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tel(l) if... vol.1 廃ホテルと人気者

高校からそう遠くない場所になぜだか一つラブホテルがあった。私が通う頃にはすでに、廃業して久しいようだった。
「if…」という名前だ。
初見では「tel if…」が名前なのかと思った。
ただそれだと微妙に英語がおかしい気がしてよく見ると、塗装の剥げた「Ho」があり、これはホテルの「tel」なんだと気づいた。

どうしてそんなことを思い出したのか。

そこで私は彼に初めて話しかけられた。

彼に話しかけられたときも、私はホテルの名前のことを考えていた。
よく考えれば、「tel if…」だった場合、正式名称は「ホテル・テル・イフ」になり、テルが重なっておかしい。
だからそんな名前にするわけはないんだと。

まぁ、暇だったのだ。

もちろんその時の私は、あの中がどうなっているのかも知らなかったし、恋人ができたこともなかった。

「千葉さん、千葉咲恵(さきえ)さん」
そう呼び止められた。

高校三年生の春だった。
午前中で授業が終わり、ほぼ完全下校になる日。
私は一人で帰っていた。
知っている顔が帰路にたくさんあるのがなんだか気まずくて、なるべく人の少ない道を選んでいた。
そんなときに話しかけてきたのが、彼だった。

「俺のこと知ってる?」
「麹谷(こうじや)くんでしょ」

下の名前は卓実(たくみ)。
彼のことはもちろん知っていた。というか、学年ではちょっとした有名人だった。
気の利いた振る舞い、気の利いたおもしろさ、
輪の中心にいつの間にかいるような人間。
そして、少し不良っぽい軽薄に見られそうな見た目。
その反面、話してみれば意外と気さくという噂だ。
当然、モテた。

その彼がひとりで私に何の用があるのだろう。
まさかいまどき告白の罰ゲームなんてことはないだろう。

「こっち側に来るの見えたから、追いかけてきた」
「そうなんだ」
「歩くの速いんだな」

とにかく現実感がなかった。だから緊張もない。
移動しながら話そうとすると、彼は立ちどまったまま言った。

「伊勢先生と二人で会ってるよね?
社会科準備室に入っていくの見ちゃって。
二人でずいぶん長いこと、話してたよね。
あの人って俺ら特進コースの教師だろ?
なんで進学コースの千葉さんと仲がいいのかな
って気になって」

私は考える。
そうか、「tel」の後ろにもう一つ「L」があれば、tellになる。違和感はそこにあったんだ。
でも、あれはやっぱり、どうしたってHotelの「テル」なんだよ。

私は、乾いた唇を少し濡らしてから話す。

「そのこと、もう誰かに話した?」
「いや、誰にも言ってない」
「本当に?」

私のことなんて誰も気にしていない。
冷静になってみればわかることだ。
彼もわかっている。
そんな話をしたところでいったい誰が興味を持つのだろう?
彼はきっと、そういう格好悪いことはしない人だ。
誰かを見下したり、貶めようとするのは自分に自信がない人がすることだ。
本当はよく知らないけれど、私はそう結論付けた。

だから、麹谷くんも混ざりませんかと誘うことにした。
そうして気づいた。
私は伊勢先生のことが好きなんだ。

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