左に曲がって右に曲がって又左に曲がったその奥

そこにあったのは小さな美容室。宣伝も何もしない。
「いらしゃいませ」甲高い声が響く。一人でやっている。
ご主人が亡くなって、パートで通っていた美容院をやめて自宅で開業した。
三人の幼子を抱えていたが甲高い明るい声はその当時と変わらない。
亡くなったご主人の退職金、保険金があり三人の子どもにもそれぞれ教育も受けさせている。何より夫への感謝の気持ちがにじみ出る。
ご主人の実家は長野であるが、子供の成長や、日本におけるしきたりはきちんとこなしていた。
そしてどこの美容室にも共通の情報通である。甲高い声と、情報通に対して住民の多くは当初警戒していた。
しかし彼女はそんな世間の警戒感には屈せず、持ち前の明るさと美容師としての懸命な研究熱心で少しづつ信頼を得ていった。
お客を確保するのに、左に曲がって右に曲がって、また左に曲がる引っ込んだこんなところで大丈夫かと懸念した。三つ目の左に曲がらないで遠くから見ていく通りすがりの人は、スーパーの帰り道である。こんなところに美容院がという顔で見ていく。
近頃町の役員の成り手がいない。そんな町の様子に彼女は町の役員を嫌がらずに引き受けてこなしていく。
当初私も今までの行きつけの美容院があってあっちにも顔を立て、そしてこっちも顔を立てないと、大した顔でもないのに当惑していた。
今まで懇意にしていた美容室は予約制ではないので、混んでいるときは一日がかりである。私も高齢になって疲れがひどく、少々苛立ちを覚える。
そこでついにこの奥に引っ込んだ美容室を利用することにした。この引っ込んだ美容室にはいろいろな雑誌がある。読み切れないときは「持って行っていいですよと」貸してくれる。さらに、「これはお客さんが毎月下さるのです」という雑誌がある。その客は付録だけが欲しいから本誌はどうぞというわけだ。
この引っ込んだ美容室は私宅の近くでもあり、お話したいことは結構安心しておしゃべりができるので楽しみにして出かける。カリスマ美容師でなくてもいいの。街に出ると、きれいなカットだねと言われるから。
彼女もいつの間にか五十代の後半になっていた。



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