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あいまいな立場のおもしろさ

仕事でやっていることについても少しnoteにまとめていこうと思う。

新卒でこの会社に入って3年が経とうとしている。1年ずつ全く違う3年だったけど、「新潟県内の地域に外から若い人を連れて来る」という手段でさまざまな事業をしているのには違いない。

たぶん、世の中の大半のキャリアステップと比較したときに、私は、「自分で新しい道をつくる」というキャリアの積み重ね方になるんだろうと思う。

3年目に入ると、みんな自分のこれからについて少なからず考える。転職するか、するとしたらどの業界・業種に進むか、働く場所、などなど。自分が成長するには?少しでも責任や裁量ある立場で仕事をするには?という方向でステップアップを考えると、その道で成功している人が多い環境に行くというのがひとつの手だ。

そこまで考えてふと私は思ったのだった。これまでの環境も似ていて、私がこれから生きていきたい理想を完全に体現してる人っている?

それがあまり思いつかないのだった。じゃあ、選んだ道を信じて進んでいくしかない。切り開いていくしかない。

そんなわけで、この言語化・数値化が難しい仕事を私が積み重ねる中で、気づいたことや大事にしたいことはしっかり記録していきたいと思った。どこまで続くかわからない。興味がある人はのぞいてみてください。

今回書くのは地域に入るときの「立場」の話。

にいがたイナカレッジとは

にいがたイナカレッジとは、私が働いている団体・活動の名前。正式には公益社団法人の中のチーム名?部署名なのだが、いつも「にいがたイナカレッジの井上です」と名乗っている。主に、大学生や20代~30代社会人を地域で受け入れ、一緒に時間をすごすインターンシッププログラムを運営している。

もともと、中越地震(2004年)のボランティアで農村の被災地域に入った若者たちが始めた団体でもあるので、「現場で感じろ」精神が今もあり、長岡駅から徒歩5分の事務所でパソコン仕事をしている時間と、山の方の地域へ車で出かけている時間が同じくらい(雑な紹介すぎて怒られそう)。

詳しくはこちらのHPから。https://inacollege.jp/

2012年からプログラムが始まり、1年間のインターン生はのべ40人以上、1カ月のインターン生は延べ100人以上。プログラムが終わってからもそのまま移住してしまった若者も何人もいる。

実績や口コミがあってか、今ではもともと守備範囲だった「中越」の範囲を超えて、下越や県からも依頼があり、結果ありとあらゆる市町村と関わっている。市町村が抱えている、主に「後継者不足」「人口減少」みたいな問題の相談にのり、イナカレッジのプログラムと合えば実施する。

私たちがいう「地域」とは、市や町の範囲ではない。50人~100人ほどの小さな集落や村のコミュニティの単位をおもに「地域」と呼んでいる。つまりその単位で意思決定やコミュニティの維持を考え、若者の受入先としているのだ。

コンサルとコーディネート

そう考えた時に、「行政」に対してはコンサルに近いことをしているのかもしれない。ヒアリングし、課題を聞いて、解決策を提示する。

ただ私たちは自分たちの肩書は「コーディネーター(調整役・人のつなぎ役)」としている。そして、個人的には「プレイヤー」に近い「コーディネーター」だと思っている。

コンサルは、解決策を「提示」して終わるイメージがあって、だとしたら私は絶対に地域に対してコンサルはしたくない。解決策を提示するなら何もしないよりいいじゃんと思うかもしれないが、場合によっては何もしない方がいい気がする。地域は住民の「暮らしの集合体」だ。「解決策の提示」が、それぞれの今の状態に対して否定をされるようなものだとすると、誰だってそれだけで少し落ち込む。その小さな落ち込みが、地域にとって痛手だったりするのだ。

私たちは、主人公はインターン生だけども、コーディネーターも一緒になって地域の人の名前を覚え、集会所に集まるばあちゃんじいちゃんに挨拶する。一歩引いているけど、その期間は当事者になったようなつもりで一生懸命どうしたらいいか考える。

立場がわからなくなる瞬間がおもしろい

地域の中に若者が入っていくときに、ちょっと雰囲気が変わるときがある。はじめは、「○○大学の○○出身の○○ちゃん」と、1人1人の特徴やプロフィールを強調して、いかにも「地域」に「大学生」を受け入れました!という感じなのだけど、1カ月も住んでいると、まあ大学生という認識はもちろんどこかであるのだけど、大学生たちが「大学生らしいこと」「大学生という立場だから」をやらなくなってくるのだ。

気づいたら地域の人の子供の子守りをしていたり、ゴルフに連れていかれていたり、なんというか「毎日ここにいるから」という理由でいろんなことがまわってくる。

「立場がはっきりしている方が居心地がよい」という人もいるかもしれない。でも、「今ここにいる人たちが誰が誰だかよくわからない」という状況が妙に心地良くて、「内と外」の壁をなにか突破したような感じがするのだ。

「上手く」ではなく「よく生きる」ためには、システムの外で、自分を包み込んでくれるような営みに関わることが大切なのではないか。

尊敬するライターで、ある集落に移住した唐澤さんは2020年1月に発行された冊子「TANEMAKI2」の中でこう言う。

たしかに、私たちは経済活動やシステムといった場面で「肩書き」「立場」でふるまいすぎているのかもしれない。

既存の社会構造や経済という指標をアップデートして次の時代へ向かうには、「消費者と生産者」「サービス提供者とお客さん」「先生と生徒」みたいな立場があいまいに、ごちゃごちゃになっていくところにヒントがあるような気がしている。

実際には、お金が稼げるのはまだ「コンサル的」な、立場がはっきりしている構造だと思うので、もう数年戦って、もがいていくしかないかな。

私は今年もたぶん、半笑いで「学生のお世話役みたいなもんです~」と言って、少し不思議な顔をされながら地域に入っていく。コンサルでもアドバイザーでもないあいまいな立場から生まれる、ごちゃごちゃだけどなぜか存在ごとつつまれているような風景・関係が見られることが楽しみでたまらない。



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