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「柊」が末尾につく名前にはロクなものがない

「柊」は人名用漢字に含まれるため、現代の名づけに用いることができます。個人的には、実際にかなり人気がある部類に入ると感じています。

この「柊」という漢字の読み方は、音読みが「シュウ」、訓読みが「ひいらぎ」です。

漢字辞典を引きますと、「柊」は本来「小ぶりな木槌」、「才槌」という意味の字であると説明があります。これに従えば「柊(つち)」と読むこともできるでしょう。「ひいらぎ」の意味に当てる用法は中国になく、日本固有のようです。また音読みのうちでも、漢音が「シュウ」で呉音が「シュ」であると記されています。

地名・名字では、柊原(くぬぎばる)柊野(くきの、ふきの)柊元(くきもと、ふきもと)などの読み方が見られます。「くき」、「ふき」の由来は詳しく追究していませんが、「柊」と書いて「くぬぎ」と読む地名は鹿児島に多く、方言的な用字に映ります。

そもそも、木へんの漢字と植物本体の関係は、千数百年あるいはそれ以上の長きに渡って曖昧なものでした。『和名類聚抄』や『色葉字類抄』といった古辞書を眺めると、漢字と読み、あるいは逆に意味と表記について、現代との違いを大いに感じることができるでしょう。柊(くぬぎ)もその一種で、それが薩摩において特別に定着したものと考えられます。

さて、私の関心はこの漢字が使われた個人名にあります。

地名・名字に見られる珍しい読み方は個人名に援用されるべきではないので、柊(くぬぎ)柊(くき)柊(ふき)は、「柊」字の読みの範囲から外します。
(何故かと言えば、漢字と読みの関係性が不明あるいは薄弱なことが多いからです)

すなわち現代で「柊」字を命名に用いる場合、その読み方は柊(しゅう)柊(しゅ)柊(ひいらぎ)柊(つち)に限られると言えます。

率直に柊(ひいらぎ)という名前もありますが、柊吾(しゅうご)柊司(しゅうじ)柊助(しゅうすけ)柊成(しゅうせい)柊太(しゅうた)柊人(しゅうと)柊也(しゅうや)などのように、音読みの「しゅう」を用いたものが多く、この通り男の子の名前に特に好んで使われます。

「柊」字が先頭に使われているケースでは上記のような名前が多く、問題となるケースはそう多くありません。

問題は「柊」字が末尾に置かれる際に頻発します。

賢柊(けんしゅう)磨柊(ましゅう)麗柊(れいしゅう)など、「柊(しゅう)」と素直に読んでいる場合には問題はありません。

ところが現実には、めちゃくちゃな使い方をしている名前の方が多いように見えます。

私が常に非難している“一部引き千切り読み”を使った朝柊(あさひ)陽柊(はるひ)奈柊(なぎ)といった名は非常に多く確認できます。これらはいずれも「柊(ひいらぎ)」の先頭音あるいは末尾音のみを切り取った悪用です。

特に激しいものでは悠柊(ゆら)のように「柊(ひいらぎ)」の中間一音のみを取ったものもあり、さらには雅柊(まさと)ような例も見受けられます。

前述の通り「柊」という漢字の音読みは「しゅう」もしくは「しゅ」です。しかしこれを「冬」と同じ読みだと思い込んだ親が「柊(とう)」と誤読して、そのまま命名に使ってしまうケースが後を絶ちません。柊司(とうじ)、柊也(とうや)のような名前の人物は、少なからず実在します。

上記の「柊(と)」はその短音化ですが、「けんと」、「ひろと」など近年「と」で終わる名前が男の子の命名において人気であることから、「柊(と)」の蔓延が軽視できないレベルに達しています。

誤読とは、間違った読み方です。繰り返しますが“間違った”読み方です。

名前とは、本来単なる標識であり、肉体と物理的に接続していないただの符牒のはずなのに、精神や人格に根を張り、時には人生にも影響を与え得る強烈な個性です。最初から“間違い”を植えつける危うさと、その罪深さを名づけ親には強く自覚していただきたく存じます。

これをお読みになっている諸賢は誤解していないと思いますが、本稿の目的は「柊」字を末尾に置くことを否定するものではありません。「柊」字の読み方は「しゅう」、「しゅ」、「ひいらぎ」、「つち」であり、それ以外で命名に使うなというのが今回のテーマ、主張です。

「柊」字が先頭に置かれていても、悪用は悪用です。柊呂(ひろ)、柊舞(らぶ)、柊羽(とわ)のような、一部引き千切り読みや誤読を使用してしまっている名前の例は枚挙に暇がありません。

毎回同じような結論で面白味はないですが、私が何度でも言いたいのは「命名時には名づけ本ではなく漢字辞典を引け」「そこに書いてある読みの一部分だけを使うことはするな」に尽きます。

明日から急に金持ちになったり政治家になったりすることはできませんが、明日から急に命名に対する意識を更新することはできます。

この記事を読んで正善な日本人名意識に目覚める人が一人でもいたならば、幸甚に存じます。

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