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真夜中のダンサー 4夜

 クソッ、ワックとボックスステップを組み合わせようとしてるだけなのに全然うまくいかないや。上半身と下半身が悪い意味で別に動いてる。

 どうしたんだ?僕が今住んでるネブラスカは、君のとこじゃ深夜でもここじゃまだ朝なんだよ?僕について面白そうなことはだいたい話したような気がするけど、まだ何か聞きたいことがあるのかい?え?繁殖?ずいぶんと直球を投げてくるな君は。僕の練習も終わったし、一晩中踊り続けてクッタクタなんだ。手短に頼むよ。とりあえず僕のダンスのダメ出しをしながらやろう。
 あー。ワックを残してボックスステップを捨てるかボックスステップを残してワックを捨てるか悩むところだな。というか僕は本当はそんなにダンスが好きってわけでもないんだ。じゃあ何で必死で練習してるかって?簡単さ、ワークアウトなんだ。君がいくつかよく知らないけど、もし君が若いなら、と言っても地球上の99%くらいは僕より若いんだけど、まあ若かったとしよう、花も恥じらうようなティーンだったりとかね。そうするとどうだい?女の子からいい匂いがしただけで体の一部がロックしちゃったりするだろ?そういう時はワークアウトさ。ワークアウトしながら超紐理論について考えられるやつはあまりいないだろうね。つまり無になれるんだ。ジョン・レノンの曲にもあったろ?インスタント・カーマってやつだよ。少なくともそれをやっている間はそれ以外のことを考えなくて済むんだ。無になれる。ただリズムと体の動かし方、その同期と絶対的に発生するズレと修正。それしか考えられなくなるんだ。考えるという以前の次元かもしれない。聴く、動かす、聴く、動かす。ダンスはそれの連鎖でできてるんだ。ただ絶対的に動かす、聴くにはならないけどね。
 もちろんガッチガチでキメキメのステージ向けのダンスだってあるよ。でも僕は踊っている間だけは無になりたいんだ。僕が必死こいて練習してるのはその無のバリエーションを増やしたいからなんだ。君はダンスをするのか?そうか。でもストンプくらいはするだろ?足踏みだよ。あれだって立派なダンスなんだよ?僕はあんまり好きじゃないけど、QUEENの曲で大々的にストンプとクラップを取り入れたやつがあったろ?あれは演奏であると共にダンスなんだ。ああ、どうでもいい話しちゃったね。今日こんな時間に通話しようと思ったのは何かあったのか?
 ……へえ…好きな人ができたのか。それはいい。とても幸せでつらくて悲しい。いわゆるハッピーサッドってやつだ。その感覚を、感触を、絶対に忘れちゃいけないよ。君の恋路がどうなるかなんて知らないし僕には何もアドバイスができない。僕はもうその感覚を思い出すことすらできないんだ。ただ「そういった感覚があった」と記憶してるだけなんだよ。いや、別に失恋を経験しろなんて思ってないよ。ただ、想い人が朽ち果てるのを見たことがあるかい?ないだろ?僕はその最悪な経験をしたんだ。思い出したくもないよ。彼女は老いていく。真夏のひまわりみたいに大きくて、優しい顔で僕を見下ろす大きな人だった。僕は彼女が大好きだった。でも彼女に僕と同じものを背負わせる勇気なんてなかった。悩んでる間に彼女は土の下さ。吸血鬼と人間は時間の捉え方が根本的に変わってくるんだ。そういったことがあったから、僕は今リズムをとても大切にしてる。僕を掘り起こした彼女だってそのうち死んじゃうんだ。あるいは僕がダンスの練習に夢中になってる間にも、ダンスは進化するし彼女は老化し全てはすれ違ってしまうんだ。それって悲しいことだろ?だから僕はどこかで彼女と決別するか、彼女を夜の住人にするかを決めなくちゃいけないんだ。これは僕の問題でもあるし僕と彼女の問題でもあるし協会と人間との問題でもある。え?協会って何かって?僕らは弱い生き物なんだ。不老不死を得た代わりに様々なハンデを背負ってる。それを分かち合い軽減しようってのが協会だよ。まあ協会についてはまた今度話すよ。別に秘密結社ってわけじゃない。名前は動物愛護団体っぽくカモフラージュしてるけど君の国にだってあるはずだよ?探してみるといいよ。じゃあまたね。

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