見出し画像

キャリア形成はなんか怖い人へ。ストーリーなら紡げるかも?

突然ですが、もうすぐ36歳になります。

私の周囲は、転職したり、組織の中でさらに役割が変わったりしながらステップアップしていて、その姿をみて、最近の自分に他人の物差しがしのびよっている感覚があります。

「**さんってあんな風に活躍していてすごいなぁ、自分にはポータブルなスキルが身についているのだろうか?」
「私って本当に成長しているのか?実は同年代の人たちからすごく置いていかれていたら、後退していたらどうしよう」

ときどき訪れるこのタイプの、悪いささやきに一旦の決着をつけるべく自分に向けてこのnoteを書きます。

Well-doing型Well-being型

上司の青木さんが、あるMTGの場で自分たちのことを説明するときに、「会社のミッションには、【Well-doing型】【Well-being型】あって、自分たちは後者なんだよね」とお話しされていたことがありました。

【Well-doing型】は、例えばマザーハウスさんの「途上国から世界に通用するブランドをつくる」とか。目指す明確なゴールに向けてエンジニアリングしていくタイプの考え方。

【Well-being型】は、例えばクラシコムの「フィットする暮らし、つくろう。」みたいに、何かをするのではなく、よりよくあれるかということにこだわっている考え方。こちらは、エンジニアリングと対照させると、ブリコラージュ(今あるものでつくる)というそうです。

青木さんは、キャリア、職業選択という文脈でいうと、前者はキャリア構築、後者はストーリー作りと言えるかもね、とも仰っていました。

謎の焦りに駆られて忘れていましたが、私は【Well-being型】の方がなじむ人間でした。キャリアを効率的に構築していく考え方はたぶん向いておらず、そうだった、独自のストーリーをつくるのだった!
※誰しもがどちらかに分類されるというような二分法的な考えではなく、同じ人の中でもどちらの要素もあったり、タイミングによって変わったりするとは思います。あくまで傾向としてどっちの要素が多く含んでいるかというイメージ。

自分には年齢相応の市場価値があるのか?

最近面接の中で、「市場価値を高めるために転職をしたい」というお話もよく伺うようになりました。(特定のビジネス書などの影響かな?そう思う気持ちもものすごくわかる)

自分の持っているスキルと経験を掛け合わせて、希少性の高い人材になっていく。

いや、本当にそれ自体はとっても素晴らしいのですが、私にとっては「市場価値」という言葉、すっごく怖い。
マトリックスに出てくるエージェントスミスみたいな人が(最近Netflixで久しぶりに見返しました)遠くから腕組みして、私には見えない書類に何かチェックして、私に他と比べて価値があるかどうか持ち点から減点されて判断される感じ。私にとっては、自分に価値があるかどうかの判断基準を他に完全に投げうってしまっている、足元がスッとなくなるような怖さがあるんです。

【Well-doing型】で自分のキャリアを考えられる方(なりたい職業、やりたいことが比較的明確な人)には、この市場価値型の考え方とも相性が良く、今までトライしていない領域の経験が積める仕事のチャンスを選んだり、学びの機会を得たりしやすい。
例えば、自分は生活に彩りを与える身近な商品を開発したいという目標があって、メーカーでプロダクトデザイナーや技術者をしている人。もっとCADが使えたら図面をより詳細に描けるようになるかもしれないから学びにいこう。素材の知識を増やしたいから、別チームのPJに参加させてもらおう、など。

でも、【Well-being型】はゴールに向かって逆引きできないので、(なにせ自分がどうやったら良くあれるのかということを因数分解したら、今やれる具体的な仕事が明確になるわけではないので)上記のような【Well-doing型】の人たちをみて、すごいな、私もそうやりたいなと思うものの、何をやればいいかわからず、困り果ててスミスに怯えて思考停止してしまいます。

かといって、私はどうあるかにこだわっている人だからと免罪符を掲げて、自分の仕事やキャリアについて何も考えず、今を全肯定していたらOKということではないような気がします。この、今を全肯定している状態は、私にとってはどうもポエミーで、おさまりが悪く感じるなぁ。
(もちろん自分のコンディションに応じて全肯定が必要になるシーンもあると思う)

どうあるかが大事な人がポエムに陥らないためには・・・

①今にコミット→ふりかえって言語化する。
②よどみに気を付ける。

今のところ私が気を付けるべきはこのふたつかなと思い至りました。

エンジニアリング型の人にとっては常に将来・未来・前に自分の進むべき方向を知らせてくれるヒントがあるので、前のことを考えていたらいいのですが、ブリコラージュ型の人には、今や過去にヒントがあるので、見る方向が違うのです。後ろ向きなのです。

①今にコミット→ふりかえって言語化する。

今目の前の選択について、ワクワクしていても、チャレンジングだなと思っていても、なんか無理かもとビクビクしていても、どれでもいいです。

大事なのは、その今ここが自分のものになっているかどうか。自分の言葉で咀嚼して理解し、その成果を出すことにコミットできている状態を作ること。(じゃないと結果が自分のふりかえりの材料にならないので)

そして、試行錯誤の毎日の中でも区切りをつくって、ふりかえる。ある地点から今までを省みたときに、自分にどんな変化が起こっていたか(必ずしも何かが加わっているような成長じゃなくても良い)を言葉にする。もしそこに自分なりの意味が感じられれば意味付けする。経験を自分の言葉で再構築して、自分のものにする。これがとっても大事なのではと。

②よどみに気を付ける。

どうあるか型の人にとって一番危険なのは、一定の良くない状態を維持してしまい、身動きがとれなくなること。(何をやるのか型の人は、やりたいことができていないという状態からやりたいことができる状態に行動を起こしやすいので、比較的淀みにくいかな?)

「居心地が良い」と「惰性」の違いはわかりにくい。ときに居心地が悪かったり、嫌だなぁと思う事態にも対峙できているかどうか、がひとつのヒントになりそうです。

もし、半年以上続けて停滞感を持ってしまったら、転職するまでいかなくとも、役割を変える、働き方を変える、関わる人を変える、など、淀まないためのアクションをする必要があるかなと思います。(ということは半年に一回は自分のこれまでの道と今の状態を振り返った方がいいですね)

まとめると、こんな感じでしょうか。

・目の前のことを自分ごとにして成果に向かってやる。
・だいたい失敗したり、ときどきうれしいことがあったりする。
・半年に一回、そんな自分の後ろにどんな轍ができてきているかを見て、「あぁ思ったより結構遠くまできたなぁ」と味わう。

・自分がちょうど良いかちょっとストレッチかなと思うくらいの変化に晒されているか、淀まずにいれているかに敏感でいる。

どうあるかが大事な人たちは、偶然を味方につけることも得意かもしれません。思いもよらぬ出会いやチャンスから次の自分のストーリーが紡がれていくことを楽しめるのがいいよなぁ。

振り返るっていったって、ノートの前でペン持ってぼーっとしちゃいそうだから、次は、半年後の自分のために、どんな振り返り方をするとよさそうか、言語化してみようかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?