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真夜中のダンサー 2夜

 今日はいつにも増してダメだ。クラブステップでモタついて上半身のアップダウンがついていってない。

 やあ。ここはいつも通り夜中だよ。今日はいつもより早いね。何かあったのかい?え、生活費はどうしてるかって?またずいぶんと野暮なことを聞いてくるもんだね君は。でもまあいい、今ちょうど練習が一区切りついたところだ。一緒に見てみる?僕のステップ。カメラをカメラ越しに見ることになるから画質は相当悪いと思うけど動きは何となく見えるだろう。
 やっぱりだ、もう一度クラブステップを一からやらないとダメだな。クラブステップ?ああ、ハコじゃなくてカニの「クラブ」だよ。左右の爪先と踵の重心移動と脚の振りで、実際に動いているよりももっと大きな動きに見えるステップだよ。ヒール&トゥー。懐かしい響きだ。舞踏会でも同じようなことはやったけど、あれはもっとBPMが遅くて次のステップのことを考える余裕があった。でもダンスだって進化するんだ。アフリカのポリリズム的なステップといわゆる西洋的な3拍子4拍子を基本としたステップ、これだけでもだいぶ違うんだけど、今じゃ世界中のダンスは混ざり合ってる。アップデートしなきゃね。
 ああ、そういえば生活費はどうしてるのかって僕に聞いたっけ?これが馬鹿らしい話なんだけど、僕は僕の死亡保険から出た金で生活してる。「死ぬ」までにけっこうな保険金かけといたからね。まあこれだって話せば長くなるから詳細は省くけど、僕は実際に死んで、土葬された。1ヶ月ほどね。これも始祖から伝わってることなんだけど、吸血鬼は自分の意志で全ての生命活動を停止できる。仮死状態でもなく文字通り死ぬんだ。魂なんてものがあるかどうか分からないけど、そう呼ぶしかない僕の意識はまだ肉体の中に完全に残っていて、それで僕は自分の意志で蘇った。葬式に出たことがなかったから知らなかったけど、棺桶ってけっこう深く埋めるもんなんだね。知り合いに頼んで掘り起こしてもらったんだ。棺桶には携帯電話とモバイルバッテリーも入れてもらってたからね。彼女は眷属ではないんだけど、まあ、これは話すと長くなるから割愛しよう。とりあえず彼女は書類上での前の僕の妻だよ。前と言っても離婚したわけじゃなく、前の僕が「死んだ」だだけだからまだ夫婦生活は継続されているとも言える。彼女が保険金の受取人で、今はその僕の保険金を分け合いながら、お互いあまり干渉せず慎ましやかに暮らしてるってわけだよ。文字通りの意味での相棒とかパートナーさ。棺桶から出た時に「僕の葬式で泣いてくれた?」って聞いたんだ。そしたら彼女「笑いを堪えるのに必死で、神父にショックでおかしくなったのかと心配されたわ」だってさ。薄情なやつだよ。だから僕の墓は空だ。また空箱を埋め直すのも何だしと思って、彼女と一緒にいらないものとか個人的な宝物だとか、10年後に見てみたいものとかを詰めてまた埋めた。前に一度ナッシュビルにある僕の墓に彼女と墓参りに行ったことがあるよ。以前住んでたんだ。出てきた時は読んでなかったけど、墓に彫ってあったのが傑作でさ。何を彫るかは彼女に任せてたんだけど、普通はRest In Peace(安らかに眠れ)とかだろ?彼女僕の墓碑にWork In Progress(製作中)って入れやがったんだぜ?ふたりで墓の前でワインのボトルを回し飲みして空にしてから笑いながら帰ったよ。おっ、ちょうどいい時間だ。今日は珍しくお呼ばれしたパーティーだ。別居はしてるけど一応妻だし、彼女と一緒にお行儀よく楽しんでくるよ。じゃあまた。

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