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「の」Noel Gallagherと左足壊死ニキへ

 あああああ、残業をしてしまった。結構な時間をしてしまった。私は定時で上がりたい症候群の人間なので朝早く出社する。そして、定時近くなるといつものやつと二人でああでもない、こうでもないとお互いをけなし合ったり、くだらない下ネタで笑い合ったりしている。仕事場での一番の仲いいやつだろう。彼がいなかったらこの職をやめていただろうし、こんな人生にならなかっただろう。そんなやつが就職してから見つかるなんて思ってもみなかった。今日紹介するノエル・ギャラガーはその真逆の、相棒をずっと携えて当時一番ビッグなバンドを率いていた。

とりあえず、バイオグラフィを

●‘91年にイギリスはマンチェスターにて結成された、英国史上ビートルズ以来の最強ロック・グループと評されるオアシスのメイン・ソングライター/シンガー/ギタリスト。2009年8月にノエルはオアシスを脱退。
●2011年秋、ノエル・ギャラガーによるソロ・プロジェクト【ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ】が始動。ファースト・アルバム『ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ』は、日本で10月12日に発売され、オリコン洋楽アルバムランキング1位、全英アルバム・チャートも1位を獲得。翌2012年は1月に続き、5月にも武道館公演を含む2度目の単独来日公演を大成功させ、さらに7月にはフジロック・フェスティバル2日目のヘッドライナーとしても来日を果たした。
●2015年3月にはソロ第2弾アルバム『チェイシング・イエスタデイ』を発表。ファースト・アルバムに続き全英1位、日本でもオリコン洋楽チャートで1位を獲得。4月には東京・武道館公演を含むジャパン・ツアーを敢行し、同年7月にはソロとして2度目のフジロック・フェスティバルのヘッドライナーとして登場した。
●2017年9月9日、爆破事件以来閉鎖していたマンチェスター・アリーナの再オープンを記念し開催された追悼公演イベント「We Are Manchester」に出演。事件後マンチェスターのアンセムとなった「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」は文字通りの大合唱となった。
●2018年8月には、サマーソニックでのヘッドライナーに出演。これにより、<サマーソニック>と<フジロック・フェスティバル>のメインステージで、バンドとソロの両方でヘッドライナーを務めた初のアーティストとなった。 公式サイトより

かいつまんで紹介すると、元最強のバンドオアシスのフロントマンで、兄弟喧嘩の結果バンドは休止状態に。その後のソロ活動でも順調に歩んでおり、特にマンチェスター等ISの手によって行われた爆破事件後のアンセムとなった曲を追悼イベントで歌ったことでもう一つの伝説を作り上げた。

やっぱりノエルと言えば

  やっぱり、ノエルと言えばこの一曲だろう。

通称「ドンルク」正式名称を「Don't Look Back In Anger」

怒りで後ろを振り返るなというサビの歌詞から爆破事件後のイギリス国内では爆発的にこの曲が再注目された。元々、第二の国歌だなんて言われるくらいにイギリス人の心の鷲掴みにした曲が、更に価値を高めたのだ。こんなことはそう起こることではないだろう。そして、ノエルもいつもはひねくれているくせに曲の中の歌詞だけはいつも前を向いて真っ直ぐである。ああ、オアシスを聴いてきてよかった。ノエル・ギャラガーを信じてきてよかったとこの曲を聴いていつも感じる。

日本の自分の住む街で爆破事件が起きたらどうだろう。想像できない。でも、それは日本と似たような島国で実際に起きたのである。この2010年代に入ってからという超高度情報社会の中でだ。その傷を癒やすのは音楽だった。いつも自分自身もしんどい時があると音楽に癒やされている。いつも彼らはそばに寄り添って、弱っちい僕らに力を分けてくれる。音楽は魔法だと思うよ。本当に。

伝説のライブ版もどうぞ。


切り売りパート 終(臭)・それと上野公園編

 今回はサクッとライトにしたいので音楽の話はここまでで。

さあ、前回までで終わったと私自身も思っていたMについては今までのお話を参考に。

まさか三部作になるだなんて思いもしなかった。書いていて懐かしさがこみ上げてきてしまったせいか書きぶりが良くなってしまったのだろう。

さあ、話を整理しておこう。

①サークルの後輩といい感じなる。
②二人で上野にデートに行く。
③その夜、上野公園で告白も、あえなく爆散
④帰りの電車で壊死ニキと遭遇

こんな感じである。かいつまんで書いても②から④までが一日の出来事であるのが信じられない。

私はMに振られ、夏も終わった。季節は少し進み、9月になった。サークルのかきいれ時も就職試験も終わり一旦落ち着くのが9月なのだ。なので、毎年恒例でサークルの大半のメンバーで旅行に出かける。規模も30人近くいるのでバスを貸し切ってみんなで夏の労をねぎらっていった。

そして、この旅行は数十年と続く伝統があり、夜のレクリエーションがあるのだ。

簡単に説明すると、

①男女に分かれてクジを引く
②スタート地点に集まり、同じ番号の男女が肝試しのようなレクリエーションのある順路をたどっていく
③数々のレクを乗り越えて、最後に打ち上げの会場にたどり着く

私が引いた番号は確か③番くらいだっただろう。司会の子たちが「1番の人たち〜」とどんどん男女の組を夜の道へと押し出していく。早い番号を引いたこともあり、私の番となった。

司会「3番の人たち〜」

私は手を挙げ、もう一方の相方となる女性陣を見ると手を挙げていたのはMだった。これは西郷さんの呪いだろうか。

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お互い一瞬の間があったものの、周りに知っているのは私がフラれた日に話していた友人のみ。そいつは笑いを堪えるので必死の様子だった。(あ、これは気まずい空気で終わるやつだわ)すべてを悟りながら私達はやいのやいの言われながら送り出されていった。

そして、このイベントもう一つ恐ろしいルールがあった。

ペアで行動する男女は会場につくまで手をつないでいなければいけない

なんで、フラれた人と手をつなげるんだ!!頭おかしくなるぞ!!!でも、神様、ありがとう!!!!と思っていました。

(始まって早々は手を繋いでいたが、送り届けられて二人になればどうせ離されるだろう)そんなこと分かっていつつもこの数分間、どうにか右手にすべての神経を注いでいた。

しかし、どうだろう。

一向にMの手は離れないのである。

この後、イベントコーナーみたいなところでお互い、10センチくらいの距離で10秒見つめ合うという大学生だからできたようなイベントを行わせれた。正直、死ぬかと思った。

その後、彼女とはなんとなしに先輩と後輩にさらっと戻ってしまったが、あの夜のことは忘れられない。

酸っぱい匂いのしたあの車両、そして、右手が脳みそみたいになっていた星空がキレイな伊豆半島のどこか。

今日の最後の曲はやっぱりオアシスで、これでした。

では、また。

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