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ウルルとアボリジニ #02 バス旅編

翌朝、宿泊したゲストハウスの前でツアーのバスを待ちます。
辺りはまだ暗く、上着を羽織らなければ肌寒さを感じるほどでした。砂漠のほぼ中央に位置するこの街では日中と朝晩の寒暖差が激しく、1日の気温差は約20℃にも及びます。日中40℃、朝方20℃、慣れない私には風邪を引いてしまいそうな気温差です。

朝日よりもだいぶ先にやってきたのは、これから始まる片道約5時間の旅路にはどこか頼りない、約20人乗りのマイクロバスでした。
使い古されたその車内に乗り込み一人席へ腰掛けると、少しひんやりとした座席がギシギシと音を立て、ゆっくりと走り出します。

その後もバスは近隣の宿泊施設を複数巡り、数分おきにツアー参加者を拾っていきます。
1人また1人と席は埋まっていき、ようやく乗客全員が揃った頃には、外の世界はすっかり美しい朝焼けに染められていました。その鮮やかなアリススプリングスの街並みに別れを告げ、私はこの先の目的地へと思いを馳せます。
夢にまで見たウルルへの旅路が、ついに、今ここから、この小さな座席から始まるのです。


しばらく走行を続けると、窓の外の景色はそれまでの街並みから、徐々に"なにもない"砂漠へと移り変わっていきました。
突然、運転席の隣に腰掛けていたガイドの女性が立ち上がり、バス備え付けのマイクを握ります。キーンと大きなハウリング音が車内に響き渡り、一気に乗客の視線を集めました。慌てて機材の微調整した彼女は、一息つくと改めて満面の笑みを浮かべます。

"G’day mate! "
(グッダイ メイト:オージースラングと呼ばれるオーストラリアの日常的な会話表現。good day mate の訛りで、hello friendとほぼ同じ意味です。)

こんがりと日焼けした肌に白い歯がチャーミングなメリッサは、オーストラリアのパース出身。
子供の頃からウルルの大自然が大好きで、その魅力を存分に味わえ、多くの人に伝えられるガイドの仕事を選んだのだと言います。
その明るくエネルギーに満ちた佇まいが、全身でウルルの魅力やこのツアーの楽しさを伝えているように感じられました。

その後、彼女によるツアープログラムの説明、そしてアイスブレイクとしての簡単なオージースラング講座を終えると、マイクは参加者の方へと渡り、順に全員の自己紹介パートへと移ります。

参加者の殆どは20代後半から30代前半。大学や職場の友達と複数人で参加していたグループが多く、当時21歳の私が最年少でした。
そして意外だったのは、参加者の大多数が地元のオーストラリア人だったということ。ウルルは世界的な観光地として有名ですが、コスパ重視かつ体験型のこのツアーはきっと地元の若者に特に人気なのでしょう。

これからの時間を共にする仲間の挨拶に聞き入っていると、気がつけばマイクはもうすぐそこまで来ていました。何を話そうかと考えるもの束の間、ついに私の番になってしまいます。
自分でもよく分からないのですが、私は時折急に、どうしようもなく人見知りになってしまうことがあります。恐らくそれは自分の存在やパフォーマンスに自信がない時、近くに優しい表情をした人や甘えさせてくれそうな人が見当たらない時、プレゼンでも面接でもないのに何かを試されているような空気を察した時。いずれにしてもそれは突然やってくるのですが、残念なことにこの時の心情はまさにそれでした。

他の参加者への簡単なスピーチを終えると、どこからか早口で質問が飛んできます。
どの席の誰から何を言われたか分からず戸惑っていると、今度ははっきりと"Oh Japanese smile “との一声と笑い声が聞こえてきました。
実はそれは、私がこの留学中に一番言われないように気を付けていた台詞でした。困った時や照れくさい時、気まずい時、私たち日本人は無意識に特有の愛想笑いをする習性がありますが、この曖昧で気持ちや考えが伝わりづらい表情は、時に海外でJapanese smileと揶揄されます。空気を読むより対話する、思っていることはきちんと伝えることが重視されるこの文化圏において、この独特なsmileほど理解され難いものはないのです。
これまでもyou are Japanese と直接言われることなどはあったものの、それは大抵の場合、時間をしっかり守る習慣や細部への気遣い、礼儀正しさなどを称される時。一方で自分が一番気をつけようと思っていたこのネガティブなステレオタイプを指摘された当時の私は、良い返しができずにすっかり縮こまってしまったのでした。

そんな私に声をかけてくれたのは、メルボルン大学大学院へ留学中の、シンガポール出身の女性3人組でした。日本でいう文部科学省に勤務する彼女たちは、とても聡明でいて全く着飾らず、幼稚な私にも対等に接してくれます。中でも特に可愛がってくれたwooさんにはなんと日本人の旦那さんがいて、洋子さんという和名まで持っていました。
この3人はツアー中だけでなく、その後のメルボルン生活においても、また後日私がシンガポールに旅行に行った際や逆に日本に遊びにきてくれた際にも、たくさん可愛がってくれました。
ここで出会って良かったと思える、今でも大切な友人です。


さて、バスはひたすら一本道を進みす。
窓の外は美しい青空と果てしなく続く赤土。日差しは段々と強まり、気温も高まってきていました。使い古されたこのバスはもちろんエアコンの効きも悪く、体温が上がって行くのを感じます。ツアーの持ち物リストに「1人5ℓ以上の水」と書かれてあるのを確認し多めに持参してきたものの、メリッサのアドバイスもあり休憩時に立ち寄った売店で新たに買い足しておきました。
そしてまたガタガタとバスに揺られること数時間。
地面に生える薄緑色の植物と背の低い木々がある程度で全く変わり映えのないこの一直線な道を、運転手さんはよくも集中力を切らさずに何時間も走り続けられるなと感心していた頃、遠方には少しずつ、赤い山のように巨大な岩が散見されるようになってきました。もしやウルルが現れる時も近いのかと、徐々に気持ちが高まってきます。


その時です。
ついに目の前に、1つの巨大な山影が現れました。
バスの前方に座っていた乗客の1人が、メリッサに「もしやあれか」と尋ねると、彼女はにっこりと頷き、乗客全員にアナウンスを始めます。
ここの地形や距離感のことを考えると、恐らくそれはまだまだずっと遠くに存在しているのでしょうが、これまでの岩々とは明らかに違うその圧倒的な風格に、私たちは強く惹きつけられていました。
休んでいた乗客も次々と目を覚まし、次々とシャッターを切り始めます。ついについに、憧れのウルルとご対面です。


ようやく大地に足を踏み下ろすと、乾燥した赤土の感触が足の裏から全身に伝わってきました。
大きく息を吸い、私たちはまずウルルやアボリジニの歴史文化を学べるカルチャーセンターへ向かいます。

バス
窓の外の風景
バスから見るウルル
到着

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