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SNSとカブトムシ

2000年、高校2年生の頃

個人店の焼肉屋でアルバイトをして1年近くが経とうとしていた

国道沿いにあるその焼肉屋は、週末になると周辺の家族で溢れかえっていたが、平日は暇を持て余すことの方が多かった

店には30歳目前のオーナー店長と社員が1人いて、あとは常時アルバイトが2、3人体制で回している40席ほどの小さくも大きくもないお店だった

ある日のバタバタとした営業も終盤に差し掛かかり、他のスタッフはすでにあがり社員は休日のため、店長と僕の2人片付けに追われている時

ふと店長が有線のスピーカーを指差し「これなんて曲や?」

お客さんはもう誰もいないく店内も半分消灯していたが、今日の忙しさを物語るほど各テーブルにはまだ暖かさが残り、燃え尽きなかった炭を下げてる時にそう聞かれた

「あぁ、aikoのカブトムシっす」

「カブトムシ⁉︎そうか…カブトムシか。カブトムシ…?」

他のスタッフが帰ったことに若干イラつきながら、黙々と片付けをしていた僕も、なんとなく微笑んでしまい炭場に行ったついでに有線も消そうと思っていたが、カブトムシがまだ生涯忘れることがなかったために消せなかった

ホールの片付けも終わり、積み上げられた洗い物に手を伸ばそうとした時

「よっしゃ!ありがとうや!飯食ってあがりやー」

日付も変わりいつの間にか1時ごろ、そう言ってまぁまぁ強めに肩をバシッと

「いや、大丈夫ですよ。洗い物終わらして帰ります」

「ええて、明日も学校やろー。親から連絡きたら泣くでー」

もちろん店長は僕が遅刻大魔王であることも、そんな親ではないことも分かってる

「大丈夫ですよー。帰っても暇なんで」

「よっしゃほんなら俺も今日はもう終わりや、洗い物シンクに水だけつけてあがれ」

大きな二層シンクの両方に水を流し続けながら、食器を順につけていく

「おいビール飲むか?俺もう我慢でけへんねんけど怒られるか?」

「大丈夫っす!い、いただきます!」

「ほんなら先に着替えてこい」

ダッシュで着替えながら、なぜかバイト先でお酒を飲むことに無性にワクワクしていた

着替え終わるとすでに、キンキンに冷えたグラスに生ビールが薄く貼った氷を美味しそうに漂わせていた

「お疲れやー、今日はほんま助かったわー」

「お疲れ様です!いただきます!」

そう言って、洗い物が積まれたシンクの横でラックに座りながら2人乾杯をした

疲れながらも店長は表情からなんとなく嬉しそうな雰囲気を滲み出している

普段、仕事に対しては鬼のように厳しいけど、この店長を悪く言うスタッフは聞いたこともないだけでなく、やたらとOBもOGも店にやってくる

時折見せてくれるこういった表情がみんな大好きなんだろうな

「おい、カブトムシってほんまのタイトルか?騙そうとしてるやろ?」

「いや、ほんまですよw」

そう言いながら冷めたビビンバを頬張る

「最近の歌ってそんなタイトル多いんか?カブトムシって…お前」

「深く考えたことないですけど確かにちょっと変わってますねー」

仕事の反省など一切なく、カブトムシの話でビール2杯を飲み終わり、気づくと時計は2時を指していた

「ではお先に失礼します、お疲れ様でした〜」

「お疲れ、今日はほんまありがとな、ちゃんと学校行けよー」

裏口から出て自転車置き場で、ちょっと間PHSのメールを返信していた

よし、帰ろうとしたその時、食器洗浄機の機械的な音が車通りも少なくなった国道に漏れてきた

アルコールの力も借りてか、帰り道に何か熱いものが込み上げてくる


あれから21年経った今もなお、あの場所で働いた3年間は活かされている

きっとあの時、本当はカブトムシなんてどうでも良くて、イライラしてる僕に気づき話しかけてきたんだ

今なら大問題になるような職場で学んだことは、かけがえのない思い出として財産になっている

あの時代にSNSが無くて本当によかったと思う

高校生のおバカな僕は何も考えず、悪気もなくただ承認欲求を満たすために、その思い出をなんでも投稿していたことだろう

いや、店長ならそう言うことも教えてくれたかな?


おしまい

















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