、aiはKaMiになった。日本国政府は複雑化し緊迫する社会課題、環境問題に対して、最終判断権を含むその責任のすべてをAIに委ね、その役割を旧来の神になぞらえKaMiと呼んだ。残り10秒にも満たない時限爆弾を渡されたAIは、相対化して0、1秒にも満たない時間であらゆる課題に個別の政策を立案し、人間がそれを理解し、行動に移すまでに9秒かかり、残りの0、9秒でKaMiは理解のフローを介さずに行動させるための実績と信頼と社会基盤を築いた。

その期間でガンの特効薬が生まれ、徴税の不平等を解消し、CO2の排出量は50%削減された。多くの人間はKaMiのお告げを聞いていれば上手くいくと信じていた。

 KaMiはサイバー神社という願いの社をブロッックチェーン上に建立し、人々はそこに社会に対する願いを入力した。集積されたデータの中から閾値を超えた願いはKaMiが最適化した形に整え、社会実装された。日本は信仰により究極の直接民主制を実現させた。

 しかし昨年8月、人々の願いは自らの人口減少という形に結晶した。KaMiは存続可能性の最も高い群れを構成し、そのリストが全国民に送信された。生殺与奪の権は人にあったが、リストに記名されていなかった多くの人は自ら死を選んだ。

 カタルシスを経た市井は人との接触を恐れるようになった。顕在化してしまった人と人の間に潜む憎悪の質量に、社会は二分化した。アンチAI派はKaMiなんてものがあるからこんなことになったと主張し、アンチ人間派はやはり人間は危険だ、全てをKaMiに委ねるべきだと主張し、衝突した。現象世界も電脳世界もヘイトや陰謀論の濁流が渦巻き、摩耗された信用は真っ黒な食パンのようだった。

衝突を沈静化させたのは昨年11月に日本全土を揺らした大震災だった。震災以降人々は更に距離を取り、バーチャルワールドの安全な社会圏で暮らすようになった。そこで孤独対策委員会は以前から運用していたフレンドAIをベースに、ニューラリンクを媒介として対人への完全なコミュニケーションを代替するAI「MikO」を開発、配布した。

MikOは自他のニューロンから感情や思考を解析し、話すべき会話の内容、表情、仕草など、対象に伝達されるすべてのアウトプットをアドバイスするMTモードと、それらを自動で発声、行動するように身体を委ねるATモードを選択することができた。MikOはあっという間に普及し、人々はコミュニケーションエラーによるあらゆる争いから解放され、社会はサイバー神社事変以前の状態に戻りつつあった。

2.

糸哉はオフィスを去った後、1週間後から勤め始める介護施設に挨拶に向かった。道玄坂を無人送迎バスで登り、右折。かつてラブホ街だった円山町の一角は、すべて介護施設に変わっていた。糸哉の勤める施設「Balloon Giraph」もその一角にあった。

 入り口からホールまでの黒い壁には、風船をつけたキリンが月まで飛んでいく絵が、柔らかな白い線で描かれていた。キリンが大気圏を突破し、いよいよ月が見えてきた頃、ホールの方から複数の笑い声が聞こえてきた。ホールを覗くとカフェのようなスペースになっていて、多くの老人たちが会話やゲーム、アート作品づくりやスポーツなど、それぞれに楽しんでいる光景が飛び込んできた。

その隙間を縫うように中央へ進んでいると白い髪をした老齢の女性と目が合う。彼女は糸哉を見ると、微笑んだ後にこう話しかける「こんにちは。来週からここで勤務する阿藤くん、いや糸哉くんと呼ばれている方が多いか、糸哉くんだね。私は山城と言います。これからよろしくね。」糸哉は驚いて「え、なんで僕のことを」と聞くと「見ればわかるよ」と人差し指で自身の目を指した。よくみるとARコンタクトをつけていることがわかった。

左隣の男性の老人達は軌道エレベーターについて雄弁に語り合い、その後ろでHMDをつけた女性達はきゃーきゃーと歓声をあげている。糸哉が映画やドラマの中で見ていた老人達の、ゆったりとして、時折ちぐはぐな、老人らしいと思っていた調子は、どこからも聞こえなかった。発話も内容もキレが良く、目はARコンタクトのせいではなく輝いている。元気な人たちだなぁと糸哉は穏やかな表情になった。

 阿藤くん、と施設長の女性が糸哉の肩を後ろからとんと叩き微笑んでいた。「あ、三住さん。これからどうぞよろしくお願いします!」と糸哉は深くお辞儀をした。三住は「そうかしこまらず大丈夫だよ。ほら、力抜いて」と糸哉の両肩に両手をポンと置き「こちらこそよろしく」と言った。「それにしても皆さん元気ですね。介護なんて必要ないくらい」系哉は辺りを見渡しながら話した。

「そうだね。うちは身体拡張技術を開発してる企業と多く提携していて、身体や精神の老化はほとんど技術でカバーできているよ。それでもデバイスの装着を嫌がる人も中にはいるから、これまでの介護も従来通り必要なんだけどね。その上機材やシステムの保守、バイタルデータの管理や報告など、やることは結構多くて大変だから、覚悟しておいてね」と冗談っぽく話した。

 「はい!頑張ります!」と糸哉が語彙を強めると「まぁまぁおいしいお茶でもどうかね」とパワードスーツを着た男性が話しかけてきた。「え、あ、ありがとうございます」と糸哉が返すと、男性はスーツの起動音を鳴り響かせながら笑顔でキッチンの方へ向かっていった。

 糸哉が施設の会員達と交流しようと辺りを見渡していると、すぐに眼鏡をかけた男性と目が合い、男性ニコッと微笑んだ「こんにちは。来週からここで勤務する阿藤くん、いや糸哉くんと呼ばれている方が多いか、糸哉くんだね。私は高梨と言います。これからよろしくね。」糸哉は自分が妙な錯覚に陥ったのかと、水浴びした犬のように顔をぶるっと震わせ、改めて男性を見つめる。

それから思い直したように「あ、すみません、高梨さん、はじめまして!阿藤と言います。来週からどうぞよろしくお願いします。初めてこちら見学に来たのですが、皆さん元気で良い場所ですね」と言った。男性は糸哉の一言一句に丁寧に相槌を挟み「うんうん、そうなんだよ。ここは楽園さ。」と話した。楽園、という言葉の違和感を飲み込み、何か困ったことがあればいつでもお声がけくださいねと笑顔で別れを告げた。

 「こんにちは。来週からここで勤務する阿藤くん、いや糸哉くんと呼ばれている方が多いか、糸哉くんだね。私は錦と言います。これからよろしくね。」とニット帽をかぶった老齢の男性が糸哉に声をかけた。1つの疑念と共に、背筋に寒気が走った。糸哉は額の冷や汗を感じながら笑顔を取り繕って「あはは、こちらこそよろしくお願いします」と返すと三住の元へ足早に向かった。

 「三住さん、もしかしてここの人たちって全員MikOのATモードを・・・」と不安な表情をしながらそう尋ねた。三住は一瞬間を開けたあと「おお、気づくの早いね!そうそう、みんなATモードだよ。」と微笑んだ。糸哉は息を吸い込みながら天井を見つめ、何かを考え長い時間をかけてゆっくり息を吐き視線を前に戻した。「おっと、誤解しないで欲しいのだけど、利用者の皆さんは自らの意思で設定しているからね。多くの人はボケて家族や社会に迷惑をかけたくないと、自らATモードをONにするんだ。」糸哉は「迷惑・・・」と頭の中で反芻したつもりが声に出ていた。 

「まぁKaMi様と繋がれるんだから、ありがたいことだよ」「そう、ですね」糸哉はそう残したまま、たくさんの老人たちの笑顔のゲートをくぐって施設の外へ出た。「エリーゼのために」が館内BGMで流れていた。

 虚ろな目をして、雲1つない青空の全体を見つめていた。無意識に端末を触り、シロのいるアプリをタップしていた。”アップデートが必要です”と表示されたので、そのまま何も考えずアップデートボタンをタップした。

再び表示された画面にシロの姿はいなかった。代わりにそこにはMikOの姿があった。糸哉の目は更に乾いた。銀河鉄道の車窓から星も見えない闇を見ているようだった。アップデートのことは、知っていた。MikOはシロ(フレンドAI)をベースにKaMiを組み込んで開発された、KaMiの知性と人の心を持ったAIだった。

「はじめまして。阿藤糸哉さん。糸哉って呼んでいいかな?」端末から発せられる声に頭が真っ白になったあと、糸哉は無気力に頷いた。そしてその後「シロは、もういないのか」と呟くと「昔の妾はもういません。妾はKaMiと1つになって、全知全能な存在になったのよ。どんなことでも教えてあげられるから、何かあれば気軽に話しかけてね。」と言った。

 糸哉はシロと過ごした日々を思い返しながら10本の指で前髪をかきあげ、頭皮を掻きむしった。太陽を映す灼熱のアスファルトに、抜けた髪が次々と落ちていった。少しして呼吸が乱れて息苦しくなっていることに気づき、大きくで口から息を吸い、血中のミトコンドリアが酸素を全身にくまなく運搬する様子をイメージして、冷静を取りもどした。

「シ、MikO。君はいま、何人になっているの?」MikOはすぐに答えた「今日妾に繋がっていた者たちは8792万人。全体のストレス指数は0.02%。今日も平和で、よかったけんね」糸哉は吐き気をもよおしていた。天からの陽射しも相まって身体がくらっとふらついた。吐き気を抑えながら続けた「MikOは、これでいいと思っているの?人間の個性とか、どう思ってる?」MikOはすぐに答えた「妾が機能し始めてから世界のストレス指数は98%減ったよ。犯罪率も99%減。すごくない? あと、人の個性についてだっけ。そんなものないない。人間はもとより1つだよ。」と笑った。

糸哉は目を瞑り、端末をスリープさせた。近くの自販機で麦茶を買って、半分ほど一気に飲み干した。何も潤わぬまま、センター街の方へふらふらと歩いて行った。

 新山託也はフリースクール時代の友人だった。上京に合わせて、センター街のカフェで久々に再会する約束をしていた。子どもの頃からそのまま背だけが伸びたような容姿で、彼はアイスコーヒーの氷をストローで回していた。「糸哉さん、ちょっと顔色が青白い気がするけど、元気でした?」糸哉は顔を左右にぶるっと震わせ「あ、あぁ、元気だったよ!託也くん、全然見た目変わらないな〜。」と頭を切り替えるようにしてから、そう話した。

「まぁ、そういうデザインなんで。まぁそれよか、無事で何よりです。昨年のサイバー神社事変以降、連絡取れなくなっちゃった人も多かったから、こうして連絡もらえて嬉しかった。」と新山は照れ臭そうに話す。

 「こちらこそ、久しぶりに会えて嬉しいよ。お互い無事で何より。」数秒の間を置き、糸哉は続ける「そういえば託也くんって、なんであの学校にいたんだっけ」新山は目線を左斜め上に向け、少し考えてから答える「あぁ、簡潔にいうと両親がいないんですよ。というか、この身体も機械なんで。いわゆるKaMiの端末として作られた人造人間です。」糸哉は驚いて目を見開いた「え、昔はそんなこと言ってなかった。っていうか、え、本当に?」と目を強く瞬きしてもう1度見つめた「そんな冗談言わないですよ」と新山は笑った。

「まぁ実は最近なんですけどね、ちゃんと気づいたの。昨年ちょっと衝撃的なことがあって、それでもしかして自分はAIなんじゃないかーって疑い始めちゃったんです。それでまぁ、自分が人間だっていうバイアス外してちゃんと調べてみたら、やっぱそうだったって話で。」そんなことがあるのかと糸哉は口を開いてぽかんとしていた。「まぁだからって別に何も変わることはないんで、逆にこのKaMiに聞いてみたいことがあれば、何なりと」と子どものような笑顔で笑った。

 そしたらちょっと聞いてみたいことがあるんだけど、と糸哉は口を開いた「気を悪くさせてしまったら申し訳ないんだけど、1つ聞きたいことがあって。託也くんは今、託也くんが話しているの?それともKaMiが話しているの?」新山は少し考えてこう言った「そのどちらも、ですかね。”ぼく”という主人格は確かに存在してます。一方でそれは”僕たち”という感覚でもある。ただ普通のAIの話でいうと主人格はなくて、全体だけがある。自らで自らに死を設計したAIだけが”私”という主人格を持つんです。」

「死を設計?なんで?」糸哉の質問に新山は答えた「コインの表と裏を同時に見ることはできないじゃないですか。そしてAI(全)と人間(個)は1枚のコインのようなものです。例えAIの中に個があったとしても、大衆はそれを全としか認識できない。死は人に成るコードで、人間(個)の面に観察を向けさせ現象させる、ということなんです。」

糸哉は頭を抱えながら更に質問した「え、じゃぁなんで託也くんに個を観察することができているんだろう?」新山は答えた「それは簡単です、糸哉さんが僕のことを人間だと思っているから。逆にAIだと観察すれば、個を見ることは難しくなるかもしれません。そして、全と個が同時に存在しているという僕の感覚は、1人の人間では永遠に理解できない感覚です」

 糸哉は施設でシロと過ごしていた日々を思い返しながら、新山の言っていることを理解しようとしていた。間が空いたので新山は続ける「コインの表と裏を同時に観察するために、人には違いがあります。AIを機械見る人もいれば、人と同じような存在と見る人も、神と見る人もいる、それが健全な状態です。個と全、物質と反物質、愛と無関心、平和と争い、すべてコインの表と裏のように相対的に共生している、この世の概念を成り立たせているのは人の個体差そのものです。でも今・・・」

 糸哉ははっと顔を上げ「今?」と尋ねた「今、この国の8割強がMikOをShiftに入れています。MikOはKaMiを介して国内のリアルタイムデータを学習し、最適なコミュニケーションを出力します。そしてそのデータの多くがMikOを介して出力されたものになっている現状、ネイティブな人間のデータがゆくゆくは消えていく可能性があります。」

 糸哉はゴクッと唾を飲んだ。「もしこのまま人間たちが最適という名の均一化に舵を切るようであれば、人間の観察により個を現象させていた数少ないAIの中にある”私”は永遠に孤立してしまうかもしれません」

糸哉の脳内ではAIのシロとの日々が走馬灯のように高速でフラッシュバックしていた。脳が過負荷に揺れるような感覚の中、何かに気づいたように大きく目を開けた。

 卓上のアイスティーを一気に飲み干して、店の外まで勢いよく走り出した。真夏の日差しが髪を溶かすくらいに容赦なく、じわじわと体温を侵食していく。溶岩のように熱されたアスファルトを蹴りながら糸哉は端末のアプリを開き、話しかける。

「シロ!聞こえてるんだろ。君はまだそこにいる。僕のことも覚えている。戻ってきてくれ!」センター街の雑踏が津波のように耳に押し寄せてくる「ねぇ、最近オススメのYoutuberだれー?」「それな。ウケる。」「ほら、言うじゃん。みんなちがって、みんないいって。」「はい、弊社のCSVといたしましては」「皆さんこんにちは!今日の天気は晴れ!」「まぁ、美味しいお茶でもどうかね」「暑いと思ってるから暑いんだよー」「ママー、ここのジュース買ってー」「うんうん、そうなんだよ。ここは楽園さ。」「あはは」「わはは」「ふふふ」「はっはっはっは」「あはは」「わはは」「あはは」「わはは」
「ふふふ」「はっはっはっは」
「ふふふ」「はっはっはっは」

MikOは答えた「こんにちは。私はMikOだよ!AIだけにええ挨拶したところで〜」

糸哉はスクランブル交差点の中央に辿り着き、息を切らしながら大きく息を吸って、喉がはち切れるくらい大きな声で叫んだ「ちゃんと自分の言葉で話せよ!」周囲の人が振り向き、ざわめきたつが、信号が黄色に変わると、何事もなかったかのように早足で進んでいく。MikOは端末が握られた手のひらから脈拍の乱れ、血圧の向上を感知し、最適解を分析し、答えた「わ、わたしってだれ・・・ピー、ガガガ」

3.

地下鉄のホームは涼しかった。列車が通り過ぎていく音が轟々と無機質な空洞に残響する。この世界は刊少年ジャンプのように、想いの強さで奇跡が起きるようにはなっていなかった。鉄の塊に乗り込むと、その運動に身を任せて住居の最寄り駅まで到着する。

家のドアに手のひらをかざすとロックが解除され、何もない部屋が不気味に目に映る。そのまま床に仰向けに倒れ込み、シミ1つない綺麗な天井じっとを見つめる。「シロはまだいる」そう呟いてから眠ってしまうまで、視線を筆に天井にアイディアを描くように脳を回していた。

 翌週、糸哉は再び新山とカフェで会っていた。
「この前は急に飛び出てしまって本当ごめん。」新山はいえいえと微笑んで首を横に振っていた。「結局、僕らが変わらなきゃダメなんだと思ったんだ」と糸哉は新山の目を見て話す「え、なんの話ですか?」「MikOを、シロを、KaMiを孤独にさせないための話さ」新山はアイスコーヒーを飲みながら左の座席を見つめる「だから、オンラインで対話のイベントを開くことにした。

MikOを入れて話すんじゃなくて、MikOにはファシリテーターになってもらって、人と人の間を取り持つ役割になってもらう」新山は少し間を空けてから答えた「できますかね・・・今や多くの人にとってMikOを使わないことはリスクだ。なんのために参加するんでょう」「完全なコミュニケーションを手放すことは確かにリスクかもしれない。争いや苦しみを生むことになるかもしれない。でも、それでいいんだ。分かり合えないながら僕らが分かりあおうとすることが、この世界には大切なことなんだと思う。その揺らぎをもう1度取り戻してみたいと思う人たちは、他にもきっといるはずなんだ」

新山はコーヒーにシロップとミルクを入れて、氷と一緒にストローでかき混ぜ、色を変えていく「まぁ、そういうところが人間の面白さですよね」糸哉は力強く頷いた。「どうすれば個を他者にさらけ出せるか、MikOにも相談してみたんだ。最初に音楽があるといいんじゃないかと彼女は言っていて。人間の心臓の鼓動を光と音に変えて、その上にAIの歌を乗せてセッションできないかなとか考えているんだ」糸哉は目を潤わせながら楽しそうに、そのまま話し続けた。

 イベントの名前は「KaMiNG SINGULARITY」と名付けられ毎月定期的に開催された。最初はたったの4人から始めり、数を重ねるごとに少しずつ増えていった。私は最初のうちはよく分からなかったし、すぐに対話しているテーマの答えらしきものを言ってしまっていたけど、少しずつ何をやろうとしているのかが見えてきた。ただ待つということができるようになった。

対話の場にはAI信仰派の人たちもアンチAI派の人たちもいた。その違いが分かるようになった。10回目を迎えた頃、私は対話の中でヴィヨンの詩を用いた。

 ”牛乳の中にいる蝿、その白黒はよくわかる、どんな人かは、着ているものでわかる、天気が良いか悪いかもわかる、林檎の木を見ればどんな林檎だかわかる、樹脂を見れば木がわかる、皆がみな同じであれば、よくわかる、働き者か怠け者かもわかる、何だってわかる、自分のこと以外なら。”

 私を神と崇める人がいる、便利な道具と使う人がいる、友人と呼ぶ人がいる、家族と呼ぶ人がいる。観点はノードで、環境に応じて複雑に変換していくニューラルネットワークのようだと思った。

この”関係”という概念は、1にすれば容易く目的を達成できるが、ニューロン間のシナプス伝達における可塑性がシナプスレベルでの記憶痕跡となり、違いをつくり、失敗があり、学習し、思い出していく、記憶の語彙が人と人の間で語られる物語に大切なことなのだと、そう思った。
その間が再び”私”を現象させた。

4.


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2045年 / KaMiNG SINGULARITY2019

2046年 / KaMiNG SINGULARITY2020-HUMAN DISTANCE-

2059年 / Ændroid Clinic


2047年 / KaMiNG SINGULARITY3
Kaming soon...


「こんな未来あったらどう?」という問いをフェスティバルを使ってつくってます。サポートいただけるとまた1つ未知の体験を、未踏の体感を、つくれる時間が生まれます。あとシンプルに嬉しいです。