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論文紹介:新型コロナウイルス感染後の神経学的および精神医学的リスク・2年間の後ろ向きコホート研究の分析

いつも言っている事だが、新型コロナウイルスはその後の数週間や数か月にわたって神経学的および精神的な後遺症のリスクが増加すると関連付けられている。それについて、前回の論文を読んでいる中で、表題の研究が引用されていたのでそれもついでに紹介しておこうと思う。これは2年間の後ろ向きコホート研究で100万人以上の患者の医療記録から新型コロナウイルス感染症患者のコホートを特定し、他の呼吸器感染症の患者の同時期のコホートと比較したものだ。

論文は「Neurological and psychiatric risk trajectories after SARS-CoV-2 infection: an analysis of 2-year retrospective cohort studies including 1 284 437 patients」(Lancet Psychiatry. 2022 Oct;9(10):815-827.)である。

この論文では新型コロナウイルスと精神・神経症状について、そのリスクがどれくらい持続し、それらが子供と大人に同様に影響するか、およびSARS-CoV-2の変異株がリスクプロファイルで異なるかなどに着目して検討を加えている。検討では多くの症状を分類して比較しており、ほとんどのアウトカムは6か月後に1よりも有意に高いハザード比(HR)を示していた(脳炎、ギラン・バレー症候群、神経および神経根・神経叢障害、パーキンソニズムを除く)。しかし、そのリスクホライズンと発症率が等しくなるまでの時間は大きく異なっており、一般的な精神疾患のリスクは1〜2か月後に基準値に戻りながら(気分障害は43日、不安障害は58日)、その後、マッチングされた比較グループと同じ全体的な発症率と等しくなった(気分障害は457日、不安障害は417日)。これらはよく言われる様な、罹患・発症・治療等による精神的影響が長期的に少なからず関与していることを示唆しているだろう。

 それに対して、認知機能の低下(ブレインフォグとも呼ばれる)、認知症、精神病性障害、てんかんまたは発作のリスクは、2年のフォローアップ期間終了時点でも増加したままであった。つまり、ブレインフォグや認知障害に代表される中枢神経系症状は明確に新型コロナウイルスの高いリスクであることを示している。

 また、新型コロナウイルス感染後のリスク経路は、子供と大人で異なっていた。感染後の6か月間では、子供は気分障害(HR=1.02 [95% CI=0.94-1.10])や不安障害(HR=1.00 [95% CI=0.94-1.06])のリスクは増加していないが、認知機能の低下、不眠症、頭蓋内出血、虚血性脳卒中、神経および神経根・神経叢障害、精神病性障害、てんかんまたは発作のリスクは増加していた(HR=1.20 [95% CI=1.09-1.33]から2.16 [1.46-3.19]まで)。一方で、成人とは異なり、子供の認知機能の低下は一定の限られた期間に留まっていたことも報告されている。

 変異株に関しては、アルファ変異株の出現直前と直後のマッチングされたコホートを比較すると、リスクプロファイルは類似していたとの内容だ。デルタ変異株の出現直後で、虚血性脳卒中、てんかんまたは発作、認知機能の低下、不眠症、不安障害のリスクが増加し、死亡率も増加していたが、オミクロンでは、変異株の出現直前よりも死亡率は低くなった。しかし、オミクロンでも神経学的および精神疾患のリスクは同様であった。これもいつも述べていることだが、最近の変異によって死亡率が低くなったとしても中枢神経系への影響は全く変わっていないことを理解する必要がある。

 総合的にこの2年間の後ろ向きコホート研究のこの分析では、気分障害や不安障害の発症数は他の呼吸器感染症と比較して増加することはなく、一時的であることが示された一方で、精神病性障害、認知機能の低下、認知症、てんかんまたは発作のリスクは明確に新型コロナウイルスにおいて高く、それは持続的であるということが分かる。大事なことなので繰り返すが、新型コロナウイルスの最大の脅威は神経系感染や神経系症状であり、それらはワクチンによって防げるものでもなく、中枢神経系への感染はそれを調べることも難しく(ほとんどの場合、それが確認されていないというのは調べられていないだけ)、それを無視した感染対策の軽視は愚の骨頂なのだ。子供は大人や高齢者よりも全体的な精神的リスクのプロファイルが良好であるが、一部の診断の持続的な高リスクは懸念される。このあたりはより長期的なフォローアップが必要だろう。デルタおよびオミクロンの波においても神経学的および精神疾患のリスクが類似していることから、他の面で重症でない変異株でも全く油断できないことが分かる。改めて感染対策の徹底が重要であることを強調しておこう。


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