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記事紹介:がんの「免疫療法」

今回も目に留まった記事を紹介したい。がんの「免疫療法」について最近の治療進歩も含めて解説している記事だ。説明が足りない部分もあるが、大まかに勉強の切っ掛けとするには良い記事だろう。

記事では冒頭「免疫療法」という言葉のイメージを語っているが、これも古い感覚かも知れない。そもそもがんに対する免疫療法というのは、免疫系・免疫細胞の働きによってがんを攻撃することでがんの治療をするという概念である。主として、T細胞(特にCD8陽性キラーT細胞)によるがん細胞の細胞死誘導が鍵となるシステムだ。これらについては過去に紹介しているのでよければ復習しておこう。

いずれにせよ、がんの免疫療法は何らかの方法で免疫細胞を活性化し、がんを攻撃するように誘導する。それは例えばあやしげな民間療法であったり、自由診療の細胞療法であったり、承認された抗体医薬品や細胞製剤であったり、色々だろう。それこそ「これを飲めば免疫力が上がる」というあやしげな水もあるかも知れない。自由診療で血液を取って、その中のT細胞を活性化させて元に戻すというものもある。承認済みの医薬品や細胞製剤については元記事にある通りである。PD-1に対する抗体医薬品は免疫抑制性のシグナルを阻害することで、体内の免疫細胞を活性化する。また、人工的な抗腫瘍受容体を発現させたT細胞(CAR-T細胞:記事内ではキメラ抗原受容体T細胞と記載)も注目の治療法だ。CAR-T細胞は標的となるがん細胞に対しての反応性を人工的に付与したT細胞製剤であり、それ自体が薬として投与されて、がんを攻撃するという仕組みだ。

一方で承認済みの医薬品も含め、免疫療法には常に考慮しなければならない問題もある。それは免疫のバランスと恒常性だ。いつも繰り返している通り、免疫系というのは非常に複雑かつ繊細なシステムである。例えば、「免疫を活性化する治療法」というものがあったとして、それが対象となる個人にどの程度意味があるか、がんの排除に貢献する機序が活性化されうるのか、などは個人差が極めて大きいと言える。逆に言えば、治験などで差が出ないが、効く人は効くという民間療法や自由診療が残るのもそういう点が少なからずあるだろう。さらに言えば、治験で差が出る免疫療法となると、かなり極端な免疫活性化を引き起こす仕組みだとも言える。

そして、がん状態というのはそれ自体が免疫系に影響を与えている。がんの中では免疫寛容状態・免疫が抑えられた状態になっていることが知られており、そもそも免疫系のバランスが崩れた状態なのだ。多くの免疫療法が効果が出にくいのも、その様な免疫抑制状態が前提となっているバランスだということを考えにいれていないことは一因だろう。その機序としてはがん細胞自身の免疫回避に加えて、免疫を抑える機能を持つ特殊な免疫細胞(TregやMDSCなど)が提起されているが、それらも踏まえた免疫療法というのはまだまだ研究が足りていない。PD-1の阻害抗体に関しても、免疫抑制細胞とのバランスの問題を過去に記事で紹介している。

もちろん、免疫を抑える細胞を減らしてがん免疫を高めるという治療法も治験などが行われているが、その様な方法は逆に炎症性の副作用が出現する。元記事でも、サイトカインによる免疫活性化に関して炎症性の副作用についての言及もある。免疫とは常にバランスなのだ。個人の免疫の状態、がんの性質や病態、それらは多岐に渡る。たまたま民間療法や自由診療が奏功する条件があれば、承認された治療が効果を見ない場合も多い。こればかりは科学と医学の地道な進歩を期待するしかないだろう。


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